M&Aで会社を売ろうと決めたとき、最初に結ぶ契約が、M&A仲介会社やFA(フィナンシャル・アドバイザー)との仲介契約・FA契約です。
この契約は、相手探しを依頼するだけの書類ではありません。一度結ぶと、ほかの業者に依頼できなくなる、自分で見つけた相手と直接話せなくなる、契約が終わった後も手数料を請求される、といった制限がつくことがあります。M&Aそのものの契約(株式譲渡契約)より前に結ぶため、内容をよく確認しないまま署名してしまう方も少なくありません。
中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」(令和6年8月)は、こうした条項について、依頼者が確認すべき点と、M&A専門業者が守るべき目安を具体的に示しています。この記事では、ガイドラインの記載をもとに、M&A仲介・FA契約書のチェックポイントを条項ごとに整理します。
- 仲介者・FAは、契約前に重要な事項を記載した書面を交付して説明し、依頼者に十分な検討時間を与えるべきとされている
- 専任条項は対象範囲を限定し、契約期間は最長でも6か月〜1年以内が目安。セカンド・オピニオンは原則として許容される
- 直接交渉の制限は、業者が関与・接触して紹介した候補先、M&Aの目的、契約終了までに限定すべき
- テール条項は、最長でも2年〜3年以内、対象はネームクリアを経て紹介された買い手に限定すべき
- 手数料は料率ではなく、想定譲渡額で実際に払う金額(最低手数料・基準となる価額)で比べる
契約前の「重要事項の説明」を受ける
ガイドラインは、仲介者・FAに対し、契約締結前に、契約に係る重要な事項を記載した書面を交付して(メールなどの電磁的方法も可)説明しなければならないとしています。説明は、契約を締結する権限を持つ人(法人なら代表者など)に対して行い、説明後は、依頼者が契約内容を理解して判断できるよう十分な検討時間を与えるべきとされています。
書面で説明すべき主な事項は次のとおりです。
| 区分 | 説明すべき事項(ガイドラインの記載を要約) |
|---|---|
| 業務形態 | 仲介とFAの違いと特徴(仲介者として双方から手数料を受け取る場合はその旨) |
| 業務の範囲 | バリュエーション、マッチング、交渉などの範囲。DD・バリュエーションを自ら行わない場合はその旨 |
| 担当者 | 保有資格、経験年数、成約実績 |
| 手数料 | 算定基準、金額、最低手数料、既に受け取った手数料の控除、支払時期。仲介者の場合は相手方の手数料も |
| 秘密保持 | 依頼者に課す義務、士業等専門家や事業承継・引継ぎ支援センターへの開示(義務の一部解除) |
| 直接交渉の制限 | 制限される候補先、交渉目的の範囲 |
| 専任条項 | セカンド・オピニオンの可否など |
| テール条項 | テール期間、対象となるM&A |
| 契約期間・解除 | 期間、更新、中途解約の可否 |
| 責任(免責) | 損害賠償責任が発生する要件、賠償額の範囲 |
| 契約終了後も効力を持つ条項 | 該当する条項とその有効期間 |
ガイドラインには、「M&A仲介契約/FA契約 重要事項説明書サンプル」(参考資料11)と「仲介契約・FA契約締結時のチェックリスト」(参考資料6)が付いています(中小企業庁「中小M&Aガイドライン」)。説明書を受け取ったら、このサンプルと見比べると、抜けている項目が分かります。
仲介者が「やらないこと」を確認する
ガイドラインは、仲介者・FAがDDを自ら実施しない場合には、その旨を明確に説明し、DDは他の支援機関に依頼する必要があることを伝えるよう求めています。仲介者がバリュエーションやDDの結論を決定しない場合には、必要に応じて士業等専門家の意見を求めるよう伝えることも求められます。また、当事者間の紛争解決に向けた支援は、弁護士法72条の非弁行為に当たるおそれがあることも説明すべきとされています。
「どこまでやってくれるのか」より、「何をやらないのか」を確認するほうが、後で困らずに済みます。仲介とFAの違いはM&A仲介とFAの違いで解説しています。
専任条項:期間と、セカンド・オピニオン
専任条項は、ほかの仲介者・FAに並行して依頼することを禁止する条項です。
| 確認点 | ガイドラインの目安 |
|---|---|
| 禁止される行為の範囲 | 他社へのセカンド・オピニオンの依頼、他社を使ったマッチングなど、何が禁止されるかを具体的に確認。対象範囲は可能な限り限定されるべき |
| セカンド・オピニオン | 依頼者が意見を求めたい部分を明確にし、妨げる合理的な理由がなければ許容される |
| 契約期間 | 専任条項がある場合、最長でも6か月〜1年以内を目安とすべき |
| 中途解約 | 依頼者が任意の時点で中途解約できる旨を明記する条項を設けることが望ましい |
専任にすると、業者がより積極的に取り組むことが期待できる一方、紹介される候補先はその業者の力量に左右されます。ガイドラインも、単独の業者に依頼する場合と複数に依頼する場合の利点・留意点を並べて比較するよう勧めています。
秘密保持条項もセットで読む
ガイドラインは、秘密保持条項で、公認会計士・税理士・弁護士などの士業等専門家や事業承継・引継ぎ支援センターへの情報共有が許容されているか(秘密保持義務が一部解除されているか)を確認しておくことが望ましいとしています。専任条項でセカンド・オピニオンが認められていても、秘密保持条項で開示先が制限されていれば、実際には相談できません。
直接交渉の制限:対象・目的・期間を限定する
依頼者が、候補先と仲介者・FAを通さずに直接交渉・接触することを禁じる条項です。交渉の窓口を一本化する点では一定の合理性がありますが、ガイドラインは次のように限定すべきとしています。
| 確認点 | ガイドラインの考え方 |
|---|---|
| 制限される候補先 | 基本的に、その業者が関与・接触し、紹介した候補先のみ。依頼者が「自ら候補先を発見しないこと」などを明示的に了解している場合を除く |
| 交渉・接触の目的 | 依頼者と候補先のM&Aに関する目的に限定。通常の取引の話まで禁じない |
| 有効期間 | 仲介契約・FA契約が終了するまでに限定すべき |
取引先や同業者は、もともと日常的に接している相手です。制限の対象が無限定だと、普段の取引の会話までためらうことになりかねません。なお、仲介契約とは別に結ぶ秘密保持契約などにも、直接交渉の制限が入っていることがあるため、あわせて確認します。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見るテール条項:期間は2〜3年以内、対象は紹介された買い手に
テール条項は、M&Aが成立しないまま契約が終了した後、一定期間(テール期間)内に売り手がM&Aを行った場合に、契約が終わっていても業者が手数料を請求できるとする条項です。
ガイドラインは、業者が人的・物的コストをかけてM&A成立の直前まで達したのに、手数料の発生を防ぐためにあえて契約を終了させる、といったケースを念頭に置いた規定で、業者の相当程度の貢献があった場合には一定の合理性があるとしています。そのうえで、次のように目安を示しています。
| 確認点 | ガイドラインの目安 |
|---|---|
| テール期間 | 最長でも2年〜3年以内を目安とすることが望ましい |
| 対象となる買い手 | その業者が関与・接触した買い手で、売り手に紹介された者に限定すべき |
| 限定の具体的な線引き | ロングリスト・ショートリストやノンネーム・シートの提示だけの場合は対象とすべきでない。少なくともネームクリア(買い手に企業概要書を送付し、売り手の名称を開示すること)が行われ、売り手に紹介された買い手に限定すべき |
テール期間が長く、対象が無限定だと、契約を終えて別の業者に依頼した後も、前の業者の手数料を心配しなければなりません。ガイドラインも、そうした場合には売り手が新しいM&Aを断念せざるを得なくなるおそれがあると指摘しています。
手数料:料率ではなく「いくら払うか」で比べる
手数料の体系
ガイドラインは、手数料の体系として、着手金(契約締結時)、月額報酬(毎月)、中間金(基本合意時など)、成功報酬(クロージング時など)を例示し、すべてを請求する業者もあれば、成功報酬のみの完全成功報酬型の業者もあるとしています。月額報酬がある場合は、契約期間を確認しておくべきとされています。
成功報酬の計算
成功報酬は、譲渡額、移動総資産額(譲渡額+負債)、純資産額などの「基準となる価額」に、レーマン方式などの料率を掛けて計算するものが多く、さらに最低手数料が設けられていることがあります。どの価額を基準にするかで、同じ譲渡額でも手数料が大きく変わります。計算の仕組みと計算例はM&Aの手数料の仕組みで詳しく解説しています。
チェックリスト:契約前に聞く質問
| 条項 | 確認する質問の例 |
|---|---|
| 業務形態 | 仲介ですか、FAですか。相手方からも手数料を受け取りますか |
| 業務範囲 | DDとバリュエーションは誰が行いますか。クロージング後の支援はありますか |
| 手数料 | 想定譲渡額で、着手金から成功報酬まで総額でいくらになりますか。最低手数料はいくらですか |
| 専任条項 | 専任の期間は何か月ですか。税理士や他社に意見を聞くことはできますか |
| 直接交渉の制限 | 制限される相手は、紹介を受けた先だけですか。期間は契約終了までですか |
| テール条項 | テール期間は何年ですか。対象はネームクリアした先だけですか |
| 中途解約 | いつでも解約できますか。解約時に払う費用はありますか |
| 責任 | 損害賠償の要件と上限はどうなっていますか |
登録制度・税金・銀行の目線
M&A支援機関登録制度を確認する
中小企業庁のM&A支援機関登録制度では、ガイドラインの遵守を宣言した仲介者・FAが登録され、データベースで手数料体系などを確認できます。不適切な対応があった登録機関に対する注意や登録取消しも公表されています(M&A支援機関登録制度とは)。契約しようとしている業者が登録されているか、公表資料に名前がないかは、契約前に確認しておきたいところです。
手数料の税金
個人が株式を売る場合、売却のために直接要した仲介手数料は、譲渡所得の計算で譲渡費用として差し引くのが一般的です(個人株主が株式を売ったときの税金)。着手金や月額報酬が、成約しなかった場合も含めて譲渡費用になるかどうかは、支払の内容や時期によって判断が分かれることがあるため、契約書の名目とあわせて確認しておくと安心です。
銀行から見た仲介契約
会社の借入に経営者保証がついている場合、売却時に保証をどう外すかは、売り手にとって大きな問題です。ガイドラインは、支援機関に対し、中小M&Aに伴う経営者保証解除の円滑な実現に向けた助言を期待しており、参考資料13として「中小M&A時の経営者保証の取扱いについて」も公表しています。仲介者・FAが、経営者保証の解除まで交渉の対象として扱ってくれるかも、契約前に確認したい点です(事業承継と経営者保証)。
まとめ
- 契約前に、重要事項を記載した書面で説明を受け、十分な検討時間をとる。DD・バリュエーションを誰がやるかを確認する
- 専任条項は範囲を限定し、契約期間は6か月〜1年以内が目安。セカンド・オピニオンと秘密保持の一部解除をセットで確認
- 直接交渉の制限は、紹介された候補先・M&Aの目的・契約終了までに限定
- テール条項は2年〜3年以内、対象はネームクリアを経て紹介された買い手に限定
- 手数料は、想定譲渡額で総額いくら払うかで比べる。登録制度と公表資料も確認する
クレフティの代表は、ベンチャー企業のM&A仲介会社で役員を務め、仲介の実務を知る立場にありました。また、大手FASでFA・財務DD・バリュエーションを担当してきた公認会計士・税理士が在籍しています。仲介契約・FA契約の内容確認や、提示された価格・手数料のセカンドオピニオンを、事業承継・M&A支援の中でお引き受けしています。初回のご相談は無料です。担当者がお話を伺い、その後は担当の公認会計士・税理士やコンサルタントが対応します。
