M&Aの税務

会社を売ったら手元にいくら残るか|株式譲渡の税金20.315%、令和9年からの追加負担、退職金との組み合わせを試算

「会社を売ったら、結局、手元にいくら残るのか」。M&Aを考え始めたオーナー経営者が、最初に知りたいのはこの数字です。提示された株式の価格がそのまま手に入るわけではありません。仲介やアドバイザーへの報酬、株式の譲渡益にかかる税金、受け取り方によっては退職金の税金がかかり、さらに令和9年分からは、所得が極めて高い人への追加負担が強化されます。

この記事では、会社を売ったときの手取り額を、国税庁・財務省の資料で確認した税率と計算式をもとに試算します。株式だけで受け取る場合と、役員退職金と組み合わせる場合を比べ、売却代金から差し引かれるもの、退職金が否認された裁決例、納税のスケジュールまで整理します。

この記事の結論
  • 個人株主が株式を売ると、譲渡益(売却代金-取得費-譲渡費用)に20.315%がかかる。令和9年以後も合計税率は20.315%のまま
  • 令和8年度改正で、所得が極めて高い人への追加負担が令和9年分から「1億6,500万円・30%」に強化される。株式の譲渡益だけで見ると、おおむね3億4,000万円を超えると追加負担が生じる
  • 試算では、5億円で売る場合の手取りは令和8年分なら約3億8,800万円、令和9年分なら約3億7,000万円(仮定つきの概算)
  • 退職金との組み合わせは、勤続年数・金額・会社側の損金算入で効果が変わる。役員勤続5年以下は2分の1課税が使えない。退職所得も追加負担の計算に入る
  • 退職金は「実質的な退職」と「金額の相当性」で否認されることがある。手取りの試算は、否認のリスクと納税資金まで含めて行う

手取り額の基本式:何が差し引かれるのか

会社(株式)を売ったときの手取り額は、おおまかに次の式で考えます。

手取り額 = 株式の譲渡代金 + 退職金など会社から受け取る額 - 譲渡費用(仲介・FA報酬など) - 税金(所得税・住民税・追加負担)

ただし、契約上の「譲渡代金」が全額、決済日に入ってくるとは限りません。実務では、次のような項目で受取額が増減します。

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表明保証違反の補償決済後に代金の一部を返すことがある-

手取りの試算では、まず「いつ、いくら、確実に受け取れるのか」を契約書の条項ごとに分けてから、税金を計算します。

株式譲渡の税金:20.315%と譲渡益の計算

税率の内訳

個人が非上場株式を売ったときの譲渡益は、ほかの所得と分けて計算する申告分離課税です(租税特別措置法37条の10)。税率は所得税15%、復興特別所得税0.315%(所得税額の2.1%)、住民税5%の合計20.315%です。

令和8年度税制改正では、令和9年1月から所得税額に1%の防衛特別所得税が課される一方、復興特別所得税の税率が1%引き下げられ、課税期間が令和29年まで延長されました(財務省「令和8年度税制改正の大綱の概要」)。所得税15%×(1%+1.1%)=0.315%となるため、株式譲渡益の合計税率は令和9年以後も20.315%です。

譲渡益の計算

譲渡益 = 譲渡代金 -(取得費 + 譲渡費用)

取得費は、設立時や増資時に払い込んだ金額です。分からない場合や実際の取得費が低い場合は、譲渡代金の5%(概算取得費)を使えます。資本金1,000万円で設立した会社を5億円で売るなら、概算取得費2,500万円のほうが大きくなります。仲介会社やFAへの成功報酬などは譲渡費用になります。詳しくは個人株主が株式を売ったときの税金をご覧ください。

令和9年分からの追加負担:1.65億円・30%

所得が極めて高い人には、通常の税金に加えて追加の負担がかかる仕組みがあります(租税特別措置法41条の19「特定の基準所得金額の課税の特例」)。国税庁タックスアンサー「No.2270 特定の基準所得金額の課税の特例」によれば、令和7年分からの算式は次のとおりです。

令和7・8年分:(基準所得金額 - 3億3,000万円)× 22.5% - 基準所得税額令和9年分以後:(基準所得金額 - 1億6,500万円)× 30% - 基準所得税額

令和9年分以後の数字は、令和8年度税制改正の大綱で「特別控除額を1億6,500万円(現行:3億3,000万円)に引き下げるとともに、税率を30%(現行:22.5%)に引き上げる」とされたもので、財務省の広報誌「ファイナンス」(2026年4月号)の解説では、令和9年分の所得税から適用すると説明されています。

ポイントは、基準所得金額に非上場株式の譲渡益と退職所得金額が含まれることです(国税庁No.2270)。会社を売った年に、株式の譲渡益と退職金が重なれば、両方が計算に入ります。基準所得税額は、この特例がないものとして計算した所得税額(復興特別所得税を含む)です。住民税はこの措置の対象外です。制度の詳細は金融所得課税の強化とオーナーへの影響で解説しています。

株式の譲渡益だけで見ると、基準所得税額は譲渡益の約15.315%です。(譲渡益-1億6,500万円)×30%がこれを上回るのは、譲渡益がおおむね3億4,000万円を超えたときです。令和7・8年分の基準では、譲渡益がおおむね10億円台前半に達するまで追加負担は生じません。

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試算①:株式だけで受け取る場合

次の前提で試算します。いずれも説明のための仮定で、実際の報酬額や取得費は案件ごとに異なります。

  • オーナーが個人で100%保有。資本金1,000万円で設立(取得費は実額と概算取得費の大きいほう)
  • 譲渡費用(仲介・FAの成功報酬など)は2,000万円と仮定
  • 同じ年にほかの所得はないものとし、基準所得税額は譲渡益×15.315%で概算
譲渡代金譲渡益所得税等+住民税(20.315%)令和9年分以後の追加負担手取り(令和8年分)手取り(令和9年分以後)
3億円2億6,500万円約5,383万円なし約2億2,617万円約2億2,617万円
5億円4億5,500万円約9,243万円約1,732万円約3億8,757万円約3億7,025万円
10億円9億3,000万円約1億8,893万円約8,707万円約7億9,107万円約7億0,400万円

10億円のケースでは、令和9年分以後は(9億3,000万円-1億6,500万円)×30%=2億2,950万円から基準所得税額約1億4,243万円を引いた約8,707万円が追加になります。同じ価格でも、引渡しが令和8年中か令和9年かで、手取りが1億円近く変わり得るということです。

ただし、税負担だけを理由に売却を急いだり遅らせたりするのはおすすめしません。買い手の都合、業績の変化、価格の再交渉など、時期を動かすことのリスクのほうが大きい場合もあります。

試算②:退職金と組み合わせる場合

株式の代金の一部を、売却に合わせて支給する役員退職金に振り替える方法があります(いわゆる退職金スキーム)。退職金を払えば会社の純資産が減るため、株式の価格はその分下がりますが、退職所得には有利な計算方法があります。

退職所得の計算

国税庁タックスアンサー「No.1420 退職金を受け取ったとき(退職所得)」によれば、退職所得は次のように計算します。

退職所得の金額 =(退職金 - 退職所得控除額)× 1/2退職所得控除額:勤続20年以下は40万円×勤続年数(最低80万円)、20年超は800万円+70万円×(勤続年数-20年)

ただし、役員としての勤続年数が5年以下の人が受け取る「特定役員退職手当等」は、2分の1をかけずに計算します。退職所得はほかの所得と分けて累進税率(所得税5〜45%)で課税され、住民税は10%です。

比較の結果

5億円の会社を、①全額株式で売る場合と、②退職金1億円+株式4億円で売る場合を比べます(前提は試算①と同じ。退職金を払った分だけ株式の価格が下がると単純化しています)。

①株式5億円②退職金1億円+株式4億円(勤続30年)③退職金1億円+株式4億円(役員勤続4年)
株式の譲渡益4億5,500万円3億6,000万円3億6,000万円
株式の税金(20.315%)約9,243万円約7,313万円約7,313万円
退職所得の金額-4,250万円9,840万円
退職金の税金(所得税等+住民税)-約1,888万円約5,015万円
令和9年分以後の追加負担約1,732万円約149万円なし
手取り(令和8年分)約3億8,757万円約3億8,799万円約3億5,671万円
手取り(令和9年分以後)約3億7,025万円約3億8,650万円約3億5,671万円

この試算から、次のことがわかります。

  • 退職金1億円・勤続30年では、退職金1億円にかかる個人の税金(約1,888万円)は、同じ1億円を株式で受け取る場合(約2,032万円)より少し少ない程度。退職金の額が大きくなるほど最高税率45%の部分が増え、個人の税負担の差は縮む
  • 令和9年分以後は、株式の譲渡益が減ることで追加負担が小さくなる効果がある。ただし退職所得の金額も基準所得金額に入るので、ゼロにはならない
  • 役員としての勤続が5年以下(③)だと2分の1課税が使えず、かえって手取りが減る

もう一つの大きな効果は会社側です。退職金が損金として認められれば会社の法人税等が減るため、買い手と交渉して、その効果の一部を価格に反映してもらえることがあります。逆に、損金算入が否認されれば、買い手が引き継いだ会社に追徴税額が生じ、表明保証の補償として売り手に請求される可能性があります。

退職金が否認されるリスク:裁決例

退職金と組み合わせる場合は、本当に退職したといえるかと、金額が不相当に高額でないかが問われます。国税不服審判所の公表裁決事例要旨(役員退職給与)から、いくつか紹介します。

裁決事案判断
平成29年7月14日裁決代表取締役社長が代表権のない取締役会長になり、それに伴って退職金を支給地位や職務に相当程度の変動はあったが、分掌変更後も経営で主要な地位を占め、重要な決定に関与していたとして、退職給与と認めず
令和2年12月15日裁決代表取締役・取締役を辞任した元代表者。税務署は、退職後もみなし役員として経営に従事していたと主張退職当時の客観的な証拠がなく、退職後に報酬も受けていないとして、退職給与と認めた
平成19年11月15日裁決(裁決事例集No.74)創業以来の代表取締役らへの退職金。会社は功績倍率3.6倍・3.3倍が相当と主張類似法人3社の平均功績倍率1.9倍により算定した額を超える部分は不相当に高額

M&Aで退職金を受け取ったあと、引継ぎのために会長や顧問として会社に残る例はよくあります。残る場合は、経営上の決定に関与しない立場であること、報酬の水準、議事録や登記を整え、実質的に退職したことを説明できる記録を残す必要があります。否認された判例・裁決は退職金スキームとはで詳しくまとめています。

納税のスケジュールと資金計画

項目時期
退職金の受取り支払時に所得税等が源泉徴収され、住民税も特別徴収される(「退職所得の受給に関する申告書」を提出した場合)
株式の譲渡(引渡し)売却した年(収入の時期は原則として引渡しの日)
株式の譲渡益の所得税・追加負担翌年2月16日〜3月15日の確定申告で納付
株式の譲渡益の住民税(5%)翌年度に納付

株式の税金は、受け取ってから1年以上後に納めることになります。その間に売却代金を次の事業や不動産、運用に回してしまうと、納税資金が足りなくなるおそれがあります。売却の翌年は、国民健康保険料など所得をもとに計算される負担が増えることもあります。

銀行は、オーナー個人の資産背景も見ています。売却直後の預金残高を前提に個人で借入れを組み、翌年の納税で預金が大きく減れば、説明に困ることになります。手取り額は「税引後」で考え、納税分を別口座に分けておくのが基本です。売却後の生活と資産の考え方は売却後の生活設計と資産運用、相続まで含めた整理は相続税の準備も参考にしてください。

まとめ

  • 手取り額=譲渡代金+退職金など-譲渡費用-税金。契約上の代金が全額すぐ入るとは限らないので、条項ごとに分けて試算する
  • 株式の譲渡益には20.315%。令和9年以後も合計税率は変わらない
  • 令和9年分から追加負担が1.65億円・30%に強化され、株式の譲渡益がおおむね3億4,000万円を超えると負担が生じる。5億円の売却なら手取りが約1,700万円、10億円なら約8,700万円減る計算
  • 退職金との組み合わせは、勤続年数・金額・会社側の損金算入で効果が変わる。役員勤続5年以下は不利になり得る
  • 退職金は「実質的な退職」と「金額の相当性」の記録を残す。納税資金は先に分けておく

クレフティでは、M&Aで会社を売る場合の手取り額の試算(追加負担を含む)、退職金と株式の配分の比較、売却後の資金計画まで、事業承継・M&A支援の中でご相談をお受けしています。代表の相亰はM&A仲介会社の役員として売買の現場を経験しており、公認会計士・税理士が税務と株価の両面から検討します。初回のご相談は無料です。担当者がお話を伺い、その後は担当の公認会計士・税理士やコンサルタントが対応します。

よくある質問

会社を5億円で売ったら、手取りはいくらになりますか?
創業者が個人で株式を持ち、取得費を概算取得費(売却代金の5%)、仲介などの譲渡費用を2,000万円と仮定すると、譲渡益4億5,500万円に20.315%がかかり、手取りは約3億8,800万円です。令和9年分以後は、所得が極めて高い人への追加負担が強化されるため、同じ条件で約1,700万円の追加負担が生じ、手取りは約3億7,000万円になる計算です(いずれも概算)。
株式の代金の一部を役員退職金で受け取ると、手取りは増えますか?
条件によります。勤続30年で退職金1億円なら、退職所得は2分の1課税になり、個人の税負担は株式で受け取る場合とあまり変わりませんが、会社側で損金になる効果があります。一方、役員としての勤続が5年以下だと2分の1課税が使えず、かえって不利になります。退職所得も追加負担の計算に含まれます。実質的に退職していない、金額が過大といった理由で否認されるリスクもあります。
売却代金を受け取ったら、いつ税金を払うのですか?
株式の譲渡益にかかる所得税(追加負担を含む)は、売却した年の翌年2月16日から3月15日までの確定申告で納めます。住民税は翌年度に納めます。退職金は支払時に源泉徴収と住民税の特別徴収が行われます。売却の翌年に納税資金が不足しないよう、納税分を先に分けておくことが大切です。

※本記事は2026年10月18日時点の法令・制度に基づく一般的な解説です。個別の状況により結論が異なるため、実行前に専門家へご相談ください。

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