決算書と銀行格付け

不動産事業者が純資産1億円を目指す道筋|利益・売却・増資・役員借入金、ルートごとの税務と会計

著書『総額82億円 税理士投資家が明かす「買い続ける」ための決算書戦略』のモデルでは、銀行格付けの目標を「正常先(129点満点で32点以上)+純資産1億円」としています。想定外の建築費の高騰、大規模修繕の重なり、金利の急上昇が同時に起きても、純資産1億円の厚みがあれば債務超過に転落せずに持ちこたえられる。銀行から見て「一段高い信頼を置ける」ライン、という位置づけです。

では、不動産事業者は具体的にどの道を通って1億円に届くのか。この記事では、純資産を増やす5つのルートを、税務上の扱い、会計上の表示、銀行が数える実態の純資産の3つの面から整理します。純資産1億円の意味と、債務者区分の基本は純資産1億円の壁で解説しています。

この記事の結論
  • 純資産は「資本金・資本剰余金」と「利益剰余金」でできている。含み益は決算書の純資産に出てこない
  • 王道は、利益を出して税金を払い、利益剰余金を積むこと。売却益を実現させる、宅建業で利益源を増やすことが加速装置になる
  • 増資、役員借入金の資本化(債務免除・DES)は即効性があるが、債務免除益への課税や資本金1億円超のデメリットなど税務の論点がある
  • 土地の時価下落による評価損は、税務上は原則として損金にならない(平成15年1月28日裁決)。一方で会計上は減損が必要な場合があり、純資産だけが減ることがある
  • 目標は「決算書上の1億円」ではなく「銀行が実態修正したあとの1億円」に置く

純資産の中身と、銀行が数える純資産

BSの純資産の部は、大きく次のように分かれます。

区分増える場面減る場面
資本金・資本剰余金増資、DES(債務の株式化)減資、自己株式の取得など
利益剰余金税引後の当期純利益赤字、配当

ここで押さえておきたいのは2点です。

1つ目は、含み益は純資産に出てこないことです。企業会計では、土地・建物は取得原価を基礎に計上し、時価が上がっても帳簿価額は上げません。一方、価格が大きく下がったときは、減損として帳簿価額を下げる場合があります。含み益は出てこず、含み損は出てくることがある、という非対称な仕組みです。

2つ目は、銀行は決算書の純資産をそのまま使わないことです。著書では、銀行が独自の基準で資産を評価し直したBSを「銀行BS」と呼んでいます。土地は路線価、建物は再調達価格、太陽光などの設備はゼロに近い評価、役員貸付金や仮払金は資産として認めない――こうした修正の結果、帳簿上は1億円を超えていた純資産が、銀行BSでは3,000万円程度まで圧縮されたという著者の経験も紹介されています。

だからこそ、目標は「決算書上の1億円」ではなく、銀行が実態修正したあとの1億円に置く必要があります。

純資産を積み上げる5つのルート

ルート税務上の扱い会計上の表示銀行の見え方
① 賃貸利益を内部留保する利益に法人税等がかかる利益剰余金が増える最も評価される。毎期の安定性も見られる
② 売却で含み益を実現する売却益に法人税等がかかる固定資産売却益(特別利益)。宅建業の販売用不動産なら売上高純資産増と借入減の両方に効く
③ 増資する資本等取引で課税なし。資本金1億円超で中小法人の特例が外れる資本金・資本剰余金が増える即効性あり。資金の出所も見られる
④ 役員借入金を資本化する債務免除なら債務免除益が益金。DESも債務消滅益の論点負債が減り純資産が増える銀行によっては、もともと自己資本に近いものとして見ている
⑤ 個人の資産を法人に移す個人側に譲渡所得課税。流通税もかかる移した資産と対価の処理次第法人の資産の質が上がるかが問われる

① 利益を出し、税金を払い、利益剰余金を積む

著書は、純資産を増やす方法を「利益を出して、税金を払って、残ったお金を内部留保として積み上げる」と端的に述べています。地道ですが、銀行が最も評価するのはこのルートです。利益剰余金は「この会社は毎期稼げる」ことの証拠であり、同時に同額の現預金がBSに残るため、債務償還年数の分子(借入金 − 現預金)も縮みます。

ただし、家賃収入は安定している反面、劇的には増えません。著書では、収益源を複線化する方法として、家賃の見直し、値上がりした物件の売却、宅建業の免許を取って売買仲介や買取再販・開発に取り組むことを挙げています。

② 売却で含み益を実現させる

含み益は、売って初めて利益になります。賃貸用の固定資産を売れば、売却益は原則として特別利益に表示され、税引後の利益が利益剰余金に加わります。同時に借入を完済すれば、総資産と負債が減り、自己資本比率と債務償還年数が大きく改善します。

宅建業を営み、販売目的で保有している不動産を売る場合は、売却代金は売上高、帳簿価額は売上原価に表示されます。ただし、どちらに当たるかは、取得時からの保有目的と実態で決まります。賃貸用の物件を売るときだけ売上高に計上する、といった処理はできません。税務上は損金・益金の計算に違いがなくても、決算書の表示区分は企業会計の基準(GAAP:一般に公正妥当と認められる会計基準)に沿って取引の実態で判断する必要があるため、顧問税理士・会計の専門家と検討してください(販売用不動産と固定資産の区分)。

③ 増資する

増資は資本等取引なので、法人税はかかりません。一方で、資本金の額には税務上の節目があります。国税庁タックスアンサーNo.5759 法人税の税率では、期末の資本金が1億円以下の普通法人(大法人の完全子会社などを除く)は、年800万円以下の所得に15%の軽減税率が適用され、No.5762では、中小法人等は欠損金の繰越控除を所得の全額まで使えるとされています。著書でも、資本金1億円超では外形標準課税が課されるなどの税務上のデメリットがあり、資本金を無理に大きくする必要はない、としています。

増資をする場合は、払込金額のうち資本金に組み入れる額と資本準備金にする額を、税務と登記のコストを含めて設計します。銀行は、増資の資金がどこから来たのか(個人の預金か、借入か)も確認します。

④ 役員借入金を資本化する

社長個人が法人に貸しているお金(役員借入金)は、返済を急がない限り、実質的に自己資本に近い性格を持ちます。著書では、短期借入金に計上して流動比率を悪化させるのではなく、契約と実態に合わせて長期借入金として計上することを勧めています(「資産は上に、負債は下に」)。

これを決算書の上でも純資産に変える方法が、債務免除や、債権を株式に替えるDES(デット・エクイティ・スワップ)です。いずれも負債が消えて純資産が増えますが、税務の論点があります。

  • 債務免除:法人に債務免除益が生じ、原則として益金に算入される。繰越欠損金があれば相殺できることがある
  • DES:債権の時価が券面額を下回る場合、その差額について債務消滅益の論点が生じる
  • ほかに株主がいる場合:株式の価値が増えた分について、ほかの株主への贈与税の論点がある(相続税法基本通達9-2)

「純資産を増やすために社長が借入を免除する」こと自体は珍しくありませんが、税額と効果を試算してから実行するのが前提です。

⑤ 個人の資産を法人に移す

個人で持っている物件や預金を法人に移すことも、法人の純資産を厚くする方法です。ただし、物件を移す場合は、個人側の譲渡所得、登録免許税・不動産取得税、消費税、借入の引継ぎなどの論点が一度に出てきます(個人から法人へ物件を移すときの税金)。

なお、個人事業の決算書には法人の「純資産」に当たる概念がなく、元入金で事業の資本を表します。純資産1億円という目標は、法人で事業を行うことを前提にした考え方です。

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純資産を減らす処理:税務と会計がずれるところ

節税目的の資産購入と過大な役員報酬

著書は、節税のために償却資産を借入で購入するパターンを特に厄介だとしています。税金は減りますが、負債が増え、資産は減価償却で目減りし、数年後には簿価がほぼゼロになる一方で負債が残ります。利益剰余金も現預金も積み上がりません。役員報酬を必要以上に高くして法人の利益を消すことも、法人の純資産を増やさない点で同じです(いい節税と悪い節税の見分け方)。

減損と評価損:会計では減っても、税務では損金にならない

不動産の時価が大きく下がったとき、会計と税務の扱いは一致しません。

項目会計上の扱い税務上の扱い(法人)
時価の大幅な下落中小企業の会計に関する指針では、予測することができない減損が生じたとき、または減損損失を認識すべきときは減損を行う評価換えによる減額は原則として損金不算入(法人税法33条1項)
災害による著しい損傷など政令で定める事実減損や災害損失として処理一定の場合に評価損の損金算入が認められる(同条2項)
結果純資産が減る損金にならなければ、税負担は軽くならない

減損をすれば純資産は減りますが、税務上は損金にならないことが多く、税金は減りません。それでも、実態として価値が下がっているなら、会計の基準に沿って処理する必要があります。銀行はどのみち物件を評価し直すので、減損を避けても実態の純資産が増えるわけではありません。

税務上の損金算入の可否と、決算書で減損・評価損を計上するかどうかは別の問いであり、後者は企業会計の基準(GAAP)に沿って、その資産の使用状況と価額の下落の程度から判断します。顧問税理士・会計の専門家と検討してください(税務上の損金と企業会計(GAAP)の違い)。

裁決事例:遊休土地の評価損は損金にならなかった

国税不服審判所 平成15年1月28日裁決(裁決事例集No.65・401頁)は、建築材料販売の同族会社が、平成元年に約1億2,000万円で取得した土地について、帳簿価額を取得価額の45%に評価換えし、約6,650万円の評価損を損金に算入した事案です。土地は、業界の変化で本来の用途(材木の刻み場)に使えなくなり、平成10年ごろから遊休状態でした。

  • 争点:法人税法33条2項・施行令68条の「1年以上にわたり遊休状態にあること」に当たるとして、評価損を損金に算入できるか
  • 判断:法人税法は資産の評価損の損金算入を原則として認めていないため、例外は限定的に解するべきで、政令で定める事実が生じたことだけでは足りず、その事実が生じたことにより資産の価額が帳簿価額を下回ったことが必要だとした。この土地は1年以上遊休状態にあったが、価額の下落は一般的な土地相場の下落によるもので、遊休状態にあることによって下落したとは認められないとして、損金算入を認めなかった
  • 実務への示唆:バブル崩壊後のような相場全体の下落による含み損は、評価替えをしても税務上は損金になりません。損失を税務上も実現させるには、売却などで確定させる必要があります。不動産の含み損を抱えた法人は、会計上の処理(減損の要否)と税務上の処理(損金にならない)を分けて考え、純資産と納税額への影響をそれぞれ試算することが大切です

著書にあるとおり、BSを傷めている物件は、損が出ても売却して入れ替えるという判断が、結果として純資産と債務償還年数を立て直す近道になることがあります。売却損の表示と銀行の見え方は売却損の会計上の表示と銀行の見え方で解説しています。

数値例:純資産3,000万円から1億円への道筋

説明のための仮の数字です。税負担は単純化のため税引前利益の3割と仮定し、配当はしないものとします。

年主な出来事税引前利益税負担(仮定)期末純資産
スタート―――3,000万円
1年目賃貸利益を圧縮せずに計上1,500万円450万円4,050万円
2年目同上1,600万円480万円5,170万円
3年目含み益のある物件を売却し借入を完済3,500万円1,050万円7,620万円
4年目役員借入金1,000万円の免除(繰越欠損金なし)1,500万円+債務免除益1,000万円750万円9,370万円
5年目賃貸利益を計上1,500万円450万円1億420万円

4年目の債務免除では、債務免除益にも税金がかかるため、1,000万円の免除で純資産が増えるのは税引後の700万円です(仮定の税負担3割の場合)。表のとおり、純資産を最も大きく動かすのは売却益の実現と、毎期の利益をきちんと残すことです。銀行の実態評価では、物件の評価が帳簿価額を下回っていれば、その分が差し引かれる点にも注意してください。

実務のチェックポイント

  • 決算書の純資産と、銀行が実態修正したあとの純資産の両方を把握しているか(土地の路線価、建物の評価、役員貸付金・仮払金)
  • 毎期の利益を、節税目的の支出で必要以上に圧縮していないか
  • 含み益のある物件・BSを傷めている物件を一覧にし、売却の時期を検討しているか
  • 宅建業など、賃貸以外の利益源を法人の中に持つことを検討したか
  • 増資をするなら、資本金1億円以下にとどめる設計になっているか
  • 役員借入金の債務免除・DESは、債務免除益の課税とほかの株主への影響を試算したか
  • 含み損のある物件について、会計上の減損の要否と税務上の扱いを分けて税理士と確認したか

まとめ

  • 著書のモデルでは「正常先+純資産1億円」がプロパー融資の目安。目標は銀行が実態修正したあとの1億円に置く
  • 王道は、利益を出して税金を払い、利益剰余金と現預金を積むこと。売却益の実現と利益源の複線化が加速させる
  • 増資・役員借入金の資本化は即効性があるが、資本金1億円超のデメリットや債務免除益への課税など、税務の設計が欠かせない
  • 含み益は純資産に出ず、含み損は減損で出ることがある。土地の相場下落による評価損は税務上は原則として損金にならない
  • 表示や処理は会計の基準に沿って実態で判断するもの。顧問税理士・会計の専門家と、数年単位の道筋を描く

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よくある質問

物件に含み益があれば、純資産1億円に届いたと考えてよいですか?
決算書の純資産には含み益は出てきません。企業会計では固定資産は取得原価を基礎に計上し、時価が上がっても評価替えはしないためです。銀行も独自に物件を評価し直しますが、評価は路線価や再調達価格などを使って保守的に行われることが多く、含み益がそのまま加算されるとは限りません。含み益は、売却して利益として実現させ、税金を払ったあとに初めて純資産に積み上がります。
社長からの借入金を免除すれば、純資産はすぐに増えますか?
法人の負債が消えるので、決算書上の純資産は増えます。ただし、法人には債務免除益が生じ、原則として益金になります。繰越欠損金があれば相殺できることもありますが、ない場合は法人税がかかります。ほかに株主がいる場合は、株式の価値が増えた分について贈与税の論点も生じます。実行前に税理士と試算してください。
増資をして資本金を1億円にすればよいのではありませんか?
純資産を厚くする目的なら、資本金を大きくする必要はありません。資本金が1億円を超えると、法人税の軽減税率や欠損金の繰越控除の特例などの中小法人向けの扱いが受けられなくなり、法人事業税の外形標準課税の対象にもなります。増資をする場合も、資本金と資本準備金の配分を含めて設計するのが一般的です。

※本記事は2026年10月18日時点の法令・制度に基づく一般的な解説です。個別の状況により結論が異なるため、実行前に専門家へご相談ください。

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