オーナー社長の急逝は、家族にとって大きな悲しみであると同時に、会社にとっては経営の空白の始まりでもあります。翌日には従業員が出社し、取引先からの電話が鳴り、月末には給与や支払いの期日がやってきます。
この記事では、事業オーナーが亡くなった次の日から、会社がどうなるのかを、代表権、株式と議決権、銀行と借入、お金の動き、手続きの期限という順で整理します。いざというときに慌てないための、そして平時に備えておくための見取り図としてお使いください。
- 代表取締役は死亡で退任する。後任が決まるまで権利義務を持ち続ける扱いはない。取締役会や株主総会で後任を決める
- 取締役がオーナー1人の会社は要注意。株主総会を開けなければ、裁判所に一時取締役の選任を申し立てることになる
- オーナーの株式は相続人の共有になり、権利行使者を決めないと原則として議決権を行使できない
- 会社の借入はすぐに止まるわけではないが、社長個人の保証は相続される。銀行への早めの説明が欠かせない
- 期限は2週間(登記)・3か月(相続放棄)・4か月(準確定申告)・10か月(相続税)。遺言と株主の整理が最大の備え
亡くなった翌日、会社で何が起こるか
| 項目 | 何が起こるか | 最初にやること |
|---|---|---|
| 代表権 | 代表取締役は死亡で退任。会社を代表する人が不在になることがある | 残る取締役と株主構成を確認し、後任の選び方を決める |
| 株主総会・取締役会 | オーナーの株式は相続人の共有。議決権の行使には権利行使者の指定が必要 | 遺言の有無を確認。相続人間で権利行使者を決める |
| 会社の口座 | 会社名義の預金は会社の財産で、代表者の死亡で相続の対象にはならない。ただし、取引の権限者が社長だけだと手続きが滞る | 取引銀行に連絡し、後任の届出までの扱いを確認 |
| 社長個人の口座 | 相続財産として、原則として遺産分割まで自由に引き出せない | 葬儀費用などは、相続人ごとの仮払いの制度を確認 |
| 借入・保証 | 会社の借入はそのまま。社長の個人保証は相続人に承継されるのが原則 | 銀行に後任体制と資金繰りを説明 |
| 従業員・取引先 | 給与・支払いの期日は待ってくれない。不安から離職や取引の見直しが起きることも | 社内の連絡体制と、主要取引先への説明の順番を決める |
代表取締役がいなくなったときの会社法の手続き
死亡の場合、「権利義務の引継ぎ」はない
役員が任期満了や辞任で退任し、法律や定款で定めた員数を欠く場合は、後任が就任するまで、退任した役員がなお権利義務を持ちます(会社法346条1項、代表取締役は351条1項)。しかし、条文は任期の満了又は辞任により退任した場合を定めており、死亡は含まれません。亡くなった社長の代わりは、必ず誰かを新たに選ぶ必要があります。
会社の機関設計で手続きが変わる
| 会社の状況 | 後任の決め方 | 注意点 |
|---|---|---|
| 取締役会設置会社で、取締役が法定の員数(3人)以上残る | 取締役会で代表取締役を選定(362条2項3号・3項) | 招集手続きと定足数を確認 |
| 取締役会設置会社で、取締役が3人を下回る | 株主総会で取締役を補充し、取締役会で代表を選定。裁判所に一時取締役の選任を申し立てることもできる(346条2項) | 株主総会の招集には、相続株式の権利行使者の指定が前提になる |
| 取締役会のない会社で、ほかに取締役がいる | 定款の定め、取締役の互選、または株主総会で代表取締役を定める(349条3項)。代表取締役を定めなければ、取締役が各自代表する(349条1項・2項) | 定款の代表取締役の選定方法を確認 |
| 取締役がオーナー1人だけ | 株主総会で取締役を選任。招集する取締役がいないため、株主全員の同意による開催か、裁判所への一時取締役の選任申立てを検討 | 株主の大半がオーナーの相続人なら、まず権利行使者を決める |
株主総会は原則として取締役が招集します(296条3項)。株主全員の同意があれば招集手続きを省略して開催でき(300条)、全員が書面で同意すれば決議を省略することもできます(319条)。ただし、亡くなったオーナーの株式が相続人の共有になっていると、その「株主」として誰が同意するのかがまず問題になります。
代表取締役の変更は、変更が生じたときから2週間以内に登記しなければなりません(915条1項)。代表者の手続きの詳細は代表取締役がいなくなったときの手続きをご覧ください。
オーナーの株式と議決権はどうなるか
オーナーの株式は、遺言がなければ、遺産分割が終わるまで相続人の共有になります(民法898条、264条)。最高裁平成26年2月25日判決は、共同相続された株式は相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはない、と述べています(裁判所ウェブサイト)。
共有の株式は、共有者が権利を行使する者1人を定めて会社に通知しなければ、原則として権利を行使できません(会社法106条)。最高裁は、権利行使者の指定は共有持分の価格の過半数で決められるとし(平成9年1月28日判決。有限会社の持分の事案)、議決権の行使も、特段の事情がない限り持分の価格の過半数で決めるとしています(平成27年2月19日判決)。相続人の意見が割れると、この「過半数」が取れずに会社の意思決定が止まります。判例の詳しい内容は相続で共有になった株式の議決権で解説します。
遺言で株式の承継先が決まっていれば、その相続人が株主として議決権を行使でき、共有の問題を避けられます。急逝への最大の備えは、株式についての遺言です(経営者の遺言)。
銀行・借入・経営者保証
会社の口座と借入
会社名義の預金や借入は会社のものですから、社長が亡くなっても相続の対象にはなりません。ただし、銀行は代表者の死亡を知ると、届出の変更が済むまで一部の取引の扱いを慎重にすることがあります。インターネットバンキングの承認権限が社長1人に集中していると、振込が止まるおそれもあります。
借入については、代表者の死亡だけで直ちに返済を求められるとは限りませんが、銀行は誰が経営を引き継ぐのか、返済を続けられるのかを確認します。後任の代表者、当面の資金繰り、事業の継続方針を早めに説明することが、取引を安定させる第一歩です。
社長個人の保証
社長が会社の借入を連帯保証していた場合、保証債務は相続の対象になり、相続人に引き継がれるのが原則です(民法896条)。個人の根保証契約は、保証人の死亡によって元本が確定し(民法465条の4第1項3号)、それ以後に発生する債務は保証の対象になりません。
相続人は、相続の開始を知った時から3か月以内に、相続を承認するか放棄するかを決めます(民法915条)。保証債務の額によっては、相続放棄や限定承認を検討する場面もあるため、借入と保証の一覧を早く把握することが重要です。銀行対応の詳細は口座の凍結・借入・経営者保証はどうなるか、保証の解除は経営者保証を外す方法をご覧ください。
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事業承継・M&A支援を見るお金の動き:個人の口座、死亡退職金、保険金
社長個人の口座
社長個人の預金は相続財産です。遺産分割の前でも、各相続人は、預金額の3分の1に自分の法定相続分を掛けた額まで、単独で払い戻しを受けられます(民法909条の2)。ただし、金融機関ごとの上限額は法務省令で150万円と定められています。葬儀費用や当面の生活費の手当てとして知っておくと安心です。
会社から遺族に払うお金
会社が遺族に支払う死亡退職金は、死亡後3年以内に支給が確定したものが相続税の対象となり、「500万円×法定相続人の数」までは非課税です(相続税法3条1項2号、12条1項6号)。弔慰金は、業務上の死亡なら普通給与の3年分、業務外の死亡なら半年分までは相続税の対象とならず、超える部分は退職手当金等として扱われます(国税庁タックスアンサーNo.4120)。
会社が契約者・受取人の生命保険があれば、保険金は会社に入り、死亡退職金や借入返済の資金になります。保険金は会社の益金になるため、退職金の支給時期とあわせて、決算と税金への影響を確認します。死亡退職金の税務は死亡退職金・弔慰金の税務、保険の備えは経営者の万一に備える生命保険と資金繰りで解説しています。
決算書と銀行の見え方
死亡退職金を一度に支払うと、その期は大きな損失が出ることがあります。保険金収入と相殺されても、純資産や現預金の動きは銀行から見えます。代表の相亰の著書のモデルでは、債務償還年数を「(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)」で計算し、10年以内を健全の目安としています。一時的な支出であることを、決算説明で明確に伝えられるようにしておきましょう。
手続きの期限と、平時の備え
期限を時系列で確認する
| 期限 | 手続き | 根拠 |
|---|---|---|
| 死亡の事実を知った日から7日以内 | 死亡届の提出 | 戸籍法86条 |
| 5日以内 | 社長が厚生年金・健康保険の被保険者なら、資格喪失届の提出 | 健康保険法・厚生年金保険法の施行規則 |
| 2週間以内 | 代表取締役・取締役の変更登記 | 会社法915条1項 |
| 相続の開始を知った時から3か月以内 | 相続の承認・放棄(家庭裁判所に期間の伸長を請求できる) | 民法915条 |
| 相続の開始を知った日の翌日から4か月以内 | 社長個人の所得税の準確定申告 | 所得税法125条 |
| 相続の開始を知った日の翌日から10か月以内 | 相続税の申告・納付 | 相続税法27条 |
| 会社が相続を知った日から1年以内 | 定款に定めがあれば、相続人等に対する売渡請求 | 会社法176条 |
会社の手続き(後任の選任・登記・銀行への届出)と、家族の手続き(相続放棄の判断・遺産分割・申告)が同時に進みます。会社側は顧問税理士や後任候補が、家族側は相続人の代表が、それぞれ窓口になる体制を早めに決めると混乱を防げます。
平時にしておくべき備え
亡くなった翌日に困ることの多くは、平時の準備で避けられます。
- 株式についての遺言を作る:誰に株式を承継させるかを決めておけば、共有と権利行使者の問題を避けられる
- 取締役を複数にしておく:取締役がオーナー1人の会社は、株主総会を開く人すらいなくなる
- 銀行の権限を分散する:インターネットバンキングの承認者、届出印の管理者を複数にしておく
- 借入と保証の一覧をつくる:銀行ごとの借入残高、保証の内容、担保を家族と後任候補が分かるようにしておく
- 株主名簿を整理する:名義株や所在不明株主を整理し、相続で株主が増えないようにする(相続前にやっておく株式の集約計画)
- 退職金規程と保険を確認する:死亡退職金・弔慰金の規程、会社契約の保険の内容と受取人を確認する
備えの全体像はオーナー急逝に備えるチェックリストでまとめています。
まとめ
- 代表取締役は死亡で退任し、権利義務の引継ぎはない。取締役会・株主総会で後任を選ぶ。取締役が1人の会社は一時取締役の申立ても視野に
- オーナーの株式は相続人の共有。権利行使者を持分の価格の過半数で決めないと、議決権を行使できない
- 会社の借入はそのまま続くが、社長個人の保証は相続されるのが原則。銀行に後任体制を早く説明する
- 死亡退職金は「500万円×法定相続人の数」まで非課税。弔慰金にも非課税の目安がある
- 期限は2週間・3か月・4か月・10か月。最大の備えは遺言・複数の取締役・株主の整理
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