「社長をやってほしい」と言われた役員が、最後まで首を縦に振らない理由。その多くは、会社の借入の経営者保証です。会社に数億円の借入があれば、社長は個人でその保証人になるのが、長く中小企業の慣行でした。給与で生活してきた社内の後継者にとって、これは家族の生活を賭ける決断になります。
この記事では、社内後継者と経営者保証・借入の引継ぎについて、経営者保証に関するガイドラインと事業承継時の特則、金融庁が公表した最新の実績、信用保証協会の制度、民法の保証のルールを整理します。そのうえで、銀行と交渉するときの準備を、融資の現場の目線でお伝えします。
- 経営者保証に関するガイドラインの事業承継時の特則は、前経営者と後継者の双方から保証を取る二重徴求を原則として行わないこと、後継者に当然に保証を引き継がせないことを求めている
- 金融庁の公表資料(2025年度)では、代表者交代時に新旧両経営者から保証を取った割合は3.0%。新経営者と保証契約を結ばなかった件数は56.4%
- 保証を外す・求められないための基本は、ガイドラインの3要件(法人と個人の分離、財務基盤の強化、適時適切な情報開示)
- 信用保証協会には、経営者保証を不要とする事業承継特別保証や、保証料の上乗せで保証を提供しないことを選べる制度がある
- 交渉の材料は決算書と事業計画。債務償還年数などで返済能力を示せるかが鍵
社内後継者が保証を怖がる理由
親族内承継の後継者は、株式や事業用資産を相続することで、保証のリスクと財産がある程度セットになります。社内の役員・従業員が継ぐ場合は、次のような事情が重なります。
- 自分の財産は自宅と預金程度で、会社の借入とは桁が違う
- 株式を持っていない、または少ししか持っていないのに、責任だけ負う
- 家族(特に配偶者)の反対
- 先代の保証が残ったままで、新旧2人が保証人になるのではという不安
社内承継が進まない理由として経営者保証が挙げられることは、中小企業庁や金融庁が施策を打ち出してきた背景でもあります。役員・従業員への承継の全体像は役員・従業員への承継(MBO・EBO)の資金と株価で解説しています。
経営者保証ガイドラインと事業承継時の特則
ガイドラインの3要件
「経営者保証に関するガイドライン」は、経営者保証を求めない、または解除する可能性を検討する目安として、主に次の3つを挙げています。
| 要件 | 中身 | 会社が準備すること |
|---|---|---|
| 法人と経営者の資産の分離 | 事業資産の所有、資金のやり取り、役員報酬などで法人と個人が明確に区分されている | 役員貸付金・借入金の整理、社長個人の資産を事業に使っている場合の契約化 |
| 財務基盤の強化 | 法人だけの資産・収益力で借入の返済が可能 | 黒字の継続、純資産の積み上げ、借入の返済能力の説明 |
| 適時適切な情報開示 | 決算書や試算表などを金融機関に適時提供する | 月次の試算表、資金繰り表、事業計画の提出 |
3要件の具体的な整え方は経営者保証を外す方法で詳しく解説しています。
事業承継時の特則
2019年12月、事業承継の場面に焦点を当てた「事業承継時に焦点を当てた『経営者保証に関するガイドライン』の特則」が公表されました。主な考え方は次のとおりです。
- 前経営者と後継者の双方から保証を求める二重徴求は、原則として行わない
- 後継者に対しては、保証を当然に引き継がせるのではなく、必要性を改めて検討する
- 前経営者の保証についても、経営への関与の状況などを踏まえ、解除を検討する
- 保証を求める場合は、その必要性や、どうすれば保証が外れるかを丁寧に説明する
金融庁は2023年4月から、金融機関が個人保証を求める際に、どの部分が十分でないために保証が必要なのか、どうすれば保証が外れる可能性が高まるのかを具体的に説明し、その結果を記録することを監督指針で求めています。
金融庁のデータで見る、代表者交代時の保証の実態
金融庁は、民間金融機関(主要行等・地域銀行・信用金庫・信用組合など529機関)のガイドラインの活用実績を公表しています。2026年6月公表の2025年度の実績は次のとおりです。
| 項目 | 2024年度 | 2025年度 |
|---|---|---|
| 新規融資に占める経営者保証に依存しない融資の割合 | 52.9% | 55.7% |
| 上記に、有保証融資のうち適切な説明を行い記録した融資を加えた割合 | 99.5% | 99.9% |
| 【代表者交代時】旧経営者の保証を解除し、新経営者とも保証契約を結ばなかった | 16.6% | 16.7% |
| 【代表者交代時】旧経営者の保証を解除し、新経営者と保証契約を結んだ | 41.1% | 40.6% |
| 【代表者交代時】旧経営者の保証は解除せず、新経営者とは保証契約を結ばなかった | 39.3% | 39.7% |
| 【代表者交代時】旧経営者の保証を解除せず、新経営者とも保証契約を結んだ(二重徴求) | 2.9% | 3.0% |
出典:金融庁「経営者保証に関するガイドライン」等の活用実績(2026年6月26日公表)
二重徴求は3%程度にとどまっています。一方で、新経営者と保証契約を結ばなかったのは、2025年度で合計56.4%(16.7%+39.7%)。逆にいえば、約4割の代表者交代では新経営者が保証人になっていることになります。また、「旧経営者の保証が残り、新経営者は保証しない」形が約4割あり、先代が退任後も保証人のまま、というケースが少なくないことも読み取れます。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る信用保証協会の事業承継向けの制度
信用保証協会には、経営者保証を求めない事業承継向けの保証制度があります。全国信用保証協会連合会の案内で確認できる主なものは次のとおりです。
| 制度 | 主な内容 |
|---|---|
| 事業承継特別保証 | 経営者保証が不要。3年以内に事業承継を予定する事業承継計画を持つ法人などが対象で、資産超過、EBITDA有利子負債倍率10倍以内、法人と個人の分離、返済緩和中の借入がないこと、の要件をすべて満たすことが必要。既存のプロパー借入(個人保証あり)の借換えにも使える。限度額2億8,000万円。専門家の確認を受けると保証料率が軽減される |
| 経営承継借換関連保証 | 経営承継円滑化法の認定を受けた中小企業者が、経営者保証付きの借入を保証不要の融資に借り換えるための制度 |
| 事業承継サポート保証 | 新設の持株会社が事業会社の株式を買い取る資金などに利用できる |
このほか中小企業庁は、2024年3月から、保証料率を上乗せすることで経営者保証を提供しないことを選べる信用保証制度を始めています。保証料は増えますが、「保証があるから社長を引き受けられない」という問題に対する選択肢のひとつです。
事業承継特別保証の要件にあるEBITDA有利子負債倍率((借入金・社債−現預金)÷(営業利益+減価償却費))は、著書で紹介している債務償還年数と同じ発想の指標です。借入が利益の何年分あるかを、承継前から意識しておくと、保証の交渉が進めやすくなります。
民法の保証ルールで知っておきたいこと
後継者が保証人になる場合も、民法のルールで一定の保護があります。
| 条文 | 内容 | 後継者にとっての意味 |
|---|---|---|
| 446条2項 | 保証契約は書面でしなければ効力を生じない | 口頭の約束で保証人になることはない |
| 465条の2 | 個人の根保証契約は、極度額を定めなければ効力を生じない | 上限なく責任を負うことはない。極度額を確認する |
| 465条の6・465条の9 | 事業のための借入を第三者個人が保証する場合は公正証書が必要。ただし、主たる債務者である法人の取締役や、議決権の過半数を持つ者などは対象外 | 取締役である後継者には公正証書の手続きは不要。それだけに、契約内容を自分で確認する必要がある |
| 465条の10 | 事業のための債務の保証を個人に委託するとき、主たる債務者は財産・収支の状況、ほかの債務、担保の情報を提供しなければならない | 会社(先代)から、借入と財務の情報を受け取る権利がある |
後継者が「よく分からないまま」保証人になるのが、いちばん避けたい形です。保証の範囲、極度額、保証を外せる条件(停止条件付・解除条件付保証契約の可能性を含む)を、契約前に必ず確認してください。
借入をどう引き継ぐか:銀行との交渉の進め方
代表者交代の前にやること
- 借入の一覧を作る:金融機関ごとの残高、金利、返済期間、保証人、担保、財務制限条項の有無
- 3要件の現状を点検する:役員貸付金・借入金、社長個人名義の事業用資産、決算書の提出状況
- 承継後の事業計画をつくる:後継者が自分の言葉で説明できるものに。3〜5年の損益と返済計画
- 金融機関に早めに相談する:代表者交代を決めた段階で、保証の扱いを含めて相談する
代表者の交代は、多くの融資契約で金融機関への届出が必要です。黙って交代すれば信頼を損ねます。取引先・従業員・銀行への伝え方は従業員・取引先・銀行に売却をどう伝えるかも参考にしてください。
銀行は後継者の何を見ているか
金融機関が後継者に求めるのは、個人の資産よりも、会社を回していく力です。
| 見られるポイント | 具体的に示すもの |
|---|---|
| 返済能力 | 債務償還年数((借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等))。著書のモデルでは10年以内が健全の目安 |
| 財務の健全性 | 純資産の水準、債務超過でないこと |
| 情報開示の姿勢 | 月次試算表を毎月出せる経理体制 |
| 後継者の実績 | 担当部門の業績、取引先との関係 |
保証を外すための交渉は、決算書の数字が整ってから始めるのでは遅いこともあります。承継の3〜5年前から、保証がなくても貸してもらえる財務を目指して準備するのが理想です。格付けを上げる具体策は銀行格付けを上げる方法、事業承継と経営者保証全般は事業承継と経営者保証をご覧ください。
まとめ
- 事業承継時の特則は、二重徴求を原則行わないこと、後継者に当然に保証を引き継がせないことを求めている
- 金融庁の2025年度の実績では、代表者交代時の二重徴求は3.0%、新経営者と保証契約を結ばなかったのは56.4%
- 保証を求められないための基本は、法人と個人の分離・財務基盤の強化・適時適切な情報開示
- 信用保証協会の事業承継特別保証や、保証料上乗せで保証を提供しない制度も選択肢
- 銀行との交渉は、借入一覧・事業計画・返済能力の説明を準備し、代表者交代を決めた段階で始める
クレフティには元地方銀行員の資金調達部長が在籍し、20行を超える金融機関との折衝実績があります。借入と保証の現状整理、事業計画の作成、金融機関への説明の準備まで、事業承継・M&A支援としてお手伝いしています。初回のご相談は無料です。担当者がお話を伺い、担当の税理士や金融機関出身のコンサルタントが具体的な進め方をご案内します。
