決算書の「貸付金」や「仮払金」に、社長個人への貸付けが積み上がっている会社は少なくありません。個人の税金の支払、自宅の購入資金、使途を説明しにくい支出の仮置き。理由はさまざまですが、この役員貸付金は、銀行の評価、事業承継、M&Aのどの場面でも、整理を求められる科目です。
この記事では、役員貸付金が問題になる理由と、返済・役員報酬・賞与・退職金との相殺・債権放棄などの解消方法を、それぞれの税金とあわせて整理します。国税不服審判所の公表裁決で、利息の計上漏れや債務免除が否認された事例も紹介します。反対に社長が会社に貸している場合は役員借入金の解消方法をご覧ください。
- 役員貸付金は、銀行から回収の見込みが低い資産として純資産から差し引かれやすく、公庫の経営者保証免除の確認事項にも関わる
- 利息は、借入を原資にしたならその借入利率、それ以外は国税庁が示す年ごとの利率(令和8年中の貸付けは1.3%)が基準。無利息だと差額が給与になる
- 解消方法は、①個人資金での返済、②報酬・賞与を増やして返済、③退職金・M&Aの代金との相殺、④債権放棄。放棄は役員への給与として扱われるのが原則
- 賞与で返すなら事前確定届出給与の届出、報酬を上げるなら期首から3か月以内の改定が必要
- M&Aでは、クロージングまでに返済するか、売却代金から相殺して清算するのが一般的
役員貸付金が問題になる理由
| 場面 | 何が問題になるか |
|---|---|
| 銀行の評価 | 回収見込みの低い資産として実質純資産から控除されやすい。会社の資金が社長に流れていると見られる |
| 経営者保証 | 経営者保証ガイドラインの「法人と経営者の資産・経理の分離」に反する。公庫の経営者保証免除特例制度でも、事業上の必要が認められない経営者への貸付金等がないことが確認事項とされている |
| 税務 | 利息の計上漏れ(会社)、低利・無利息の差額の給与課税(社長)、使途不明金の仮置きでないかの確認 |
| 事業承継 | 後継者に引き継ぐ前に整理しないと、前社長と会社の関係が切れない。経営者保証の事業承継時の特則でも、前経営者への多額の貸付金が残っていることは、前経営者と後継者の双方から保証を取る例外的な場面の一つとされている |
| M&A | 買い手は返済か価格での調整を求める。中身が説明できなければ、DDで重大な指摘になる |
事業承継時の経営者保証の考え方は事業承継と経営者保証、M&Aでの保証解除はM&Aで経営者保証を外すための実務で解説しています。
日本政策金融公庫「経営者保証免除特例制度」(ご利用いただける方の要件と、(注1)「事業上の必要が認められない法人から経営者への貸付金等がないこと」)
利息の扱い:認定利息と公表裁決
利率の基準
国税庁のタックスアンサーNo.2606によれば、役員に金銭を貸し付けた場合の利息の基準は次のとおりです。
| 場合 | 基準となる利率 |
|---|---|
| 会社が他から借り入れて貸し付けた場合 | その借入金の利率 |
| その他の場合(平成30年〜令和2年中の貸付け) | 1.6% |
| 同(令和3年中の貸付け) | 1.0% |
| 同(令和4年〜令和7年中の貸付け) | 0.9% |
| 同(令和8年中の貸付け) | 1.3% |
この利率で計算した利息と実際に払う利息の差額は、原則として役員への給与として課税されます。ただし、会社の借入金の平均調達金利など合理的な利率を定めて貸す場合や、差額が1年間で5,000円以下の場合などは、課税しなくてよいとされています。
公表裁決に見る利息の論点
| 裁決 | 事案 | 判断 |
|---|---|---|
| 平成9年11月14日(裁決事例集No.54) | 代表者は債務超過で利息の回収が困難として、会社が代表者への貸付金の利息を益金に計上しなかった | 代表者の資産を時価で見ると債務超過ではなく、換金できる不動産・株式もある。未収利息を益金に計上すべき |
| 平成18年12月14日(裁決事例集No.72) | 貸付金の「通常の利率」をどう決めるか | 複数の借入金が貸付けの原資で、どれか特定できない場合は、借入利率の加重平均を通常の利率とすることに合理性がある |
「社長は返せないから利息も取れない」という扱いは、社長個人に資産がある限り通りにくいと考えてください。
法人税「貸付金利息」の公表裁決要旨(平成9年11月14日、平成18年12月14日)/国税庁タックスアンサーNo.2606
解消方法と税金の比較
| 方法 | 社長の税金 | 会社の税金 | 注意点 |
|---|---|---|---|
| ① 個人資金で返済 | なし(元本の返済) | なし | 社長個人の預金、資産の売却などが原資 |
| ② 役員報酬を増やして返済 | 増額分に所得税・住民税・社会保険料 | 定期同額給与なら損金 | 改定は原則期首から3か月以内。増額分の手取りしか返済に回らない |
| ③ 賞与で返済 | 所得税・住民税・社会保険料 | 事前確定届出給与として届け出て、届出どおり払えば損金 | 届出期限を守る。届出と違う額を払うと損金にならない |
| ④ 退職金と相殺 | 退職所得(退職所得控除・2分の1課税。一定の場合を除く) | 相当な額なら損金 | 源泉徴収後の手取りで相殺。退職の実態と金額の相当性が前提 |
| ⑤ 社長の資産を会社が買い取り相殺 | 譲渡所得など | 時価で取得 | 時価で売買しないと、差額が給与や寄附金の問題になる |
| ⑥ 債権放棄(会社が免除) | 免除額が給与として課税されるのが原則 | 役員給与として損金不算入になりやすい | 下記の裁決参照 |
賞与・報酬で返すときの手続き
役員給与は、定期同額給与・事前確定届出給与・一定の業績連動給与のいずれかでないと損金になりません(法人税法34条1項)。国税庁のタックスアンサーNo.5211によれば、事前確定届出給与の届出期限は、原則として、株主総会等の決議の日(職務の執行を開始する日より後なら開始日)から1か月を経過する日と、会計期間開始の日から4か月を経過する日のうち、いずれか早い日です。返済計画を立てるなら、期首の株主総会で報酬・賞与を決め、期限内に届け出るところから始めます。
債権放棄は「給与」になる(平成23年12月20日裁決)
法人が理事長に対する債務を免除した事案で、法人側は、理事長が資力を喪失して返済が著しく困難な場合の免除(所得税基本通達36-17)に当たると主張しました。審判所は、理事長は債務超過ではあったものの、収入や資産から一部を返済でき、将来も資金を調達できたと認め、免除は理事長の地位や役務に対する広い意味での対価として行われたものだとして、給与として源泉徴収を要すると判断しました。
役員貸付金を「なかったこと」にする放棄は、社長側に給与課税、会社側に源泉徴収義務と損金不算入という、三重の負担を生みやすい方法です。
源泉所得税「給与等」の公表裁決要旨(平成23年12月20日)/国税庁タックスアンサーNo.5211(役員給与)
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る退職金との相殺で注意すること(令和5年12月14日裁決)
社長の引退やM&Aのタイミングで、退職金と役員貸付金を相殺するのはよくある方法です。ただし、次の裁決は、やり方を誤ったときの怖さを示しています。
- 審判所が認定した関係者の申述などによれば、会社では使途不明金を元代表者への役員貸付金として計上した額が1億4,000万円を超え、元代表者が以前に代表取締役を退いた際の退職慰労金から8,000万円を相殺していた
- その後、元代表者から会社に不動産を売却し、売買代金を貸付金と相殺した(審判所は、この売買は仮装ではなく実体があったと認定)
- 元代表者が取締役を辞任する際、会社はその不動産、生命保険契約の契約者の地位、貸付金利息の免除、現金を退職慰労金として支給した
- 会社は納税の猶予を受けるほど資金繰りが苦しく、のちに破産した
審判所は、同業類似法人の平均功績倍率1.09倍で計算した相当額に比べ、支給額は7倍を超えるとして、差額は国税徴収法39条の無償または著しく低い額の譲渡等に当たると判断し、元代表者に第二次納税義務を課した処分を支持しました(国税不服審判所)。
この事案から読み取れることは次のとおりです。
- 使途不明金を役員貸付金に仮置きすると、残高が膨らみ、後で必ず精算の問題になる
- 退職金での相殺は、退職金の額が相当な範囲であることが前提
- 会社の資金繰りが苦しい時期の精算は、会社の滞納や他の債権者との関係で問題になりうる
退職金の金額の考え方は役員退職金の金額が過大とされた判例で詳しく解説しています。
M&Aでの清算の仕方
M&Aで会社を売るとき、役員貸付金は次のいずれかで清算するのが一般的です。
| 方法 | 流れ | 留意点 |
|---|---|---|
| クロージング前の返済 | 社長が個人資金で返済してから売却 | 会社の現預金が増え、株式の価格にも反映される |
| 売却代金からの相殺・控除 | 株式の代金を受け取ると同時に、会社に返済する。または価格から差し引く | 契約書に清算の方法と金額を明記する |
| 退職金との相殺 | 売却に合わせて退職し、退職金の手取りで返済 | 退職の実態・金額の相当性・源泉徴収(実質的に退職したと認められる実務) |
買い手は、DDで役員貸付金の中身を必ず確認します。貸付契約書や返済の記録がない、使途を説明できない、毎年増え続けている、といった場合は、簿外の支出や給与の隠れた支給を疑われ、価格交渉そのものが難しくなります。売却を考え始めた段階で、残高の内訳を説明できるようにしておきましょう(売る前の磨き上げ)。
銀行の見え方と、整理の優先順位
金融機関は、決算書の数字をそのまま使うのではなく、回収の見込みが低い資産を差し引いた実質的な純資産で会社を見る傾向があります。役員貸付金は、その代表的な控除項目です。著書のモデルでは、銀行格付けを安全性34点・収益性15点・成長性25点・返済能力55点の129点満点で整理しており、純資産が実質的に減れば、安全性の評価に直接響きます。
整理の優先順位は、次のように考えると進めやすくなります。
- 新しい貸付けを止める:社長個人の支払を会社から出さない仕組みにする
- 中身を確定する:貸付金・仮払金の内訳と根拠を整理し、契約書と利息の取決めを整える
- 返済計画を立てる:個人資産の売却、報酬・賞与(届出つき)、将来の退職金との相殺を組み合わせる
- 銀行に説明する:返済計画を示し、改善の過程を毎期の決算で見せる
役員報酬の決め方全般は役員報酬の設計もあわせてご覧ください。
まとめ
- 役員貸付金は、銀行の評価・経営者保証・税務・承継・M&Aのすべてで整理を求められる
- 利息は借入利率か国税庁の年ごとの利率が基準。「社長は返せないから利息なし」は裁決で否定されている
- 解消は、返済・報酬・賞与(事前確定届出給与)・退職金との相殺の組み合わせが基本。債権放棄は給与課税になりやすい
- 退職金との相殺は金額の相当性が前提で、過大な精算は第二次納税義務につながった裁決がある
- M&Aでは、クロージング前の返済か、代金からの相殺で清算し、中身を説明できるようにしておく
クレフティでは事業承継・M&A支援の中で、役員貸付金の返済計画、報酬・賞与の設計と届出、M&Aでの清算方法、銀行への説明をお手伝いしています。初回のご相談は無料で、担当者がお話を伺ったうえで、担当の公認会計士・税理士や金融機関出身のコンサルタントが対応します。
