社長を退いても、会長や顧問として会社に残る──事業承継でもM&Aでもよくある形です。このとき問題になるのが、役員退職金が税務上「退職金」と認められるかです。認められなければ、会社では損金にならず、受け取った本人も退職所得の優遇を受けられません。
判断の分かれ目は、肩書きではなく「実質的に退職したと同様の事情にあるか」です。この記事では、法人税基本通達9-2-32と所得税基本通達30-2の考え方を確認したうえで、国税不服審判所の公表裁決、裁判所の判決、国税庁が公開する税務訴訟資料から、否認された例と認められた例を集めて紹介し、M&Aで会長・顧問として残るときの注意点を整理します。
- 分掌変更(社長→会長、常勤→非常勤など)の退職金は、地位・職務の内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情にあるときに限り、退職給与として扱える(法人税基本通達9-2-32)
- 通達の「非常勤になった」「監査役になった」「給与がおおむね50%以上減った」は例示。経営上主要な地位を占めている人は除かれる
- 否認例:会長になっても代表者の選定・役員給与・多額の設備投資の決定に関与(平成29年7月14日裁決)、報酬を約3分の1にしても常勤で同じ仕事(東京地裁平成29年1月12日判決)
- 容認例:病気で業務から離れ監査役に(東京地裁平成20年6月27日判決)、創業者が非常勤取締役になり分割支給(東京地裁平成27年2月26日判決)、退任後の経営関与が証拠で認められない(令和2年12月15日裁決)
- 否認されると、会社は損金不算入、本人は賞与として課税され、会社に源泉所得税の納税告知・不納付加算税が課されることもある
- M&Aで顧問として残るなら、勤務形態・報酬・権限を実際に変え、記録を残す。退職金の支給時期も慎重に決める
「否認される」とはどういうことか
役員退職金をめぐる否認には、大きく3つの型があります。
| 否認の型 | 内容 | 根拠 |
|---|---|---|
| 退職の事実がない | 退職金として払っても、実質的に退職していなければ、臨時の役員給与として損金に算入されない | 法人税法34条1項 |
| 金額が過大 | 退職給与として相当な金額を超える部分は損金に算入されない | 法人税法34条2項、施行令70条2号 |
| 損金算入の時期が違う | 支給額が確定していない期に未払計上しても、その期の損金にならない | 法人税法22条3項、法人税基本通達9-2-28・9-2-32(注) |
この記事は主に1つ目(会長・顧問として残る場合と分掌変更)を扱います。金額が過大とされた判例は役員退職金の金額が過大とされた判例で詳しく取り上げます。
受け取る本人の側では、退職所得に当たるかどうかが問題になります。最高裁昭和58年9月9日第二小法廷判決(民集37巻7号962頁)は、退職所得に当たるには、①退職すなわち勤務関係の終了という事実によって初めて給付されること、②従来の継続的な勤務に対する報償ないしその間の労務の対価の一部の後払いの性質を有すること、③一時金として支払われることの要件を備えることが必要で、これらを全部備えていなくても、実質的にこれらの要件の要求するところに適合し、退職により一時に受ける給与と同一に取り扱うことを相当とするものであることが必要だとしています(国税不服審判所の公表裁決事例要旨や、後述の東京地裁平成27年2月26日判決が引用)。
判断の基準:法人税基本通達9-2-32と所得税基本通達30-2
法人税基本通達9-2-32は、役員の分掌変更や改選による再任などに際して退職給与として支給した給与について、その分掌変更などにより役員としての地位または職務の内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情にあると認められる場合には、退職給与として取り扱うことができるとし、例として次の3つを挙げています。
| 通達の例示 | 除かれる人(例示に当たっても退職とはみない) |
|---|---|
| (1) 常勤役員が非常勤役員になった | 常時勤務していなくても代表権を有する者、代表権はないが実質的に経営上主要な地位を占めている者 |
| (2) 取締役が監査役になった | 監査役でありながら実質的に経営上主要な地位を占めている者、一定の要件を満たす大株主 |
| (3) 分掌変更等の後の給与が激減(おおむね50%以上の減少)した | 分掌変更等の後も経営上主要な地位を占めている者 |
さらに(注)で、ここでいう退職給与として支給した給与には、原則として、法人が未払金等に計上した場合の当該未払金等の額は含まれないとされています。受け取る本人の側でも、所得税基本通達30-2(3)が、分掌変更などで職務の内容や地位が激変した人に、それまでの役員であった勤続期間に係る退職手当等として支払われる給与を、退職手当等とすると定めています。
ポイントは、3つの例示は「例えば」であり、形式的に満たしても、経営上主要な地位にとどまっていれば認められないことです。逆に、例示に当たらなくても、実態として退職と同様なら認められる余地があります。
否認された判例・裁決
| 判決・裁決 | 事案 | 判断 |
|---|---|---|
| 国税不服審判所 昭和56年6月23日裁決(裁決事例集No.22・133頁) | 代表取締役から取締役への分掌変更に伴う役員退職金 | 議事録が真正に作成されたと認められず、登記もされていない。高齢でも著しく健康を害していたとはいえず、分掌変更後の報酬の支給状況からも、実質的に退職と同様の事情にあったとは認められない |
| 国税不服審判所 平成29年7月14日裁決 | 代表取締役社長を辞任し、代表権のない取締役会長に。給与は約55%減、取引先に挨拶状、金融機関の連帯保証も外れた | 分掌変更後も、取締役会で代表取締役の選定や役員給与の変更を決め、経営会議で数千万円から1億円超の事業用資産の購入を決め、古参の使用人の解雇も決定。1年以上、他の取締役の2倍の給与を受けていた。経営上主要な地位にあり退職給与に当たらない。源泉所得税の納税告知・不納付加算税も維持 |
| 東京地裁 平成29年1月12日判決(税務訴訟資料267号順号12952)、東京高裁 平成29年7月12日判決(同順号13033) | 代表取締役を退任し、取締役(相談役)として留任。月額報酬は205万円から70万円に。退職慰労金5,609万6,610円 | 常勤の相談役として毎日出社し、以前と同じ執務室で執務。会議の議事録や稟議書に押印し、代表者会議に出席し、後任の社長の同席なしに金融機関と多数回交渉。退職給与に当たらない。控訴審も控訴を棄却 |
否認例に共通すること
3つの事案に共通するのは、肩書きや報酬は変わっても、仕事の中身が変わっていないことです。平成29年7月14日裁決は、給与が約55%減って通達の例示(3)を形式的に満たしていても、そのことから直ちに退職給与として扱えるものではないとしました。東京地裁平成29年1月12日判決の事案では、後任の社長が「当分の間は退任前と同程度の業務内容で留任してほしい」と求め、元代表者も「役員報酬が半分になっても2年間は退任前の仕事をそのまま続ける」と述べていたことが認定されています。引継ぎのために残ること自体は自然ですが、その期間に退職金を払うと否認されやすいということです。
国税不服審判所:公表裁決事例要旨(役員退職給与)/平成29年7月14日裁決/東京地裁平成29年1月12日判決(国税庁 税務訴訟資料 PDF)/東京高裁平成29年7月12日判決(同 PDF)
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事業承継・M&A支援を見る認められた判例・裁決
| 判決・裁決 | 事案 | 判断 |
|---|---|---|
| 東京地裁 平成20年6月27日判決(税務訴訟資料258号順号10977) | 家族だけの同族会社で、約15年代表取締役を務めた筆頭株主(35%)が、病状の悪化と手術を機に代表取締役を退任・取締役を辞任して監査役に。退職給与4,500万円を未払計上 | 監査役就任は事務処理の都合で、業務は一切行わなくなり、主要な業務は息子の代表取締役が担うようになった。筆頭株主でも、株主としての影響は役員の立場に基づくものではないとして、実質的な退職と退職所得を認めた。ただし、金額が期末までに確定していないとして、その期の損金算入は否定(一部認容・確定) |
| 東京地裁 平成27年2月26日判決(税務訴訟資料265号順号12613) | 創業者が代表取締役を辞任して非常勤取締役に(実質的に退職したと同様の事情にあることは争いなし)。退職慰労金2億5,000万円を3年以内に分割支給すると決議し、2回目の1億2,500万円を支払った期に損金算入 | 2回目の支払いも退職所得・退職給与に当たるとし、支払った期の損金算入を認めた(法人税基本通達9-2-28ただし書)。源泉所得税の納税告知処分も取消し(一部認容・確定) |
| 国税不服審判所 令和2年12月15日裁決 | 代表取締役・取締役を辞任した元代表者に退職慰労金7億2,500万円。原処分庁は、退任後も経営に従事するみなし役員だと主張 | 経営への関与を示す客観的な証拠がなく、関係者の申述も具体性を欠く。退任後に報酬を受けておらず、融資の連帯保証人も約3か月後に後任の代表者に変更されていた。退職給与として損金算入を認めた |
| 国税不服審判所 平成15年6月25日裁決(裁決事例集No.65・181頁) | 合併時の役員改選で、存続会社の専務取締役が合併後の会社の代表取締役に就任。専務時代の勤続期間に係る役員退職慰労金 | 代表取締役でも社長や専務などの役職はなく、会長・社長には他の取締役が就任し、社内の決裁権限もない一時的・形式的な就任。地位が激変したとして退職所得と認めた |
令和2年12月15日裁決は、東京地裁平成29年1月12日判決を参考判決として挙げたうえで、反対の結論になっています。結論を分けたのは、退職後も経営に関わっていたことを示す具体的な証拠があるかどうかです。元代表者の長男が株式の8割超を持ち、元代表者がグループの実質的なオーナーといえる立場にあったことがうかがわれても、それだけで経営に従事していたとは認めませんでした。
退職所得の範囲に関するその他の判決
役員の分掌変更そのものではありませんが、「勤務関係が続いているのに退職金として払う」場面の判断として、次の判決も参考になります。
| 判決 | 判断 |
|---|---|
| 最高裁第三小法廷 昭和58年12月6日判決(昭和54年(行ツ)第35号) | 勤続10年で定年とする就業規則にもとづき退職金名義の金員を受けた従業員の大部分が、役職・給与などの労働条件に変化がないまま勤務を続けていた事案で、退職所得に当たるとした原審の判断に、法令の解釈適用の誤りと審理不尽があるとして破棄差戻し |
| 大阪高裁 平成20年9月10日判決(平成20年(行コ)第58号) | 使用人が執行役に就任する際の退職金について、身分関係の異動は形式的・名目的なものではなく、勤務関係の性質・内容・労働条件等に重大な変動があるとして、退職所得に当たるとした(原判決取消し) |
| 京都地裁 平成23年4月14日判決(平成20年(行ウ)第23号) | 学校法人の理事長で設置校の校長の地位にあった者に、校長と学院長の地位の退職による退職金を支給した事案で、退職所得の要件を満たすとして請求を認容 |
判例・裁決から見えるチェックポイント
否認例と容認例を比べると、税務当局と審判所・裁判所が見ているポイントが浮かび上がります。
| チェック項目 | 認められやすい状態 | 否認されやすい状態 |
|---|---|---|
| 代表権 | 代表権がない | 非常勤でも代表権が残っている |
| 勤務の形態 | 出社しない、または頻度・時間が大きく減った | 常勤で毎日出社、同じ執務室・席 |
| 経営の決定 | 取締役会・経営会議で決定に加わらない | 代表者の選定、役員給与、設備投資、人事を決めている |
| 金融機関 | 連帯保証が後任に替わり、交渉は後任が担当 | 後任の同席なしに銀行と交渉している |
| 報酬 | おおむね50%以上減り、他の役員より低い | 減っても他の役員より高い(例:2倍) |
| 書類と登記 | 議事録が適時に作られ、登記と一致 | 議事録が後から作られた、登記と食い違う |
| 支給の時期 | 退任・分掌変更の時に支給し、金額が確定している | 未払計上のまま期をまたぐ |
M&Aで会長・顧問として残る場合の注意点
M&Aでは、売り手のオーナーが引継ぎのために一定期間、会長・顧問・相談役として残ることがよくあります。中小企業庁の「中小PMIガイドライン」も、譲渡側経営者に顧問等としてこれまでどおりの勤務形態・報酬でサポートしてもらう場合、M&A成立時に役員退職金を支給すると、税務上退任の事実が認められず、損金性が否認されるおそれがあるとし、退職金の支給時期を慎重に検討するよう求めています。
- 退職金を払うなら、実際に仕事を変える:代表権を外し、決裁から離れ、出社の頻度と時間を減らし、金融機関の保証と交渉の窓口を後任に移す。その経過を議事録・業務委託契約・挨拶状などで残す
- しばらく同じ仕事を続けるなら、退職金は後で:引継ぎ期間が終わり、実際に退任した時点で支給する。ただし、後払いは不履行のリスクがあるため、金額・時期・条件を最終契約で明確にする(売却後、オーナーは会社に残るのか参照)
- 買い手のDDでも見られる:過去の分掌変更退職金は、税務DDで否認リスクとして指摘されることがあります。リスクがあれば、特別補償や価格で調整します(税務DDで見られるポイント参照)
退職金と株式の代金の配分を考える際は退職金と株式売却の税率の違いも合わせてご覧ください。
否認されたときの負担と、決算書・銀行への影響
否認されると、会社では退職金の全額が損金不算入となり、法人税等と過少申告加算税が生じます。本人の側では賞与として扱われ、会社に源泉所得税の差額の納税告知と不納付加算税が課されることもあります。東京地裁平成27年2月26日判決の事案では、課税庁は2回目の支払い1億2,500万円を賞与として源泉所得税を計算し直していました(判決で取消し)。
退職金を払った期は大きな赤字になりやすく、否認されればさらに追徴税額が加わります。決算書を見る金融機関に対しては、退職金が一時的な支出であること、税務上の扱いを専門家と確認したうえで支給したことを説明できるようにしておくことが大切です。退職金と不動産法人の決算書の見え方は不動産法人の役員退職金、役員報酬の設計は役員報酬の決め方でも解説しています。
まとめ
- 分掌変更の退職金は、地位・職務の内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情にあるときだけ認められる(法人税基本通達9-2-32、所得税基本通達30-2)
- 通達の3つの例示は「例えば」。報酬を50%以上下げても、経営上主要な地位にいれば否認される(平成29年7月14日裁決、東京地裁平成29年1月12日判決)
- 病気で業務から離れた、創業者が非常勤になった、退任後の経営関与が証拠で認められない、といった事案では認められている(東京地裁平成20年6月27日・平成27年2月26日判決、令和2年12月15日裁決)
- ただし、未払計上のまま期をまたぐと、その期の損金にならないことがある(東京地裁平成20年6月27日判決)
- M&Aで残るなら、仕事の中身を実際に変えて記録を残すか、退職金は実際の退任時に払う
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