企業価値と株価

相続税評価額・税務上の時価・M&A価格はなぜ違うか|同じ株に3つの値段がつく理由と、時価をめぐる判例・裁決

「M&Aの提案では5億円と言われたのに、相続税の評価では1億円。うちの株は、本当はいくらなんですか?」。オーナー経営者から、こうした質問をよく受けます。

答えは「どちらも正しい」です。非上場会社の株式には、相続税評価額、所得税・法人税でいう税務上の時価、第三者とのM&A価格という、少なくとも3つの値段があります。決め方も目的も違うため、金額が一致しないのは自然なことです。問題は、どの場面でどの値段を使わなければならないかを間違えると、思わぬ課税を受けることです。

この記事では、3つの値段の決まり方と、違いが生まれる理由を整理したうえで、税務上の時価をめぐって争われた判例・裁決を、裁判所と国税不服審判所の公表資料で確認できたものに限って紹介します。

この記事の結論
  • 非上場株式には「相続税評価額」「税務上の時価」「M&A価格」の3つの値段がある。目的と決め方が違うので一致しない
  • 相続税評価額は財産評価基本通達で画一的に計算する。税務上の時価は、所得税・法人税の通達が評価通達を条件付きで借りて計算する。M&A価格は交渉で決まる
  • 最高裁(令和2年3月24日)は、個人が法人に株式を売る場面の時価は、譲渡人の支配力に応じて評価すべきだと判断した
  • 親族・同族会社との取引では、交渉や和解で決めた価格でも時価と認められないことがある(令和7年9月10日裁決など)
  • 第三者とのM&A価格が相続税評価額より高くても、それだけで相続税評価が否定されるわけではない。ただし総則6項の問題は残る

同じ株に3つの値段がつく

相続税評価額税務上の時価(所得税・法人税)M&A価格
使う場面相続・贈与個人・法人の間の株式の売買、低額譲渡の判定第三者への売却
根拠相続税法22条(時価)と財産評価基本通達所得税法59条、法人税法22条2項・37条と各基本通達当事者の合意
決め方類似業種比準方式・純資産価額方式・配当還元方式を会社規模や株主の立場で使い分け所得税基本通達59-6、法人税基本通達9-1-13・9-1-14の条件のもとで評価通達の例による(売買実例などがあればそれも参酌)時価純資産法、EV/EBITDA倍率法、DCF法などを目安に交渉
特徴交渉がないため画一的に計算する相続税の評価方法を、譲渡の場面に合わせて修正して使う将来の収益力、支配権、統合効果まで織り込む

相続税評価額:交渉がないから「物差し」を決めている

相続や贈与には、売り手と買い手の交渉がありません。そこで国税庁は財産評価基本通達で評価方法を定め、誰が計算しても同じ結果になるようにしています。同族株主が取得する株式は、類似業種比準方式と純資産価額方式を会社規模に応じて組み合わせる原則的評価、少数株主が取得する株式は配当をもとにした配当還元方式で評価します。基本は自社株評価の方法と非上場株式の相続税評価の基本をご覧ください。

税務上の時価:相続税の物差しを「条件付き」で借りる

個人が法人に株式を売る、法人が株式を売買する、といった場面では、所得税や法人税の計算に「時価」が必要になります。

  • 個人が法人に、時価の2分の1未満で株式を譲渡すると、時価で譲渡したものとみなされる(所得税法59条1項2号、所得税法施行令169条)
  • 法人が低い価格で資産を譲り受けると、時価との差額が受贈益として益金になる(法人税法22条2項)。低い価格で譲渡すると、差額が寄附金とされることがある(同法37条)
  • 個人が著しく低い価格で財産を譲り受けると、差額に贈与税がかかることがある(相続税法7条)

取引相場のない株式の時価について、所得税基本通達59-6は、評価通達の例により算定することを原則としつつ、同族株主に当たるかどうかは譲渡・贈与した個人の譲渡直前の議決権で判定する、中心的な同族株主に当たるときは発行会社を常に「小会社」として評価する、土地や上場株式は譲渡の時の価額で評価する、純資産価額の計算で評価差額に対する法人税額等相当額を控除しない、といった条件をつけています。法人税基本通達9-1-14も、法人税の場面について同じような条件を定めています。

つまり税務上の時価は、同じ物差しを使いながら、相続税評価額より高めに出るように修正されています。

M&A価格:交渉で決まる

第三者とのM&Aでは、中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」がいうように、時価純資産法や類似会社比較法などで算定した金額を基に交渉し、当事者が最終的に合意した金額が譲渡額になります。買い手は、将来の収益力、統合による効果、支配権を得ることの価値を含めて価格を考えます。

なぜ値段が違うのか

3つの値段が一致しない主な理由は、次のとおりです。

理由相続税評価額への反映M&A価格への反映
将来の収益力・成長類似業種比準方式は過去の配当・利益・簿価純資産で計算し、将来の成長は直接反映しない事業計画やEBITDAの倍率で織り込む
不動産などの含み益路線価・固定資産税評価額で評価し、評価差額の38%(2026年4月1日以後の相続・贈与)を控除時価で評価し、税金相当額の扱いは交渉次第
支配権の価値原則的評価と配当還元方式の区分で一部反映支配権プレミアムとして上乗せされることがある
統合による効果(シナジー)反映しない買い手が一部を価格に上乗せすることがある
画一性と予測可能性誰が計算しても同じになることを重視個別の事情を最大限反映する

実際の取引価格の水準は、中小企業庁の「M&A支援機関登録制度」のウェブサイトで公表されている「登録支援機関を通じた中小M&Aの集計結果」が参考になります。株式譲渡価額を純資産で割ったPBR(株価純資産倍率)は、純資産が2千万円超の区分で、第1四分位0.5倍〜第3四分位3.4倍の範囲に分布し、各区分の中央値は1倍〜2倍程度と解説されています(M&A支援機関登録制度・集計結果)。同ウェブサイトは、データにばらつきがあり、あくまで参考として使うよう注意を促しています。

判例・裁決で見る「税務上の時価」

ここからは、非上場株式の税務上の時価をめぐる判例・裁決を紹介します。いずれも裁判所ウェブサイト、国税不服審判所ウェブサイトで内容を確認したものです。

所得税・法人税の場面

判決・裁決事案の概要結論
最高裁第三小法廷 令和2年3月24日判決(平成30年(行ヒ)第422号)大会社の代表者が、自分の持つ株式を配当還元方式の1株75円で法人に譲渡。税務署は類似業種比準方式で時価を算定し、低額譲渡として課税譲受人が少数株主に当たることを理由に配当還元価額を時価とした原審は誤り。譲渡人の支配力に応じて評価すべきとして、高裁に差し戻し
国税不服審判所 令和7年9月10日裁決同族会社の株式を、親族が経営する会社に、訴訟上の和解で合意した価格で譲渡和解価格は時価とはいえない。譲渡人が中心的な同族株主に当たるため、発行会社を小会社として評価。時価の2分の1未満でみなし譲渡課税(棄却)
東京高裁 平成28年4月21日判決(平成27年(行コ)第157号)法人が、取引相場のない出資持分を低い価格で譲り受けた低額譲受けの差額(受贈益)は法人税法22条2項の収益に当たる。取得者は同族株主・中心的な同族株主に当たり、配当還元方式は使えない

#### タキゲン事件(最高裁 令和2年3月24日判決)

判決によれば、事案の会社は売上約236億円、従業員449人の大会社です。代表取締役が、自分の持つ株式72万5,000株を、1株75円(配当還元方式で算定した額と同額)で、金銭の貸付業などを目的とする有限会社に譲渡しました。譲渡の直前、代表者と同族関係者の議決権は22.79%で、譲渡後、譲受人の議決権は7.88%でした。

税務署は、時価は類似業種比準方式で1株2,990円(異議申立て後に2,505円に減額)であり、譲渡は時価の2分の1未満の低額譲渡に当たるとして課税しました。東京高裁は、評価通達の文言どおり、少数株主かどうかは取得者の取得後の議決権で判定すべきだとして、納税者の主張を認めていました。

最高裁は、譲渡所得課税は、資産が所有者の手を離れる機会に、譲渡人のもとで生じていた値上がり益を清算して課税するものだと指摘しました。そして、譲受人の会社への支配力の程度は、譲渡人のもとで生じている値上がり益の額に影響しないので、相続税の場面を前提とする評価通達の定めをそのまま使うことはできず、譲渡人の支配力の程度に応じた評価方法を用いるべきだとして、原判決を破棄し、差し戻しました(裁判所ウェブサイト)。

補足意見では、通達は法規命令ではなく、国民や裁判所を拘束するものではないという指摘もされています。国税庁は判決後の2020年8月に所得税基本通達59-6を改正し、条件を明確にしました(国税庁は、これまでの取扱いを変えるものではないと説明しています)。

#### 和解価格は時価か(令和7年9月10日裁決)

請求人は、父が設立した同族会社の株式を保有していましたが、会社を経営する弟側と対立し、株主総会の決議の取消しなどをめぐる訴訟になりました。その訴訟の中で和解が成立し、請求人は保有株式を、親族が経営する別の会社に和解で決めた価格で譲渡しました。

請求人は、厳しく対立する中で交渉を尽くし、担当裁判官の強い勧めもあって決まった価格であり、会社を支配していなかった自分の株式を原則的評価で評価するのは妥当でないと主張しました。審判所は、時価とは不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立する価額であり、訴訟上の和解という個別の事情の下で同族関係者間で成立した価格はこれに当たらないと判断しました。また、株主間の対立の状況はさまざまで、それを評価に反映させると基準があいまいになるとして、請求人が中心的な同族株主に当たる以上、所得税基本通達59-6により小会社として評価するのが相当だとしました(国税不服審判所ウェブサイト)。

株主間の争いを和解で解決するとき、価格は当事者が決められても、税務上の時価は別に判定されることを示す裁決です。

相続税・贈与税の場面

判決・裁決事案の概要結論
国税不服審判所 平成2年6月18日裁決(裁決事例集No.39 401頁)従業員株主が「退職時は額面で会社の指示に従い譲渡する」と誓約していた株式の相続会社と従業員という特定の関係にある当事者間の契約による価格は、客観的交換価値を表すものではない。額面での評価は採用できない
国税不服審判所 平成16年3月30日裁決(裁決事例集No.67 679頁)合併・株式交換の契約締結後に相続が開始。相手会社の株価と合併比率から評価すべきと主張合併比率の算定は時価算定が目的ではなく、当事者の思惑も入り得る。評価通達による評価が相当
国税不服審判所 平成10年1月29日裁決(裁決事例集No.55 533頁)配当還元方式で評価されることを利用して贈与税の負担軽減を図る目的で株式を取得配当還元方式を適用すると実質的な租税負担の公平を著しく害するとして、時価純資産価額を基に評価
東京地裁 令和7年1月17日判決(令和4年(行ウ)第100号)株式保有特定会社に当たらないよう、被相続人が新株を引き受けて会社の資産構成を変えた。税務署は総則6項により純資産価額方式で課税相続税の負担が著しく軽減されたとまでは評価できないとして、通達評価を上回る価額での課税は平等原則に反し違法(処分を取消し)

東京地裁令和7年1月17日判決は、相続税の負担軽減の意図があっても、軽減の程度などから見て総則6項の適用を認めなかった例です(裁判所ウェブサイト。第一審の判決です)。判断の枠組みは、不動産について通達評価を上回る課税を認めた最高裁令和4年4月19日判決と同じで、通達による画一的な評価が実質的な租税負担の公平に反する事情があるかが問われます。総則6項の考え方は総則6項と株式評価で詳しく扱います。

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M&A価格が「時価」として扱われる場合・扱われない場合

ここまでの判例・裁決から、実務上のポイントを整理します。

場面税務上の考え方注意点
利害関係のない第三者へのM&A交渉で合意した価格が尊重されるのが通常価格の根拠(算定書、交渉の経緯)を残す
親族・同族会社・役員への売却所得税基本通達59-6などによる時価との差が問われる2分の1未満ならみなし譲渡課税。法人側は受贈益、個人の譲受人は贈与税の問題
株主間の争いを和解で解決和解価格でも時価とは限らない(令和7年9月10日裁決)和解条項を決める前に税務上の時価を試算する
M&Aの交渉中に相続が発生相続税評価は評価通達によるのが原則交渉価格との差が大きい場合、総則6項の適用が問題になり得る
売却直前の贈与・相続対策評価通達によるのが原則評価を下げる目的の取引は、裁決・判例で否認された例がある

特に気をつけたいのは、会社を売る前に、家族や資産管理会社に株式を移すケースです。数か月後に第三者へ高い価格で売る予定があるのに、直前に相続税評価額で親族に贈与したり、資産管理会社に安く売ったりすると、課税庁から時価との差を問題にされるおそれがあります。株式の移動は、売却の計画とセットで設計する必要があります。

3つの値段を並べて、場面ごとに使い分ける

実務では、次の順で進めることをおすすめします。

  1. 3つの値段を同じ時点で試算する:相続税評価額、所得税基本通達59-6による時価、M&Aを想定した価格(時価純資産法やEBITDA倍率)を並べる
  2. 取引の相手との関係を確認する:第三者か、親族・同族会社・役員か。議決権の割合はどうなるか
  3. 価格の根拠を文書に残す:算定書、交渉の記録、取締役会の議事録など
  4. 制度の動きを確認する:国税庁は2026年4月から「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」で評価方法の見直しを議論しているが、2026年10月時点で新しい評価方法は確定していない。動きは非上場株式の評価見直しの最新動向で追っている

売却の手取りの考え方は会社を売ったら手元にいくら残るかをご覧ください。

まとめ

  • 非上場株式には「相続税評価額」「税務上の時価」「M&A価格」の3つの値段があり、目的と決め方が違うので一致しない
  • 税務上の時価は、相続税評価の物差しを条件付きで借りて計算する。譲渡人の支配力で判断するのが最高裁の考え方
  • 親族・同族会社との取引では、和解や交渉で決めた価格でも時価と認められないことがある
  • 相続税評価では、合併比率や社内の誓約による価格は時価とされなかった。総則6項は、事情によって適用が認められた例も、認められなかった例もある
  • 株式を動かす前に、3つの値段を同じ時点で試算し、場面ごとに使い分ける

クレフティでは、M&Aを想定した株価算定と、相続税評価額・税務上の時価の試算を並べて、売却・承継・株式の移動の計画づくりをお手伝いしています。初回のご相談は無料で、担当者がお話を伺い、その後は担当の公認会計士・税理士が対応します。詳しくは事業承継・M&A支援をご覧ください。

よくある質問

M&Aで合意した価格と相続税評価額が違うのは、おかしなことですか?
おかしなことではありません。相続税評価額は、交渉のない相続・贈与で使うために財産評価基本通達が画一的に定めた評価方法です。M&A価格は、買い手が将来の収益力や支配権、統合による効果まで考えて交渉で決める価格です。目的も決め方も違うため、数倍の差がつくこともあります。
親族や自分の会社に株式を売るとき、いくらで売ればいいですか?
利害関係のある相手との売買は、税務上の時価との差が問題になります。個人が法人に売る場合、時価の2分の1未満なら時価で譲渡したものとみなされます(所得税法59条1項2号、所得税法施行令169条)。取引相場のない株式の時価は、原則として所得税基本通達59-6の条件のもとで財産評価基本通達の例により算定します。最高裁(令和2年3月24日判決)は、この場面で譲受人ではなく譲渡人の支配力に応じて評価すべきだと判断しました。
当事者が交渉して決めた価格なら、税務上も時価として認められますか?
利害関係のない第三者どうしの交渉なら、合意した価格が尊重されるのが通常です。しかし、国税不服審判所の令和7年9月10日裁決は、親族が経営する会社への株式譲渡で、訴訟上の和解で成立した価格を「不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立する価額」とはいえないとして、時価とは認めませんでした。交渉の経緯があっても、当事者の関係によっては時価と扱われないことがあります。

※本記事は2026年10月18日時点の法令・制度に基づく一般的な解説です。個別の状況により結論が異なるため、実行前に専門家へご相談ください。

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