M&Aで会社を売るとき、オーナーが意外に見落としがちなのが、取引先や家主、銀行との契約書の中身です。主要な取引先との基本契約に「株主が変わったら解除できる」と書かれていれば、M&Aをきっかけに売上の柱を失うかもしれません。この「株主や経営者が変わったとき」の扱いを定めた条項を、チェンジオブコントロール条項(CoC条項)といいます。
この記事では、M&Aの方法ごとに契約がどう引き継がれるか、CoC条項がある場合の影響、賃貸借について判断した最高裁判決、デューデリジェンス(DD)での確認手順、価格や契約、銀行への影響を整理します。
- 株式譲渡では会社そのものは変わらないので、契約は原則そのまま続く。ただしCoC条項があれば、解除・承諾・通知などの対象になる
- 事業譲渡では契約を一つずつ移す必要があり、相手方の承諾がいる(民法539条の2)。合併は包括承継だが、合併を解除事由とする条項には注意
- 最高裁平成8年10月14日判決:小規模な会社の経営者交代は賃借権の譲渡に当たらない。ただし、資本構成の変動を解除事由とする特約は結べるとも述べている
- DDでは、売上・仕入・賃貸借・借入・ライセンス・許認可の契約を洗い出し、CoC条項の有無と影響額を確認する
- 重要な契約は、同意の取得をクロージングの前提条件にし、取れなかった場合の価格や解除の扱いも決めておく
M&Aの方法で変わる「契約の引き継ぎ方」
契約が引き継がれるかどうかは、まずM&Aの方法で変わります。
| 方法 | 契約の扱い | 相手方の承諾 | CoC条項の影響 |
|---|---|---|---|
| 株式譲渡 | 会社は同じなので、契約はそのまま続く | 原則不要 | 条項があれば、解除・承諾・通知の対象になる |
| 事業譲渡 | 契約ごとに買い手へ移す(個別承継) | 必要(民法539条の2) | 承諾を得られなければ、その契約は移らない |
| 吸収合併 | 存続会社が権利義務を包括的に承継(会社法750条1項) | 原則不要 | 合併を解除事由・承諾事由とする条項があれば影響する |
| 会社分割 | 分割契約の定めに従って承継(会社法759条1項) | 原則不要 | 分割や地位の移転を解除事由とする条項があれば影響する |
民法539条の2は、契約上の地位を第三者に移すには、相手方の承諾が必要だと定めています。事業譲渡では、取引先・家主・リース会社などとの契約を、一つずつ承諾を得て移すことになります。事業譲渡の税金や手続きは事業譲渡の税金で解説しています。
株式譲渡は契約に手をつけずに済む点で便利ですが、そのぶんCoC条項の確認が重要になります。
売掛金の「譲渡禁止特約」はどうなるか
2020年4月施行の改正民法により、債権の譲渡を禁止・制限する特約があっても、債権の譲渡そのものは有効になりました(民法466条2項)。ただし、特約を知っていた、または重大な過失で知らなかった譲受人に対しては、債務者は支払を拒めます(同条3項)。事業譲渡で売掛金を移すときも、取引先との関係を考えれば、事前に説明しておくのが無難です。
チェンジオブコントロール条項の典型的なパターン
CoC条項の書き方はさまざまです。代表的なものを整理します。
| パターン | 条項のイメージ | M&Aへの影響 |
|---|---|---|
| 解除権型 | 株主構成・役員構成に重大な変更があったときは、相手方は契約を解除できる | 相手方の判断しだいで契約を失う |
| 事前承諾型 | 支配権の変動には、相手方の事前の書面による承諾が必要 | 承諾なしに進めると契約違反になる |
| 通知型 | 支配権が変わったら、速やかに相手方へ通知する | 通知を怠ると契約違反になり得る |
| 条件見直し型 | 支配権が変わったら、価格や取引条件を協議・変更できる | 取引条件が悪くなるおそれ |
| 期限の利益喪失型(借入) | 株主の変更などを、期限の利益の喪失事由や報告事項とする | 一括返済を求められるおそれ |
「支配権の変動」の定義もさまざまです。「発行済株式の過半数の移転」「代表者の変更」「主要株主の変更」など、どこからが対象になるかを契約ごとに読む必要があります。
特に注意したい契約
- 売上の大きい取引先との基本契約:大手企業との取引では、反社会的勢力の排除や競合他社の参入防止のため、CoC条項を入れていることがある
- フランチャイズ契約・代理店契約:本部の承諾なしに経営者や株主を変えられない定めが多い
- 土地・建物の賃貸借契約:本社や工場、店舗の賃貸借。後で紹介する最高裁判決のとおり、条項の有無で扱いが変わる
- 銀行の借入契約:株主や代表者の変更を報告事項としていることが多く、経営者保証の扱いにも関わる
- ライセンス契約・システム利用契約:ソフトウェアや商標、技術の使用許諾。競合する会社に買われると打ち切られることがある
- リース契約・保険契約:保証人の変更が必要になることがある
最高裁平成8年10月14日判決:経営者の交代と賃借権の譲渡
事案の流れ
最高裁平成8年10月14日第二小法廷判決(平成6年(オ)第693号、民集50巻9号2431頁)は、土地を借りて車庫を建て、運送業を営んでいた小規模な有限会社の事案です。会社の持分は創業者とその家族がすべて持ち、役員も親族で占められていました。
判決によれば、創業者一家は持分の全部を、個人で運送業を営んでいた人に売り渡し、同じ日に役員全員が退任して、買った人とその家族が役員に就任しました。会社はその後も同じ土地建物を使って運送業を続けていました。土地を新たに買った所有者は、実質的には賃借権が無断で譲渡されたとして、賃貸借契約を解除し、建物の収去と土地の明渡しを求めました。
判断
原審(東京高裁)は、小規模な個人会社では経営者と地主の個人的な信頼関係で賃貸借が結ばれるのが通常であり、経営者の交代は実質的に賃借権の譲渡だとして、地主の請求を認めました。
最高裁はこれを破棄しました。
- 民法612条の賃借権の譲渡は、賃借人から第三者への譲渡をいう。賃借人が法人なら、構成員や機関が変わっても法人格の同一性は失われないから、賃借権の譲渡には当たらない
- このことは、特定の個人が経営の実権を握る小規模で閉鎖的な会社でも基本的に変わらない(法人格が全く形骸化しているような場合は別)
- 経営者の交代が信頼関係を悪化させ、他の事情とあわせて解除事由になり得るかどうかは、賃借権の譲渡に当たるかどうかとは別の問題
- 賃貸人は、経営者個人の信用を重視するなら、その個人と契約したり、賃借人が承諾なしに役員や資本構成を変動させたときは解除できる旨の特約を結んだりできる
そのうえで、地主が主張する他の解除事由について審理させるため、事件を高裁に差し戻しました(裁判所ウェブサイト)。
実務への示唆
この判決は、株式譲渡型のM&Aにとって重要な二つのことを示しています。
- 契約書に特別な定めがなければ、株主・経営者の交代だけで賃借権の譲渡とされることはない
- 一方で、最高裁自身が資本構成の変動を解除事由とする特約の可能性に言及している。契約書にCoC条項があれば、話は別になり得る
本社や工場の土地を借りている会社では、賃貸借契約書の確認が欠かせません。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見るデューデリジェンスでの確認手順
1. 契約の一覧をつくる
まず売り手側で、主要な契約の一覧をつくります。売上・仕入の上位取引先、賃貸借、借入、リース、ライセンス、業務委託、許認可に関わるものを中心に、契約書の有無、期間、更新条件、CoC条項・解除条項の有無を記入します。契約書がない取引や、口頭の合意だけの取引もあわせて洗い出します。
2. 影響額を見積もる
CoC条項がある契約について、契約を失った場合の売上・利益への影響を見積もります。
| 確認項目 | 見るポイント |
|---|---|
| 売上・利益に占める割合 | その取引先を失うと、利益がどれだけ減るか |
| 代替のしやすさ | 他の取引先や物件で置き換えられるか、どのくらいの期間がかかるか |
| 相手方の事情 | 買い手が相手方の競合ではないか。相手方にとっても取引を続けるメリットがあるか |
| 契約の残存期間 | 期間満了が近ければ、CoC条項がなくても更新されないリスクがある |
法務DD全体の進め方は法務デューデリジェンスで、DDでよく見つかる問題はデューデリジェンスでよく見つかる問題で解説しています。
3. 対応方針を決める
影響の大きい契約から、同意を取るのか、通知だけで足りるのか、リスクとして価格に織り込むのかを決めます。
取引先の同意をどう取るか:契約と価格への織り込み
同意を取る時期と順番
M&Aは秘密保持が前提です。取引先に早く話しすぎれば、情報が広まり、従業員や他の取引先の動揺を招くおそれがあります。一般には、最終契約の締結後、クロージングまでの間に、売り手の経営者と買い手が一緒に訪問して説明し、同意書をもらう流れが多くなります。どうしても事前に確認したい重要な取引先については、時期と説明の仕方を関係者で慎重に決めます。
従業員への伝え方は従業員にM&Aを伝えるタイミングをご覧ください。
株式譲渡契約で決めておくこと
- 前提条件:重要な契約の相手方の同意取得を、クロージングの前提条件にする
- 表明保証:開示した契約以外に、M&Aで解除されるおそれのある重要な契約がないことを売り手が保証する
- 誓約事項:売り手がクロージングまでに同意取得に協力する義務
- 価格調整・補償:同意が取れなかった場合や、クロージング後一定期間内に解除された場合の扱い
同意が取れないまま進めるかどうかは、買い手の判断です。影響が大きければ、価格を下げる、一部を後払い(アーンアウト)にする、といった調整が検討されます。契約全体の構成は株式譲渡契約のポイント、後払いの仕組みはアーンアウトと分割払いで解説しています。
企業価値への影響
CoC条項のリスクは、株価算定の前提になる事業計画に影響します。主要取引先を失う可能性が高ければ、その売上を計画から外すか、割引率を高めるなどして評価に反映させます。買い手が提示する価格の根拠を確認するときは、どの契約のリスクをどう織り込んだかを聞いてみるとよいでしょう。
銀行の借入契約と経営者保証
銀行との借入契約は、CoC条項の中でも特に重要です。金銭消費貸借契約や銀行取引約定書では、株主や代表者の変更、合併・会社分割・事業譲渡などを、事前の通知や承諾の対象としていることがあります。無断で進めれば、契約違反として期限の利益を失うおそれもあります。
実務では、株式譲渡の前後で、取引銀行に次の点を相談することになります。
- 借入をそのまま継続するか、買い手のグループで借り換えるか
- 売り手の経営者の個人保証をどう解除するか、買い手側の保証や担保に切り替えるか
- 買収後の資金繰り計画と、債務償還年数などの財務指標の見通し
銀行は、株主が変わった後も返済能力が保たれるかを見ます。著書のモデルでは、債務償還年数((借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等))10年以内を健全の目安としています。主要な取引先を失うおそれがあれば、この数字にも響きます。経営者保証の扱いは事業承継と経営者保証、銀行との関係は事業承継と銀行との関係もあわせてご覧ください。
まとめ
- 株式譲渡では契約は原則そのまま続くが、CoC条項があれば解除・承諾・通知の対象になる
- 事業譲渡は契約ごとに相手方の承諾が必要。合併・会社分割は包括的に承継されるが、それを解除事由とする条項に注意
- 最高裁平成8年10月14日判決:小規模な会社でも、経営者の交代は賃借権の譲渡に当たらない。ただし資本構成の変動を解除事由とする特約は結べる
- DDでは契約の一覧をつくり、影響額・代替のしやすさ・残存期間で優先順位をつける
- 重要な契約は同意取得を前提条件にし、取れなかった場合の価格・補償も決める。銀行の借入契約と経営者保証は早めに相談する
契約の洗い出しやDDの範囲の設計、価格への織り込み方は、事業承継・M&A支援でご相談をお受けしています。事務所には、大手FASで財務DDやバリュエーションを担当してきた公認会計士・税理士が在籍しています。初回のご相談は無料で、担当者がお話を伺います。
