子どもが継がない、親族に適任者がいない。そんなとき、長年会社を支えてきた役員や従業員に会社を託す方法があります。役員による買取りをMBO(マネジメント・バイアウト)、従業員による買取りをEBO(エンプロイー・バイアウト)と呼びます。
社内承継は、社風や取引先との関係を引き継ぎやすい一方、買い手に株式を買うお金がないという大きな壁があります。そして、価格を下げれば税金の問題が生じます。この記事では、MBO・EBOの資金と株価の考え方を、税法の規定、最高裁判決、公的な融資・保証制度で整理し、銀行から見た返済計画のポイントまで解説します。
- MBO・EBOの形は、個人が直接買う、受け皿会社(SPC)が借入で買う、会社が自己株式として一部を買うの組み合わせ
- 価格は「M&Aの価格」「税務上の時価」「相続税評価額」で違う。安く譲るほど、みなし贈与(個人間)やみなし譲渡(法人への譲渡)のリスクが高まる
- 法人に譲渡する場合の時価は、所得税基本通達59-6により売り手の譲渡直前の議決権で判定する。最高裁令和2年3月24日判決がこの考え方を支持した
- 資金は、日本政策金融公庫の事業承継・集約・活性化支援資金、信用保証協会の事業承継関連の保証などを組み合わせる
- 返済原資は会社の利益。銀行は債務償還年数で「何年で返せるか」を見る
MBO・EBOの基本的な形
| 形 | 仕組み | 長所 | 短所 |
|---|---|---|---|
| 個人が直接買う | 後継者の役員が、オーナーから株式を買う | 仕組みが単純 | 個人で多額の借入が必要。返済原資は役員報酬(所得税後)になる |
| 受け皿会社(SPC)が買う | 後継者が出資して新会社をつくり、新会社が借入で株式を買う | 返済原資を事業会社からの配当にでき、個人の税負担を抑えやすい | 会社が2つになり、借入がグループに残る。合併などの再編が必要になることも |
| 会社が自己株式として買う | 事業会社がオーナーの株式の一部を買い取り、残りを後継者が買う | 後継者が買う株数を減らせる | 分配可能額の範囲内に限られる。売り手にみなし配当が生じる |
実務では、これらを組み合わせることが多くなります。たとえば、事業会社がオーナーの株式の一部を自己株式として買い取り、残りを後継者のSPCが借入で買う、という形です。自己株式の取得の手続きと税金は会社による自己株式の取得で解説しています。
オーナー側の手取りを考えるときは、株式の代金とは別に役員退職金を受け取る組み合わせもあります。株式の価格と退職金の分け方は退職金スキームとはをご覧ください。
価格をどう決めるか:3つの「株価」
MBO・EBOの価格には、性質の違う3つの物差しが関わります。
| 物差し | 使われる場面 | 決まり方 |
|---|---|---|
| M&Aの価格(事業価値ベース) | 第三者に売った場合の水準 | 正常収益力、純資産、将来の事業計画などから交渉で決まる |
| 税務上の時価(所得税・法人税) | 法人への譲渡、低額譲渡の判定 | 所得税基本通達59-6などに沿って、財産評価基本通達を修正して計算するのが原則 |
| 相続税評価額 | 個人間の贈与・相続、個人間のみなし贈与の判定 | 財産評価基本通達。取得者が同族株主か少数株主かで評価方式が変わる |
オーナーとしては、長年の功労に報いる意味で、従業員に「第三者に売るより安く」譲りたいと考えることが多いでしょう。それ自体は自然な判断ですが、税務上の時価を大きく下回ると、税金の問題が生じます。M&Aの価格と税務上の価格がなぜ違うのかは相続税評価額・税務上の時価・M&A価格はなぜ違うかで詳しく解説しています。
個人どうしの譲渡:買い手にみなし贈与
個人から個人へ、時価より著しく低い価額で財産を譲り受けると、時価との差額は贈与により取得したものとみなされます(相続税法7条)。このときの時価は、買い手の立場で財産評価基本通達を当てはめて判断するのが基本です。
従業員が少しだけ株式を買うなら、買い手は少数株主として配当還元方式の評価が使える場合があります。一方、MBOで後継者が議決権の過半数を取得するなら、買い手は同族株主となり、原則的評価(類似業種比準方式・純資産価額方式)で判定されます。
法人への譲渡:売り手にみなし譲渡
個人が法人に、時価の2分の1に満たない価額で株式を譲渡すると、売り手は時価で譲渡したものとみなされます(所得税法59条1項2号、所得税法施行令169条)。SPCを使うMBOでは、この規定に注意が必要です。
このときの時価について、所得税基本通達59-6は、財産評価基本通達の例によることを原則としつつ、次のような修正を加えるとしています。
- 同族株主に該当するかどうかは、株式を譲渡した個人の、譲渡直前の議決権の数で判定する
- 譲渡した個人が中心的な同族株主に当たる場合は、その会社を小会社に当たるものとして評価する
- 会社が持つ土地や上場有価証券は、譲渡の時の時価で評価する
- 純資産価額の計算で、評価差額に対する法人税額等に相当する金額を控除しない
つまり、オーナーがSPCに株式を売る場合は、買い手が誰かではなく、売り手であるオーナーの立場で時価が計算されます。
最高裁令和2年3月24日判決:時価は「売り手の立場」で判定
この考え方が争われたのが、最高裁第三小法廷令和2年3月24日判決です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 事案 | 大会社に当たる非上場会社の代表取締役が、その株式72万5,000株を、関係する有限会社に1株75円(配当還元方式による額)で譲渡した。譲渡直前、代表者の議決権割合は単独で15.88%、同族関係者と合わせて22.79%だった |
| 税務署長の判断 | 譲渡人の立場で判定すれば少数株主に当たらず、類似業種比準方式で評価すべき(異議決定後の価額は1株2,505円)。低額譲渡に当たるとして更正処分 |
| 原審(東京高裁平成30年7月19日判決) | 通達の文言どおり、取得者の取得後の議決権割合で判定すべきとして、納税者の請求を一部認容 |
| 最高裁の判断 | 所得税法59条1項は、譲渡人に生じた増加益に課税する規定であり、少数株主に当たるかどうかは譲渡人の譲渡直前の議決権で判断するのが相当。原判決のうち国の敗訴部分を破棄し、東京高裁に差し戻した |
出典:国税庁 税務訴訟資料 第270号-44(順号13404)
国税庁はこの判決を受けて、令和2年8月28日付で所得税基本通達59-6を改正し、判定に使う議決権が譲渡・贈与の直前のものであることなどを明確にしました(国税庁「所得税基本通達の制定について」の一部改正について(法令解釈通達))。
MBO・EBOへの示唆
この判決は、オーナーが持株会社や受け皿会社に株式を売る場面に直結します。オーナーが支配株主である以上、譲受側の会社が少数株主に当たるとしても、配当還元方式の価額で売れば低額譲渡と判断されるおそれがあります。MBOの価格を決めるときは、「オーナーの立場で計算した59-6の時価」の2分の1を下回らないかを、必ず確認してください。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る買取資金をどう用意するか
公的な融資・保証制度
| 制度 | 運営 | 主な内容 |
|---|---|---|
| 事業承継・集約・活性化支援資金 | 日本政策金融公庫 | 事業承継計画を策定している方、経営承継円滑化法の認定を受けた中小企業者の代表者や「認定を受けた事業を営んでいない個人」などが対象。中小企業事業の直接貸付の限度額は14億4千万円、運転資金の返済期間は10年以内(据置5年以内)。株式等(のれん代を含む)の取得資金で担保を徴しない場合の利率引下げや、経営者保証を免除する特例もある |
| 事業承継サポート保証 | 信用保証協会 | 新設の持株会社が事業会社の株式を買い取る資金などに利用できる |
| 特定経営承継関連保証 | 信用保証協会 | 経営承継円滑化法の認定を受けた後継者である代表者が、承継に伴い株式等を取得する資金 |
| 特定経営承継準備関連保証 | 信用保証協会 | 従業員など事業を営んでいない個人によるEBO等の買収資金 |
出典:日本政策金融公庫「事業承継・集約・活性化支援資金」、全国信用保証協会連合会「事業承継をお考えの方」
信用保証協会の各保証の限度額は2億8,000万円とされています。要件や取扱期間は改正されることがあるため、利用前に必ず最新の案内を確認してください。公的制度の全体像は事業承継・M&Aの補助金と公的支援にもまとめています。
オーナーが協力できること
金融機関の融資だけで全額をまかなえないときは、オーナー側の協力も選択肢になります。
- 代金の一部を分割払いにする:オーナーが売買代金の一部を後払いで受け取る(実質的にオーナーが資金を貸す)
- 段階的に譲渡する:議決権の過半数をまず移し、残りは数年かけて譲る
- 退職金と組み合わせる:株価が下がった年に株式を譲る。ただし退職の実態が前提
いずれも、オーナーが売却後もリスクを負う形になります。分割払いの条件や、払われなかった場合の扱いを契約で決めておくことが大切です。
返済計画と銀行の見方
MBO・EBOの借入は、形式上は後継者個人やSPCの借入でも、返済原資は事業会社の利益です。銀行は、グループ全体として何年で返せるかを見ます。
たとえば、SPCが2億円を借りて株式を買い、事業会社の税引後のキャッシュフローが年4,000万円なら、ほかの借入がなければ単純計算で5年です。もともと事業会社に借入が3億円あれば、合計5億円÷4,000万円で12.5年となり、銀行の見方は厳しくなります。
| 銀行が確認すること | 準備しておくもの |
|---|---|
| 価格の妥当性 | 株価算定書、税務上の時価の確認資料 |
| 返済の見通し | 承継後3〜5年の事業計画、資金繰り表 |
| 後継者の経営能力 | 後継者の経歴、担当してきた部門の実績 |
| 経営者保証 | 旧経営者の保証の扱い、新経営者の保証の要否 |
経営者保証の引継ぎについては、金融庁の公表資料で、代表者交代時に新旧両経営者から保証を取る割合は小さくなっています。詳しくは社内後継者と経営者保証・借入の引継ぎで解説しています。M&A融資の審査全般はM&Aの買収資金を融資で調達するにはをご覧ください。
まとめ
- MBO・EBOは、個人の直接取得、SPCの借入による取得、会社の自己株式取得を組み合わせて設計する
- 価格を下げるほど、個人間ではみなし贈与、法人への譲渡ではみなし譲渡のリスクが高まる
- 法人に譲渡するときの時価は、売り手の譲渡直前の議決権で判定する(所得税基本通達59-6、最高裁令和2年3月24日判決)
- 資金は、公庫の事業承継・集約・活性化支援資金や信用保証協会の事業承継関連の保証、オーナーの分割払いなどを組み合わせる
- 銀行は債務償還年数で返済能力を見る。価格・借入額・返済期間を事業計画とセットで示す
社内承継は、会社を一番よく知る人に託す選択です。クレフティには、大手FASで株価算定・財務デューデリジェンスを担当してきた公認会計士・税理士が在籍しています。株価の算定、税務上の時価の確認、SPCを使う場合の税務、融資の資料づくりまで、事業承継・M&A支援としてお手伝いしています。初回のご相談は無料です。担当者がお話を伺い、担当の公認会計士・税理士が具体的な進め方をご案内します。
