「子どもはまだ若い、あるいは会社を継ぐ気はない。でも、会社の株は家族に残したい」。そんなときの選択肢が、株式は親族が持ち、経営は社内の役員に任せるという承継です。上場企業では当たり前の「所有と経営の分離」を、中小企業の事業承継に取り入れる形です。
帝国データバンクの「全国『後継者不在率』動向調査(2025年)」によれば、2025年(速報値)に代表者が交代した企業の就任経緯は、内部昇格が36.1%で、同族承継の32.3%を上回りました。社内の人材が社長になる承継は、もはや例外ではありません。
この記事では、所有と経営を分ける事業承継の仕組みを、会社法のルール、判例、税金、銀行の見方から整理します。
- 会社法では、株主が取締役を選び、取締役が経営する。議決権の過半数を持つ株主が最終的な決定権を持つ
- 社長に経営を任せつつ大事な判断に関与するには、拒否権付株式(黄金株)、属人的株式、株主間契約を組み合わせる
- 取締役はいつでも解任できるが、正当な理由がなければ損害賠償を請求されうる。経営判断には裁量が認められる(最高裁平成22年7月15日判決)
- 株式を持つ親族が代表権を持たないと、法人版事業承継税制の後継者になれない。黄金株を後継者以外が持つ場合も対象外になる
- 銀行は「誰が決めているのか」と「誰が保証するのか」を見る。株主と社長の役割分担を説明できるようにする
所有と経営を分ける承継とは
所有と経営を分ける承継では、株式(所有)と代表取締役の地位(経営)を、別の人に引き継ぎます。
| 項目 | 親族が持つもの | 社内の役員が持つもの |
|---|---|---|
| 株式・議決権 | 議決権の過半数(できれば3分の2以上) | 持たない、または少数 |
| 地位 | 株主(取締役を兼ねることも) | 代表取締役 |
| 決める権限 | 取締役の選任・解任、役員報酬、定款変更、合併・事業譲渡など | 日々の業務執行、取締役会の決議事項 |
| 受け取るもの | 配当、将来の株式の価値 | 役員報酬(業績連動の部分を含むことも) |
この形が向いているのは、たとえば次のような場合です。
- 子どもが継ぐかどうかを、まだ決めていない(子どもには子どもの人生があり、継ぐ・継がないは本人と家族で話し合って決めること)
- 子どもが継ぐまでのつなぎとして、信頼できる役員に任せたい
- 会社を売るつもりはなく、配当などで家族の資産として持ち続けたい
いずれ子どもが継ぐかどうかを考えるときは、子どもに継がせるメリット・デメリットや子どもには先に外で修業させるべきかも参考にしてください。
会社法で見る、株主と社長の権限の分け方
基本は「株主が取締役を選ぶ」
取締役は株主総会の決議で選任し(会社法329条)、いつでも株主総会の決議で解任できます(339条1項)。選任・解任の決議は、議決権の過半数を持つ株主の出席と、出席株主の議決権の過半数で行います(341条)。取締役の報酬も、定款に定めがなければ株主総会で決めます(361条)。
つまり、議決権の過半数を持つ親族は、社長を選び、報酬を決め、場合によっては交代させることができます。逆に言えば、親族の持株が過半数を割ると、この仕組みは成り立ちません。
重要事項に関与する仕組み
日々の経営は社長に任せつつ、会社の将来を左右する判断には株主が関与したい。そのための道具が次のものです。
| 仕組み | 根拠 | 内容 | 注意点 |
|---|---|---|---|
| 拒否権付株式(いわゆる黄金株) | 会社法108条1項8号 | 株主総会・取締役会の決議に加え、その種類株主総会の決議を必要とする事項を定める | 誰が持つかが重要。事業承継税制の会社要件に影響する(後述) |
| 取締役選任権付株式 | 108条1項9号 | 種類株主総会で取締役を選任できる | 公開会社・指名委員会等設置会社では発行できない |
| 属人的株式 | 109条2項 | 非公開会社は、議決権や配当について株主ごとに異なる扱いを定款で定められる | 定款変更は総株主の半数以上かつ議決権の4分の3以上の賛成が必要(309条4項) |
| 株主間契約・経営委任の取決め | 契約 | 承認が必要な事項、業績目標、報酬の決め方、退任の条件などを定める | 契約違反でも会社の決議が直ちに無効になるとは限らない |
種類株式の使い方は種類株式を事業承継に使う、属人的株式は属人的株式の活用と注意点で詳しく解説しています。
社長の解任と経営判断:判例から見る線引き
解任は自由、ただし損害賠償のリスク
解任された取締役は、解任に正当な理由がある場合を除き、会社に解任による損害の賠償を請求できます(339条2項)。東京地方裁判所民事第8部(商事部)が公表している資料では、正当な理由は「解任の自由」と「役員の任期への期待の保護」の調和を図る趣旨で解釈され、一般に、職務執行上の法令・定款違反行為、心身の故障、職務への著しい不適任(経営能力の著しい欠如)が該当すると解されているとされています。また、経営能力の欠如を理由とする場合には、正当な理由を認めることに慎重な立場もあると紹介されています。
非公開会社では定款で取締役の任期を最長10年まで延ばせますが(会社法332条2項)、任期が長いほど、途中で解任したときの賠償額が大きくなりえます。社内の役員に任せる場合は、任期を2年程度にして、毎回の選任で信任を確認するほうが、お互いにとって分かりやすい運用です。
経営判断の原則:社長の判断には裁量がある
株主から見て「その判断はおかしい」と思っても、社長の判断が直ちに責任問題になるわけではありません。
| 裁判所・日付 | 事案 | 判断 |
|---|---|---|
| 最高裁第一小法廷 平成22年7月15日判決(平成21年(受)第183号) | 事業再編の一環として、子会社株式を、評価額(1株6,561円〜1万9,090円)を大きく上回る1株5万円で買い取った取締役の責任が、株主代表訴訟で争われた | 非上場株式の評価額には幅があること、円滑に株式を取得する必要性、経営会議での検討や弁護士の意見聴取などの手続きを踏まえ、決定の過程・内容に著しく不合理な点はないとして、善管注意義務違反を否定した |
この判決は、所有と経営を分けた会社の両方の立場に示唆を与えます。社長にとっては、判断の過程(検討の場、専門家の意見、資料)を残しておけば、結果だけで責任を問われにくいということです。株主にとっては、気に入らない判断を責任追及で覆すのは難しいので、事前に承認事項を決めておくことが大切だということです。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る税金:事業承継税制と、配当・報酬の受け取り方
法人版事業承継税制が使えなくなることがある
法人版事業承継税制(特例措置)を使えば、後継者が贈与・相続で取得した株式に係る贈与税・相続税の納税を猶予できます。しかし、国税庁の手引きでは、後継者(特例経営承継受贈者)の要件として、次のことが求められています。
- 贈与の日に18歳以上であること
- 贈与の時に会社の代表権を持っていること
- 特別の関係がある者と合わせて議決権の50%超を持ち、その中で最も多くの議決権を持つこと(後継者が1人の場合)
- 贈与の直前に会社の役員であること
さらに会社の要件として、後継者など一定の者以外が拒否権付株式(会社法108条1項8号の種類株式)を持っていないことが求められます。
| 承継の形 | 事業承継税制 |
|---|---|
| 子どもが株式と代表権の両方を承継 | 要件を満たせば使える |
| 子どもが株式、社内の役員が代表権 | 子どもは代表権がないため、後継者の要件を満たさない |
| 社内の役員が代表権、先代が黄金株を保持 | 会社の要件を満たさない可能性がある |
特例措置は令和9年(2027年)12月31日までの贈与・相続等が対象で、特例承継計画の提出期限は令和9年9月30日までです(国税庁タックスアンサー No.4439)。所有と経営を分けるなら、事業承継税制を使わない前提で納税資金を準備するか、子どもがいずれ代表権を持つ時期を見据えて計画を立てる必要があります。制度の概要は事業承継税制の解説、株式の移し方は暦年贈与・相続時精算課税で株式を移す方法をご覧ください。
株主は配当、社長は報酬
所有と経営を分けると、利益の受け取り方も分かれます。社長の役員報酬は、定期同額給与などの要件を満たせば会社の損金になります。株主である親族への配当は、会社の税引後利益から払うもので損金になりません。
経営に関わっていない親族を役員にして報酬を払う、という形は、職務の実態がなければ過大報酬として否認されるおそれがあります。役員報酬の決め方と融資への影響は役員報酬の決め方も参考にしてください。
社長のやる気をどう引き出すか
会社の株価が上がっても、株式を持たない社長には直接の見返りがありません。業績に連動する賞与(役員報酬の設計の範囲内で)や、一部の株式・新株予約権を持ってもらう方法があります。ただし、社長に株式を持たせると株主構成が変わり、将来の買戻しの価格や税金の問題が生じます。持たせる場合は、退任時に誰がどの算定方法で買い戻すかを、株主間契約で決めておきましょう。
銀行は誰を見ているか
金融機関は、所有と経営が分かれた会社について、次の点を確認します。
- 最終的な意思決定者は誰か:社長が交代させられるリスク、株主と社長の対立のリスク
- 経営者保証を誰が負うか:社長が保証人になるのか、株主である親族が保証するのか
- 株主への資金流出:過大な配当や、株主一族との取引で会社の資金が流れていないか
経営者保証に関するガイドラインは、実質的な経営者の保証の扱いを個別に判断する考え方をとっています。社長だけが保証人になり、株主である親族は保証しない、という形は、社長の側から見ると「責任だけを負う」ことになり、引き受け手が見つからない原因になります。保証の扱いは社内後継者と経営者保証・借入の引継ぎで詳しく解説しています。
銀行に説明するときは、株主総会で何を決め、社長に何を任せているのか、役割分担を書面にして示すと伝わりやすくなります。
まとめ
- 所有と経営の分離では、議決権の過半数を持つ株主が社長を選び、報酬を決める
- 重要事項への関与は、拒否権付株式・属人的株式・株主間契約で設計する
- 解任は自由だが、正当な理由がなければ損害賠償のリスク。社長の経営判断には裁量がある(最高裁平成22年7月15日判決)
- 代表権のない親族は事業承継税制の後継者になれない。黄金株の持ち方にも注意
- 銀行には、意思決定者と保証人、株主と社長の役割分担を説明できるようにする
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