M&Aの買収資金を借りるとき、多くの経営者がまず気にするのは「いくら借りられるか」です。しかし、実際にM&Aを成功させるために大切なのは、M&Aで融資をどう使うか、つまり「いくら借りて、いくら手元に残すか」と、銀行がM&A融資のどこを見るかを理解したうえで、買収の条件を決めることです。
私は、ベンチャー企業のM&A仲介会社で役員を務めた経験と、2019年に、減価償却の速い物件が多く貸借対照表上で債務超過になっていたことから、複数の銀行に「あなたには、貸せません」と言われた経験の両方から、「買えるか」ではなく「買ったあとも借り続けられるか」が、M&Aの資金計画の核心だと考えています。この記事では、M&A融資の使い方と、銀行の審査の着眼点を、著書の銀行格付けモデルとあわせて解説します。
- 融資は「足りない分を借りる」ためだけでなく、手元資金を残して買収後の想定外に備えるために使う
- 銀行が見るのは、①買収価格の根拠、②正常な収益力、③のれんを除いた実態純資産、④買収後の債務償還年数、⑤デューデリジェンスの結果、⑥経営体制と保証
- のれんは担保にも純資産にもなりにくい。のれんが大きい案件ほど、返済年数の説明が審査の中心になる
- 著書のモデルでは、格付けは129点満点で、配点が最も大きいのは返済能力(55点)。買収で借入が増えると、ここに直接響く
- 相談は基本合意の前後から。銀行の条件を最終契約に反映できる時期に動く
M&Aで融資をどう使うか:借りる額と残す額
「全額自己資金」も「全額借入」も危うい
手元資金で買収代金を払い切れる会社でも、全額を自己資金で払うのはおすすめしません。買収直後には、次のような資金需要が出やすいからです。
- 主要な取引先が、株主の変更を機に支払条件を見直す
- 売り手の経営者が抜けたことで、従業員の退職や採用が発生する
- 会計・販売管理などのシステムを統合する費用がかかる
- 売り手のオーナーの個人的な支払いが会社から抜けていたことが分かり、資金繰りの前提が変わる
手元資金を使い切った後に運転資金を借りようとすると、買収で財務の形が変わった直後の決算書で審査されることになり、かえって借りにくくなります。
一方、全額を借入でまかなう計画は、買収後に業績が少しぶれただけで返済が詰まります。銀行も、買い手の自己資金の割合を「本気度」と「耐久力」の両方の物差しとして見ています。
資金計画の考え方
| 項目 | 考え方 |
|---|---|
| 必要資金の総額 | 買収代金+仲介・FA報酬+デューデリジェンス費用+登記等の費用+買収後の運転資金 |
| 自己資金 | 総額の一部を入れる。ただし、買収後も数か月分の固定費を払える手元資金は別に残す |
| 借入 | 残りを借りる。買収資金は長期、運転資金は性格に合った形で分けて考える |
| 返済の確認 | 買収後のグループ全体の債務償還年数が、何年で10年以内に戻るかを試算する |
借入を「買収資金」と「運転資金」に分けて考えることは、返済期間の決め方にもつながります(M&A融資の返済期間の考え方)。
銀行がM&A融資で見る6つのポイント
①買収価格の根拠
銀行は、買収価格が対象会社の稼ぐ力に見合っているかを確認します。株価算定書や、価格の決め方(純資産に何年分の利益を上乗せしたのか、将来のキャッシュフローから計算したのか)を説明できるようにしておきます。
②正常な収益力
対象会社の決算書の利益が、そのまま「買収後も続く利益」とは限りません。オーナーの役員報酬が相場とかけ離れている、私的な経費が入っている、一時的な売上や費用がある、といった点を調整した正常な収益力で見ます。調整の考え方は正常収益力(調整後EBITDA)の考え方で解説しています。
③のれんを除いた実態純資産
中小企業のM&Aでは、純資産に数年分の利益を「のれん」として上乗せした価格になることが多くあります。のれんは、買収後に事業がうまくいかなければ価値を失う資産です。多くの銀行は、決算書の数字を実態に合わせて見直す際、無形の資産を差し引いて見るため、買収後の純資産は思ったほど厚くならないと考えておく必要があります。
株式譲渡で子会社を買う場合、買い手の個別の決算書には「子会社株式」として買収価格がそのまま載ります。銀行は、その中身(子会社の純資産とのれんの部分)を分けて見ます。
④買収後の債務償還年数
私の著書では、融資を受け続けるための基本の物差しとして、次の債務償還年数を紹介しています。
M&A融資では、これを買収後のグループ全体(買い手+対象会社)で計算します。買い手単体では5年でも、買収で借入が増えて合算で12年になれば、銀行の見方は大きく変わります。買収前に、合算の数字で何年になるか、何年で10年以内に戻るかを示すことが、審査の中心になります。
⑤デューデリジェンスの結果
簿外債務、未払残業代、税務リスク、許認可の承継、主要取引先との契約の継続性。銀行は、買い手がこれらを調べたうえで買っているかを確認します。デューデリジェンスの報告書は、そのまま融資の審査資料になります。どこまで調べるかは買い手として小さな会社を買うときの注意点も参考にしてください。
⑥経営体制と保証
買収後に誰が経営するのか、売り手の経営者やキーパーソンがどれくらいの期間残るのか。そして、対象会社の借入に付いている売り手の経営者保証をどうするのか。これらは、銀行にとっても、売り手にとっても大きな論点です。
| ポイント | 銀行が求める資料の例 |
|---|---|
| 買収価格の根拠 | 株価算定書、基本合意書、価格交渉の経緯 |
| 正常な収益力 | 決算書3〜5期分、調整項目の一覧、月次試算表 |
| 実態純資産 | 対象会社の資産の時価、のれんの金額、合算の貸借対照表 |
| 債務償還年数 | 買収後3〜5年の事業計画、資金繰り計画、返済計画 |
| リスクの把握 | デューデリジェンス報告書、最終契約書の案(表明保証・補償) |
| 経営体制 | 統合後の体制図、売り手の残留条件、保証の扱いの方針 |
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る格付けへの影響:返済能力の配点が最も大きい
著書の銀行格付けモデル
著書で紹介している銀行格付けモデルは、129点満点で、安全性34点・収益性15点・成長性25点・返済能力55点の配点です。正常先の目安は32点以上、銀行が保証協会を使わないプロパー融資を出す目安は「正常先+純資産1億円」としています。
| 区分 | 配点 | M&Aでの影響 |
|---|---|---|
| 安全性 | 34点 | 借入が増え、のれんで純資産が厚くならないため、自己資本比率などが下がりやすい |
| 収益性 | 15点 | 対象会社の利益が加わればプラス。統合費用で一時的に下がることも |
| 成長性 | 25点 | 売上や利益が伸びればプラス。買収による伸びか、実力の伸びかを見られる |
| 返済能力 | 55点 | 債務償還年数などで評価。借入が増える買収では最も影響が大きい |
配点の半分近くを占める返済能力は、債務償還年数などの返済の年数で決まります。M&Aは、この部分に最も直接響く取引です。買収後の格付けがどこまで下がり、何年で戻るのかを、買収の前に試算しておくことが大切です。格付けの上げ方は銀行格付けを上げる方法で解説しています。
「払った税金の2倍、会社は強くなる」
著書では「払った税金の2倍、会社は強くなる」という言い方をしています。利益を出して税金を払えば、その分だけ純資産が積み上がり、銀行の評価が上がるという意味です。M&Aでは、買収直後に統合費用やのれんの償却で利益が圧縮されがちですが、利益をきちんと出して純資産を戻していくことが、次の融資、次の買収につながります。
協調融資の事例と、相談の進め方
事務所でご支援した事例では、年商5,000万円規模の専門職のお客さまが、9,000万円のM&Aを、政府系金融機関と地方銀行の協調融資で調達しました。買収資金に加えて、統合後の運転資金もあわせて組んだ点がポイントです。年商の2倍近い買収額は1行では重い金額ですが、複数の金融機関で分担し、同じ資料・同じ前提で並行して検討してもらうことで、実現に至りました。
政府系金融機関の制度としては、日本政策金融公庫の「事業承継・集約・活性化支援資金」があり、中小企業事業の直接貸付で限度額14億4千万円、国民生活事業で7,200万円(別枠)とされています(日本政策金融公庫(中小企業事業))。信用保証協会にも、経営承継円滑化法の認定を受けた中小企業者が他社の株式などを取得する資金を対象とする保証があります。制度の詳しい内容はM&A融資で使える公的制度にまとめています。相談の進め方としては、次の順番が現実的です。
- 基本合意の前後:買い手のメインバンクに、案件の概要と資金計画の考え方を相談する(秘密保持に配慮し、開示の範囲は売り手・アドバイザーと調整)
- デューデリジェンスと並行:買収後の事業計画、資金繰り計画、合算の債務償還年数を作り、金融機関に示す
- 最終契約の前:融資の条件(自己資金の割合、担保、保証、コベナンツ)を確認し、必要なら契約条件(価格、分割払い、売り手の残留)に反映する
- クロージング後:月次の試算表と事業計画の進み具合を、定期的に金融機関に報告する
借入の形(買い手本体、SPC、個人)の違いは融資を使ったM&Aの仕組み、銀行の審査一般はM&Aの買収資金を融資で調達するにはもあわせてご覧ください。
よくある失敗
| 失敗 | 何が起きるか | 防ぎ方 |
|---|---|---|
| 買収代金だけを借りた | 統合直後の運転資金が足りず、買収直後の決算書で追加融資を申し込むことになる | 運転資金を最初から計画に入れる |
| 対象会社の決算書の利益をそのまま返済原資にした | オーナーの報酬や私的経費を調整すると、実際の利益が小さかった | 正常な収益力で返済計画を作る |
| のれんを純資産として説明した | 銀行の実態的な評価では純資産が薄く、格付けが下がった | のれんを除いた数字で説明する |
| 銀行への相談が最終契約の直前だった | 審査が間に合わない、銀行の条件を契約に反映できない | 基本合意の前後から相談を始める |
| 対象会社の取引銀行に説明しなかった | 株主の変更を理由に、既存の融資の見直しを求められた | 買収前後の銀行取引の計画を立てる |
対象会社の取引銀行との関係は売り手の取引銀行は買収後もそのまま使えるかで解説しています。
まとめ
- 融資は、手元資金を残して買収後の想定外に備えるためにも使う。全額自己資金も全額借入も危うい
- 銀行が見るのは、買収価格の根拠、正常な収益力、のれんを除いた実態純資産、買収後の債務償還年数、デューデリジェンスの結果、経営体制と保証の6つ
- 著書のモデルでは、格付けの配点が最も大きいのは返済能力(55点)。M&Aはここに直接響く
- 買収資金と統合後の運転資金をあわせて組んだ協調融資は、1行では重い案件の有力な選択肢
- 相談は基本合意の前後から始め、銀行の条件を最終契約に反映する
クレフティでは、M&Aの資金計画の作成、買収後の事業計画と債務償還年数の試算、金融機関への説明資料の作成と協調融資の調整まで、事業承継・M&A支援の中でご相談をお受けしています。初回のご相談は無料です。担当者がお話を伺い、その後は担当の公認会計士・税理士や金融機関出身のコンサルタントが対応します。
