デューデリジェンス

財務DDで見られるポイント|正常収益力・実態純資産・簿外債務・運転資本・現預金と、売り手が準備すること

M&Aで買い手が最も時間をかけて行う調査の一つが、財務DD(財務デューデリジェンス)です。買い手は、売り手が示した決算書の数字を、そのままでは信じません。決算書の利益と純資産を実態に引き直し、決算書に出てこない負債がないかを確かめてから、価格と契約条件を決めます。

この記事では、中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」の説明をもとに、財務DDで見られる主なポイントと、価格への反映のされ方、売り手が準備しておくことを整理します。

この記事の結論
  • 財務DDの目的は、過去の実績の把握、現在の財務リスクの特定、事業計画の基礎となる情報の入手(中小M&Aガイドライン)
  • 主な調査項目は、正常収益力、実態純資産、簿外債務・偶発債務、運転資本と現預金、事業計画の前提の5つ
  • 調査範囲は、スキーム、許容できるリスク、時間とコストで決まり、依頼者と公認会計士が事前に合意する
  • 結果は、価格の引下げ、価格調整、表明保証・補償、スキームの変更、取りやめの判断に使われる
  • 売り手は、資料の整理と自己点検で、DDの期間と価格の減額を小さくできる

財務DDの目的と進め方

中小M&Aガイドラインは、財務DDを、M&Aに際して譲り渡し側の事業実態を調査し、調査対象が内包するリスク要因を把握することを目的とするものと説明しています。具体的には、次の3つを目的としています。

  • 譲り渡し側の過去の実績の把握
  • 現在の財政状態を調査して財務リスクを特定すること
  • 将来の事業計画の基礎となる情報を入手すること

調査範囲や手法は、主に依頼者である譲り受け側が、どのようなスキームを前提に、どの程度のリスクを容認できるか、どの程度の時間やコストを掛けられるかによって異なります。株式譲渡を前提とする場合は、簿外債務・偶発債務も含めた全般的な調査を要することが多いとされています。そのため、依頼者と公認会計士が事前に調査範囲と調査手法について合意したうえで決めます(合意された手続)。

一般的に財務DDは、譲渡対価やスキームなどの基本的な条件を合意してから(主に基本合意締結後に)実施されます。DDを行うべきか、どこまで行うかはDDは行うべきか、費用の考え方はDDの費用は誰が負担するかをご覧ください。

財務DDで見られる5つのポイント

ポイント確認すること価格・契約への影響
① 正常収益力一過性の損益、オーナー関連の費用、会計処理の誤りを調整した利益EBITDA倍率法の土台になる
② 実態純資産資産の実在性と回収可能性、負債の網羅性、含み損益時価純資産法の土台、価格の下限の目安
③ 簿外債務・偶発債務未払残業代、退職金、保証債務、訴訟、リース価格の減額、特別補償、スキームの変更
④ 運転資本と現預金事業に必要な運転資本と現預金の水準、季節変動価格調整の条項、ネットデットの計算
⑤ 事業計画の前提過去の実績との連続性、主要取引先、設備投資の必要性DCF法の評価、買収後の資金計画、融資

① 正常収益力:決算書の利益を「平常の年」に直す

決算書の利益には、その年だけの特殊な売上や費用、オーナーの役員報酬や個人的な経費、会計処理の誤りが混じっています。財務DDでは、これらを調整して「買い手が引き継いだ後、普通に経営したら毎年いくら稼げるか」を出します。調整項目の考え方は正常EBITDAとはと役員報酬・オーナー個人の経費の正常化で詳しく解説しています。

特に確認されるのは、売上の計上時期(期末に売上を前倒ししていないか)、賞与や未払費用の計上漏れ、在庫の評価です。中小企業では、税務申告に合わせた処理(たとえば賞与を支払った期に費用にする処理)が多く、会計上あるべき姿に直すと利益が変わることがあります。

② 実態純資産:資産と負債を一つずつ確かめる

科目よくある論点
売掛金長期間回収されていない、取引先が経営難
在庫実在しない、売れ残り・陳腐化している
貸付金・仮払金役員や関係会社への貸付で、回収の見込みが乏しい
保険積立金解約返戻金ベースで見直す
固定資産使っていない設備、土地・建物の含み損益
未払金・未払費用未払残業代、未払の社会保険料、賞与の計上漏れ

役員への貸付金は、銀行の格付けでも資産から差し引いて見られることが多い項目です(役員貸付金の解消方法)。反対に、社長から会社への貸付(役員借入金)は、条件によっては実質的な自己資本と見られることもあります(役員借入金は融資でどう見られる?)。不動産の含み損益は会社が持つ不動産と企業価値で扱っています。

③ 簿外債務・偶発債務:決算書に載っていない負債

株式譲渡では、会社の負債がそのまま買い手側に残ります。中小M&Aガイドラインも、株式譲渡では未払残業代のような簿外債務や、紛争に関する損害賠償債務のような偶発債務のリスクがあると説明しています。財務DDでは、退職金規程と退職給付の見積もり、保証契約、リース契約、係争中の案件、税務調査の指摘事項などを確認します。退職金の影響は退職給付債務・未払退職金は株価にどう影響するかで詳しく扱います。

ガイドラインは、財務DDの結果、多大な簿外債務・偶発債務が見つかった場合には、当初予定していた株式譲渡から事業譲渡へとスキームの変更を余儀なくされることもあるとしています。

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④ 運転資本と現預金:どこまでが「余剰」か

運転資本(売掛金+在庫−買掛金など)は、事業を回すために必要なお金です。財務DDでは、月ごとの運転資本の推移から、通常必要な水準を把握します。クロージング時の運転資本が通常より少なければ、その分を価格で調整する条項を入れることがあります(運転資本の調整と価格調整条項)。

現預金も、全額が「余分なお金」とは限りません。株式価値の計算では、事業に必要な現預金を超える部分を余剰資金として扱います。この区別が争われたのが、東京地裁令和7年5月28日判決(令和3年(行ウ)第484号)です。大企業グループ内の株式譲渡の対価が法人税法上の時価として争われた事案で、課税庁は子会社がグループの資金管理の仕組みに預けた資金の全額を余剰資金とみて株式の評価額を引き上げました。裁判所は、事業に必要な現預金は運転資本の一部であり、余剰資金は保有現預金から事業に必要な額を除いて算定するのが基本だとして、売掛金の回収期間が長いといった事業の特性と会社の経営方針を踏まえた納税者側の評価に合理性を認め、処分を取り消しました(裁判所ウェブサイト。第一審の判決です)。

中小企業のM&Aでも、売り手は「現預金は全部価格に上乗せしてほしい」、買い手は「運転資金として必要な分は会社に残してほしい」と考えます。過去の資金繰りの実績をもとに、必要な現預金の水準を説明できるようにしておくことが交渉の材料になります。考え方はネットデット(純有利子負債)と現預金の扱いをご覧ください。

⑤ 事業計画の前提:過去とつながっているか

買い手は、売り手が示す事業計画を、過去の実績、受注残、主要取引先との契約、必要な設備投資と照らし合わせて確認します。財務DDの結果は、買収後の統合作業(PMI)にも役立つ情報として使われます。事業計画の見方は企業価値の前提になる事業計画の妥当性で扱います。

DDの結果は、価格と契約条件にどう反映されるか

発見事項の例主な対応
正常収益力が想定より低い譲渡価格の引下げ
実在しない在庫、回収できない売掛金純資産の減額、価格の引下げ
未払残業代、社会保険の未加入価格の減額、特別補償、クロージング前の是正
金額が確定しない訴訟特別補償、代金の一部留保(エスクロー)
多額の簿外債務事業譲渡へのスキーム変更、取りやめ

財務DDの結果は、M&Aそのものを取りやめる判断の重要な材料にもなります。DDでよく見つかる問題と価格への反映はDDでよく見つかる問題と価格への反映、税務の論点は税務DDで見られるポイントで詳しく扱います。

売り手が準備しておくことと、銀行の視点

財務DDの期間と価格の減額を小さくするには、売り手の準備が欠かせません。

  1. 3〜5期分の決算書・申告書・勘定科目内訳書と、月次の試算表を用意する
  2. 売掛金・在庫・貸付金の明細を、回収や実在の状況が分かる形で整理する
  3. 残業代の計算と社会保険の加入状況を、社会保険労務士とも確認する
  4. 役員・関係会社との取引、個人的な経費を一覧にする
  5. 資金繰りの実績表を作り、必要な現預金の水準を説明できるようにする

財務DDで行う「実態への引き直し」は、銀行が融資の審査で行っていることとほぼ同じです。銀行も、決算書の数字を実態のバランスシートに直し、返済能力を確認します。代表の相亰の著書のモデルでは、債務償還年数=(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)を返済能力の目安とし、10年以内を健全としています。財務DDに耐えられる決算書は、銀行の評価にも耐えられる決算書です。日頃からの決算書の整え方は決算書を銀行に出す前に確認したいこともご覧ください。

まとめ

  • 財務DDは、過去の実績の把握、財務リスクの特定、事業計画の基礎情報の入手を目的とする調査
  • 主なポイントは、正常収益力、実態純資産、簿外債務・偶発債務、運転資本と現預金、事業計画の前提
  • 調査範囲はスキームと許容リスクで決まり、依頼者と公認会計士が事前に合意する
  • 現預金は全額が余剰とは限らない。事業に必要な水準を説明できるようにしておく
  • 財務DDに耐えられる決算書は、銀行の評価にも耐えられる。売り手は資料の整理と自己点検から始める

クレフティには、大手FASで金融機関を中心にFA・財務DD・バリュエーションを担当してきた公認会計士・税理士、大手監査法人で監査・M&A支援を経験した公認会計士・税理士が在籍し、買い手の財務DDと、売り手の売却前の自己点検をお受けしています。初回のご相談は無料で、担当者がお話を伺い、その後は担当の公認会計士・税理士が対応します。詳しくは事業承継・M&A支援をご覧ください。

よくある質問

財務DDでは、具体的に何を調べるのですか?
大きく分けて、過去の利益が実態としていくらか(正常収益力)、資産と負債を実態に引き直すと純資産はいくらか(実態純資産)、決算書に載っていない負債がないか(簿外債務・偶発債務)、事業に必要な運転資本と現預金の水準、事業計画の前提が妥当か、の5つです。結果は、譲渡価格や価格調整、表明保証などの契約条件の交渉に使われます。
財務DDは、いつ、どのくらいの期間で行うのですか?
中小M&Aガイドライン(第3版)は、財務DDは一般的に、譲渡対価やスキームなどの基本的な条件を合意してから、主に基本合意の締結後に実施されるとしています。期間は、調査の範囲や会社の規模、資料の整い方によって変わります。範囲と手続は、依頼者と公認会計士が事前に合意して決めます。
財務DDで問題が見つかると、どうなりますか?
内容に応じて、譲渡価格の引下げ、価格調整の条項の追加、表明保証や補償の条項の追加、クロージング前の是正の要求などが行われます。中小M&Aガイドラインは、多額の簿外債務・偶発債務が見つかった場合には、株式譲渡から事業譲渡へのスキームの変更を余儀なくされることもあるとしています。M&Aそのものを取りやめる判断の材料にもなります。

※本記事は2026年10月18日時点の法令・制度に基づく一般的な解説です。個別の状況により結論が異なるため、実行前に専門家へご相談ください。

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