「法人にすれば経費の範囲が広がる」。資産管理法人の設立を考えるとき、よく聞く言葉です。半分は正しく、半分は誤解です。個人と法人では、経費にできる範囲を決めるルールの体系そのものが違います。個人は「業務の費用か、生活の費用か」で線を引き、法人は「原則すべて損金、ただし別段の定めで制限」という形で線を引きます。
この記事では、不動産賃貸業を前提に、個人の必要経費と法人の損金の違いを、家事関連費・親族への支払い・交際費・役員給与・減価償却・損益通算の順に整理します。あわせて、個人の不動産所得でゴルフ接待費が否認された裁決事例と、決算書の表示や銀行からの見え方まで扱います。
- 個人は「業務について生じた費用」だけが必要経費。生活と混ざる支出(家事関連費)は、業務に直接必要な部分を明らかに区分できる場合だけ経費になる
- 法人は原則として事業の費用はすべて損金。ただし役員給与・交際費・寄附金・法人税等には損金算入の制限がある
- 生計を一にする親族への地代・給与は、個人では原則経費にならない。法人では実態と相当性があれば損金になる
- 個人の減価償却は強制、法人は損金経理した範囲で任意。ただし会計上は規則的な償却が求められ、銀行は償却不足を実態修正して見る
- どちらの名義の業務の支出かを取り違えると、個人でも法人でも否認される。「誰の、どの業務の費用か」を記録で説明できることが出発点
経費の線引きの考え方:個人は「業務か生活か」、法人は「原則損金+別段の定め」
個人:必要経費は「業務について生じた費用」に限られる
個人の不動産所得の必要経費は、所得税法37条1項で、総収入金額を得るために直接要した費用と、その年の販売費・一般管理費その他の業務について生じた費用とされています。個人には生活があるため、支出が「業務の費用」なのか「生活の費用(家事費)」なのかを区別する必要があります。
所得税法45条1項は、家事上の経費と、これに関連する経費(家事関連費)を、原則として必要経費に算入しないと定めています。家事関連費が経費になるのは、取引の記録などにより業務の遂行上直接必要であったことが明らかに区分できる部分に限られます(国税庁タックスアンサーNo.2210)。自宅の一部を管理事務所として使う場合の家賃・光熱費や、私用と兼用の車両費は、この按分の問題になります。
法人:原則すべて損金、ただし「別段の定め」で制限
法人には生活がありません。法人税法22条3項により、売上原価、販売費・一般管理費その他の費用、損失は、別段の定めがあるものを除き損金になります。その別段の定めの代表が、役員給与(法人税法34条)、寄附金(同37条)、法人税・住民税(同38条)、交際費等(租税特別措置法61条の4)です。
ここで注意したいのは、法人の業務と関係のない支出は「損金にならない」だけでは済まない点です。たとえば社長個人の生活費を法人が負担すると、その支出は役員への経済的利益(給与)として扱われ、定期同額給与に当たらなければ損金にならず、個人側でも給与所得として課税されることがあります。法人にすれば何でも経費、ではありません。
個人と法人の違いを一覧で比較
不動産賃貸業でよく問題になる項目を、個人と法人で並べると次のとおりです。
| 項目 | 個人(不動産所得) | 法人(資産管理法人など) |
|---|---|---|
| 基本ルール | 業務について生じた費用(所法37条)。家事費・家事関連費は原則不算入(所法45条) | 原則すべて損金(法法22条3項)。別段の定めで制限 |
| 自分自身への報酬 | 経費にならない(事業主は自分に給与を払えない) | 役員給与として損金。定期同額給与など法法34条の要件あり |
| 生計を一にする親族への地代・家賃・給与 | 原則経費にならない(所法56条)。給与は事業的規模で青色事業専従者給与の届出をした場合など | 実際の勤務・取引と相当な金額なら損金。親族役員は役員給与のルール |
| 交際費 | 業務の遂行上直接必要な部分なら金額の上限なし。ただし業務関連性の立証が厳しく問われる | 期末資本金1億円以下の法人は、年800万円の定額控除限度額か、接待飲食費の50%のいずれかまで損金(措法61条の4) |
| 1人1万円以下の飲食費 | 上の交際費と同じ考え方 | 一定の書類を保存すれば交際費等から除外(2024年4月1日以後の支出) |
| 所得税・住民税/法人税・住民税 | 必要経費にならない(事業税は必要経費) | 損金にならない(事業税は損金) |
| 減価償却 | 償却方法に従って計算した金額を必要経費に算入(強制償却) | 損金経理した金額のうち償却限度額まで(任意償却) |
| 赤字の扱い | 不動産所得の赤字は損益通算できるが、土地取得のための借入金利子に相当する部分は通算できない | 所得区分がなく、赤字は他の黒字と合算される |
| 赤字の繰越 | 純損失は翌年以後3年間(青色申告の場合) | 青色欠損金は10年間(2018年4月1日以後開始事業年度に生じたもの) |
※交際費の計算は国税庁タックスアンサーNo.5265、損益通算はNo.2250、純損失はNo.2070、欠損金はNo.5762による(2026年10月時点)。
個人だけにある「事業的規模」の壁
個人の不動産所得には、もう一つ法人にない区分があります。貸付けが事業的規模かどうかです。国税庁は、アパート等はおおむね10室以上、独立家屋はおおむね5棟以上を目安に、原則として事業として扱うとしています(タックスアンサーNo.1373)。事業的規模かどうかで、次の扱いが変わります。
- 資産損失(建物の取壊し・除却など):事業的規模なら全額必要経費。そうでなければ、その損失を差し引く前の不動産所得の金額が限度
- 貸倒損失(未収家賃の回収不能):事業的規模なら回収不能になった年の必要経費。そうでなければ収入計上した年にさかのぼって計算をやり直す
- 青色事業専従者給与:事業的規模でなければ適用なし
- 青色申告特別控除:事業的規模でなければ最高10万円(事業的規模なら要件に応じて最高55万円または65万円。2026年分までの取扱い)
法人にはこの区分がないため、規模にかかわらず取壊し損失や貸倒損失は、要件を満たせばその期の損金になります。事業的規模の判定と裁判例は個人の事業的規模(5棟10室基準と実質判断の裁判例)で詳しく扱います。
裁決事例:個人の不動産所得でゴルフ接待費が否認された事例
個人の必要経費の線引きを考えるうえで参考になるのが、国税不服審判所の次の裁決です。
平成22年4月22日裁決(裁決事例集No.79)
不動産賃貸業を営む請求人が、ゴルフ代を不動産所得の必要経費に算入していました。請求人の主張は、賃貸物件の補修の必要性やクレームを把握してテナントに長く借りてもらうためにテナントの代表者等を接待した、不動産購入の情報や融資で有利になるよう、かつての勤務先である銀行の後輩を接待した、というものです。
審判所は、次の理由でゴルフ代を家事費と判断し、必要経費への算入を認めませんでした。
- 請求人が主宰する法人が所有する不動産のテナントとの接待は、請求人個人の不動産所得の業務とは直接関係がない
- 請求人個人の物件のテナント関係者についても、補修の必要性やクレームを把握するためにゴルフをする必要があったとは認めがたい
- 元勤務先の銀行の後輩からは、間接的に有益な情報が得られる場合があるとしても、ゴルフが業務の遂行上直接必要とまではいえない
- 毎年相当回数プレーしており、接待とされるプレーにも同じ同伴者がいたことなどから、趣味・し好のための支出と評価される
参照条文は所得税法37条1項、45条1項1号、所得税法施行令96条です。(出典:国税不服審判所 公表裁決事例要旨「必要経費/不動産所得/その他」、裁決事例集No.79)
この裁決から読み取れること
注目したいのは1の点です。個人と法人の両方で賃貸業をしていると、法人の物件のための支出を個人の経費に入れてしまうことが起こりがちです。逆に、個人の物件のための支出を法人で払ってしまうケースもあります。どちらも、支出した側の業務の費用とは認められない可能性があります。
もう一つは立証の問題です。平成23年3月25日裁決(裁決事例集No.82)では、必要経費の立証責任は原則として課税庁にあるとしつつ、課税庁が収入と合理的に対応する経費の額を示した場合、それを超える経費を主張する納税者は、経費の具体的内容を明らかにし、ある程度合理的に裏付ける立証が必要とされました。この事例では、飲食代や交通費について、その立証がされていないとして必要経費算入が認められませんでした。記録がなければ、業務に必要だったと言っても通らないということです。
なお、法人であれば交際費は一定の限度内で損金になりますが、それはその法人の業務のための交際費であることが前提です。役員の私的なゴルフや飲食は、法人でも交際費ではなく役員給与として扱われる可能性があります。名義を法人に変えても、支出の性質は変わりません。
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不動産投資家向け税務・融資支援を見る親族への支払いと役員給与:個人と法人で最も差が出るところ
個人:生計を一にする親族への支払いは原則として経費にならない
所得税法56条により、生計を一にする配偶者その他の親族に支払う地代・家賃・給与などは、原則として必要経費になりません。たとえば、妻が所有する土地の上に夫が賃貸アパートを建て、夫が妻に地代を払っても、その地代は夫の必要経費にならず、妻の所得にもなりません。代わりに、妻がその土地について負担した固定資産税などが、夫の必要経費になります。
家族への給与は、事業的規模の不動産所得で、青色事業専従者給与の届出をし、専ら従事しているなど要件を満たす場合に限って認められます。詳しくは家族への給与が否認された事例と認められる条件と家族への給与と青色事業専従者を参照してください。
法人:実態と相当性があれば損金。ただし役員給与は要件が厳格
法人では、親族であっても、実際に勤務し、仕事の内容に見合った相当な金額の給与であれば損金になります。一方、親族が役員であれば、役員給与は定期同額給与・事前確定届出給与・業績連動給与のいずれかに当たらなければ損金になりません(法人税法34条1項)。期中に気まぐれに増額したり、決算前に賞与を出したりすると、その部分が損金にならないことがあります。
経営者自身への役員報酬が法人の費用になるのも、個人との大きな違いです。ただし、役員報酬を高く設定すれば、そのぶん法人の利益は減り、個人側で給与所得として課税されます。役員報酬の水準をどう決めるかは、役員報酬の決め方で解説しています。
会計上の扱いと決算書の表示:税務上の経費と、決算書の見せ方は別の話
減価償却:税務上は任意でも、会計上は規則的に
法人の減価償却は、損金経理した金額のうち償却限度額までが損金になる仕組みのため、税務上は償却しない(あるいは少なく償却する)ことも可能です。しかし企業会計では、減価償却は経営状況によって任意に増減させるものではなく、定めた方法で毎期継続して規則的に行うのが原則です(中小企業の会計に関する要領などでも同様の考え方が示されています)。
銀行は、償却不足で利益を厚く見せた決算書について、本来の償却額で利益を引き直して評価するのが一般的です。税務上できることと、決算書として適切なことは一致しない場合があります。
物件取得時の諸費用:損金になるかと、どこに表示するかは別
物件取得時の不動産取得税や登録免許税は、個人なら租税公課として必要経費に、法人なら損金にすることができます(取得価額に含めることもできます)。税務上は損金算入が認められるかが論点になります。
一方、決算書の表示区分(販管費として営業利益の上で処理するか、臨時的なものとして特別損失とするか、資産計上して減価償却するか)は、企業会計の基準(一般に公正妥当と認められる会計基準=GAAP)に沿って判断する必要があり、どの区分にできるかは取引の実態次第です。物件の取得が頻繁な事業者では、これを経常的な費用とみるのが実態に合う場合もあります。顧問税理士・会計の専門家と検討してください。考え方の整理は税務上の損金と企業会計(GAAP)の違いで扱います。
銀行からの見え方:個人は申告書、法人は決算書で見られる
経費の範囲の違いは、銀行に提出する書類の見え方にも直結します。
| 観点 | 個人 | 法人 |
|---|---|---|
| 銀行が見る書類 | 確定申告書・青色申告決算書(収支内訳書) | 決算書(貸借対照表・損益計算書・勘定科目内訳明細書) |
| 家事関連費の影響 | 按分が粗いと、不動産所得が実態より小さく見える | 私的な支出が混ざると、役員への給与や貸付金として扱われ、評価が下がる |
| 経営者の報酬 | 不動産所得の中に含まれる(経費にならない) | 役員報酬として費用になり、営業利益・経常利益を押し下げる |
| 減価償却 | 強制償却なので、償却後の所得で見られる | 償却不足は銀行が引き直して評価する |
法人では、経営者への役員報酬が費用になるため、役員報酬を高くすると法人の経常利益は薄くなります。著書のモデルでは、債務償還年数を「(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)」で計算し、10年以内を健全の目安としています。法人で買い進めるなら、役員報酬の水準は法人の経常利益と債務償還年数とのバランスで決める必要があります。
また、法人の決算書で銀行が嫌うのが、役員への貸付金や仮払金です。個人の生活費を法人で立て替えたまま精算しないと、こうした勘定が残ります。銀行の格付けでは資産として評価されにくい代表的な勘定です(役員貸付金・役員借入金と銀行の評価)。個人と法人の財布を分けることは、経費の範囲の問題であると同時に、決算書の信用の問題でもあります。
実務のチェックポイント
個人と法人の両方で賃貸業をしている方は、次の点を確認してください。
- 支出の名義と業務の対応:個人の物件の費用は個人で、法人の物件の費用は法人で支払っているか。共通の費用は、合理的な基準で按分しているか
- 家事関連費の按分根拠:自宅兼事務所の面積割合、車両の業務使用割合などを、記録に基づいて説明できるか
- 接待・飲食の記録:相手、人数、目的、どの物件・どの業務に関係するかを残しているか。法人で1人1万円以下の飲食費の特例を使うなら、必要な記載事項を満たした書類を保存しているか
- 親族への支払い:個人なら所得税法56条と青色事業専従者給与の要件、法人なら勤務実態と相当性、役員給与の要件を満たしているか
- 役員給与の改定時期:定期同額給与の改定を、原則として事業年度開始から3か月以内など、認められる時期に行っているか
- 減価償却の方針:法人で償却を調整する場合、銀行がどう引き直すかまで考えているか
- 事業的規模の確認:個人で資産損失・貸倒損失・専従者給与・青色申告特別控除を使う前に、事業的規模に当たるかを確認したか
経費にできるものの全体像は不動産賃貸業で経費にできるもの一覧(個人と法人の違い)と不動産所得の確定申告|経費にできるもの・できないもの、個人と法人の税率の比較は不動産所得は個人と法人どちらが得かを参照してください。
まとめ
- 個人は「業務について生じた費用」だけが必要経費。家事関連費は、業務に直接必要な部分を記録で明らかに区分できる場合に限られる
- 法人は原則すべて損金だが、役員給与・交際費・寄附金・法人税等には制限がある。業務と関係のない支出は、役員給与などとして不利に扱われることがある
- 生計を一にする親族への支払いは、個人では原則経費にならず、法人では実態と相当性が問われる
- 減価償却や取得時の諸費用は、税務上の扱いと決算書の表示・銀行の評価を分けて考える
- 平成22年4月22日の裁決のように、「誰の、どの業務の費用か」を取り違えると否認される。名義と記録を整えることが、個人でも法人でも出発点になる
個人と法人をどう使い分けるか、どちらの名義で経費を負担すべきかは、融資の受け方とも一体で考える必要があります。不動産投資家向けサービスで、決算書づくりと融資を見据えてご相談いただけます。
