M&Aの買収資金を借りるとき、金利や金額と同じくらい大切なのが返済期間です。期間が短すぎれば買収後の資金繰りが詰まり、長すぎれば事業の稼ぐ力が落ちた後も返済が残ります。
M&A融資の返済期間の考え方の基本は、買収資金を一つのかたまりとして見るのではなく、のれん部分、不動産部分、運転資金のように、資金の性格ごとに分けて考えることです。この記事では、それぞれの期間の考え方と、会計・税務ののれんの扱い、公庫の制度の返済期間、債務償還年数による試算例を解説します。
- 買収資金は「何に払ったお金か」で分けて、返済期間を組み立てる
- のれん部分は担保の裏づけがなく、キャッシュフローだけで回収するので、回収できる見込みの期間内で返す
- 不動産部分は、耐用年数や担保価値に見合った長めの期間を検討できる
- 運転資金は、経常的に必要な部分と一時的な部分を分け、短期の借入や当座貸越も組み合わせる
- 公庫の事業承継・集約・活性化支援資金の返済期間は設備資金20年以内、運転資金10年以内(据置5年以内)
- 期間をどう組んでも、銀行は債務償還年数で返済力を見る。年数が10年以内に収まる計画が基本
なぜ「分けて」考えるのか
中小企業の株式を買うとき、買収価格は一般に、対象会社の純資産に、将来の利益の見込みに基づく上乗せ(のれん)を加えた金額になります。純資産の中身は、現預金、売掛金、在庫、不動産、設備などです。
つまり、買収代金の中には、性格の違う資産に対する支払いが混ざっています。
| 買収代金の中身 | 性格 | 返済の裏づけ |
|---|---|---|
| のれん部分 | 将来の超過収益への支払い。形がなく担保にならない | キャッシュフローだけ |
| 不動産部分 | 長く使える資産。担保になる | キャッシュフロー+担保価値 |
| 設備部分 | 耐用年数のある資産 | キャッシュフロー+耐用年数 |
| 運転資金部分 | 売掛金・在庫など、事業を回すために寝ているお金 | 事業を続ける限り必要 |
これを一本の借入で、たとえば一律10年で返す計画にすると、のれん部分には長すぎ、不動産部分には短すぎる、ということが起こります。資金の性格と返済期間を合わせるのは、通常の設備資金や運転資金の融資と同じ考え方です(融資期間と耐用年数の関係)。
のれん部分:キャッシュフローで回収できる期間内に
のれんは担保にならない
のれんは、買収後に事業がうまくいかなければ価値を失います。銀行の実態的な評価でも資産として重視されにくく、担保にもなりません。のれん部分の借入は、対象会社のキャッシュフローだけで返すことになります。
したがって、のれん部分の返済期間は「その超過収益がいつまで続くと説明できるか」で考えます。取引先との関係が長く安定している、許認可や技術で参入障壁がある、といった会社なら長めでも説明がつきますが、社長個人の人脈で売上が立っていた会社なら、短めにしておくべきです。
回収期間をどう説明するか
「超過収益が続く期間」は、経営者の感覚ではなく、数字と事実で説明します。銀行に示しやすい材料は次のようなものです。
- 主要な取引先との取引年数と、過去数年の継続率(解約・離脱がどれくらいあったか)
- 長期契約や保守契約など、将来の売上がある程度約束されている部分の割合
- 許認可、立地、技術など、他社が簡単にまねできない強み
- 売り手の社長が抜けた後も、営業や製造が回る体制ができているか
そのうえで、のれん部分を含む借入全体が、買収後のグループの債務償還年数で10年以内に収まるかを確かめます。のれん部分だけを長く借りて年数を見かけ上ごまかすのではなく、のれんの回収見込みと借入全体の返済年数の両方で無理がないことを示すのが、銀行との話を前に進めるこつです。
会計・税務ののれんの扱いとの違い
のれんの償却期間と返済期間を混同しないよう、会計・税務の扱いも確認しておきます。
| 区分 | のれんの扱い |
|---|---|
| 会計(一般に公正妥当と認められる会計基準(GAAP:Generally Accepted Accounting Principles)) | 企業結合に関する会計基準では、のれんは20年以内のその効果の及ぶ期間にわたって、定額法その他の合理的な方法で規則的に償却する |
| 税務(株式の取得) | 買い手の帳簿には子会社株式として載るだけで、のれんは計上されず、償却もない |
| 税務(事業の譲受け、非適格合併など) | 一定の場合、資産調整勘定として計上し、当初の金額を60で割った額を月数に応じて損金に算入する(法人税法62条の8)。つまり5年 |
株式譲渡で買った場合、税務上はのれんの償却による税金の軽減はありません。事業譲渡で買った場合は、資産調整勘定が5年で損金になるため、その間は税金が少なくなり、返済に回せるお金が増えます。同じ買収価格でも、買い方によって返済原資となる税引後のキャッシュフローが変わることは、返済期間を決める前に押さえておきたい点です。
不動産部分:耐用年数と担保価値に見合った期間
対象会社が本社や工場などの不動産を持っている場合、その部分は担保になり、長く使える資産です。不動産部分の借入は、のれん部分より長い期間を検討できます。
ただし、株式譲渡で買う場合、不動産は対象会社のものであり、買い手の借入の担保にそのまま差し入れられるわけではありません。実務では、次のような方法がとられます。
- 買収後に対象会社と合併して、不動産を買い手の資産にしたうえで担保に入れる
- 対象会社自身が、不動産を担保にして借り入れ、その資金を配当などで買い手に移す
- 買収前に、不動産を会社から切り離して、別に売買する(不動産を会社から切り離してから売る方法)
不動産部分の期間は、建物の残りの耐用年数や、担保としての評価額をもとに決まります。土地は償却しない資産ですが、建物が古ければ残りの耐用年数は短く、担保評価も低くなるため、長い期間を組めるとは限りません。事業譲渡で不動産や設備ごと買う場合は、その取得資金を設備資金として扱えることがあり、日本政策金融公庫の事業承継・集約・活性化支援資金でも、設備資金の返済期間は20年以内とされています。不動産が株価にどう反映されるかは不動産を持つ会社の株価で解説しています。
運転資金:経常的な部分と一時的な部分を分ける
経常運転資金
事業を続ける限り、売掛金や在庫として寝ているお金(経常運転資金)が必要です。
買収した会社の経常運転資金は、事業を続ける限り減らないので、長期で返していくよりも、短期の借入を継続する形(短期継続融資)や当座貸越で手当てするのが本来の姿です(短期継続融資とは、当座貸越とは)。
統合直後の一時的な資金
買収直後には、取引先の支払条件の見直し、システムの統合、人員の補充など、一時的な資金需要が出ます。これは、数年で使い切る資金として、運転資金の長期借入で手当てします。日本政策金融公庫の事業承継・集約・活性化支援資金では、運転資金の返済期間は10年以内(据置5年以内)とされ、承継・集約を契機としたPMI(買収後の統合)の資金も対象に含まれています(日本政策金融公庫(中小企業事業))。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る試算例:一本で借りる場合と、分けて借りる場合
説明のための仮の数字で比べてみます。
- 買収価格1億5,000万円(対象会社の純資産8,000万円、うち本社不動産の評価5,000万円、のれん相当7,000万円)
- 自己資金3,000万円、借入1億2,000万円
- 対象会社の年間キャッシュフロー(経常利益+減価償却費−法人税等)2,000万円
| 組み方 | 内訳 | 年間の元金返済 | キャッシュフローに占める割合 |
|---|---|---|---|
| A:一本で7年 | 1億2,000万円を7年 | 約1,714万円 | 約86% |
| B:分けて組む | 不動産見合い5,000万円を20年、残り7,000万円を7年 | 250万円+1,000万円=1,250万円 | 約63% |
Aの組み方では、キャッシュフローの9割近くが元金返済に消え、少し業績がぶれただけで資金繰りが詰まります。Bのように不動産部分を長めに分ければ、年間の返済は500万円近く軽くなり、設備投資や運転資金に回す余裕が生まれます。
ただし、どちらの組み方でも、借入の総額は同じです。債務償還年数は、手元の現預金が2,000万円なら(1億2,000万円−2,000万円)÷2,000万円=5年で、組み方によって変わりません。返済期間の工夫は資金繰りを楽にしますが、借りすぎの問題を解決するものではないことを覚えておいてください。
据置期間・期限前返済・借換え
| 論点 | 考え方 |
|---|---|
| 据置期間 | 統合の初期は利益が安定しないため、元金の据置期間を設けることがある。公庫の制度では据置5年以内。ただし据置の分だけ後の返済が重くなる |
| 期限前返済 | 買収後に業績が良ければ、早めに返して借入を減らすことも検討する。手数料の有無を契約で確認する |
| 借換え | 買収後に業績が安定し、格付けが上がれば、条件の良い融資への借換えを検討できる(借り換えのタイミングと注意点) |
| 売り手の分割払い | 買収代金の一部を売り手への分割払いにすれば、銀行借入の額と返済を抑えられる。売り手にとっては実質的に貸付になる |
銀行の見え方:期間より「年数」で見られる
返済期間を長くすれば毎年の返済額は減りますが、銀行は、私の著書で紹介している債務償還年数(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)で返済力を見ます。10年以内が健全、20年超は厳しいとされる目安で、期間をどう組んでも、借入の総額とキャッシュフローの関係で決まります。
一方で、資金の性格に合った期間で組んでいる会社は、「借入の使い方が分かっている会社」と評価されます。不動産部分は長く、のれん部分は回収見込みの期間内で、運転資金は短期と当座貸越で。この組み立てを事業計画とあわせて説明できれば、金融機関との条件交渉もしやすくなります。銀行がM&A融資で見るポイントの全体像はM&Aで融資をどう使うか、銀行はどこを見るか、使える公的制度はM&A融資で使える公的制度をご覧ください。
まとめ
- 買収資金は、のれん部分・不動産部分・運転資金に分けて返済期間を考える
- のれん部分は担保にならず、キャッシュフローだけで返す。超過収益が続くと説明できる期間内で返す
- 会計ののれん償却(20年以内)、税務の資産調整勘定(5年)と返済期間は別物。買い方によって税引後のキャッシュフローが変わる
- 不動産部分は耐用年数と担保価値に見合った長めの期間、経常運転資金は短期継続融資や当座貸越で
- 期間の工夫で資金繰りは楽になるが、債務償還年数は変わらない。借入の総額が過大でないかを先に確認する
クレフティでは、M&Aの買収資金の返済期間の組み立て、買収後の資金繰り計画と債務償還年数の試算、金融機関との条件交渉まで、事業承継・M&A支援の中でご相談をお受けしています。初回のご相談は無料です。担当者がお話を伺い、その後は担当の公認会計士・税理士や金融機関出身のコンサルタントが対応します。
