「父の代は、銀行の支店長とも長い付き合いで、電話一本で融資が決まった。自分の代になって、同じように貸してもらえるのか」。親族内承継を控えた後継者の方から、よくこうした不安を聞きます。
銀行は融資の審査で、決算書の数字だけでなく、経営者そのものを見ています。長年の取引で積み上げた先代の信用は、代表交代で自動的に後継者に引き継がれるわけではありません。後継者は、自分の力で銀行との信頼関係をつくり直す必要があります。
この記事では、銀行が後継者のどこを見るのか、代表交代の前後に何をすべきか、経営者保証の扱いまで、後継者の信用をつくるための実務を整理します。
- 銀行の評価は「決算書(定量)」と「経営者・事業(定性)」の2本立て。代表交代で変わるのは主に定性面
- 後継者の信用づくりは、交代の2〜3年前から銀行との面談に同席し、自社の数字を自分の言葉で説明できるようにすることから始まる
- 事業承継計画・事業計画、月次試算表、ローカルベンチマークなどで、情報開示の質と頻度を上げることが信用の土台になる
- 経営者保証は、ガイドラインの特則で二重徴求は原則禁止、後継者への保証も慎重に判断することになっている。3要件を満たすほど外しやすい
- 交代の前後で決算を崩さないこと。退職金や株価対策で赤字・債務超過にしない設計が大切
銀行は後継者のどこを見ているか
銀行の融資審査は、大きく2つの評価からなります。
| 評価 | 中身 | 代表交代の影響 |
|---|---|---|
| 定量評価(財務) | 決算書から、安全性・収益性・成長性・返済能力を点数化する(格付け) | 交代そのものでは変わらない。ただし交代時の退職金や株価対策で決算が崩れると大きく下がる |
| 定性評価(非財務) | 経営者の資質・経験、後継者の有無、事業の強み、取引先、内部管理体制など | 交代で見直される。後継者の経営能力・人柄・会社への関与が問われる |
私の著書では、銀行の格付けを129点満点(安全性34点・収益性15点・成長性25点・返済能力55点)のモデルで説明しています。これは定量評価の部分です。後継者が最初に信用を得るには、この定量評価を交代の前後で崩さないことと、定性評価で「この人なら大丈夫」と思ってもらうことの両方が必要です。
定性評価で見られる後継者のポイント
銀行の担当者が後継者に注目するのは、たとえば次のような点です。
- 自社の決算書を読み、売上・利益・借入の推移を自分の言葉で説明できるか
- 事業の強み・弱み、競合、主要な取引先を把握しているか
- 社内での立場(役員としての経験、従業員からの信頼)があるか
- 株式をどの程度、いつまでに持つ予定か(経営権・支配権が後継者に移るか)
- 先代が退いた後も、経営に口を出し続ける「二頭体制」にならないか
経済産業省の「ローカルベンチマーク」は、企業の健康診断のためのツールで、財務の6つの指標(売上増加率、営業利益率、労働生産性、EBITDA有利子負債倍率、営業運転資本回転期間、自己資本比率)と、経営者・事業・企業を取り巻く環境と関係者・内部管理体制の4つの視点からの非財務の情報を整理します。後継者がこのシートを銀行と一緒に埋めていくことは、定性評価を言葉にする良い練習になります。
代表交代の前にやるべきこと
1. 事業承継計画を銀行と共有する
経営者保証ガイドラインの事業承継時の特則(2020年4月適用)は、経営者側に対して、事業承継計画や事業計画をつくる際に、現経営者と後継者が金融機関とも対話しながら、財務基盤の強化に向けた具体的な取組みや目標を計画に盛り込み、認識を共有することを求めています。
事業承継計画には、少なくとも次の内容を入れます。
| 項目 | 内容の例 |
|---|---|
| 交代の時期 | 何年何月に代表を交代するか。先代はその後どの役職に就くか、いつ退くか |
| 株式の移し方 | 贈与・相続・売買のいつ、何株を後継者に移すか。事業承継税制を使うか |
| 後継者の育成 | 交代までにどの部門を経験させるか。役員としての経験 |
| 財務の目標 | 交代までに改善したい指標(債務償還年数、自己資本比率、社長への貸付金の解消など) |
| 経営者保証 | 先代の保証をいつ外すか、後継者の保証をどうするか |
株式の移し方は暦年贈与・相続時精算課税で株式を移す方法、承継の時期は事業承継のタイミングで解説しています。
2. 後継者が決算説明に同席する
交代の2〜3年前から、決算説明や融資の面談に後継者が同席し、徐々に後継者が主に説明する形に移していきましょう。銀行との付き合い方そのものは銀行員との付き合い方も参考にしてください。
3. 情報開示の頻度と質を上げる
先代の時代は「年に1回、決算書を持っていけば十分」だった会社も、交代を機に情報開示を見直すことをおすすめします。
- 決算書を決算後すぐに提出する(法人税申告書・勘定科目内訳書一式)
- 月次試算表、資金繰り表を定期的に出す(試算表を銀行に提出するときのポイント)
- 悪い情報(大口取引先の喪失、設備の故障など)こそ早めに伝える
特則も、自社の財務状況について、決算書を含む申告書一式や試算表、資金繰り表で現経営者と後継者が認識を共有すること、株式や経営権の移転があったら速やかに金融機関に報告することを求めています。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る代表交代のときに気をつけること:決算を崩さない
代表交代の年は、決算書が大きく動きやすい年です。特に注意したいのが次の3つです。
先代の役員退職金
先代に役員退職金を支払うと、その期は大きな費用が出て、赤字や純資産の減少につながります。株価を下げる効果がある一方、銀行の格付けも下がることになります。退職金の支払いは、資金繰りへの影響、格付けへの影響、損金として認められる金額かを試算し、銀行に事前に説明しておきましょう。
株価を下げるための対策
親族内承継では、贈与税・相続税を抑えるために株価を下げたいという要望が出ます。しかし、利益や純資産を減らす対策は、決算書を弱く見せる対策でもあります。「払った税金の2倍、会社は強くなる」。株価だけを見た対策で会社の信用を落とすと、後継者は弱い決算書から経営を始めることになります。
先代が会長として残る場合
親族内承継では、先代が代表権のない会長として会社に残ることがよくあります。銀行から見ると、誰が最終的に意思決定をするのかがあいまいな「二頭体制」は、後継者の評価を下げる要因になります。
税務の面でも注意が必要です。代表を退いた先代に退職金を支払っても、その後も経営の重要な決定に関わっていれば、実質的に退職したとはいえないとして退職金が損金と認められないことがあります。国税不服審判所の平成29年7月14日裁決(裁決事例集No.108)は、代表取締役社長から代表権のない取締役会長になった役員について、分掌変更後も経営・業務で主要な地位を占め、重要な決定事項に関与していたとして、退職給与には当たらないと判断しました。会長としての役割、報酬、決裁の範囲を交代時に書面で決めておくことは、銀行への説明にも、税務の備えにもなります。
先代と会社のお金の整理
社長への貸付金、仮払金、社長個人名義の資産を会社が使っている、といった状態は、経営者保証ガイドラインの「法人と個人の分離」の要件を満たさず、後継者の保証を外す妨げになります。特則でも、会社から前経営者への多額の貸付金が残っている場合は、例外的に二重徴求が認められる場面として挙げられています。交代前に整理しておくことが大切です。
経営者保証:先代・後継者それぞれの扱い
経営者保証は、後継者の信用づくりと切り離せません。特則の要点をおさらいします。
| 対象 | 特則の考え方 |
|---|---|
| 二重徴求 | 先代と後継者の双方から保証を取ることは原則として行わない(例外は4つの場面に限定) |
| 後継者 | 当然に引き継がせず、事業承継への影響も考えて慎重に判断する。保証を求める場合も、金額の限定や条件付きの保証など、代わりの方法を検討する |
| 先代 | 実質的な経営権・支配権を持たなくなれば「いわゆる第三者」に当たる可能性があり、保証の見直しを検討する |
| 説明 | どの要件が足りないのか、どう改善すれば外れる可能性が高まるのかを、個別・具体的に説明する |
金融庁の2026年7月のプログレスレポートによれば、2025年度の新規融資件数に占める「経営者保証に依存しない融資」の割合は、民間金融機関全体で55.7%でした。保証を外す流れは確実に進んでいます。後継者が保証を求められたら、遠慮せずに理由と改善点を聞くことです。詳しくは事業承継と経営者保証をご覧ください。
交代後3年でつくる「後継者の実績」
代表交代はゴールではなくスタートです。銀行が後継者を本当に信用するのは、後継者が社長になってからの決算を見てからです。
| 時期 | 銀行が見ること | 後継者がやること |
|---|---|---|
| 交代直後 | 交代がスムーズか、事業が継続しているか | 交代の報告、新体制の説明、事業計画の共有 |
| 1期目の決算 | 計画どおりの数字が出たか | 計画との差異を自分で分析し、説明する |
| 2〜3期目 | 後継者のもとで改善が進んでいるか | 債務償還年数・自己資本比率などの目標の達成状況を示す。保証解除の相談を始める |
私の著書のモデルでは、プロパー融資の目安を「正常先+純資産1億円」、債務償還年数は10年以内が健全としています。後継者の最初の3年で、これらの指標を少しずつでも改善していけば、銀行の見方は「先代の会社」から「後継者の会社」へと変わっていきます。格付けを上げる具体策は銀行格付けを上げる方法で解説しています。
まとめ
- 銀行は決算書(定量)と経営者・事業(定性)の両方で評価する。代表交代で見直されるのは主に定性面
- 交代の2〜3年前から、後継者が決算説明に同席し、自社の数字を自分の言葉で説明できるようにする
- 事業承継計画・事業計画・月次試算表を銀行と共有し、情報開示の質と頻度を上げる
- 交代の年に、退職金や株価対策で決算を崩しすぎない。社長への貸付金などは交代前に整理する
- 経営者保証は二重徴求が原則禁止。後継者への保証も慎重に判断される。理由と改善点を聞き、交代後3年で実績をつくる
クレフティでは、事業承継計画と銀行への説明資料づくり、退職金や株価対策が格付けに与える影響の試算、交代後の財務改善の伴走まで、事業承継・M&A支援の中でご相談をお受けしています。初回のご相談は無料です。担当者がお話を伺い、その後は担当の公認会計士・税理士やコンサルタントが対応します。
