「事業承継は、まだ先の話」。そう思っているうちに、時間はあっという間に過ぎていきます。2026年版中小企業白書によれば、2025年は60歳以上の経営者が中小企業の過半数を占め、休廃業・解散した企業の経営者の平均年齢は71.5歳でした。
事業承継は、株式を移す、代表を交代する、という一度の手続きではありません。後継者を育て、株主を整理し、税金に備え、銀行や取引先との関係を引き継ぐ、数年がかりのプロジェクトです。この記事では、代表交代の5年前から何をするかを、ロードマップとチェックリストの形で整理します。
- 事業承継は、中小企業庁の事業承継ガイドラインが示す5つのステップ(必要性の認識→見える化→磨き上げ→計画づくり→実行)で進める
- 5年前:株主構成と自社株評価の把握、後継者候補との話し合い、社長と会社のお金の分離
- 3年前:株式の集約、事業承継計画、後継者の育成と銀行への紹介、事業承継税制の検討(特例承継計画は2027年9月30日まで)
- 1年前〜交代時:株式の移転の実行、退職金、遺言・遺留分への備え、経営者保証の扱いの確定
- 税務では、通達どおりの評価でも否認された最高裁判決(令和4年4月19日)など、行き過ぎた対策のリスクを知っておく
事業承継の全体像:5つのステップ
中小企業庁の「事業承継ガイドライン」は、事業承継に向けて次の5つのステップを示しています。
| ステップ | 内容 |
|---|---|
| ① 事業承継に向けた準備の必要性の認識 | 経営者自身が、承継の準備が必要だと気づく |
| ② 経営状況・経営課題等の把握(見える化) | 会社の財務、株主構成、自社株の評価、後継者候補などを把握する |
| ③ 事業承継に向けた経営改善(磨き上げ) | 本業の強化、財務の改善、社内体制の整備で、会社を「継ぎたくなる会社」にする |
| ④ 事業承継計画の策定(親族内・従業員承継)/M&A等のマッチング(社外への引継ぎ) | いつ、誰に、何を、どう引き継ぐかを計画にする |
| ⑤ 事業承継の実行 | 株式の移転、代表交代、資産の移転などを実行する |
これを時間軸に置き換えたのが、次のロードマップです。
| 時期 | 主なテーマ |
|---|---|
| 5年前 | 見える化(株主・株価・財務・後継者候補) |
| 3年前 | 磨き上げと計画づくり(株式の集約、事業承継計画、後継者の育成、税制の判断) |
| 1年前 | 実行の準備(株式の移転方法の確定、退職金、遺言、銀行との調整) |
| 交代時 | 代表交代、株式の移転、届出・報告 |
| 交代後 | 後継者の実績づくり、先代の関与の整理、保証の解除 |
承継のタイミングそのものの考え方は事業承継のタイミングで解説しています。
5年前:見える化から始める
チェックリスト
- □ 株主名簿を確認し、名義株、所在不明の株主、親族や元役員に分散した株式がないかを洗い出した
- □ 誰が何%の議決権を持っているかを把握した(過半数、3分の2以上を誰が押さえているか)
- □ 自社株の評価額(相続税評価)を試算し、数期分の推移を見た
- □ 実態の貸借対照表(含み益・含み損、不良資産、簿外債務)を把握した
- □ 社長への貸付金・仮払金、社長個人名義の事業用資産を洗い出した
- □ 全取引銀行の借入と、経営者保証・担保の状況を一覧にした
- □ 後継者候補(子ども、親族、社員)と、継ぐ意思について話し始めた
- □ 親族内承継・社内承継・M&Aの選択肢を、家族と話し合う材料をそろえた
株式の保有比率ごとの権利は株式の保有比率ごとの権利、自社株の評価は自社株評価の方法を参考にしてください。
子どもに継がせるかどうかは、会社の事情だけでなく、子ども自身の人生の問題でもあります。継ぐ・継がないのどちらが正しいということはなく、人によって答えは違います。5年前の段階では、結論を急がず、家族で話し合う材料をそろえることが大切です(子どもに継がせるメリット・デメリット)。
3年前:磨き上げと計画づくり
チェックリスト
- □ 分散した株式を集約する方針を決め、買取り・自己株式の取得などを進め始めた
- □ 定款を確認し、譲渡制限、相続人等に対する売渡請求(会社法174条)の定めを検討した
- □ 必要に応じて、種類株式・持株会社などの活用を検討した
- □ 事業承継計画をつくった(交代時期、株式の移し方、後継者の育成、財務の目標、経営者保証)
- □ 後継者に役員としての経験を積ませ、社内での立ち位置をつくった
- □ 後継者が銀行の決算説明に同席し始めた
- □ 事業承継税制(特例措置)を使うかどうかを検討し、使う可能性があれば特例承継計画の提出を準備した
- □ 社長への貸付金の解消、役員報酬の見直しなど、「法人と個人の分離」を進めた
事業承継税制の期限
中小企業庁によると、事業承継税制の特例措置を使うには、特例承継計画を2027年9月30日までに都道府県に提出し、2027年12月31日までに贈与・相続で株式を取得する必要があります(2026年10月時点)。特例措置は、株式の贈与税・相続税の全額を猶予の対象とし、親族外を含む複数の株主から最大3人の後継者への承継も対象にしています。一方で、猶予を続けるための要件の管理が長く続くため、使うかどうかは慎重に判断します。詳しくは事業承継税制の特例の期限(2027年)と今やるべきことで解説しています。
株式の集約の方法は分散した株式を集中させる方法の全体像、後継者の育成は後継者の育て方と社内での立ち位置をご覧ください。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る1年前:実行の準備
チェックリスト
- □ 株式の移し方(暦年贈与、相続時精算課税、事業承継税制、売買)を確定した
- □ 移転する時期と株数ごとに、贈与税・相続税・所得税の試算をした
- □ 先代の役員退職金の金額・時期・支払原資を決め、損金として認められる範囲かを確認した
- □ 退職金や株価対策が、決算書と銀行の格付けに与える影響を試算した
- □ 先代が交代後に就く役職(会長・顧問など)と、報酬・関与の範囲を決めた
- □ 遺言を作成した(株式を誰に遺すか)
- □ 後継者以外の相続人との公平(遺留分)への備えを検討した
- □ 銀行ごとに、代表交代後の経営者保証の扱いを相談した
遺留分への備え
民法は、兄弟姉妹以外の相続人に遺留分を認めており、遺留分を侵害された相続人は、侵害額に相当する金銭の支払いを請求できます(民法1046条)。後継者に株式を集中させると、ほかの相続人の遺留分を侵害することがあります。相続人に対する生前贈与は、原則として相続開始前10年間のものが遺留分の計算に含まれます(民法1044条)。経営承継円滑化法には、推定相続人全員の合意と経済産業大臣の確認・家庭裁判所の許可を経て、贈与した株式を遺留分の計算から外す(除外合意)、または合意時の価額で固定する(固定合意)特例があります。詳しくは後継者以外の相続人との公平(遺留分と民法特例)、遺言は経営者の遺言をご覧ください。
承継の税務で知っておきたい判例・裁決
事業承継の税務では、「株価を下げる」「税金を抑える」対策が話題になります。しかし、行き過ぎた対策や、形式だけを整えた対策は否認されることがあります。承継の計画を立てる前に知っておきたい判断を整理します。
| 判例・裁決 | 内容 | 承継への示唆 |
|---|---|---|
| 最高裁第三小法廷 令和4年4月19日判決(令和2年(行ヒ)第283号) | 被相続人が借入をして購入した賃貸不動産について、財産評価基本通達の評価額ではなく、鑑定評価額で課税した処分を適法とした。購入と借入がなければ課税価格は6億円を超えたのに、通達評価では約2,826万円となり相続税が0円になったこと、相続税の負担を減らすことを知り期待して企画・実行したことなどを重視した | 通達どおりの評価でも、実質的な租税負担の公平に反する事情があれば否認され得る。株価を下げる目的だけの不動産取得などは慎重に |
| 最高裁第三小法廷 令和2年3月24日判決(平成30年(行ヒ)第422号) | 個人が非上場株式を法人に譲渡した際の「その時における価額」(所得税法59条1項)について、譲受人(法人)が配当還元価額で評価される株主に当たることを理由に、配当還元価額で評価した原審の判断は誤りだとした | オーナーが株式を法人(持株会社など)に移すときの価格は、譲渡する側の立場も踏まえて判断する必要がある。安易に低い価格で移すと、時価で譲渡したとみなされる課税が生じ得る |
| 国税不服審判所 平成29年7月14日裁決(裁決事例集No.108) | 代表取締役社長から代表権のない取締役会長になった役員への退職金について、分掌変更後も経営・業務で主要な地位を占め、重要な決定事項に関与していたとして、退職給与に当たらないとした | 先代が会長として残る場合、実質的に経営から退いているかが問われる。役割・報酬・決裁の範囲を記録に残す |
(出典:裁判所ウェブサイト 裁判例検索、国税不服審判所「公表裁決事例要旨」)
交代時と交代後:実行と定着
交代時のチェックリスト
- □ 取締役会・株主総会で代表取締役の交代を決議し、登記をした
- □ 株式の移転(贈与契約書・譲渡契約書、株主名簿の書換え)を行った
- □ 事業承継税制を使う場合、都道府県への認定申請と税務署への申告を期限内に行った
- □ 取引銀行・主要取引先に、新体制と事業承継計画を説明した
- □ 経営者保証の解除・変更の手続きを銀行ごとに進めた(二重徴求になった場合は見直しの時期を確認した)
交代後3年のチェックリスト
- □ 後継者が決算説明を主に行い、計画との差異を自分で説明している
- □ 先代の関与は、決めた役割の範囲にとどまっている
- □ 債務償還年数・自己資本比率などの財務目標の達成状況を、銀行と共有している
- □ 後継者の経営者保証の解除・軽減を相談し始めた
- □ 次の世代も見据え、株主構成や資産管理会社のあり方を見直した
銀行との関係づくりは事業承継と銀行:後継者の信用をどうつくるか、経営者保証は事業承継と経営者保証で詳しく解説しています。また、ロードマップの途中で社長に万一のことがあった場合に備えて、オーナー急逝に備えるチェックリストもあわせて用意しておくと安心です。
私の著書では、「払った税金の2倍、会社は強くなる」とお伝えしています。事業承継でも、税金を減らすことだけを目的にせず、後継者が強い決算書で経営を始められるかを軸に計画することが、結果的に会社と家族を守ります。
まとめ
- 事業承継は、見える化→磨き上げ→計画→実行の順に、代表交代の5年前から準備する
- 5年前は株主・株価・財務・後継者候補の把握、3年前は株式の集約・事業承継計画・後継者の育成、1年前は株式の移転方法・退職金・遺言・保証の確定
- 事業承継税制の特例措置は、特例承継計画の提出が2027年9月30日まで、株式の移転が2027年12月31日まで(2026年10月時点)
- 行き過ぎた対策は否認され得る。最高裁令和4年4月19日判決、令和2年3月24日判決、分掌変更の裁決などを踏まえて計画する
- 交代後3年で後継者の実績をつくり、経営者保証の解除と次の世代への備えにつなげる
クレフティでは、株主構成と自社株評価の把握から、事業承継計画づくり、株式の移転と税務、銀行への説明まで、事業承継・M&A支援の中でご相談をお受けしています。初回のご相談は無料です。担当者がお話を伺い、その後は担当の公認会計士・税理士やコンサルタントが対応します。
