M&A仲介会社から営業の電話や手紙が届き、「本当に信頼してよいのか」と迷う経営者は少なくありません。そうしたときの物差しになるのが、中小企業庁の中小M&Aガイドラインです。仲介者・FAに求める行動指針と、売り手・買い手が気をつけるべき点がまとめられており、M&A支援機関登録制度の土台にもなっています。
この記事では、2024年8月に公表された中小M&Aガイドライン(第3版)の要点を、売り手の経営者の目線で整理します。ガイドライン本文と、中小企業庁財務課の「中小M&Aガイドライン改訂(第3版)に関する概要資料」で確認した内容です。
- ガイドラインは2020年3月に初版、2023年9月に第2版、2024年8月に第3版が公表された。法律ではないが、登録制度を通じて実効性が持たされている
- 第3版の柱は、手数料と業務内容の説明、広告・営業の規律、利益相反の禁止事項、テール条項、最終契約の7つのリスク、経営者保証、不適切な買い手の排除
- 専任条項のある契約期間は最長でも6か月〜1年、テール期間は最長でも2〜3年が目安
- 経営者保証の解除・移行は、最終契約で買い手の義務・クロージングの条件として明記する
- ガイドラインに違反した登録機関には、注意や登録取消しの措置がとられている
中小M&Aガイドラインとは:経緯と位置づけ
これまでの改訂
| 時期 | 内容 |
|---|---|
| 2015年3月 | 「事業引継ぎガイドライン」策定 |
| 2020年3月 | 全面改訂し「中小M&Aガイドライン(初版)」策定 |
| 2021年4月・8月 | 「中小M&A推進計画」策定、M&A支援機関登録制度の創設 |
| 2023年9月 | 第2版。手数料(レーマン方式・最低手数料)の留意点、契約前の重要事項説明、直接交渉の制限など |
| 2024年8月 | 第3版。手数料・業務内容の説明、広告・営業、利益相反、最終契約のリスク、経営者保証、不適切な買い手の排除など |
| 2025年2月 | 不適切な譲り受け側の情報共有の仕組みについて、運用と留意点を公表 |
ガイドラインの構成
本文は大きく2章に分かれています。
- 第1章 後継者不在の中小企業向けの手引き:M&Aの進め方、仲介者・FAの選び方、手数料の考え方、最終契約のリスク事項など。売り手が読むべき部分
- 第2章 支援機関向けの基本事項:M&A専門業者、金融機関、商工団体、士業等専門家(公認会計士・税理士・中小企業診断士・弁護士)、M&Aプラットフォーマーの役割と行動指針
ガイドラインは法律ではありません。ただし、M&A支援機関登録制度では、登録の要件としてガイドラインの遵守宣言と、その宣言の自社ホームページへの掲載が求められます。違反が認められた登録機関は、注意、社名公表、登録の取消しなどの対象になります。制度の詳細はM&A支援機関登録制度と業者の選び方で解説します。
第3版の要点①:手数料と業務内容の説明
第3版は、仲介者・FAを選ぶときの考慮要素として、手数料と提供される業務の内容・質を示しました。
| 確認すべき事項 | 主な中身 |
|---|---|
| 手数料 | 報酬率、報酬基準額(譲渡額・純資産・移動総資産など)、最低手数料、発生タイミング(着手金・月額報酬・中間金・成功報酬) |
| 業務の内容 | バリュエーション、マッチング、基本合意、DD、最終契約、クロージングなど、プロセスごとに何をするか(しない工程も含む) |
| 業務の質 | 組織体制、担当者の保有資格(公認会計士、税理士、中小企業診断士、弁護士など)、経験年数・成約実績 |
仲介者・FAには、契約前にこれらを書面で具体的に説明すること、手数料の交渉を受けた場合に誠実に対応することが求められます。売り手側には、納得できなければ他の仲介者・FAへの依頼や手数料の交渉を検討すること、必要に応じてセカンド・オピニオンを受けることが示されています。計算の仕組みはM&Aの手数料(レーマン方式)をご覧ください。
第3版の要点②:広告・営業と利益相反の規律
広告・営業の禁止事項
M&A専門業者の過剰な営業が問題になったことを受け、第3版は広告・営業のルールを明記しました。
- M&Aの意向がない、契約しない、営業を受けたくないという停止意思を示されたら、ただちに広告・営業を停止する。停止意思は組織的に記録・共有する
- 業者名、勧誘者の氏名、勧誘目的であることを告げずに行う営業の禁止
- 考える時間を与えず即決を迫る営業の禁止
- 存在しない買い手がいるかのように偽る、過大な評価額を示すなど、誤認を招く営業の禁止
過剰な営業が経営者の生活に多大な支障を与えるような場合には、民法上の不法行為責任を負う可能性もあると明記されています。2026年9月には、停止意思を示した先への営業を再開した登録機関に対し、2度目の注意を出した旨が公表されました。
仲介者の利益相反の禁止事項
仲介者は売り手・買い手の双方から依頼を受けるため、中立・公平でなければならないとされ、第3版では、買い手から追加の手数料を取って便宜を図ること、リピーターを優遇すること、希望額との差額の一定割合を別に報酬として求めること、伝えるべき情報を伝えないことなどを禁止事項として仲介契約書に明記するよう求めています。詳しくはM&A仲介とFAの違いで解説しています。
専任条項・直接交渉の制限・テール条項
| 条項 | 中身 | ガイドラインの目安・留意点 |
|---|---|---|
| 専任条項 | 他の仲介者・FAへの並行依頼を禁止 | 契約期間は最長でも6か月〜1年以内。セカンド・オピニオンは合理的な理由がない限り許容すべき |
| 直接交渉の制限 | 業者を介さない候補先との直接交渉を禁止 | 対象はその業者が紹介した候補先、M&A目的の交渉に限り、有効期間は契約終了まで |
| テール条項 | 契約終了後の一定期間内に成約した場合も手数料が発生 | 期間は最長でも2〜3年以内。対象はネームクリアを経て紹介された相手に限る。専任でない場合、選ばれなかった業者は請求すべきでない |
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る第3版の要点③:最終契約の7つのリスク事項
第3版は、最終契約(株式譲渡契約など)のあとに当事者間でトラブルになりやすいリスクとして、次の7つを挙げています。
| リスク事項 | 何が起きうるか |
|---|---|
| ① 売り手の経営者保証の扱い | 買い手に移行する想定だったのに移行されない |
| ② DDを行わないこと | 経営者へのヒアリングだけではリスクを評価しきれない。売り手の表明保証の負担が重くなりうる |
| ③ 表明保証の内容 | 期間・上限がない、適用場面が曖昧な表明保証で、売り手が過大な責任を負う |
| ④ クロージング後の支払・手続 | 代金の分割払い、役員退職慰労金の後払い、株式の段階的取得が履行されない |
| ⑤ 最終契約後の状況による支払の変動 | アーンアウト、株価調整、支払金の返還をめぐる解釈の相違 |
| ⑥ 経営者個人に関連する資産・負債の後整理 | 契約後の整理で合意内容が大きく変わる |
| ⑦ 最終契約からクロージングまでの期間 | 特段の事情なく2か月以上空くと、業績の変化などで契約修正や不履行のリスク |
仲介者・FAには、①〜③はリスクを認識しているかどうかにかかわらず説明し、④〜⑦は契約の内容として検討されていると知った段階で説明することが求められます。また、クロージング後の紛争解決への関与は弁護士法72条の非弁行為に当たる可能性があり、仲介者・FAの支援には限界があるため、紛争になったら弁護士への相談を検討するよう注意しています。表明保証と補償は株式譲渡契約の要点、分割払いとアーンアウトはアーンアウト・分割払い・役員としての残留で取り上げます。
第3版の要点④:経営者保証と不適切な買い手の排除
経営者保証は「最終契約に書く」
第3版は、売り手の経営者保証の扱いについて、次のような対応を示しています。
- M&Aの前に、売り手自身が信用力・ガバナンスを整えて金融機関に解除を相談する(経営者保証に関するガイドラインが求める、法人と経営者の分離、財務基盤の強化、経営の透明性確保)
- 士業等専門家(特に弁護士)や事業承継・引継ぎ支援センターに相談する
- 秘密保持に注意したうえで、金融機関にM&A成立前に事前相談する
- 最終契約で、保証の解除・移行を買い手の義務とし、クロージングの条件にする、解除されなかった場合の解除条項や補償条項を入れる
クロージング時に、保証の対象となっている債務を買い手の資金で返済し、買い手が別に借り換える方法も挙げられています。金融機関には、経営者保証に関するガイドラインとその特則に留意した対応が求められています。銀行との交渉の実務はM&Aで経営者保証を外すための実務と経営者保証の解除で解説します。
不適切な買い手の排除
第3版は、M&A成立後に売り手の資金を個人口座に送金する、経営者保証を移行しないなど、不適切な買い手の存在を指摘しています。仲介者・FAには、買い手の財務状況、反社会的勢力への該当性やM&Aトラブルの有無、事業実態、代金を払えるかを調査し、その調査の概要を売り手に契約前に説明することが求められます。売り手が債務超過の場合など買い手の信用が特に重要な案件では、少なくとも決算公告や税務申告書で財務状況を確認すべきとされています。業界内で不適切な買い手の情報を共有する仕組みへの参加の有無も、売り手への説明事項です。
実際にとられた措置
| 公表日 | 中小企業庁・登録制度事務局の対応 |
|---|---|
| 2024年10月30日 | 売り手の経営者保証を引き受けず、現預金などを移して倒産させる行為を繰り返した買い手とのM&Aを支援した登録機関15者に注意 |
| 2025年1月24日 | 資金力に疑義のある不適切な買い手と認識しながらM&Aを成立させた登録機関1社の登録を取消し、6社に注意 |
| 2025年3月14日 | 不適切な買い手とのM&Aを支援した登録機関1社に注意 |
| 2026年9月1日 | 停止意思を示した先への営業を再開した登録機関1社に再度の注意 |
資金を吸い上げる手口と見抜き方は吸血鬼スキームの手口と見抜き方で取り上げます。
税理士・公認会計士の役割と、銀行の目線
ガイドラインは、士業等専門家の役割も具体的に書いています。公認会計士には、適正な財務書類の作成支援、バリュエーション、財務DDなど。税理士には、適正な税務申告書の作成、株式・事業用資産の整理・集約の支援、M&Aの課税関係を踏まえた助言、税務DDなどが挙げられています。売り手にとっては、仲介者・FAとは別に、価格・税金・契約内容を中立の立場で確かめる専門家を持つことが、ガイドラインのいう「広義のセカンド・オピニオン」に当たります。
銀行から見ると、M&Aは「借り手が変わる」出来事です。借入契約のチェンジ・オブ・コントロール条項、担保の解除、保証の差し替えは、クロージングの前から調整が必要になります。売り手側の取引銀行との関係は売り手の取引銀行は買収後もそのまま使えるかで詳しく解説します。
まとめ
- 中小M&Aガイドラインは2024年8月の第3版が最新。法律ではないが、登録制度の遵守宣言と登録取消しで実効性が持たされている
- 契約前に、手数料の絶対額、プロセスごとの業務内容、担当者の資格・経験を書面で確認する
- 専任条項は6か月〜1年、テール期間は2〜3年が目安。直接交渉の制限は紹介先・契約期間中に限る
- 最終契約では、経営者保証、表明保証、分割払い・アーンアウトなど7つのリスク事項を慎重に検討する
- 不適切な買い手に関する調査の内容を、売り手は契約前に説明してもらう
M&Aの全体の流れはM&Aはどう進むのかもご覧ください。クレフティでは事業承継・M&A支援として、仲介会社・FAから提案を受けた条件のセカンド・オピニオン、株価算定、財務・税務デューデリジェンス、最終契約の税務面の確認をお受けしています。初回のご相談は無料です。担当者がお話を伺い、その後は担当の公認会計士・税理士が対応します。
