「息子を専務にしたのに、社員がついてこない」「娘は優秀だが、古参の役員が認めない」。後継者を社内に迎えたオーナー経営者からは、こんな悩みをよく聞きます。後継者は、肩書きを与えるだけでは育たないのです。
この記事では、後継者の育て方と社内での立ち位置について、どの順番で何を任せるか、社内での関係づくり、決算書と銀行との付き合い方、社外の学びの場、そして先代がどう退くかを整理します。先代が会長として残る場合の退職金をめぐる公表裁決事例も紹介します。
- 後継者教育は、現場 → ジョブローテーション → 部門の責任者 → 経営幹部と、段階を踏んで任せていくのが基本
- 社内での立ち位置は、肩書きより実績と任された範囲で決まる。後継者を支える側近も同時に育てる
- 決算書と銀行は、承継前から同席・説明を任せていく。交代後に信用を一から作るのは大変
- 先代が会長などで残るなら、権限の線引きをはっきりさせる。分掌変更の退職金は「実質的な退職」が問われる
後継者に必要な力を分解する
「経営者としての力」は漠然としています。育てる側と育つ側で共通の物差しを持つために、必要な力を分解してみます。
| 分野 | 中身 | 主な身につけ方 |
|---|---|---|
| 事業の理解 | 製品・サービス、現場の仕事、顧客と取引先 | 現場配属、ジョブローテーション |
| 管理の知識 | 決算書、資金繰り、税務、労務、法務の基本 | 管理部門の経験、顧問専門家との打合せ、研修 |
| 人をまとめる力 | 部下の育成、評価、組織づくり | 部門の責任者としての経験 |
| 社外との関係 | 銀行、主要取引先、業界団体、地域 | 先代の同席・紹介、担当の引継ぎ |
| 判断と責任 | 投資・人事・撤退の判断、失敗の引受け | 新規事業や子会社の経営を任せる |
| 経営理念 | 会社の存在意義、大切にしてきたこと | 先代との対話、言語化 |
中小企業基盤整備機構の解説も、後継者には社長としての能力・資質を身につけるための教育や経験が不可欠であり、社内では現場への配属からジョブローテーション、新規事業部門の担当、経営幹部としての経営へと段階を踏むことを紹介しています(J-Net21「後継者の選択と育成」)。
社内での育て方:段階的に任せる
段階ごとに「任せる範囲」を決める
| 段階 | 任せること | 先代の関わり方 | 社内に伝えること |
|---|---|---|---|
| 1. 現場 | 実務を覚える。顧客・取引先と直接接する | 口を出しすぎない。現場の上司に育成を任せる | 特別扱いしない方針 |
| 2. ジョブローテーション | 営業・製造・管理など複数部門を経験する | 各部門の責任者から評価を聞く | 将来の幹部候補であること |
| 3. 部門の責任者 | 予算と人事の一部に責任を持つ | 結果を評価し、失敗の後始末を引き受けすぎない | 部門長としての権限 |
| 4. 経営幹部(役員) | 経営会議での意思決定、銀行・主要取引先との対応 | 判断の理由を説明し、徐々に決裁を移す | 後継者であることの公表 |
| 5. 代表者 | 最終決裁と対外的な代表 | 相談役に回る、または完全に退く | 交代の時期と体制 |
段階を飛ばすと、後継者は「判断の材料を持たないまま責任を負う」ことになります。逆に、いつまでも任せないと、後継者は「自分で決めた経験」を持たないまま代表になってしまいます。
新規事業や子会社を任せる
段階3から4の間に、新規事業や小さな子会社の経営を丸ごと任せるのは、有効な方法です。売上も人も小さいので、失敗しても会社全体への影響は限られますが、資金繰りから人の採用まで、経営の一通りを自分で判断する経験ができます。
社内での立ち位置をどうつくるか
肩書きより「実績と任された範囲」
社員は、後継者の肩書きではなく、何を任され、どんな結果を出したかを見ています。早い段階で大きな肩書きを与えると、実績が伴わないうちに周囲の期待と反発の両方を受けることになります。役職は、任せた範囲と実績に合わせて上げていくほうが、社内で受け入れられやすくなります。
古参の役員と、後継者の側近
先代と一緒に会社を育ててきた古参の役員は、会社にとって大切な存在です。一方で、後継者にとっては、遠慮や対立の相手になりやすい存在でもあります。
- 古参の役員には、後継者を支える役割を、先代の口から明確に頼む
- 後継者と同世代の側近(番頭役)を、後継者の育成と並行して育てる
- 役員の退任時期や処遇も、承継計画の一部として考えておく
前述のハンドブックでも、後継者を決める時期を判断するにあたって、後継者の育成期間とあわせて側近の育成期間を考慮することが挙げられています。
報酬と評価
後継者の報酬を、他の社員や役員と比べて極端に高くすると、社内の納得が得られにくくなります。役員になってからの報酬は、株主総会で決めた範囲の中で、職責に見合った水準にしておくのが基本です(役員報酬の決め方)。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る社外での学びの場
社内だけでは得られない視点や、同じ立場の仲間を得るために、社外の学びの場も活用できます。
| 学びの場 | 中身 |
|---|---|
| 他社での勤務 | 大規模な同業他社や取引先で修業してから戻る。期間は5〜10年程度が一般的とされる(中小企業基盤整備機構)。詳しくは子どもには先に外で修業させるべきか |
| 中小企業大学校東京校「経営後継者研修」 | 毎年10月から翌年7月までの10か月間、後継者候補が経営を集中して学ぶ研修(J-Net21) |
| 業界団体・経営者団体・地域の勉強会 | 同業や同世代の後継者とのつながりができる |
| 顧問専門家との定期的な打合せ | 税務・会計・法務の実務を、自社の数字で学べる |
決算書と銀行:数字で会社を語れるようにする
後継者が最も苦労しやすいのが、銀行との関係です。先代が長年かけて築いた信用は、代表者の交代で自動的には引き継がれません。
決算書を「自分の言葉で説明できる」ようにする
著書のモデルでは、銀行は決算書を安全性・収益性・成長性・返済能力の4分野・129点満点で点数化し、返済能力を債務償還年数=(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)で測ります。後継者がこの物差しを理解し、自社の数字が銀行からどう見えるかを説明できれば、交代後の融資の相談が格段にスムーズになります。
- 顧問税理士の決算報告に同席する:何が利益を押し上げ、何が押し下げたかを聞く
- 銀行への決算説明に同席する:銀行が何を質問するかを知る
- 次の期は後継者が説明する:先代は補足に回る
- 借入の一覧・返済予定・経営者保証の状況を共有する:交代後の交渉の準備になる
経営者保証の引継ぎ
代表者が交代するとき、銀行から後継者に保証を求められることがあります。「経営者保証に関するガイドライン」の事業承継時の特則では、前経営者と後継者の双方からの二重の保証は原則として求めないことなどが示されています。後継者に保証を引き継ぐかどうかは、財務内容や法人と個人の資産の分離の状況とあわせて、銀行と交渉する余地があります(経営者保証を外す方法)。
先代の退き方と、会長として残るときの退職金
権限・株式・保証を「何を、いつ渡すか」
後継者に渡すものは、肩書きだけではありません。権限、株式、経営者保証、取引先との関係を、それぞれいつ渡すかを整理しておくと、社内外に分かりやすい承継になります。
| 渡すもの | 渡し方の例 | 注意点 |
|---|---|---|
| 決裁の権限 | 部門の予算 → 人事 → 投資の順に移す | 渡した後に先代が覆さない |
| 代表権 | 取締役会(または株主総会)で代表取締役を交代 | 登記は2週間以内(会社法915条1項) |
| 株式(議決権) | 贈与・相続・譲渡で段階的に移す | 議決権の過半数・3分の2以上をいつ後継者が持つか |
| 経営者保証 | 銀行と協議し、二重の保証を避ける | 後継者の負担と家族への影響を説明する |
| 取引先・銀行との関係 | 先代が同席して紹介し、担当を引き継ぐ | 先代の個人的な関係に頼った取引は早めに組織の関係に |
株式は、代表権より先に渡すと、先代が代表のまま議決権を失うことになり、逆に代表権だけ渡して株式を渡さないと、後継者は株主総会で解任されうる立場のままになります。どちらの順番にも理由がありますが、後継者が経営の責任を負う時点で、議決権の過半数をどう確保するかは決めておく必要があります。株式の移し方は暦年贈与・相続時精算課税で株式を移す方法で解説します。
二重権力を避ける
代表者を交代した後も先代が実質的な決裁を続けると、社員は「結局、どちらの言うことを聞けばいいのか」と迷います。先代が会長・相談役として残る場合は、何を後継者が決め、何について先代が助言するのかを、社内に明確に示すことが大切です。
分掌変更の退職金:「実質的な退職」が問われる
先代が代表取締役を退いて会長や取締役として残り、そのタイミングで退職金を受け取る場合、税務上は、実質的に退職したのと同様の事情があるかが問われます。法人税基本通達9-2-32は、常勤役員が非常勤役員になったこと、取締役が監査役になったこと、分掌変更の後に報酬がおおむね50%以上減少したことなどで、実質的に退職したと同様の事情にあると認められる場合を例示していますが、いずれも経営上主要な地位を占めていないことが前提です。
国税不服審判所の公表裁決事例には、次のようなものがあります。
| 裁決 | 事案 | 判断 |
|---|---|---|
| 昭和56年6月23日裁決(裁決事例集No.22・133頁) | 代表取締役から取締役への分掌変更に伴い役員退職金を支給 | 議事録が真正に作成されたと認められず登記もない。高齢だが著しく健康を害していたとはいえず、分掌変更後の報酬の支給状況などからも、実質的に退職と同様の事情にあったとは認められない。損金算入を否定 |
| 令和2年12月15日裁決 | 代表取締役・取締役を辞任した元代表者に退職金を支給。原処分庁は、退職後も経営に従事するみなし役員だと主張 | 原処分庁の認定には退職当時の客観的な証拠がなく、元代表者は退職後に報酬を受けておらず、新代表者が職務を行っていなかったとも認められない。退職給与として損金算入を認めた |
2つの事例を並べると、退職の事実と、その後に経営に関与していないことを、客観的な証拠で示せるかが分かれ目になっていることが分かります。議事録や登記を整え、退任後の報酬と役割を実態に合わせることが大切です(いずれも国税不服審判所「公表裁決事例要旨(役員退職給与)」で確認できます)。会長・顧問として残る場合の否認事例は役員退職金が否認されるケース、実務の詳細は「実質的に退職した」と認められる実務で詳しく取り上げます。
まとめ
- 後継者は、現場 → ジョブローテーション → 部門責任者 → 経営幹部 → 代表者と、任せる範囲を段階的に広げて育てる
- 社内での立ち位置は実績と任された範囲で決まる。古参役員には支える役割を頼み、側近も育てる
- 社外では、他社勤務、中小企業大学校の経営後継者研修(10か月)、経営者団体などで視野と仲間を得る
- 決算書と銀行は、同席から説明へと任せていく。経営者保証の引継ぎは交渉の余地がある
- 先代が残るなら権限の線引きを明確に。分掌変更の退職金は、実質的な退職を客観的に示せるかが問われる
後継者の育成は、会社の数字と人の両方を引き継ぐ作業です。クレフティでは、事業承継・M&A支援の中で、後継者向けの決算書の読み方や銀行への説明の準備、株式の移転計画、先代の退職金の設計までご相談をお受けしています。初回のご相談は無料です。担当者がお話を伺い、その後は担当の公認会計士・税理士やコンサルタントが対応します。
