M&Aで会社を買った後、買い手が最初に気にすることの一つが、売り手の取引銀行は買収後もそのまま使えるかです。対象会社には、売り手の時代から付き合いのある銀行があり、借入も預金もあります。株主が替わったことで、その取引はどうなるのでしょうか。
結論から言えば、株式譲渡では会社そのものは変わらないので、借入も取引も原則としてそのまま続きます。ただし、期限の利益をめぐる契約の条項、融資契約のチェンジオブコントロール条項、そして売り手の経営者保証の扱いによっては、銀行から見直しを求められることがあります。
この記事では、民法の条文、銀行取引で使われる約定、最高裁の判例、経営者保証に関するガイドラインをもとに、買収前後の銀行取引の整理の仕方を解説します。
- 株式譲渡では借り手の会社は変わらないので、借入は原則そのまま続く。期限の利益は債務者のためにあると推定される(民法136条1項)
- ただし、銀行取引約定書や融資契約に、株主の変更を報告・承諾事項や期限の利益の喪失事由とする条項があることがある
- 期限の利益を失うと、銀行は預金と相殺できる。最高裁昭和45年6月24日大法廷判決は、こうした相殺の合意の効力を認めている
- 売り手の経営者保証は、解除されない限り残る。最終契約で解除・借換えの段取りを決める
- 銀行への説明は成約前に。買い手の財務と事業計画を示し、取引継続の同意を取り付ける
株式譲渡で借入はどうなるか
借り手は変わらない
株式譲渡では、株主が替わるだけで、会社は同じです。銀行から見れば、借り手である会社との契約はそのまま続いています。合併や事業譲渡のように、債務が別の会社に移るわけではありません(合併との違いは合併と株式譲渡の違い)。
期限の利益とは
借入には、「約束した期日までは返さなくてよい」という期限の利益があります。民法136条1項は、期限は債務者の利益のために定めたものと推定すると定めています。つまり、約束どおり返済している限り、銀行が一方的に「今すぐ返して」と言うことはできないのが原則です。
ただし、民法137条は、債務者が破産手続開始の決定を受けたとき、担保を滅失・損傷・減少させたとき、担保を提供する義務を果たさないときには、期限の利益を主張できないと定めています。そして実務では、これに加えて、銀行と会社の間の契約で、期限の利益を失う事由を広く定めているのが通常です。
銀行取引約定書と融資契約の条項
期限の利益の喪失事由と報告義務
銀行と継続的に取引する会社は、通常、取引の基本的なルールを定めた銀行取引約定書を差し入れています。内容は銀行ごとに異なりますが、一般に次のような条項が置かれています。
| 条項の種類 | 主な内容 |
|---|---|
| 当然喪失事由 | 支払停止、破産手続などの申立て、手形の不渡り、預金への差押えなどがあれば、通知なしに期限の利益を失う |
| 請求喪失事由 | 返済の遅れ、約定違反、債権保全を必要とする相当の事由が生じたときなどは、銀行の請求によって期限の利益を失う |
| 報告・届出義務 | 財産、経営、業況について重大な変化が生じたとき、または生じるおそれがあるときは、銀行に報告する |
| 相殺 | 期限の利益を失った場合などには、銀行は貸付金と預金を相殺できる |
株主の変更は、それだけで当然に期限の利益を失う事由になることは通常ありません。しかし、オーナーが替わることは「経営の重大な変化」として報告の対象になり得ますし、買い手の信用状態によっては「債権保全を必要とする相当の事由」の議論になる可能性もあります。銀行に黙って株主を替えることは、契約違反のリスクを抱えるうえ、銀行との信頼関係を損ないます。
チェンジオブコントロール条項
金銭消費貸借契約、シンジケートローン、私募債などの個別の契約には、チェンジオブコントロール条項(支配権の変更に関する条項)が入っていることがあります。たとえば次のような定めです。
- 株主の変更や代表者の変更をするときは、事前に銀行の承諾を得る
- 特定の株主(オーナー一族など)の保有割合が一定以下になったら、銀行に通知する
- 承諾を得ずに支配権が変わった場合は、期限の利益の喪失事由とする
デューデリジェンスでは、対象会社のすべての借入の契約書を集め、こうした条項の有無と内容を確認します。取引先との契約の同様の条項は取引先との契約のチェンジオブコントロール条項で解説しています。
期限の利益を失うと何が起きるか:預金との相殺
期限の利益を失うと、銀行は残りの借入を一括で請求でき、会社がその銀行に持っている預金と相殺することができます。
この相殺について、最高裁判所大法廷 昭和45年6月24日判決(昭和39年(オ)第155号、民集24巻6号587頁)は、銀行の貸付債権について、債務者の信用を悪化させる一定の客観的な事情が生じた場合に、貸付金の期限の利益を失わせ、銀行が預金の期限の利益を放棄して直ちに相殺できる状態にする旨の合意は、預金を差し押さえた債権者に対しても効力を有すると判断しました。
この判決は、銀行取引で、預金が貸付金の実質的な担保として機能していることを示すものです。M&Aの場面に置き換えれば、買収後に期限の利益を失うような事態になれば、対象会社の預金は相殺で引き落とされ、資金繰りが一気に詰まることを意味します。買い手としては、条項を確認し、期限の利益を失う事態を確実に避けておく必要があります。
売り手の経営者保証はどうなるか
保証は自動的には外れない
中小企業の借入の多くには、社長の個人保証(経営者保証)が付いています。株式を売って経営から退いても、保証契約は銀行が解除に応じない限り残ります。売り手にとっては、「会社はもう自分のものではないのに、借入の保証だけが残る」という状態になり、M&Aの交渉で必ず論点になります。
社長の保証が、継続的に発生する借入をまとめて保証する根保証の場合、個人の根保証契約には極度額(上限額)の定めが必要とされ(民法465条の2)、保証人の死亡などで元本が確定します(民法465条の4)。とはいえ、極度額の範囲では保証は続くので、売却時に解除の手続きをとることが必要です。
経営者保証ガイドラインの事業承継時の特則
日本商工会議所と全国銀行協会を事務局とする研究会がまとめた「経営者保証に関するガイドライン」には、2019年12月に事業承継時に焦点を当てた特則が加わりました。特則は、前経営者と後継者の双方から保証を求める二重徴求を原則として行わないこと、前経営者の保証については、経営への関与の状況などを考慮して解除を検討することなどを、金融機関に求めています。
M&Aでの経営者保証の扱いは、次のどれかになるのが一般的です。
| 方法 | 内容 | 注意点 |
|---|---|---|
| 保証の解除 | 銀行が売り手の保証を外し、保証なしで融資を続ける | 対象会社の財務内容や、買い手の信用力が問われる |
| 保証の差し替え | 売り手の保証を外し、買い手(またはその代表者)が保証する | 買い手側の負担になる。二重徴求にならないよう調整 |
| 借換え | 買い手の取引銀行などから借り換え、既存の借入を返済して保証を消す | 期限前返済の手数料、売り手の取引銀行との関係 |
事業承継時の経営者保証の詳細は事業承継と経営者保証、保証を外す一般的な方法は経営者保証を外す方法で解説しています。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る銀行から見たM&A:何を確認したいのか
売り手の取引銀行の立場から見ると、M&Aは「よく知っている社長がいなくなり、知らない会社が株主になる」出来事です。銀行が確認したいのは、主に次の点です。
- 新しい株主(買い手)の信用力:買い手の決算書、借入の状況、グループとしての返済力
- 経営体制:誰が経営し、売り手の社長はいつまで残るのか
- 資金の流れ:買収資金を借りた買い手が、対象会社からどうやって返済資金を吸い上げるのか(配当、経営指導料、合併など)
- 取引の継続:預金・決済口座、融資のシェアなど、銀行としての取引が今後も続くのか
売り手の取引銀行にとっては、長年の取引先を他の銀行に奪われないか、という関心もあります。買い手のメインバンクが買収資金を出す場合、対象会社の借入も買い手のメインバンクに借り換えられてしまうのではないか、と考えるのは自然なことです。当面は取引を続ける方針であれば、そのことを最初に伝えるだけで、話し合いの雰囲気は大きく変わります。
特に3点目は重要です。買い手が買収資金を借りて、対象会社の利益や預金を配当などで吸い上げる計画であれば、対象会社の返済力は下がります。売り手の取引銀行が警戒するのはこの点です。買い手の資金計画とセットで説明できるようにしておきましょう(融資を使ったM&Aの仕組み)。
銀行の格付けの観点では、対象会社単体の数字が変わらなくても、親会社の財務状況やグループ全体の借入が評価に影響することがあります。私の著書で紹介している債務償還年数(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)を、グループ全体で示せるようにしておくと、説明が通りやすくなります。
実務の進め方:成約前に銀行と話す
| 時期 | やること |
|---|---|
| デューデリジェンス | すべての借入の契約書、銀行取引約定書、保証契約、担保の一覧を集め、報告・承諾事項とチェンジオブコントロール条項を確認する |
| 基本合意後〜最終契約前 | 秘密保持に配慮しつつ、主要な取引銀行に事前に説明する。誰がいつ説明するかは売り手と決める |
| 最終契約 | 銀行の承諾の取得、売り手の保証の解除・差し替えを、クロージングの前提条件や誓約事項として定める |
| クロージング | 保証解除の書面、承諾書を受け取る。借換えの場合は返済と担保の抹消を同時に行う |
| クロージング後 | 新体制を報告し、月次の試算表と事業計画の進み具合を定期的に共有する |
株式譲渡契約で、銀行の承諾や保証の解除をどう定めるかは株式譲渡契約の要点で解説しています。買い手側から見たM&A融資の審査のポイントはM&Aで融資をどう使うか、銀行はどこを見るかをご覧ください。
まとめ
- 株式譲渡では借り手の会社は変わらず、借入は原則そのまま続く。期限の利益は債務者のためにあると推定される(民法136条1項)
- ただし、銀行取引約定書の報告義務や請求喪失事由、融資契約のチェンジオブコントロール条項に注意する
- 期限の利益を失えば、銀行は預金と相殺できる(最高裁昭和45年6月24日大法廷判決)。資金繰りが一気に詰まるリスクがある
- 売り手の経営者保証は解除されない限り残る。ガイドラインの事業承継時の特則も踏まえ、解除・差し替え・借換えを最終契約で決める
- 銀行への説明は成約前に。買い手の資金計画とグループの返済年数を示して、取引継続の同意を得る
クレフティでは、対象会社の借入契約と保証の確認、取引銀行への説明資料の作成、保証解除や借換えの交渉の準備まで、事業承継・M&A支援の中でご相談をお受けしています。初回のご相談は無料です。担当者がお話を伺い、その後は担当の公認会計士・税理士や金融機関出身のコンサルタントが対応します。
