DD(デューデリジェンス)の報告書を受け取った売り手の社長が、最初に気にするのは「いくら下がるのか」です。実際、DDで見つかった問題は、価格や契約条件の再交渉の材料になります。ただし、問題が見つかったからといって、すべてが値下げになるわけではありません。問題の性質によって、価格に反映する方法が違うからです。
この記事では、中小企業のM&AのDDでよく見つかる問題を、中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」と公表された裁決事例をもとに整理し、それぞれをどう価格に反映するかを解説します。代表の相亰はベンチャーのM&A仲介会社で役員を経験し、クレフティには大手FASで財務DDやバリュエーションを手がけた公認会計士が在籍しています。売り手・買い手の双方の立場から、交渉の勘所もお伝えします。
- 中小M&Aガイドラインは、名義株、役員社宅・役員貸付金・役員保険などの同族関係者との取引、事業用資産の所有関係、未計上の退職給付債務や未払残業代などの簿外債務が問題になるケースが多いとしている
- 価格への反映には、時価純資産の修正、正常EBITDAの修正、債務類似項目、特別補償、前提条件、手法の変更の6つの方法がある
- 金額が分かるものは価格に、分からないものは補償・留保に、解消できるものは前提条件に振り分ける
- 売り手は、DDの前に自社の問題点を把握して説明できるようにしておくと、値下げ幅を抑えやすい
DDでよく見つかる問題:ガイドラインが挙げるもの
中小M&Aガイドラインは、税理士の支援内容を説明する中で、中小M&Aでは「名義株や所在不明株主の存在、役員社宅や役員貸付金、役員保険といった同族関係者と会社との取引、事業用資産の所有関係等、未計上の退職給付債務や未払残業代等の簿外債務等が問題となるケースが多く」、顧問先にこうした問題がある場合は、あらかじめ弁護士等と連携して整理しておくことが望ましいとしています。
実務で見つかる問題を、領域ごとに整理すると次のとおりです。
| 領域 | よく見つかる問題 | 主な確認資料 |
|---|---|---|
| 株式 | 名義株、所在不明株主、譲渡承認の手続漏れ | 株主名簿、申告書の別表二、議事録 |
| 資産の評価 | 回収できない売掛金、売れない在庫、減価償却不足、保険積立金や不動産の含み損益 | 売掛金の年齢表、在庫表、固定資産台帳 |
| 簿外債務 | 未払残業代、退職金の未積立、未払賞与、保証債務、リース | 勤怠・給与データ、退職金規程、契約書 |
| 同族関係者との取引 | 役員貸付金・借入金、役員社宅、役員保険、社長の私的な経費、親族への給与 | 勘定科目内訳明細書、保険証券、総勘定元帳 |
| 税務 | 過去の申告誤り、役員報酬・退職金の否認リスク、源泉所得税・消費税の処理誤り | 申告書、税務調査の記録、源泉徴収簿 |
| 契約・許認可 | チェンジオブコントロール条項、人に紐づく許認可要件 | 契約書、許可証 |
それぞれの詳しい確認方法は、財務DDで見られるポイント、税務DDで見られるポイント、法務DDで見られるポイント、労務DDと未払残業代のリスクで解説しています。
価格に反映する6つの方法
DDの発見事項は、次の6つのどれかで手当てします。
| 方法 | 向いている問題 | 具体例 |
|---|---|---|
| ① 時価純資産の修正 | 資産・負債の金額が実態と違う | 回収不能な売掛金、不良在庫、減価償却不足を資産から差し引く |
| ② 正常EBITDAの修正 | 毎年の利益が実態と違う | 是正後に増える人件費、適正な役員報酬との差額、私的経費の除外 |
| ③ 債務類似項目として差し引く | 決算書にない支払義務 | 未払残業代、退職金の未積立、未払税金 |
| ④ 特別補償・代金の一部留保 | 金額や発生が不確定 | 税務調査で追徴されるリスク、係属中の訴訟 |
| ⑤ 前提条件 | クロージングまでに解消できる | 名義株の整理、取引先の承諾、経営者保証の解除 |
| ⑥ 手法の変更・中止 | 影響が大きく、株式譲渡では遮断できない | 多額の簿外債務 → 事業譲渡へ変更、または取引中止 |
ガイドラインも、財務DDの結果、多額の簿外債務・偶発債務が見つかった場合に、株式譲渡から事業譲渡に手法の変更を余儀なくされることがある、と例示しています。①〜③は価格そのものに、④と⑤は契約の条件に反映する方法です。
例で見る:簿価純資産から修正後の純資産へ
時価純資産をベースに価格を考える場合の修正を、仮の数字で示します。
| 項目 | 金額 | 理由 |
|---|---|---|
| 決算書の純資産(簿価) | 1億円 | |
| 回収見込みのない売掛金 | −800万円 | 1年以上入金のない取引先 |
| 売れない在庫 | −600万円 | 型落ち品・長期滞留品 |
| 減価償却不足 | −1,200万円 | 赤字の期に償却を抑えていた |
| 役員貸付金 | −1,500万円 | 回収見込みが立たないとして資産から除外 |
| 保険積立金の含み益 | +700万円 | 解約返戻金が帳簿価額を上回る |
| 未払残業代(3年分の見積もり) | −1,800万円 | 債務類似項目 |
| 退職金の未積立 | −1,000万円 | 規程に基づく要支給額 |
| 修正後の純資産 | 5,800万円 |
減価償却不足は、中小企業でよく見られます。法人税では減価償却費を損金に算入できる上限が決まっているだけで、償却しなくても税務上の問題にはなりませんが、資産の価値が実態より大きく見えるため、DDでは修正の対象になります。銀行も実質的な財務内容を見るときに同じ修正をします。
役員貸付金は、銀行の格付けでも資産として評価されないことが多い項目です。考え方は役員貸付金・借入金と銀行の評価で解説しています。M&Aでは、クロージングまでに返済してもらう、売却代金や退職金と精算するなどの方法で、価格から差し引かれる前に手当てするのが一般的です。解消の方法は役員貸付金の解消方法で取り上げます。
例で見る:正常EBITDAの修正は「毎年」効いてくる
事業価値を利益の何倍かで考える場合、DDの発見事項は毎年の利益(正常EBITDA)の修正として効いてきます。こちらも仮の数字で示します。
| 項目 | 年間の影響 | 理由 |
|---|---|---|
| 決算書のEBITDA(営業利益+減価償却費) | 3,000万円 | |
| 社長の役員報酬(年2,400万円)を後任の経営者の報酬水準(年1,200万円)に置き換える | +1,200万円 | 売却後は不要になる上乗せ分 |
| 社長の私的な車両費・交際費 | +300万円 | 事業に関係のない費用 |
| 残業代を正しく払うと増える人件費 | −600万円 | 是正後に毎年かかる費用 |
| 社長個人名義の工場の地代を相場に合わせる | −240万円 | 売却後は相場の地代を払う前提 |
| 正常EBITDA | 3,660万円 |
役員報酬や私的経費のように、売却後になくなる費用は利益に足し戻され、価格を押し上げる方向に働きます。一方、未払残業代の是正や地代の見直しのように、売却後に新たにかかる費用は利益を押し下げます。純資産の修正が「一度きり」なのに対し、正常EBITDAの修正は倍率を掛けて価格に効いてくるため、交渉への影響はより大きくなりがちです。役員報酬や個人的な経費の扱いは役員報酬・オーナー個人の経費の正常化で詳しく解説します。
銀行も、決算書の利益をそのまま見るのではなく、一時的な損益や役員報酬の水準を考慮して返済能力を判断します。著書のモデルでは、債務償還年数を「(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)」で計算します。DDで修正した後の利益で計算し直すと、買収資金を借りる買い手の返済計画が現実的かどうかが見えてきます。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る税務リスク:会社と一緒に引き継ぐ「過去の申告」
株式譲渡では、会社の過去の申告もそのまま引き継ぎます。法人税の更正は、原則として法定申告期限から5年、偽りその他不正の行為がある場合は7年まで行われ得ます(国税通則法70条)。買収後に税務調査で追徴されれば、その負担は買い手が持つ会社に生じます。
DDでよく問題になる税務リスクの一つが、役員退職金です。国税不服審判所の平成29年7月14日裁決は、代表取締役が代表権のない取締役会長になった分掌変更に伴って支給した金員について、分掌変更後も経営上主要な地位を占め、重要な決定事項に関与していたとして、法人税法上の退職給与に当たらないと判断しました。この事案では、報酬を半額以下に減らしていたにもかかわらず、法人税の更正に加え、源泉所得税の納税告知と不納付加算税の処分も受けています。過去に分掌変更で退職金を払っている会社では、その後の関与の実態がDDでの確認対象になります。
国税不服審判所 平成29年7月14日裁決(法人税の更正処分等、棄却)。公表裁決事例
このほか、役員報酬の期中の増減、社長の私的な経費、親族への給与、源泉所得税の徴収漏れ、消費税の課税区分の誤りなどもよく指摘されます。これらは、金額を見積もって価格から差し引くか、特別補償の対象にします。過大な役員退職金や分掌変更の判例・裁決は退職金スキームとはで詳しく取り上げます。
交渉の勘所:売り手・買い手それぞれの視点
売り手の視点:先に見つけて、先に説明する
DDで初めて問題が見つかると、買い手は「ほかにも隠れているのでは」と考え、リスクを大きめに見積もります。ガイドラインも、DDが十分になされない場合には、売り手が負う表明保証の範囲や補償額・補償期間の負担の増加につながり得るとしています。
売り手にとって効果的なのは、売却活動の前に自社の問題点を洗い出し、解消できるものは解消し、解消できないものは金額と経緯を説明できるようにしておくことです。名義株の整理、役員貸付金の精算、社長個人名義の資産の整理は、売却の数年前から始めることもあります。準備の進め方は売る前の磨き上げをご覧ください。
買い手の視点:「価格」と「契約」を使い分ける
買い手は、すべてのリスクを価格に織り込もうとすると、売り手との折り合いがつかなくなります。金額を見積もれるものは価格に、見積もれないものは特別補償や代金の一部留保に、と振り分けることで、交渉はまとまりやすくなります。ガイドラインは、期間や責任上限のない表明保証を定型的に設けることは慎重に検討すべきだとしており、発見事項ごとに個別に手当てする姿勢が求められます。
DDの結果を見て取引そのものをやめる判断もあり得ます。基本合意書の法的拘束力や費用負担の考え方はDDの結果を見てM&Aをやめられるかで解説します。
まとめ
- DDでよく見つかるのは、名義株、同族関係者との取引(役員貸付金・役員保険・役員社宅)、事業用資産の所有関係、未払残業代・退職金などの簿外債務、税務リスク
- 価格への反映は、①時価純資産の修正、②正常EBITDAの修正、③債務類似項目、④特別補償・留保、⑤前提条件、⑥手法の変更・中止の6つ
- 金額が分かるものは価格に、不確定なものは補償に、解消できるものは前提条件に振り分ける
- 税務リスクは会社と一緒に引き継ぐ。分掌変更による役員退職金は、関与の実態によって否認される例がある(平成29年7月14日裁決)
- 売り手は、先に見つけて先に説明することで、値下げ幅と表明保証の負担を抑えやすくなる
クレフティでは事業承継・M&A支援として、売り手のための事前の財務・税務チェック(セラーズDD)、買い手のための財務・税務DD、発見事項の価格への反映の検討、セカンドオピニオンをお受けしています。初回のご相談は無料で、担当者がお話を伺います。
