会社員として給与をもらいながら、個人で不動産仲介の手伝いやコンサルティング、セミナー講師、民泊の運営代行などをしている方は少なくありません。その業務を事業所得として申告し、赤字を給与所得と損益通算すると、源泉徴収された所得税が還付されます。一方で、こうした「給与所得者の事業所得の赤字」は、税務署から見ると確認したくなる申告の典型でもあります。
この記事では、個人の事業所得のマイナスがなぜ目立つのかを、事業所得と雑所得の区分(令和4年10月に改正された所得税基本通達35-2)と、公表されている裁決事例から整理します。目的は調査を避けることではなく、区分を正しく判断し、説明できる記録を残して申告することです。
- 事業所得の赤字は給与などと損益通算できるが、雑所得の赤字は損益通算できない。区分の違いが税額に直結する
- 区分は「社会通念上事業と称するに至る程度か」で判定。令和4年の通達改正で、帳簿書類の保存がなければ原則として業務に係る雑所得と明記された
- 帳簿があっても、収入が僅少な場合や、例年赤字で解消の取組がない場合は事業かどうかを個別に判断される
- 給与所得者の事業所得の赤字は、還付申告になる・営利性が問われる・家事費が混ざりやすいという理由で確認の対象になりやすい
- 銀行は個人の確定申告書で所得の合計を見る。赤字の事業所得は個人の返済能力の評価を下げることがある
事業所得と雑所得、どちらになるかで何が変わるのか
所得税では、所得を10種類に区分して計算します。副業や不動産に関連する業務の所得は、主に事業所得か業務に係る雑所得のどちらかに区分されます。なお、建物や土地の貸付けによる所得は、規模にかかわらず不動産所得であり、事業所得にはなりません(事業的規模かどうかで青色申告特別控除などの扱いが変わるだけです)。
区分による主な違いは次のとおりです。
| 項目 | 事業所得 | 業務に係る雑所得 | 不動産所得(参考) |
|---|---|---|---|
| 赤字の損益通算 | できる | できない(所得税法69条) | できる(土地取得の借入金利子部分などは除く) |
| 純損失の繰越控除 | 青色申告なら翌年以後3年 | なし | 青色申告なら翌年以後3年 |
| 青色申告 | できる | できない | できる |
| 帳簿・書類 | 記帳・帳簿書類の保存義務 | 前々年の収入が300万円超なら現金預金取引等関係書類の保存義務 | 記帳・帳簿書類の保存義務 |
| 収支内訳書等の添付 | 青色申告決算書または収支内訳書 | 前々年の収入が1,000万円超なら収支内訳書等の添付が必要 | 青色申告決算書または収支内訳書 |
黒字のときは、事業所得でも雑所得でも税額に大きな差が出ないことが多いのですが、赤字のときは結果がまったく変わります。事業所得なら給与所得と通算して税金が戻り、雑所得なら赤字はなかったことになります。だからこそ、赤字の年ほど区分が問われます。
令和4年改正の所得税基本通達35-2:区分の考え方
国税庁は令和4年10月7日付で所得税基本通達35-2を改正し、事業所得と業務に係る雑所得の区分の考え方を明確にしました(国税庁:法第35条《雑所得》関係)。ポイントは2つです。
原則は「社会通念上事業と称するに至る程度」かどうか
通達の注書きの前段は、事業所得と認められるかどうかは、その所得を得るための活動が社会通念上事業と称するに至る程度で行っているかどうかで判定するとしています。
国税庁が公表した解説では、最高裁昭和56年4月24日判決と東京地裁昭和48年7月18日判決を引用し、次のような要素を総合勘案するとしています。
- 営利性・有償性の有無
- 継続性・反復性の有無
- 自己の危険と計算における企画遂行性の有無
- その取引に費やした精神的・肉体的労力の程度
- 人的・物的設備の有無
- その取引の目的、その者の職歴・社会的地位・生活状況
帳簿書類の保存がなければ、原則として雑所得
注書きの後段では、その所得に係る取引を記録した帳簿書類の保存がない場合は、業務に係る雑所得に該当すると明記されました。ただし、収入金額が300万円を超え、かつ事業所得と認められる事実がある場合は除かれます。
逆に、帳簿書類を記録・保存している場合は、一般に営利性・継続性・企画遂行性があり、事業所得に区分される場合が多いと解説されています。ただし、次のような場合は事業かどうかを個別に判断するとされています。
- 収入金額が僅少な場合:例えば、収入金額が例年300万円以下で、主たる収入に対する割合が10%未満の場合(「例年」はおおむね3年程度)
- 営利性が認められない場合:例年赤字で、かつ、収入を増やす・黒字にするための営業活動などの取組を実施していない場合
この2つ目は、赤字の事業所得を申告している方にとって特に重要です。赤字が続いていること自体が、事業性を疑われる材料になると通達の解説が示しているからです(国税庁:雑所得の範囲の取扱いに関する所得税基本通達の解説)。
事業所得の赤字が税務署の目に留まりやすい理由
国税庁は、どの申告書を確認や調査の対象にするかの基準を公表していません。ただ、制度の仕組みから考えると、給与所得者の事業所得の赤字が確認の対象になりやすい理由は、次のように整理できます。
1. 源泉徴収税額の還付申告になる
給与所得者は年末調整で所得税の精算が済んでいます。事業所得の赤字を損益通算すると、すでに納めた源泉所得税が戻る還付申告になります。還付金は国から支払われるお金なので、税務署は申告内容を確認したうえで還付します。内容に疑問があれば、問い合わせや資料の提出を求められることがあります。
2. 赤字が続く事業は、営利性が問われる
本来、事業は利益を得るために行うものです。給与で生活費をまかないながら、副業が何年も赤字のまま続いている場合、「営利を目的とした事業といえるのか」という疑問が生じます。上で見たとおり、通達の解説も「例年赤字で解消の取組がない」場合を個別判断の対象としています。
3. 家事費や個人的な支出が経費に混ざりやすい
自宅の一部、車両、パソコン、スマートフォン、書籍、交際費、旅費などは、事業にも私生活にも使われます。事業所得の赤字の多くはこうした経費から生じるため、家事関連費の按分が適切かどうかが確認の中心になります。業務に関係する部分を明らかに区分できない支出は、必要経費になりません。
4. 所得区分の誤りが起きやすい分野である
副業の所得区分は、国税庁が通達を改正してまで明確化を図った分野です(通達改正の趣旨は「雑所得の範囲について、明確化を図るもの」とされています)。区分の判断が分かれやすいため、申告内容の確認も行われやすいと考えられます。
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不動産投資家向け税務・融資支援を見る公表裁決事例:事業所得の損失が雑所得とされたケース
国税不服審判所の公表裁決事例から、給与所得者などの業務が「事業」に当たらないとされた事例を2つ紹介します。
太陽光発電の損失が雑所得とされた事例(令和4年12月14日裁決)
国税不服審判所 令和4年12月14日裁決は、不動産賃貸会社などの役員として給与収入を得ていた請求人が、太陽光発電への取組で生じた損失を事業所得の損失として申告し、更正処分を受けた事案です。
- 事実関係:請求人は販売会社から複数の太陽光発電設備と土地を購入する契約を結び、多額の代金を支払っていましたが、審判所の調査では、それらの設備は請求人が取得していない、あるいは存在しないと認定されました。実際に稼働していたのは自宅屋根の小規模な設備だけでした
- 判断:自宅の設備には一応の継続性などはあるものの、売電収入は減価償却費にも満たず利益が生じていないこと、特段の労力や人的・物的設備がないこと、本業は役員で給与収入により生活していることなどから、「事業」には当たらず雑所得とされました。雑所得の損失は損益通算できず、実際に業務が営まれていなかった設備に関する費用は必要経費にもならないと判断されています
- あわせて:同じ年分の不動産所得について、建物の貸付けが事業的規模でないとして、青色申告特別控除額を減らす更正も行われていました
事業として認められるかは、契約書や支払いの事実ではなく、客観的に業務が営まれているかで判断されることが分かります。
医師の意見書作成業務が雑所得とされた事例(令和3年11月19日裁決)
国税不服審判所 令和3年11月19日裁決は、給与収入のある医師が、医療訴訟の意見書作成業務などの収入を事業所得として申告した事案です。
審判所は、意見書作成業務の収入は主たる収入である給与収入の1割にも満たないこと、業務のための特別な人的・物的設備がないこと、依頼に応じて作成するだけで自ら受注の働きかけをしていないことなどから、相当程度の期間継続して安定した収益を得られる可能性があるとは認められないとして、雑所得と判断しました。
2つの事例に共通するのは、給与で生活しながら行う業務について、規模・労力・設備・収益の見込みが具体的に検討されている点です。どちらも個別の事実関係に基づく判断であり、「副業はすべて雑所得」という意味ではありません。
会計上の扱いと、銀行からの見え方
個人の帳簿と、法人の決算書の違い
事業所得か雑所得かは、所得税法上の区分です。企業会計(一般に公正妥当と認められる会計基準=GAAP)は主に法人の決算書を対象にしており、法人には所得区分という考え方そのものがありません。法人の事業から生じた損失は、事業の種類を問わず法人の損益に含まれ、税務上は欠損金として繰り越すことになります。
個人の場合も、事業所得として青色申告をするなら、正規の簿記の原則に従った帳簿をつけることが前提です。日々の記帳は、所得区分の判断材料になるだけでなく、事業の採算を自分で把握するための道具でもあります。
銀行は個人の申告書をどう見るか
個人でアパートローンなどを借りる場合、銀行は確定申告書や源泉徴収票で所得の合計と、その中身を確認します。
- 事業所得の赤字で合計所得が減る:返済余力の評価が下がり、借入可能額に影響することがあります。税金が戻っても、融資の審査では不利に働く可能性があるということです
- 赤字が何年も続く:「この事業は何のためにやっているのか」「生活費や返済に影響しないか」という質問につながります
- 後で雑所得とされて修正申告になる:銀行に提出した申告書の数字が変わり、加算税などの負担も生じます。数字の信頼性そのものが問われます
不動産所得の赤字の見え方については、不動産所得の赤字と給与所得の損益通算や、不動産投資の赤字と損益通算もあわせてご覧ください。
正しく申告するための実務チェックポイント
赤字の事業所得を申告すること自体は、要件を満たしていれば正当な権利です。大切なのは、区分の判断を事実に基づいて行い、それを説明できる記録を残すことです。
| チェック項目 | 確認する内容 |
|---|---|
| 活動の実態 | 自ら受注・営業しているか。取引先・取引回数・作業時間を記録しているか |
| 収益の見込み | 何年で黒字にする計画か。赤字を解消するための具体的な取組(価格の見直し、営業活動など)をしているか |
| 帳簿書類 | 取引を記録した帳簿と、請求書・領収書などを保存しているか |
| 家事関連費 | 自宅・車両・通信費などの按分の根拠(面積、使用時間、走行記録など)を残しているか |
| 収入の割合 | 給与など主たる収入に比べて、収入金額が僅少になっていないか |
| 開業の手続 | 開業届や青色申告承認申請を出しているか(提出だけで事業と認められるわけではないが、事業として営む意思を示す資料の一つ) |
| 所得区分 | 建物の貸付けは不動産所得、物件の売却は原則として譲渡所得など、事業所得に入れてはいけない所得が混ざっていないか |
判断に迷う場合は、黒字の年も含めて同じ区分で継続して申告することが基本です。赤字の年だけ事業所得、黒字の年は雑所得といった扱いは、整合性を欠きます。
事業として本格的に取り組み、利益が見込めるのであれば、法人化も選択肢になります。法人化の考え方は個人事業の法人化で、個人と法人で経費にできる範囲の違いは個人と法人で経費にできる範囲の違いで整理しています。不動産所得の事業的規模については個人の事業的規模(5棟10室基準と実質判断)をご覧ください。
まとめ
- 事業所得の赤字は損益通算できるが、雑所得の赤字は損益通算できない。赤字の年ほど所得区分が問われる
- 所得税基本通達35-2(令和4年改正)は、社会通念で判定する原則と、帳簿書類の保存がなければ原則として雑所得とする扱いを明確にした
- 帳簿があっても、収入が僅少な場合や例年赤字で解消の取組がない場合は個別判断になる
- 給与所得者の事業所得の赤字は、還付申告になること、営利性が問われること、家事費が混ざりやすいことから確認の対象になりやすい
- 公表裁決事例では、規模・労力・設備・収益の見込みを具体的に検討して雑所得と判断されている
- 銀行から見ても、赤字の事業所得は個人の返済能力の評価に影響する。事業の計画と記録で説明できる申告を心がける
副業や不動産関連の業務をどの所得で申告すべきか、法人化すべきかは、個人の状況によって答えが変わります。クレフティでは不動産投資家向けサポートの中で、所得区分の判断から、融資を見据えた申告書・決算書づくりまでご相談をお受けしています。
