個人と法人・損益通算

不動産法人の役員退職金|功績倍率法・1年当たり平均額法と裁判例、損金算入と銀行の見え方

不動産法人の創業者が引退するとき、あるいは個人で持っていた物件を法人に移して長く経営してきた役員が退くとき、役員退職金は大きな金額になりがちです。役員退職金は、法人では損金、受け取る個人では退職所得として、税負担の面で注目されやすい支出です。

一方で、役員退職金は不相当に高額な部分が損金に算入されないルールがあり、金額の妥当性をめぐって多くの裁判例・裁決事例があります。この記事では、不動産賃貸業の同族会社が争った東京地裁・東京高裁の判決を中心に、功績倍率法と1年当たり平均額法の考え方、分掌変更による退職金、個人側の課税、そして決算書の表示と銀行からの見え方を整理します。

この記事の結論
  • 役員退職金は、職務・勤続期間・退職の事情・同業類似法人の支給状況などに照らして不相当に高額な部分が損金不算入(法人税法34条2項、施行令70条2号)
  • 裁判例では、同業類似法人の功績倍率の平均値を使う平均功績倍率法が合理的とされることが多い。不動産賃貸業の同族会社の事例では、6,032万円の退職金のうち大半が否認された
  • 最終報酬月額が功績を反映していない特段の事情があれば、1年当たり平均額法が合理的とされた裁決もある
  • 社長から会長への分掌変更による退職金は、実質的に退職したと同様の事情がなければ退職給与と認められない
  • 役員退職金は現預金と純資産を大きく減らす。損金になるかどうかと、決算書の表示区分・銀行からの見え方を分けて検討する

役員退職金の税務:法人の損金と個人の退職所得

役員退職金は、払う法人と受け取る役員の両方で税務上の論点があります。

項目法人(支払う側)個人(受け取る役員)
基本の扱い退職給与として損金になり得る。定期同額給与等の要件(法人税法34条1項)の対象外(業績連動給与に該当するものを除く)退職所得として分離課税
主な制限不相当に高額な部分は損金不算入(同条2項、施行令70条2号)役員等勤続年数5年以下は2分の1計算なし(特定役員退職手当等)。短期退職手当等は300万円超の部分に2分の1計算なし
判断の要素業務に従事した期間、退職の事情、同種・類似規模の法人の支給状況など勤続年数に応じた退職所得控除額
損金算入の時期株主総会の決議等で額が具体的に確定した日の属する事業年度。支払った事業年度に損金経理すれば、それも認められる(法人税基本通達9-2-28)株主総会等の決議を要する役員の退職金は、原則として退職後その決議があった日の年分(支給額が具体的に定められていなければ、定められた日)
否認された場合不相当に高額な部分の損金不算入で法人税等が増える損金不算入とされても、退職所得として課税された部分が原則としてそのまま残る

法人側:「不相当に高額」の判断要素

法人税法施行令70条2号は、退職給与の額が、その役員の業務に従事した期間、退職の事情、同種の事業を営む法人で事業規模が類似するものの役員に対する退職給与の支給の状況等に照らして、相当と認められる金額を超える部分を「不相当に高額な部分」としています。

実務でよく使われる算定方法は次の3つです。

平均功績倍率法:最終報酬月額 × 勤続年数 × 同業類似法人の功績倍率の平均値最高功績倍率法:最終報酬月額 × 勤続年数 × 同業類似法人の功績倍率の最高値1年当たり平均額法:同業類似法人の「退職給与の額 ÷ 勤続年数」の平均値 × 勤続年数

功績倍率とは、同業類似法人の退職給与の額を「最終報酬月額×勤続年数」で割った倍率です。法令に「何倍まで」という基準はなく、比較する同業類似法人の支給状況によって決まる点に注意が必要です。

個人側:退職所得の2分の1課税と、その制限

国税庁のタックスアンサー(No.1420、No.2740)によると、退職所得は原則として次のように計算し、他の所得と分離して課税されます。

(退職金の収入金額 − 退職所得控除額)× 1/2退職所得控除額:勤続20年以下は40万円×勤続年数(80万円未満なら80万円)、20年超は800万円+70万円×(勤続年数−20年)

ただし、次の2つには制限があります。

  • 特定役員退職手当等:役員等としての勤続年数が5年以下の人が、その期間に対応して受け取る退職金は、2分の1の計算がない
  • 短期退職手当等(令和4年分以後):役員等以外としての勤続年数が5年以下の人の退職金で、特定役員退職手当等に当たらないものは、控除後の金額のうち300万円を超える部分に2分の1の計算がない

設立から間もない不動産法人で、役員に就任して数年で退職金を払う場合は、受け取る側の課税も通常とは異なることを前提に検討する必要があります。

判例:不動産賃貸業の同族会社で平均功績倍率法が採用された例

東京地裁 平成25年3月22日判決(税務訴訟資料263号順号12175)、東京高裁 平成25年7月18日判決(同263号順号12261)確認先:国税庁 税務訴訟資料(第一審)、国税庁 税務訴訟資料(控訴審)

事案の概要

原告は、長野県に本店を置き、不動産賃貸業と損害保険代理業などを営む同族会社です。元代表取締役が在任中に死亡退職し、会社は役員退職給与(弔慰金を除く)6,032万円を損金に算入しました。

税務署長は、このうち1,248万円を超える4,784万円が不相当に高額だとして更正処分を行いました。訴訟では国側が、関東信越国税局管内の不動産賃貸業で、売上金額が原告の2分の1以上2倍以下、退任理由が同じ死亡退職という基準で同業類似法人3社を抽出し、その平均功績倍率1.18に、最終報酬月額32万円と勤続年数13年を掛けた490万8,800円が適正額だと主張しました。

原告は、抽出された法人が少なく倍率に開きがあるのだから最高功績倍率(3.0倍)を使うべきで、さらに功労加算として30%を上乗せすべきだと主張しました。

裁判所の判断

裁判所は、次のように判断して原告の請求を棄却し、控訴審もこれを支持しました。

  • 平均功績倍率法は、最終報酬月額、勤続年数、同業類似法人の功績倍率の平均値を使うことで、同業類似法人間の差異や個々の特殊性を捨象した平準化された数値が得られ、同業類似法人の抽出が合理的に行われる限り、法の趣旨に最も合致する合理的な方法である
  • 最高功績倍率法は、抽出基準が十分でない場合や、抽出件数が少なく、かつ最高功績倍率を示す法人と極めて類似している場合など、平均功績倍率法によるのが不相当な特段の事情がある場合に限って使うべきで、本件はそれに当たらない
  • 最終報酬月額は退職直前に大幅に引き下げられたなどの事情がなく、功労加算すべき特別な事情も認められない
  • 適正額は490万8,800円で、これを超える5,541万1,200円は不相当に高額。更正処分で損金不算入とされた4,784万円はその範囲内なので、処分は適法

実務への示唆

この事件の最終報酬月額は月32万円でした。不動産法人では、役員報酬を低く抑えたまま長く経営し、退職時に多額の退職金を払う、という設計が見られます。しかし、最終報酬月額が低いと、功績倍率法で算定される適正額も低くなります。退職金の額だけを先に決めるのではなく、在任中の報酬、勤続年数、同業類似法人の水準をまとめて検討する必要があります。

なお、判決が述べているのは「抽出が合理的に行われる限り平均功績倍率法が合理的」ということで、どの事案でも同じ倍率になるという意味ではありません。比較対象の法人の抽出方法によって結論は変わり得ます。

1年当たり平均額法が採用された裁決と、分掌変更の裁決

最終報酬月額が功績を反映していない場合

国税不服審判所 昭和61年9月1日裁決(裁決事例集No.32 231頁)確認先:国税不服審判所 公表裁決事例要旨(役員退職給与)

原処分庁は、1年当たり平均額法は最終報酬月額を考慮しないので合理性を欠くと主張しました。これに対し審判所は、最終報酬月額が在職期間を通じての会社への貢献を適正に反映したものでないなどの特段の事情があり低額であるときは、最終報酬月額を基礎とする功績倍率法は妥当でなく、1年当たり平均額法により算定する方法がより合理的であるとしました(公表されている要旨による)。

前の判例とあわせると、原則は平均功績倍率法、ただし最終報酬月額が実態を反映していない特段の事情があれば1年当たり平均額法、という関係になります。「報酬を低くしていたから1年当たり平均額法で」と主張するには、なぜ報酬が功績に比べて低かったのかを説明できる資料が必要です。

社長から会長への分掌変更

国税不服審判所 平成29年7月14日裁決確認先:国税不服審判所 公表裁決事例

同族会社の代表取締役社長が、体調を理由に代表権のない取締役会長となり(後任は長女)、会社はこの分掌変更に際して退職慰労金を支給し、損金に算入しました。

審判所は、取引先への挨拶状の送付や、金融機関に対する連帯保証人の地位から外れたことなどを認めつつも、会長となった後も、取締役会での代表取締役の選定や役員給与の変更の決定、経営会議での数千万円から1億円超に及ぶ事業用資産の購入の決定、古参の使用人の解雇の決定に関わり、金融機関との交渉の場にも立ち会っていたことなどから、引き続き事業や人事の重要な決定に関与していたと判断しました。結論として、実質的に退職したと同様の事情にあるとは認められず、支給額は退職給与ではなく損金不算入の役員給与とされました。さらに、受け取った側は退職所得ではなく給与所得となるため、会社は源泉徴収の不足について納税告知処分と不納付加算税も受けています。なお、この役員は数年後に代表取締役に復帰していました。

法人税基本通達9-2-32は、分掌変更等により地位や職務の内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情にある場合に退職給与として扱えるとし、例として、常勤から非常勤への変更、取締役から監査役への変更、給与のおおむね50%以上の減少を挙げています。ただし、いずれもその後も経営上主要な地位を占めている人は除かれます。また、未払金として計上した金額は、原則として「退職給与として支給した給与」に含まれません。

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会計上の扱いと決算書の表示

損金になるかと、どの区分に表示するかは別の論点

役員退職金は、会社法上、役員の報酬等として定款または株主総会の決議によって支給します。会計上は、支給が確定した時点で費用として計上し、役員退職慰労金規程に基づいて引当金を積み立てている場合は、その取崩しとして処理します。

ここで押さえておきたいのは、税務上の損金算入と、決算書の表示区分は別物だということです。

  • 税務上は、不相当に高額でないか、退職の事実があるか(分掌変更の場合)が論点になる。否認されても決算書の費用はそのままで、申告書で損金不算入額を加算する
  • 決算書上、役員退職金を販売費及び一般管理費に入れるか、特別損失に入れるかは、企業会計の基準(GAAP:一般に公正妥当と認められる会計基準)に沿って、その支出が経常的なものか、臨時的かつ多額なものかという実態で判断する

著書では、PLの整え方として「収益は上に、費用は下に」という考え方を紹介しています。これは、同じ費用でも、その性質に照らして特別損失に当たるものは特別損失として表示する、という表示区分の話です。創業者の引退に伴う多額の役員退職金のように、毎期発生するものではない支出は、特別損失への表示を検討する余地がありますが、どの区分にできるかは取引の実態次第です。毎年のように役員が入れ替わって退職金を払っている会社であれば、経常的な費用と見るのが自然でしょう。区分は顧問税理士・会計の専門家と検討してください。表示区分の考え方は「収益は上に、費用は下に」:PLの表示区分と銀行格付けで詳しく扱っています。

銀行からの見え方:特別損失と純資産の減少

役員退職金は、損金になるかどうかにかかわらず、現預金と純資産を大きく減らす支出です。銀行から見ると、次のような影響があります。

指標役員退職金を払った年の影響
営業利益・経常利益販管費に入れれば大きく減る。特別損失として表示できる場合は、営業利益・経常利益への影響は避けられる
当期純利益どちらの区分でも減る。損金不算入部分があれば法人税等も増える
純資産当期純損失になれば減少。もともと純資産が薄い会社では債務超過に陥るおそれ
現預金・債務償還年数現預金が減り、(借入金−現預金)が増える。退職金を借入で賄えば借入金も増える
翌期以降退職した役員の報酬がなくなる分、経常的な利益は改善し得る

著書のモデルでは、債務償還年数を「(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)」で計算し、10年以内を健全の目安としています。特別損失として表示できたとしても、分子の現預金は確実に減ります。また、銀行格付けでは純資産の厚さが安全性の評価に直結します。私自身、2019年に複数の銀行から融資を止められたときは、減価償却が速い物件が多く、貸借対照表上の資産の価格(簿価)よりも負債の金額のほうが大きい債務超過の状態に陥っていました。純資産が薄い不動産法人で多額の退職金を払えば、同じ状況を自ら招きかねません。

退職金を払う年に物件の購入や借換えを予定しているなら、銀行への説明の準備も必要です。退職金の支給が一時的なものであること、翌期以降の役員報酬の水準、退職金の資金の出どころ(現預金か、物件売却か、借入か)を整理しておくと、決算書を見た担当者に伝わりやすくなります。純資産の積み上げ方は不動産事業者が純資産1億円を目指す道筋、格付けの見られ方は不動産投資家の銀行格付けもあわせてご覧ください。

実務のチェックポイント

役員退職金を検討するときは、次の点を確認してください。

  1. 役員退職慰労金規程があるか。規程の算定式は、同業類似法人の水準から大きく外れていないか(規程があること自体で損金算入が保証されるわけではない)
  2. 最終報酬月額は在任中の職務と功績を反映しているか。退職直前に報酬を引き上げていないか
  3. 勤続年数の数え方(役員としての期間、使用人だった期間)は正しいか。受け取る側で特定役員退職手当等・短期退職手当等に当たらないか
  4. 株主総会の決議と議事録はあるか。損金算入の事業年度(決議日か支払日か)を確認したか
  5. 分掌変更の場合、退任後の役職・職務・報酬は実質的な退職と言える内容か。経営上の判断や銀行との交渉に関わり続ける予定はないか
  6. 退職金の資金をどう用意するか。支払い後の現預金、純資産、債務償還年数はどうなるか
  7. 決算書で販管費か特別損失かを、実態に沿って会計の専門家と検討したか
  8. 事業承継や自社株の評価への影響も含めて検討したか(自社株の評価、事業承継税制)

在任中の役員報酬の決め方は役員報酬の決め方、家族を役員にしている場合の報酬の注意点は家族への給与が否認された事例と認められる条件で解説しています。

まとめ

  • 役員退職金は、勤続期間、退職の事情、同業類似法人の支給状況などに照らして不相当に高額な部分が損金不算入。何倍までという法令上の基準はない
  • 東京地裁平成25年3月22日判決・東京高裁平成25年7月18日判決では、不動産賃貸業の同族会社の退職金6,032万円について、平均功績倍率法が合理的とされ、最高功績倍率と功労加算の主張は退けられた
  • 最終報酬月額が功績を反映していない特段の事情があれば、1年当たり平均額法が合理的とされた裁決(昭和61年9月1日)もある
  • 分掌変更による退職金は、退任後も経営上主要な地位にあれば退職給与と認められず、源泉徴収の問題も生じる(平成29年7月14日裁決)
  • 受け取る側は原則2分の1課税だが、役員等勤続5年以下や短期退職手当等には制限がある
  • 損金になるかとは別に、決算書の表示区分はGAAPに沿って実態で判断する。退職金は現預金と純資産を減らすため、銀行から見た財務への影響まで含めて時期と金額を決める

役員退職金の金額の検討から、支給の時期、決算書の表示、銀行への説明まで、不動産投資家向けサポートでご相談いただけます。

よくある質問

役員退職金の功績倍率は何倍までなら認められますか?
法令に「何倍まで」という基準はありません。法人税法施行令70条2号は、その役員の業務に従事した期間、退職の事情、同種の事業を営む事業規模の類似する法人の支給状況などに照らして判断するとしています。裁判例では、同業類似法人の功績倍率の平均値を使う平均功績倍率法が合理的とされることが多く、不動産賃貸業の同族会社の事例では平均功績倍率1.18倍で算定した額を超える部分が不相当に高額とされました。
社長を退いて会長として残る場合でも、退職金を損金にできますか?
分掌変更により役員としての地位や職務の内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情にある場合には、退職給与として扱うことができます(法人税基本通達9-2-32)。ただし、退任後も経営上主要な地位にとどまっている場合は認められません。平成29年7月14日の裁決では、代表権のない会長になったあとも経営上の重要な判断に関わっていたことなどから、退職給与ではなく損金不算入の役員給与とされました。
退職金を受け取る役員の側では、どのように課税されますか?
原則として、退職金から退職所得控除額を引いた残りの2分の1が退職所得となり、他の所得と分離して課税されます。ただし、役員等としての勤続年数が5年以下の人が受け取る特定役員退職手当等には2分の1の計算がありません。また、令和4年分以後は、役員等以外の勤続年数が5年以下の短期退職手当等について、控除後の金額のうち300万円を超える部分に2分の1の計算が適用されません。

※本記事は2026年10月18日時点の法令・制度に基づく一般的な解説です。個別の状況により結論が異なるため、実行前に専門家へご相談ください。

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