一棟物件の融資や協調融資の契約書を読むと、「借入人は、各決算期末において、DSCRを1.2倍以上に維持する」といった条項が入っていることがあります。これが財務制限条項(コベナンツ)です。不動産融資でよく使われる指標が、DSCRとLTVです。
コベナンツは決算書の数字で判定されるのが一般的です。そのため、税務上は問題のない処理でも、会計上の処理や表示の選び方次第で、条項に抵触したりしなかったりします。この記事では、DSCR・LTVの計算方法、よくある財務制限条項、抵触したときの影響、税務と会計の違いが判定に与える影響を解説します。
- DSCR=純収益÷年間元利返済額。1.0倍を下回ると収益だけでは返済できない。LTV=借入残高÷物件の評価額。高いほど担保の余裕が小さい
- 財務制限条項には、DSCR・LTVのほか、純資産維持、利益維持(経常赤字の禁止など)、報告義務などがある。指標の定義は契約ごとに違うので、必ず契約書で確認する
- 判定はふつう決算書(会計)の数字で行う。税務上の損金算入と、会計上の処理・表示区分は別の問いで、判定結果を左右する
- 抵触しそうなら、決算を締める前に顧問税理士と数字を確認し、銀行に早めに相談する
DSCRとLTVの計算方法
| 指標 | 計算式の例 | 意味 | 見方 |
|---|---|---|---|
| DSCR(Debt Service Coverage Ratio) | 純収益(NOIなど)÷ 年間元利返済額 | 収益で返済を何倍まかなえるか | 1.0倍未満は収益だけでは返済不足 |
| LTV(Loan to Value) | 借入残高 ÷ 物件の評価額 | 物件価値に対して借入がどれだけあるか | 高いほど担保の余裕が小さい |
DSCRの数値例
数字は説明のための仮のものです。
| 項目 | 物件A | 物件B |
|---|---|---|
| 年間賃料収入 | 3,000万円 | 3,000万円 |
| 運営費(管理費・修繕・税・保険など) | 900万円 | 900万円 |
| 純収益(NOI) | 2,100万円 | 2,100万円 |
| 年間元利返済額 | 1,500万円 | 2,000万円 |
| DSCR | 1.40倍 | 1.05倍 |
物件Aと物件Bは同じ収益ですが、借入の条件(金額・期間・金利)が違うため、DSCRは大きく違います。物件Bは、空室や修繕が少し増えるだけで1.0倍を割り込みます。金利が上がると元利返済額が増え、DSCRはさらに下がります。金利上昇の影響は不動産投資の金利上昇対策で試算しています。
LTVの分母は「簿価」ではなく「評価額」
LTVの分母は、決算書の簿価ではなく、銀行の評価額や鑑定評価額などが使われるのが一般的です。著書では、銀行は土地を路線価などで、建物を再調達価格で評価することが多く、帳簿上の数字との乖離が生じると説明しています。決算書上の自己資本比率が同じでも、銀行の評価次第でLTVは大きく変わります。
よくある財務制限条項
| 条項の種類 | 内容の例 | 決算で効く数字 |
|---|---|---|
| DSCR維持 | 各期末のDSCRを一定倍率以上に保つ | 純収益、元利返済額 |
| LTV維持 | 借入残高を評価額の一定割合以下に保つ | 借入残高、評価額 |
| 純資産維持 | 純資産を一定額以上、または前期末の一定割合以上に保つ | 純資産(当期純利益、配当) |
| 利益維持 | 経常損益を2期連続で赤字にしない、など | 経常利益 |
| 報告義務 | 決算書・試算表・物件の収支の定期提出 | 提出の期限 |
| 担保・資産処分の制限 | 担保物件の売却・追加借入に事前承諾が必要 | 売却・借入の計画 |
具体的な数値や定義は、契約ごとにまったく違います。たとえば「純収益」に減価償却費を足し戻すのか、本社経費を含めるのか、「元利返済額」に一括返済分を含めるのか。条項の文言を読まずに、一般的な計算式で判断するのは危険です。協調融資・シンジケートローンでの条項の付き方は協調融資とシンジケートローンの仕組みで扱っています。
抵触したときに起きること
契約上は、財務制限条項への抵触が期限の利益喪失事由とされ、銀行の請求により一括返済を求められる形になっていることが多くあります。実際には、金利の引上げ、追加担保、現預金の積立て、改善計画の提出などの協議になることもありますが、どう扱うかは銀行の判断です。抵触の事実は格付けや次の融資にも影響します。
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不動産投資家向け税務・融資支援を見る抵触しそうなときの打ち手
抵触の可能性に気づいたのが決算の後では、選べる手はほとんどありません。期末の数か月前に試算できれば、次のような手を検討できます。
- 空室の解消や賃料の見直しなど、純収益を増やす手を前倒しする
- 大規模修繕の時期を、契約の判定期間や資金計画と合わせて検討する(工事の必要性を曲げない範囲で)
- 純収益の低い物件の売却と、その借入の返済を検討する
- 返済期間の見直しなど、返済条件の変更を銀行に相談する
- 抵触が避けられない場合は、決算の前に銀行に伝え、改善計画を示す
どの手も、数字をよく見せるためではなく、実際に返済の余裕を取り戻すための手当てです。銀行は、抵触そのものより、事前に相談がなかったことを重く見ることがあります。
税務上の扱い:コベナンツに関わる費用と法人・個人の違い
財務制限条項そのものに課税はありませんが、条項に関連して生じる費用の扱いを整理しておきます。
| 費用 | 法人 | 個人(不動産所得) |
|---|---|---|
| 融資手数料・アレンジメントフィー | 損金。役務の内容によっては期間按分が必要なことがある | 必要経費(業務開始前の取得に係るものは取得価額に含める場合がある) |
| 抵触による金利の上乗せ | 支払利息として損金 | 必要経費(土地取得に係る部分は損益通算に制限あり) |
| 期限前返済の違約金・手数料 | 原則、支払った期の損金 | 必要経費 |
| 元本の一括返済 | 損金にならない | 必要経費にならない |
銀行に払う費用の処理は銀行に払う費用(融資手数料・保証料など)の処理で詳しく解説しています。
会計上の扱い:判定は決算書の数字で行われる
財務制限条項は、多くの場合、決算書の数字で判定されます。ここでいう決算書は、企業会計原則や中小企業の会計に関する指針・要領など、一般に公正妥当と認められる会計基準(GAAP:Generally Accepted Accounting Principles)に沿って作られたものです。会社法431条は、株式会社の会計は一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行に従うとしています。
税務上は同じでも、判定結果が変わる例
| 論点 | 税務上の論点 | 会計・判定への影響 |
|---|---|---|
| 大規模修繕 | 修繕費か資本的支出か | 費用処理なら当期の経常利益・純資産が減る。臨時・多額の損失として特別損失に当たるかで、経常利益の判定が変わることがある |
| 物件の売却損 | 損金の額 | 固定資産の売却損は原則として特別損失で、経常利益には入らないが、純資産は減る |
| 減価償却 | 法人は償却限度額の範囲で任意 | 償却を抑えれば純資産は守れるが、会計上は規則的な償却が原則 |
| 役員借入金 | 利息の課税関係 | 負債として計上。純資産には入らない(劣後特約などの扱いは契約次第) |
税務上は損金算入が認められるかが論点になります。一方、決算書の表示区分(売上高か営業外収益か、販管費か特別損失か、資産計上か費用処理か)は、企業会計の基準(GAAP)に沿って判断する必要があり、どの区分にできるかは取引の実態次第です。コベナンツを守るために実態と違う区分を選ぶことは、粉飾であり、契約上も重大な問題になります。
法人の減価償却は、税務上は償却不足でも問題になりませんが、会計と銀行の目線では別の評価になります。詳しくは法人の任意償却と償却不足をご覧ください。
銀行からの見え方:格付けの指標とコベナンツの関係
コベナンツの指標と、格付けの指標は重なっています。
- DSCRは、著書のモデルでいう返済能力(債務償還年数、ICR)と同じ方向の指標。物件単位で返済の余裕を見る
- LTVは、安全性(純資産、自己資本比率)を物件単位で見たもの。銀行が評価し直した「実態BS」の考え方に近い
- 純資産維持・利益維持は、格付けの安全性・収益性そのもの
| 指標 | 分子 | 分母 | 単位 |
|---|---|---|---|
| DSCR | 純収益(NOIなど) | 年間元利返済額 | 物件または会社 |
| ICR(著書のモデル) | 営業利益+受取利息・配当金 | 支払利息 | 会社 |
| 債務償還年数(著書のモデル) | 借入金−現預金 | 経常利益+減価償却費−法人税等 | 会社 |
DSCRは元本の返済まで含めて見るのに対し、ICRは利息だけを見ます。元本返済の重い借入(期間の短い借入)が多い会社は、ICRが良くてもDSCRが低くなりがちです。
著書のモデルでは、格付けは129点満点で、安全性34点・収益性15点・成長性25点・返済能力55点に配点され、正常先の目安は32点以上です。コベナンツに抵触しないことは、格付けを落とさないことと、ほぼ同じ意味を持ちます。ICRの計算はICRとは、実態BSは含み益・含み損と銀行の実態BSで扱っています。
実務のチェックポイント
- 融資契約書の財務制限条項を一覧にし、各指標の定義(分子・分母に何を含めるか)を確認しているか
- 決算の3か月前の時点で、試算表ベースで各指標を試算しているか
- 大規模修繕・物件売却・役員報酬の改定など、判定に効く取引の時期と処理を事前に検討しているか
- 抵触しそうなとき、決算を締める前に銀行に相談し、改善策を示せるか
- 報告義務(決算書・試算表の提出期限)を守っているか
- 金利が上がった場合のDSCRを、物件ごとに試算しているか
月次の数字で指標を追う方法は不動産会社の月次試算表と銀行への提出で解説しています。
まとめ
- DSCRは収益で返済を何倍まかなえるか、LTVは物件の評価額に対する借入の割合。定義は契約ごとに違う
- 財務制限条項には、DSCR・LTVのほか、純資産維持、利益維持、報告義務などがある
- 判定は決算書の数字で行われることが多い。税務上の損金算入と、会計上の処理・表示区分は別の問いで、判定結果を左右する
- 実態と違う処理でコベナンツを守ることはできない。抵触しそうなら、決算前に顧問税理士と数字を確かめ、銀行に早めに相談する
融資契約の条項を踏まえた決算の準備と銀行への説明は、不動産投資家向けサービスでご支援しています。
