オーナー社長の退職金は、事業承継やM&Aの手取りを大きく左右します。多くの会社では、役員退職慰労金規程で「最終月額報酬×勤続年数×功績倍率」という計算式を使います。ところが、税務上は会社の規程どおりに払っても、不相当に高額な部分は損金になりません(法人税法34条2項)。
では、どこからが「不相当に高額」なのか。この記事では、国税庁の税務訴訟資料と国税不服審判所の公表裁決で確認できた判例・裁決をもとに、功績倍率・最終月額報酬・勤続年数がどう判断されたかを整理します。退職そのものが否定されるケースは役員退職金が否認されるケースと「実質的に退職した」と認められる実務をご覧ください。
- 過大かどうかは、業務に従事した期間、退職の事情、同種・類似規模の法人の支給状況などに照らして判断される(法人税法施行令70条2号)
- 実務と裁判では、同業類似法人の平均功績倍率に最終月額報酬と勤続年数を掛ける平均功績倍率法が中心
- 東京高裁平成30年4月25日判決は、地裁が認めた「平均功績倍率の1.5倍まで」を否定し、平均値を超える部分を過大とした
- 最終月額報酬が功績を反映していない場合(退職直前の増額、逆に大幅な減額)は、1年当たり平均額法が使われる
- 民間データの高い功績倍率や、自社規程の倍率は、それだけでは相当性の根拠にならない
過大役員退職金の判定の仕組み
法人税法施行令70条2号は、退職した役員に支給した退職給与の額が、次の事情に照らして相当と認められる金額を超える部分を、損金に算入しない「不相当に高額な部分」としています。
- その役員が法人の業務に従事した期間
- 退職の事情
- 同種の事業を営む法人で事業規模が類似するもの(同業類似法人)の役員に対する退職給与の支給の状況 など
この「相当と認められる金額」の算定方法として、判例・裁決で使われてきたのが次の3つです。
| 方法 | 計算式 | 使われる場面 |
|---|---|---|
| 平均功績倍率法 | 最終月額報酬 × 勤続年数 × 同業類似法人の平均功績倍率 | 最も一般的。多くの判決で合理性が認められている |
| 最高功績倍率法 | 最終月額報酬 × 勤続年数 × 同業類似法人の最高功績倍率 | 同業類似法人が少ない場合などに議論されるが、採用は限られる |
| 1年当たり平均額法 | 同業類似法人の退職金を勤続年数で割った額の平均 × 勤続年数 | 最終月額報酬が功績を適正に反映していない場合 |
功績倍率は「退職金÷(最終月額報酬×勤続年数)」で計算される倍率です。同業類似法人のデータは、税務署が管内の申告から業種・規模(売上金額など)の基準で抽出するもので、納税者が自分で入手することはできません。ここが、この論点を難しくしている原因です。
判例1:平均功績倍率の「1.5倍」は認められなかった(東京地裁平成29年10月13日・東京高裁平成30年4月25日)
事案の流れ
税務訴訟資料(第267号順号13076、第268号順号13149)によれば、新潟県の製造業の会社が、死亡退職した元代表取締役に4億2,000万円の退職慰労金を支給しました。最終月額報酬は240万円、勤続年数は27年です。税務署は、同業類似法人の平均功績倍率3.26で計算した2億1,124万8,000円を相当額とし、超える2億875万2,000円を損金不算入としました。
地裁と高裁の判断
| 東京地裁(平成29年10月13日) | 東京高裁(平成30年4月25日) | |
|---|---|---|
| 相当額の考え方 | 平均功績倍率をわずかでも超えたら直ちに過大とするのは硬直的。平均功績倍率にその半数を加えた4.89倍までは相当 | 平均功績倍率法は同業類似法人の平均を取ることで個別の事情を平準化する方法で、平均を超える部分は不相当に高額 |
| 相当額 | 3億1,687万2,000円(240万円×27年×4.89) | 2億1,124万8,000円(240万円×27年×3.26) |
| 結論 | 処分の一部を取消し | 国の控訴を認め、地裁の取消し部分を取り消した |
高裁は、会社側が「最終月額報酬には賞与の月額相当額(60万円)を加えた300万円を使うべき」と主張した点も、会社自身が240万円を基礎に規程の倍率を掛けて退職金を計算していたことなどから退けました。なお、高裁判決に対しては上告・上告受理申立てがされています(税務訴訟資料の記載による)。
この事件は、「平均を少し超える程度なら許される」という考え方が高裁で否定された例として重要です。
判例2:退職後の報酬の遡及増額は算定の基礎にならない(東京地裁令和2年3月24日)
税務訴訟資料(第270号順号13403、確定)によれば、肉用牛生産業の会社が、平成24年12月に辞任した元取締役に、平成25年3月、2億7,000万円(退任慰労金2億円、特別功労金7,000万円)を支給しました。
- 元取締役の役員報酬は、遅くとも平成19年4月以降月額25万円だった
- 辞任後の平成25年1月、平成24年6月〜12月分の報酬をさかのぼって追加支給し、最終月額報酬を月額100万円とした
- 退任慰労金は、最終月額報酬100万円×勤続25年×功績倍率8倍で計算された
裁判所は、この増額に合理的な理由が示されておらず、経理担当者も理由が分からないと述べていることから、最終月額報酬100万円は専ら退職金の算定根拠を整える目的で決められたものと判断しました。そのため、功績倍率を使う方法は不合理な特段の事情があるとして、1年当たり平均額法で相当額を計算しました。
勤続年数も争われ、取締役でなかった期間を含めて25年とする会社の主張は認められず、17年とされました。その結果、相当額は3,268万2,976円、支給額のうち2億3,731万7,024円が不相当に高額な部分とされました。
判例3:民間データの最高功績倍率は根拠にならない(東京地裁平成25年3月22日など)
同じ日に東京地裁で、死亡退職した役員の退職金をめぐる複数の判決が言い渡されています。そのうち税務訴訟資料第263号順号12173の事案では、次のような経過でした。
- 月額報酬30万円・勤続10年の取締役が死亡退職し、会社は4,080万円を支給(功績倍率に直すと約13.6倍)
- 税務署は、処分の段階では功績倍率3.0倍で計算した900万円を相当額とした
- 訴訟で国は、同業類似法人の平均功績倍率は1.49倍(相当額447万円)と主張
- 会社は、民間の調査データにある同業類似法人の最高功績倍率5.5倍に功労加算を加えるべきだと主張
裁判所は、平均功績倍率法による相当額は447万円で、900万円を相当額とした処分はこれを上回るから適法だとし、民間データの最高功績倍率を使う主張を退けました(請求棄却・確定)。同日の別の事件(順号12175)も同様の判断で、控訴審の東京高裁平成25年7月18日判決(順号12261)も控訴を棄却しています。
- 東京地裁平成29年10月13日:順号13076(PDF)/東京高裁平成30年4月25日:順号13149(PDF)
- 東京地裁令和2年3月24日:順号13403(PDF)
- 東京地裁平成25年3月22日:順号12173(PDF)、順号12175(PDF)/東京高裁平成25年7月18日:順号12261(PDF)
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る公表裁決に見る判断のポイント
国税不服審判所の公表裁決にも、金額の相当性をめぐる事例が多くあります。
| 裁決 | 内容 | 結論 |
|---|---|---|
| 昭和59年12月25日(裁決事例集No.28) | 同族関係にない専務取締役。設立以来、実質的に社長代理として貢献 | 使用人期間を含む全期間の功績を評価し、類似法人の平均に近い3倍で計算した会社の計算に不合理はない(過大でない) |
| 昭和61年9月1日(裁決事例集No.32) | 最終月額報酬が在職期間の貢献を反映せず低額だった | 功績倍率法は妥当でなく、1年当たり平均額法のほうが合理的 |
| 平成2年12月20日(裁決事例集No.40) | 業務上の事故で死亡した代表者に9,100万円 | 平均功績倍率による額に、業務上の死亡として普通給与の3年分を加算した額を超える部分は過大 |
| 平成19年11月15日(裁決事例集No.74) | 会社は創業者3.6倍・妻3.3倍が裁判例で定着していると主張 | 比較法人3社の平均1.9倍が相当。裁判例・裁決例と違うだけで低すぎるとはいえない |
| 令和5年12月14日 | 滞納会社が元役員に不動産・保険契約・現金などを退職慰労金として支給 | 平均功績倍率1.09倍で計算した相当額の7倍超。差額は無償譲渡等に当たり、受け取った元役員に第二次納税義務(国税徴収法39条) |
昭和61年の裁決は、最終月額報酬が低すぎる場合にも1年当たり平均額法が使われうることを示しています。社長が晩年に報酬を大きく下げていた場合、功績倍率法では退職金が低く出すぎることがあり、その場合は算定方法そのものを検討する余地があります。
令和5年の裁決は、退職金の名目で会社の財産を移し、会社が滞納のまま破産した事案です。過大な部分は、法人税の損金の問題にとどまらず、受け取った個人が会社の滞納税を負担させられることがあります。
昭和59年・昭和61年・平成2年・平成19年の各裁決:役員退職給与の公表裁決要旨/令和5年12月14日裁決
金額を決めるときの実務チェックリスト
判例・裁決を踏まえると、退職金の金額を決めるときに確認すべき点は次のとおりです。
- 最終月額報酬は、在職期間の功績を反映した水準か。退職直前の増額・遡及増額はしない。逆に晩年に大きく下げている場合は、算定方法を検討する
- 勤続年数は役員として実際に経営に従事した期間か。役員でなかった期間を通算する場合は、その期間の実態を示す資料を用意する
- 功績倍率の根拠は何か。自社規程の倍率や民間データは、それだけでは相当性の根拠にならない
- 功労加算・特別功労金を上乗せする場合、具体的な功績の内容を説明できるか
- 死亡退職の場合、弔慰金との区分(業務上か業務外か)を整理したか(死亡退職金・弔慰金の税務)
- 支給後の会社の資金繰りは大丈夫か。会社の財産を退職金で移しすぎていないか
M&A・銀行の目線で見た過大退職金
M&Aで退職金と株式の対価を組み合わせる場合(退職金スキームとは)、退職金の額は売り手の手取りを増やす一方、過大と判定されれば、損金不算入による追徴は買い手が取得した会社に来ます。そのため、買い手は退職金の額を税務DDで確認し、株式譲渡契約で手当てを求めます。売り手の側も、同業類似法人の水準を意識した金額に抑えておくほうが、交渉はまとまりやすくなります。退職金と株式売却の手取りの比較は退職金と株式売却の税率の違いで試算しています。
銀行の目線では、多額の退職金は純資産と現預金を同時に減らし、支給した期は大きな赤字になりえます。著書のモデルでは、債務償還年数「(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)」10年以内を健全の目安としており、退職金の支給前後で数字がどう変わるか、銀行に一過性の支出として説明できるかを、事前に確認しておくことが大切です。
まとめ
- 役員退職金は、同業類似法人と比べて不相当に高額な部分が損金にならない
- 中心となるのは平均功績倍率法。東京高裁平成30年判決は「平均の1.5倍まで」を否定した
- 最終月額報酬が功績を反映していなければ、1年当たり平均額法が使われる。退職直前・退職後の増額は逆効果
- 勤続年数は、役員として経営に従事した実態で判断される
- 過大な退職金は、M&Aでは買い手側のリスクとなり、会社が滞納すれば受け取った人の第二次納税義務にまで及ぶことがある
退職金の金額は、規程の倍率だけでなく、報酬の推移と勤続の実態、同業他社の水準を踏まえて決める必要があります。クレフティでは事業承継・M&A支援の中で、退職金の設計と手取りの試算をお手伝いしています。初回のご相談は無料で、担当者がお話を伺ったうえで、担当の公認会計士・税理士が対応します。不動産を持つ会社の事例は不動産法人の役員退職金でも紹介しています。
