会社を売った翌年、オーナーの手元には、株式の代わりに数億円の預金が残ります。M&Aの相談では「売ったら終わり」と考えがちですが、相続対策の観点では、売却はスタート地点です。非上場株式は財産評価基本通達で評価され、場合によっては時価よりかなり低く評価されていましたが、売却代金は預金として額面どおりに評価されるからです。
この記事では、売却代金の相続対策として、売却で相続税評価がどう変わるか、暦年贈与と相続時精算課税の使い分け、生命保険の非課税枠、そして「子どもの名義で預けておけば大丈夫」という考えが裁決でどう判断されてきたかを、国税庁と国税不服審判所の公表資料から整理します。
- 会社を売ると、評価の低い非上場株式が額面どおりの現金に変わり、相続税の負担は重くなりやすい。手取りは税引後で考える
- 暦年贈与は、令和6年以後の贈与から相続開始前7年以内が加算対象(経過措置あり)。相続時精算課税は年110万円の基礎控除ができた
- 生命保険の死亡保険金には「500万円×法定相続人の数」の非課税枠がある
- 子ども名義の口座に入れただけの名義預金は、親の相続財産とされた裁決が多い。贈与の成立と管理の実態が分かれ目
- 借入で不動産を買って評価を下げる方法は、総則6項で否認された最高裁判決(令和4年4月19日)がある。「節税」だけを目的にしない
売却で、相続財産の評価はどう変わるか
株式から現金へ
非上場株式は、相続税では類似業種比準価額・純資産価額・配当還元価額などの方法で評価します。会社の規模や利益の状況によっては、M&Aでの売却価格よりも相続税評価額が低いことがよくあります。理由は相続税評価額・税務上の時価・M&A価格はなぜ違うかで解説しています。
売却すると、その株式は税引後の売却代金、つまり預金に変わります。個人株主の譲渡益には20.315%(所得税15%・住民税5%・復興特別所得税)がかかります(個人株主が株式を売ったときの税金)。
| 項目 | 売却前 | 売却後 |
|---|---|---|
| 財産の形 | 非上場株式 | 預金(税引後の手取り) |
| 相続税の評価 | 財産評価基本通達による評価額 | 原則として額面(残高+既経過利息) |
| 評価を下げる余地 | 会社の利益・資産の状況で変動 | ほとんどない |
| 納税資金 | 株式は換金しにくい | 現金なので納めやすい |
| 事業承継税制 | 要件を満たせば納税猶予の対象 | 対象外 |
売却で相続税の負担が重くなるのは避けにくいことです。一方で、相続税の納税資金に困らない、遺産を分けやすいという利点もあります。非上場株式は分けにくく、後継者以外の相続人との公平が問題になりやすいからです(遺留分と民法特例)。
手取りが多い人ほど、別の制度にも注意
売却の翌年は所得が大きくなるため、所得税の申告とあわせて、財産債務調書の提出が必要になる人もいます。退職所得を除く所得が2,000万円を超え、かつ12月31日に3億円以上の財産(または1億円以上の国外転出特例対象財産)を持つ人などが対象です(国税庁 No.7457 財産債務調書の提出義務)。高所得者への追加負担については金融所得課税の強化とオーナーへの影響をご覧ください。
生前贈与のルール(令和6年以後)
暦年贈与:加算期間が7年に
暦年課税の贈与は、贈与税の基礎控除(年110万円)があります。ただし、相続で財産を取得した人が被相続人から生前に受けた贈与は、一定期間内のものが相続財産に加算されます。国税庁によれば、令和6年1月1日以後の贈与により取得した財産は、加算対象期間が相続開始前7年以内になりました。経過措置により、相続開始日に応じて次のように変わります(国税庁 No.4161)。
| 相続開始日 | 加算対象期間 |
|---|---|
| 令和8年12月31日まで | 相続開始前3年以内 |
| 令和9年1月1日〜令和12年12月31日 | 令和6年1月1日から相続開始日まで |
| 令和13年1月1日以後 | 相続開始前7年以内 |
延長された期間(相続開始前3年以内より前)の贈与は、合計100万円までは加算されません。加算された贈与にかかった贈与税は、相続税から控除されます。
相続時精算課税:年110万円の基礎控除
相続時精算課税は、60歳以上の父母・祖父母などから、18歳以上の子・孫などへの贈与で選べる制度です。特別控除は累計2,500万円、超えた部分は一律20%の贈与税がかかり、相続のときに贈与財産を相続財産に加えて精算します。令和6年以後の贈与には年110万円の基礎控除があり、この部分は相続財産に加算されません(国税庁 No.4103)。
| 比較 | 暦年課税 | 相続時精算課税 |
|---|---|---|
| 年間の非課税枠 | 基礎控除110万円 | 基礎控除110万円(令和6年以後)+累計2,500万円の特別控除 |
| 超えた部分の税率 | 累進税率 | 一律20% |
| 相続財産への加算 | 相続開始前7年以内(経過措置あり) | 基礎控除を超えた部分は期間に関係なく加算 |
| 選択 | 届出不要 | 届出が必要。選んだ後は同じ贈与者から暦年課税に戻れない |
どちらが有利かは、年齢、財産の額、何年かけて渡すかで変わります。株式の贈与を含めた考え方は暦年贈与・相続時精算課税で株式を移す方法、制度全体は生前贈与と相続税でも解説しています。
名義預金:裁決事例で見る分かれ目
売却代金を家族の名義の口座に分けて入れておく。よくある発想ですが、名義が家族でも、実質が被相続人の財産なら相続財産になります。国税不服審判所の公表裁決では、原資を誰が出したか、通帳・印鑑を誰が管理していたか、贈与が成立していたかを総合して判断しています(公表裁決事例要旨「預貯金」)。
| 裁決 | 事案 | 判断 | 分かれ目 |
|---|---|---|---|
| 平成19年10月4日裁決(裁決事例集No.74) | 妻名義・子名義の預貯金と有価証券 | 大部分を相続財産と認定(妻名義の普通預金1口は取消し) | 被相続人がメモで管理し、原資も被相続人。妻は贈与を受けたことはないと答述 |
| 平成28年11月8日裁決 | 子の配偶者や孫の名義の預貯金 | 一部は相続財産に当たらないとして取消し | 原資が名義人側の口座や満期保険金で、名義人側が通帳を管理 |
| 令和3年9月17日裁決 | 被相続人が「贈与証」を作り、未成年の子名義の口座に毎年入金 | 子の財産で、相続財産に含まれない | 子の法定代理人である母が贈与を受諾し、通帳を口座開設当時から管理 |
令和3年の裁決は、贈与証という書面があり、受け取る側(法定代理人)が受諾して管理していたことが決め手になりました。逆にいえば、書面がない、受け取った人が知らない、親が通帳と印鑑を持っているという状態では、毎年入金していても贈与と認められにくいということです。
- 贈与契約書を、贈与者と受贈者の双方が署名して作る
- 受贈者自身の口座に振り込み、通帳・印鑑・キャッシュカードは受贈者が管理する
- 基礎控除を超える年は、受贈者が贈与税の申告をする
- 贈与した資金を親が引き続き使うような運用はしない
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る生命保険・不動産・資産管理会社
生命保険の非課税枠
被相続人が保険料を負担していた死亡保険金を相続人が受け取ると、「500万円×法定相続人の数」までは相続税がかかりません(国税庁 No.4114)。相続人以外の人が受け取った保険金には、この非課税は使えません。納税資金を受取人ごとに確保できる点でも、売却代金の一部の使い道として検討しやすい方法です。
不動産の購入と総則6項
現金で不動産を買うと、相続税評価額(路線価・固定資産税評価額)は購入価格より低くなることが多いため、相続対策として勧められることがあります。しかし、高齢の被相続人が借入で収益不動産を買い、評価額との差で相続税をゼロにした事案で、最高裁は、財産評価基本通達の定める方法による評価額と鑑定評価額との間に大きな開きがあることだけでは足りないとしつつ、実質的な租税負担の公平に反するような事情がある場合には、通達によらない評価(鑑定評価額)で課税しても平等原則に違反しないと判断しました(最高裁令和4年4月19日判決)。詳しくはタワマン節税の最高裁判決と総則6項で解説しています。
さらに国税庁は、課税時期前5年以内に取得した貸付用不動産を通常の取引価額で評価する通達案を意見公募に付しています(2026年10月時点で案)。不動産を買うなら、賃貸経営として成り立つか、家族が引き継いで管理できるかを先に判断すべきです。
資産管理会社をつくる
売却代金で資産管理会社をつくり、不動産や金融資産を持たせる方法もあります。会社の株式は財産評価基本通達で評価され、株式保有特定会社・土地保有特定会社に当たると純資産価額で評価されるなど、ルールは細かくなります。オーナー家の資産管理会社の位置づけはオーナー家の資産管理会社と事業会社の関係をご覧ください。
銀行から見た「売却後のオーナー」
会社を売ったオーナーは、銀行から見ると事業者から資産家に変わります。預金は増えますが、事業の収入がなくなるため、不動産を買うときの融資審査では、賃料収入による返済能力と、個人の純資産が中心に見られます。
著書のモデルでは、債務償還年数を「(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)」で計算し、10年以内を健全の目安としています。売却代金をすべて頭金に使うと、手元の現預金が減り、相続税の納税資金も薄くなります。頭金・手元資金・相続税の納税資金を分けて計画することが、相続対策と融資の両方にとって大切です。
売却代金の使い方を決める順番
| 順番 | やること | 確認すること |
|---|---|---|
| 1 | 譲渡所得税・住民税の納税資金を分ける | 翌年3月の確定申告、住民税の納期 |
| 2 | 生活資金・老後資金を見積もる | 役員報酬がなくなった後の生活費 |
| 3 | 相続税を試算する | 売却後の財産の総額、法定相続人の数 |
| 4 | 渡し方を決める | 暦年贈与・精算課税・生命保険・遺言 |
| 5 | 運用・投資を決める | 不動産・金融資産・資産管理会社。目的と管理する人 |
遺言で誰に何を遺すかを決めておくことも、現金が中心になった後は重要です(経営者の遺言)。売却後の生活設計は売却後の生活設計と資産運用の考え方で取り上げます。
まとめ
- 会社を売ると、非上場株式が額面どおりの預金に変わり、相続財産の評価は上がりやすい
- 暦年贈与は令和6年以後の贈与から7年加算(経過措置あり)、相続時精算課税は年110万円の基礎控除ができた
- 生命保険の非課税枠は500万円×法定相続人の数
- 家族名義の口座に入れただけの預金は、名義預金として相続財産とされうる。贈与契約書と受贈者自身の管理が分かれ目
- 借入による不動産購入は総則6項の最高裁判決がある。運用・承継の目的から判断する
クレフティでは事業承継・M&A支援として、売却前の手取り額の試算、売却後の相続税の試算、贈与の方法の検討をお受けしています。相続税の準備の全体像は相続税の準備もご覧ください。初回のご相談は無料です。担当者がお話を伺い、その後は担当の公認会計士・税理士が対応します。
