「会社を10億円で売ったら、税金はいくらですか」。M&Aのご相談で、必ず出る質問です。これまでは「非上場株式の譲渡益は20.315%」と答えれば、大きく外れることはありませんでした。
けれども、令和7年分から始まった「極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置」が、令和8年度の税制改正で強化され、令和9年(2027年)分からは追加の所得税がかかる範囲が大きく広がります。財務省の解説によれば、所得がすべて分離課税の株式譲渡益なら、年間所得約3.4億円から追加の負担が生じます。
この記事では、財務省と国税庁の資料で改正の内容を確認したうえで、株式売却益と高所得者の追加課税を、売却額ごと、退職金と組み合わせた場合、2年に分けて譲渡した場合に分けて試算します。制度の成り立ちや適用対象の詳しい説明は、金融所得課税の強化とオーナーへの影響をご覧ください。
- 追加の所得税は「(基準所得金額 − 特別控除額)× 税率 − 基準所得税額」。令和9年分から1億6,500万円・30%(令和7・8年分は3億3,000万円・22.5%)
- 株式譲渡益だけなら、令和9年分以後は約3億3,700万円を超えると追加負担が生じる。10億円の譲渡益で所得税と住民税の合計は約30%
- 退職金と組み合わせても、退職所得も基準所得金額に入る。ただし、通常の税額が増える分、追加の税額は小さくなることがある
- 代金を分割払いにしただけでは、原則として所得は分かれない
- 住民税は対象外。追加の税額は翌年3月の確定申告で納めるため、納税資金を先に分けておく
令和8年度改正の内容を一次資料で確認する
財務省・国税庁の資料
国税庁タックスアンサー「No.2270 特定の基準所得金額の課税の特例」によれば、この特例(租税特別措置法41条の19)は、令和7年分以後の所得税に適用され、次の算式で計算した金額が基準所得税額を上回る場合に、上回る部分の所得税を追加で納める仕組みです。
令和8年度税制改正の大綱では、「特別控除額を1億6,500万円(現行:3億3,000万円)に引き下げるとともに、税率を30%(現行:22.5%)に引き上げる」とされました(財務省「令和8年度税制改正の大綱の概要」)。財務省の広報誌「ファイナンス」2026年4月号の解説は、この見直しを令和9年分の所得税から適用するとしています。
| 項目 | 令和7年分・令和8年分 | 令和9年分以後 |
|---|---|---|
| 算式 | (基準所得金額 − 3億3,000万円)× 22.5% − 基準所得税額 | (基準所得金額 − 1億6,500万円)× 30% − 基準所得税額 |
| 財務省資料の目安(所得がすべて15%の分離課税の場合) | ― | 年間所得約3.4億円から追加負担 |
| 財務省資料の目安(実際の申告実績データに当てはめた場合) | ― | 年間所得約6億円から追加負担 |
基準所得金額と基準所得税額
| 用語 | 中身(国税庁No.2270の説明を要約) |
|---|---|
| 基準所得金額 | 総所得金額、退職所得金額、山林所得金額に、上場株式等の配当所得、土地建物等の譲渡所得、一般株式等(非上場株式)の譲渡所得等などを加えたもの。確定申告不要制度は使わずに計算。NISAなどの非課税所得や源泉分離課税の所得は含まない |
| 基準所得税額 | この特例がないものとして計算した所得税額で、復興特別所得税を含む(附帯税や外国税額控除などの扱いに定めあり) |
M&Aで自社株を売った譲渡益も、売却に合わせて受け取る役員退職金も、基準所得金額に入ります。
防衛特別所得税との関係
令和9年1月からは、所得税額に税率1%の防衛特別所得税が課される一方、復興特別所得税の税率が1%引き下げられ、課税期間が令和29年まで延長されます(財務省・大綱の概要)。復興特別所得税2.1%が1.1%になり、防衛特別所得税1%が加わるため、株式譲渡益にかかる国税の合計は15.315%のままです。防衛特別所得税が基準所得税額にどう含まれるかの細目は、国税庁の案内で確認してください。以下の試算では、基準所得税額を譲渡益の15.315%として計算しています。
試算①:株式譲渡益だけの場合
前提:個人が非上場株式を売り、取得費・譲渡費用を差し引いた譲渡益が下表の金額。ほかの所得はなし。住民税は譲渡益の5%。
| 株式譲渡益 | 通常の所得税(15.315%) | 令和7・8年分の追加 | 令和9年分以後の追加 | 令和9年分以後の税額合計(所得税+住民税) | 譲渡益に対する負担率 |
|---|---|---|---|---|---|
| 3億円 | 約4,594万円 | なし | なし | 約6,094万円 | 20.3% |
| 3億4,000万円 | 約5,207万円 | なし | 約43万円 | 約6,950万円 | 20.4% |
| 4億円 | 約6,126万円 | なし | 約924万円 | 約9,050万円 | 22.6% |
| 5億円 | 約7,658万円 | なし | 約2,392万円 | 約1億2,550万円 | 25.1% |
| 10億円 | 約1億5,315万円 | なし | 約9,735万円 | 約3億0,050万円 | 30.0% |
| 20億円 | 約3億0,630万円 | 約6,945万円 | 約2億4,420万円 | 約6億5,050万円 | 32.5% |
| 30億円 | 約4億5,945万円 | 約1億4,130万円 | 約3億9,105万円 | 約10億0,050万円 | 33.4% |
追加負担が始まる水準
譲渡益をXとすると、(X − 1億6,500万円)× 30% > X × 15.315% となるのは、X > 約3億3,700万円のときです。改正前(3億3,000万円・22.5%)では約10億3,300万円でした。追加課税が始まる水準が、3分の1程度まで下がったことになります。
譲渡益が大きくなるほど、所得税の負担は「譲渡益−1億6,500万円」の30%に近づき、住民税5%と合わせて、20億円を超える売却では30%台前半になります。
基準所得税額は譲渡益×15.315%で概算しています。実際には、基礎控除などの所得控除、ほかの所得、税額控除で変わります。取得費が分からない場合の概算取得費(売却代金の5%)など、譲渡益の計算そのものは個人株主が株式を売ったときの税金で解説しています。
試算②:退職金と組み合わせた場合
株式の対価の一部を、会社から受け取る役員退職金に置き換える「退職金スキーム」は、退職所得の2分の1課税が使えるため、よく検討されます。追加課税ではどうなるでしょうか。
前提:手取りの総額が8億円になるよう、A=株式譲渡益8億円、B=株式譲渡益6億円+退職金2億円(勤続30年、退職所得控除1,500万円)を比べます。令和9年分以後の税率で計算。
| 項目 | A:株式のみ8億円 | B:株式6億円+退職金2億円 |
|---|---|---|
| 退職所得金額 | ― | (2億円−1,500万円)×1/2=9,250万円 |
| 基準所得金額 | 8億円 | 6億9,250万円 |
| 通常の所得税(復興特別所得税を含む) | 約1億2,252万円 | 約1億2,949万円(株式9,189万円+退職所得3,760万円) |
| 追加の所得税 | 約6,798万円 | 約2,876万円 |
| 住民税 | 4,000万円 | 約3,925万円(株式3,000万円+退職925万円) |
| 税額合計 | 約2億3,050万円 | 約1億9,750万円 |
この前提では、Bのほうが3,000万円ほど税額が小さくなります。退職所得は「2分の1」で基準所得金額に入るため、追加課税の計算でも有利に働くためです。
ただし、次の点に注意が必要です。
- 退職金を払えば会社の資産が減るため、株式の価格はその分下がるのが通常で、単純に置き換えられるわけではない
- 過大な役員退職金は、会社側で損金にできないことがある。退職の実態(経営に関与し続けていないか)も問われる
- 退職金の水準は、功績倍率などの考え方で説明できる範囲にとどめる
退職金スキームの基本と否認のリスクは退職金スキームとはをご覧ください。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る試算③:2年に分けて譲渡した場合と、分割払いの誤解
株式そのものを2年に分けて売る
譲渡益8億円の株式を、2年に分けて4億円ずつ譲渡した場合(令和9年分以後の税率で、各年ほかの所得なし)を比べます。
| 項目 | 1年で8億円 | 2年に4億円ずつ |
|---|---|---|
| 追加の所得税 | 約6,798万円 | 約924万円×2年=約1,848万円 |
| 差額 | ― | 約4,950万円少ない |
特別控除の1億6,500万円を2回使えるため、差は大きくなります。けれども、買い手から見ると、1回目の取得で経営権を得ても、2回目の取得の条件が固まっていなければリスクになります。売り手にとっても、2回目の価格が業績に左右される、買い手が2回目を実行しない、といったリスクがあります。
代金の分割払いだけでは所得は分かれない
よくある誤解が、「代金を分割払いにすれば、毎年の所得が小さくなる」というものです。株式の譲渡所得は、原則として株式の引渡しの日の属する年に、譲渡代金の全額を収入金額として計算します(契約の効力発生日を選べる場合もあります)。株式を一括で引き渡して代金だけを2年で受け取っても、譲渡所得は原則として引渡しの年に全額計上されます。
アーンアウト(業績に応じた追加の対価)は、追加対価がいつ確定するかによって課税の時期が問題になり、契約内容次第で判断が分かれます。分割払い・アーンアウトの仕組みとリスクはアーンアウト・分割払い・役員としての残留で解説しています。
売却の時期:令和8年中か、令和9年か
令和8年中に引渡しまで終えれば、令和7・8年分の基準(3億3,000万円・22.5%)が適用されます。譲渡益10億円なら、令和8年分は追加なし、令和9年分なら約9,735万円の追加です。とはいえ、税金だけを理由にクロージングを急ぐと、DDや契約条件の詰めが甘くなり、表明保証違反などのトラブルにつながることもあります。
法人で持っている場合と、その他の影響
持株会社が売る場合
持株会社が子会社株式を売った場合、譲渡益は法人の所得になり、この特例の対象にはなりません。その代わり、法人税等がかかり、オーナー個人に資金を移す段階で配当や退職金として課税されます(持株会社が子会社株式を売るときの税務)。「法人で売れば追加課税を避けられる」と単純には言えず、資金をいつ・どう個人に移すかまで含めて比較します。
税金以外に影響するもの
国税庁No.2270は、この特例の適用によって合計所得金額が要件を超える場合、配偶者控除や基礎控除、住宅借入金等特別控除などは適用されないと注意しています。中小M&Aガイドライン(第3版)も、株主である経営者個人に所得が生じた場合、所得税・住民税のほか、会社の社会保険に加入していないときは国民健康保険料または後期高齢者医療保険料にも影響があると記載しています。
| 項目 | 時期・内容 |
|---|---|
| 確定申告と納付(追加の所得税を含む) | 売却した年の翌年2月16日〜3月15日。確定申告不要制度は使えず、申告書第二表に「措法41の19」と記載 |
| 住民税(5%) | 翌年度(6月以降) |
| 予定納税 | 翌年に大きな所得がない見込みなら、減額申請を検討 |
| 財産債務調書 | 一定の所得と財産がある人は提出が必要(売却代金の使い方と相続対策) |
銀行・資金計画から見た注意点
追加の所得税は、翌年3月の確定申告で納めます。売却代金が入った直後に、不動産投資や新しい事業に資金を回してしまうと、翌年3月に納税資金が足りない、ということが起こります。
銀行は、売却後のオーナー個人の資産背景も見ています。売却直後の預金残高を前提に借入を申し込み、翌年の納税で預金が大きく減れば、説明に困ることになります。売却代金のうち納税分を別口座に分けておくことが、売却後の資金計画の第一歩です。売却後の生活設計は売却後の生活設計と資産運用の考え方で解説しています。
まとめ
- 追加の所得税は、令和9年分から「(基準所得金額−1億6,500万円)×30%−基準所得税額」。財務省の解説で令和9年分からの適用を確認できる
- 株式譲渡益だけなら約3億3,700万円超で追加負担。10億円の譲渡益で、所得税・住民税の合計は約30%
- 退職金は退職所得も基準所得金額に入るが、2分の1課税のため追加の税額は小さくなることがある。価格への影響と否認リスクを確認する
- 代金の分割払いだけでは所得は分かれない。株式を複数年に分けて譲渡する方法には、価格と実行のリスクがある
- 住民税は対象外。翌年3月の納税に備え、納税資金を先に分けておく
クレフティでは、M&Aや事業承継で株式を売る場合の手取り額の試算(追加の所得税を含む)、退職金や譲渡方法の比較、売却後の資金計画まで、事業承継・M&A支援の中でご相談をお受けしています。初回のご相談は無料です。担当者がお話を伺い、その後は担当の公認会計士・税理士やコンサルタントが対応します。
