「株を売っても税金は約20%」。上場株式でも非上場株式でも、個人が株式を売ったときの税率は20.315%の分離課税で、所得がどれだけ大きくても変わらない、というのがこれまでの常識でした。
この前提が、少しずつ変わっています。令和5年度の税制改正で、超高所得者に追加の負担を求める「極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置」が導入され、令和7年分から適用が始まりました。そして令和8年度の税制改正で、この措置が強化され、令和9年分からは対象となる所得の水準が大きく下がります。
この措置には、M&Aで自社株を売ったときの譲渡益も含まれます。この記事では、財務省・国税庁の資料で金融所得課税の強化の内容と適用時期を確認し、オーナー経営者への影響を試算します。
- 追加負担の計算式は(基準所得金額-特別控除額)×税率-基準所得税額。令和7・8年分は3億3,000万円・22.5%、令和9年分以後は1億6,500万円・30%
- 基準所得金額には、非上場株式の譲渡益、退職所得、土地建物の譲渡所得なども含まれる。M&Aの売却益は対象
- 株式譲渡益だけで試算すると、令和9年分以後はおおむね3億4,000万円を超えると追加負担が生じ始める
- 防衛特別所得税(令和9年1月から1%)は、復興特別所得税の1%引下げとセットで導入された
- 売却時期・受取り方法・法人で売るかは、税負担だけでなくリスクと手取りで判断する
これまでの金融所得課税と「1億円の壁」
まず、オーナー経営者に関係する主な所得の課税方法を整理します。
| 所得 | 課税方法 | 税率の目安 |
|---|---|---|
| 給与・役員報酬 | 総合課税(累進) | 所得税5〜45%+住民税10% |
| 非上場株式(一般株式等)の譲渡益 | 申告分離課税 | 20.315%(所得税・復興特別所得税15.315%+住民税5%) |
| 上場株式等の譲渡益・配当 | 申告分離課税(配当は申告不要も選択可) | 20.315% |
| 非上場株式の配当、上場株式の大口株主の配当 | 総合課税 | 累進(配当控除あり) |
| 土地建物の長期譲渡所得 | 申告分離課税 | 20.315% |
株式や土地の譲渡益は、所得がいくら大きくても税率が一定です。そのため、所得のうち株式の譲渡益などの割合が大きい超高所得者ほど、所得全体に対する税負担率が下がる、いわゆる「1億円の壁」が指摘されてきました。
上場株式の配当についても、令和5年10月1日以後に支払われるものからは、本人と同族会社の保有分を合算して発行済株式等の3%以上となる場合は「大口株主等」として総合課税とされるなど、見直しが重ねられています(国税庁タックスアンサー「No.1331 上場株式等の配当等に係る申告分離課税制度」)。
極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置
仕組み(令和7年分から)
令和5年度改正で導入された措置(租税特別措置法41条の19「特定の基準所得金額の課税の特例」)は、令和7年分以後の所得税に適用されています。国税庁タックスアンサー「No.2270 特定の基準所得金額の課税の特例」によれば、次の算式で計算した金額が0を超える場合に、その金額が所得税に加算されます。
「基準所得税額」は、この特例がないものとして計算した所得税額(復興特別所得税を含む)です。つまり、通常どおり計算した所得税が、基準所得金額から一定額を控除した額の22.5%に届かない場合に、その差額を追加で納める仕組みです。
基準所得金額に含まれるもの
基準所得金額は、合計所得金額に近い概念ですが、確定申告不要制度を選んだ所得も含めて計算します。国税庁の説明では、主に次の所得が含まれます。
- 総所得金額(給与・事業・不動産・総合課税の配当など)、退職所得金額、山林所得金額
- 上場株式等の配当所得(確定申告不要制度は適用できない)
- 土地建物等の譲渡所得(特別控除後)
- 一般株式等(非上場株式)の譲渡所得等、上場株式等の譲渡所得等
- 先物取引に係る雑所得等
NISAなどの非課税所得や、源泉分離課税の所得は含まれません。財務省の解説によれば、スタートアップへの再投資に係る非課税所得なども対象外です。
注目してほしいのは、非上場株式の譲渡益と退職所得が含まれることです。M&Aで自社株を売った代金も、売却に合わせて受け取る役員退職金も、この計算の対象になります。
令和8年度改正:令和9年分から1.65億円・30%に
令和8年度税制改正の大綱(令和7年12月26日閣議決定)では、この措置について「特別控除額を1億6,500万円(現行:3億3,000万円)に引き下げるとともに、税率を30%(現行:22.5%)に引き上げる」とされました(財務省「令和8年度税制改正の大綱の概要」)。
財務省の広報誌「ファイナンス」(2026年4月号)の解説によれば、改正法(所得税法等の一部を改正する法律)は令和8年3月31日に成立し、この見直しは令和9年分の所得税から適用されます。
| 項目 | 令和7年分・令和8年分 | 令和9年分以後 |
|---|---|---|
| 特別控除額 | 3億3,000万円 | 1億6,500万円 |
| 税率 | 22.5% | 30% |
| 算式 | (基準所得金額-3.3億円)×22.5%-基準所得税額 | (基準所得金額-1.65億円)×30%-基準所得税額 |
あわせて、令和9年1月からは所得税額に税率1%の防衛特別所得税が課される一方、復興特別所得税の税率を1%引き下げ、課税期間を令和29年まで延長することとされました。財務省は、足下で家計負担が増加しないように設計したと説明しています。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見るM&Aの株式売却益で試算すると
株式の譲渡益だけが基準所得金額になる単純なケースで、追加負担を試算します(基準所得税額は譲渡益×15.315%で概算し、令和9年分以後も同じ率で計算しています。防衛特別所得税を含めた基準所得税額の具体的な計算は、国税庁の案内で確認してください。住民税はこの措置の対象外です)。
| 株式譲渡益 | 基準所得税額(概算) | 令和7・8年分の追加負担 | 令和9年分以後の追加負担 |
|---|---|---|---|
| 3億円 | 約4,595万円 | なし | なし |
| 5億円 | 約7,658万円 | なし | 約2,393万円 |
| 10億円 | 約1億5,315万円 | なし | 約9,735万円 |
| 20億円 | 約3億0,630万円 | 約6,945万円 | 約2億4,420万円 |
令和9年分以後の10億円のケースを計算すると、(10億円-1億6,500万円)×30%=2億5,050万円から、基準所得税額1億5,315万円を引いた約9,735万円が追加になります。株式譲渡益だけで見ると、令和7・8年分はおおむね10億円台前半、令和9年分以後はおおむね3億4,000万円を超えたあたりから追加負担が生じ始める計算です。
実際には、同じ年の役員報酬、役員退職金、不動産所得、配当なども基準所得金額に加わり、基準所得税額も変わります。売却の年の所得の全体像で試算する必要があります。
売却のスキームにどう影響するか
売却の時期
個人が株式を売った場合の収入の時期は、原則として株式の引渡しの日で、契約の効力発生日を選べる場合もあります。令和8年中に引渡しまで終える取引と、令和9年にずれ込む取引では、同じ価格でも追加負担が大きく変わることがあります。ただし、税負担だけを理由に急いだり遅らせたりすると、価格や条件で不利になることもあります。
退職金スキームとの関係
株式の価格を下げ、その分を役員退職金として受け取る「退職金スキーム」は、退職所得の2分の1課税などの効果が注目されてきました。けれども、退職所得金額も基準所得金額に含まれるため、売却の年に株式譲渡益と退職金が重なると、追加負担の計算に両方が入ります。退職金スキームの基本と否認のリスクは退職金スキームとはで解説しています。
分割払い・アーンアウト
注意したいのは、代金を分割で受け取っても、所得は原則として株式を引き渡した年に全額が計上されることです(国税庁の取扱い)。分割払いにしただけでは、基準所得金額は年ごとに分かれません。一方、業績などの条件で後から金額が決まるアーンアウトの追加対価は、金額が確定した年の収入になる可能性があり、扱いは契約内容によって変わります(アーンアウトの課税のタイミング)。いずれにしても、税額を減らす目的だけで代金の受け取り方を決めるのはおすすめしません。分割払いやアーンアウトは、買い手から回収できないリスクや、条件の解釈をめぐる争いのリスクを伴います(アーンアウト・分割払い・役員としての残留)。
法人で持っている場合
持株会社が子会社株式を売る場合、譲渡益は法人の所得になるため、この措置の対象にはなりません。その代わり、法人税等がかかり、個人に資金を移す段階で配当や退職金として課税されます(持株会社が子会社株式を売るときの税務)。
申告と納付のスケジュール
追加負担を含む所得税は、売却した年の翌年2月16日から3月15日までの確定申告で計算し、納めます。確定申告不要制度は使えず、すべての所得を記載した申告書を作成し、申告書第二表に適用条文(措法41の19)を記載します(国税庁タックスアンサーNo.2270)。
| 項目 | 時期 |
|---|---|
| 株式の売却(引渡し) | 売却した年(例:令和9年) |
| 所得税の確定申告・納付(追加負担を含む) | 翌年2月16日〜3月15日 |
| 住民税(株式譲渡益の5%) | 翌年度(6月以降に納付) |
| 持株会社が売った場合の法人税等 | 事業年度終了の日の翌日から原則2か月以内 |
また、国税庁は、この特例の適用が見込まれる場合の予定納税額の減額申請についての案内も公表しています(国税庁「予定納税額の減額申請について」)。大きな売却の前後の年は、予定納税も含めて資金繰りを確認しておくと安心です。なお、合計所得金額を要件とする配偶者控除や住宅借入金等特別控除などは、売却の年には要件を超えて使えなくなることがあります。
銀行・資金計画から見た注意点
追加負担は、翌年3月の確定申告で納めます。売却代金を受け取った後、次の事業や不動産投資にすぐ資金を回してしまうと、納税資金が足りなくなることがあります。銀行は、オーナー個人の資産背景も見ています。売却直後の預金残高だけを見せて借入れを申し込み、翌年の納税で預金が大きく減れば、説明に困ることになります。売却代金のうち納税に充てる分を先に分けておくことが、売却後の資金計画の基本です。
個人が株式を売ったときの基本的な税金は個人株主が株式を売ったときの税金、相続まで含めた資産の整理は相続税の準備もあわせてご覧ください。
まとめ
- 極めて高い水準の所得に対する追加負担は、令和7・8年分は3.3億円・22.5%、令和9年分以後は1.65億円・30%(改正法は令和8年3月31日成立)
- 基準所得金額には、非上場株式の譲渡益や退職所得も含まれる。M&Aの売却益と退職金は対象
- 株式譲渡益だけで見ると、令和9年分以後はおおむね3億4,000万円を超えると追加負担が生じ始める
- 防衛特別所得税(1%)は、復興特別所得税の1%引下げとセットで令和9年1月から
- 売却時期・受取り方法・法人での売却は、追加負担だけでなく回収リスクと手取りで判断し、納税資金を先に確保する
クレフティでは、M&Aや事業承継で株式を売る場合の手取り額の試算(追加負担を含む)、退職金や受取り方法の比較、売却後の資金計画まで、事業承継・M&A支援の中でご相談をお受けしています。初回のご相談は無料です。担当者がお話を伺い、その後は担当の公認会計士・税理士やコンサルタントが対応します。
