本社の土地や賃貸マンションなど、会社が持つ不動産は、M&Aで扱いが難しい資産です。買い手は事業だけが欲しく、不動産の分まで高い代金を払いたくない。一方、オーナーは不動産を手元に残して、売却後も賃料収入を得たい。そこで検討されるのが、不動産を会社から切り離してから売る方法です。
切り離し方は、主に会社分割、事業譲渡、オーナー個人や資産管理会社への売却の3つです。どれを選ぶかで、切り離す時点の法人税、オーナーの手取り、不動産取得税・登録免許税、そして売却後の賃貸借の関係が大きく変わります。この記事では、法令と最高裁判決・公表裁決をもとに、方法ごとの税金と注意点を比べます。不動産を持つ会社のM&A全般は不動産を持つ会社のM&Aで解説しています。
- 切り離しの方法は「分割型分割で不動産を別会社へ」「事業譲渡で事業だけを売る」「不動産をオーナー個人・資産管理会社に売る」の3つ
- 分割型分割は、不動産を受け取った会社をオーナーが持ち続け、事業会社の株式を売る形なら適格分割になる余地がある。事業を新会社に移して売る形は非適格になりやすい
- 不動産だけの会社分割は、不動産取得税の非課税要件(事業・従業者の引継ぎなど)を満たしにくい。登録免許税もかかる
- オーナー個人への売却は時価で。含み益に会社の法人税がかかり、低い価格なら差額は役員給与
- 税負担を減らすことだけを目的に形を整えると、組織再編の行為計算否認の対象になりうる(IDCF事件・最高裁平成28年2月29日判決)
3つの方法の全体像
仮に、会社が帳簿価額5,000万円、時価2億円の本社土地を持っている場合で比べてみます。
| 方法 | 切り離す時の会社の税金 | オーナーの手元に残るもの | 主なコスト・注意点 |
|---|---|---|---|
| ① 分割型分割で不動産を別会社へ移し、事業会社の株式を売る | 適格なら帳簿価額で移転し課税なし。非適格なら含み益1.5億円に法人税 | 不動産会社の株式(不動産そのもの) | 不動産取得税(非課税要件を満たしにくい)・登録免許税。適格判定 |
| ② 事業譲渡で事業だけを買い手に売る | 事業の譲渡益(のれん部分など)に法人税 | 不動産を持った元の会社と、譲渡代金 | 代金は会社に入るため、オーナーが受け取るときに再び課税 |
| ③ 不動産をオーナー個人(または資産管理会社)に時価で売る | 含み益1.5億円に法人税 | 不動産そのもの | 購入資金2億円が必要。不動産取得税・登録免許税 |
| (参考)不動産ごと株式を売る | なし | 株式の譲渡代金 | 買い手が不動産も含めた価格を払うか。含み益に対する将来の税金を値引きされることがある |
株式ごと売る場合と比べて、①〜③は切り離しの段階で税金やコストが先に出ることがあります。それでも切り離すのは、買い手が不動産を必要としない、不動産の分まで含めると代金が大きすぎて買い手が資金を用意できない、オーナーが不動産を手元に残したい、といった理由があるからです。
① 分割型分割で不動産を別会社に移す
仕組み
分割型分割は、会社の資産の一部を別の会社(分割承継法人)に移し、その対価の株式を元の会社の株主に交付する会社分割です。オーナーが100%を持つ事業会社から、不動産だけを新しい会社に移せば、オーナーは「事業会社」と「不動産会社」の兄弟会社の株式を持つことになります。そのうえで事業会社の株式を買い手に売り、不動産会社は手元に残して、事業会社に不動産を貸します。会社分割の手続と税務の基本は会社分割の税務で解説しています。
どちらの会社を売るかで適格判定が変わる
適格分割になれば、資産を帳簿価額のまま移せるため、分割の時点で含み益に法人税がかからず、株主にもみなし配当が生じません。ポイントは、分割後の資本関係の継続見込みです。
法人税法施行令4条の3第6項は、同一の者(オーナーとその特殊関係者など)による完全支配関係がある分割型分割について、分割後にその同一の者と分割承継法人との間に完全支配関係が継続することが見込まれていることを求めています。分割法人(元の会社)との関係の継続は求めていません。
| 形 | 分割承継法人 | 売るもの | 継続見込みの判定 |
|---|---|---|---|
| A:不動産を新会社へ移し、元の事業会社を売る | 不動産会社(オーナーが持ち続ける) | 分割法人(事業会社)の株式 | オーナーと不動産会社の関係が継続する見込み → 適格の余地あり |
| B:事業を新会社へ移し、新会社を売る | 事業会社(買い手に売る) | 分割承継法人の株式 | オーナーと分割承継法人の関係は切れる見込み → 非適格になるのが一般的 |
つまり、同じ「不動産と事業を分ける」でも、不動産のほうを切り出し、元の会社を売る形なら適格になる余地があり、事業のほうを切り出して売る形では非適格になりやすい、ということです。非適格分割型分割では、分割法人に時価での譲渡損益が生じ、株主には資本金等の額を超える部分にみなし配当が生じることがあります。
ただし、形Aでも、許認可や契約を元の会社に残せる一方、元の会社の過去の税務リスクや簿外債務は買い手が引き受けることになります。買い手のDDの範囲や表明保証の交渉にも影響するため、どちらの形を選ぶかは税金だけでは決まりません。
組織再編の行為計算否認:IDCF事件
会社分割とその後の株式譲渡を組み合わせる場合に、必ず意識しておきたいのが、組織再編の行為計算否認(法人税法132条の2)です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 判決 | 最高裁判所第二小法廷 平成28年2月29日判決(平成27年(行ヒ)第177号) |
| 事案 | 新設分割で設立した分割承継法人の株式全部を、分割法人が譲渡する計画を前提とした分割。非適格分割とすることで、分割承継法人に資産調整勘定を生じさせ、60か月で償却しようとした |
| 判断 | 132条の2の「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」とは、組織再編税制の規定を租税回避の手段として濫用し税負担を減少させるものをいい、行為の不自然さや、税負担の減少以外の合理的な事業目的の有無などを考慮して判断する。本件の分割は、未処理欠損金額(約100億円)を資産調整勘定に転化させるため、本来必要のない譲渡を介在させ、実質的には適格分割であるものを形式的に非適格とする企図によるもので、これに当たる |
最高裁判所第二小法廷 平成28年2月29日判決・平成27年(行ヒ)第177号 法人税更正処分等取消請求事件。裁判所ウェブサイト
この判決は、適格・非適格のどちらに寄せる場合でも、税負担の減少以外の事業上の理由(買い手が事業だけを望んでいる、不動産を別に管理する必要があるなど)を説明できるようにしておくことが大切だと示しています。組織再編の重要判例はM&A・組織再編の税務の重要判例でまとめて取り上げます。
不動産取得税と登録免許税
会社分割で不動産を移すと、受け取る会社に不動産取得税と登録免許税がかかるのが原則です。不動産取得税は、地方税法73条の7第2号と同法施行令37条の14の要件を満たす会社分割なら非課税になりますが、その要件には、分割事業の主要な資産・負債の移転、分割事業に従事する従業者のおおむね80%以上の引継ぎ見込み、分割事業の継続見込みなどが含まれます。事業を伴わない不動産だけの分割では、これらを満たすのは難しいのが一般的です。
| 税金 | 会社分割で不動産を移す場合の扱い |
|---|---|
| 不動産取得税 | 非課税要件を満たせば非課税。満たさなければ課税(標準税率4%、土地と住宅は令和9年3月31日までの取得について3%、宅地等は課税標準を2分の1とする特例) |
| 登録免許税(所有権の移転) | 課税(固定資産税評価額を基に2%) |
税率や特例は取得の時期で変わるため、実行前に都道府県や法務局の案内で確認しましょう。M&Aの流通税の全体像はM&Aの印紙税・登録免許税・不動産取得税をご覧ください。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る② 事業譲渡で事業だけを売る
事業譲渡なら、買い手に移すのは事業に必要な資産・負債・契約だけで、不動産は元の会社に残ります。買い手は不動産を賃借して事業を続けます。
この方法の特徴は、売り手が会社になることです。事業の譲渡益(帳簿にないのれん部分など)に会社の法人税等がかかり、代金は会社に入ります。オーナーが代金を受け取るには配当や役員退職金などが必要で、そこでも課税されます。一方、オーナーは不動産を持った会社をそのまま持ち続け、賃貸会社として使えます。
事業譲渡の税金の詳細は事業譲渡の税金で、消費税の課税・非課税の判定は事業譲渡の消費税で解説しています。許認可の取り直しや従業員の転籍の同意など、税金以外の手間が大きい点も考慮が必要です。
③ 不動産をオーナー個人・資産管理会社に売る
時価で売るのが原則
最も分かりやすいのは、会社が不動産をオーナー個人(または資産管理会社)に売る方法です。会社には時価と帳簿価額の差額に法人税等がかかり、買い手側には購入資金と不動産取得税・登録免許税(土地の売買は令和11年3月31日まで1.5%の軽減税率)が必要です。
会社がオーナーに時価より低い価格で売ると、時価との差額は役員への経済的な利益として役員給与になり、会社では原則として損金に算入されず、オーナーには給与所得として課税され、源泉徴収も必要です(法人税基本通達9-2-9)。
公表裁決:代表者への建物の低額譲渡
国税不服審判所の平成16年3月16日裁決(裁決事例集No.67 447頁)は、会社がリゾート地に建てた建物(帳簿価額約5,200万円)を代表者に税込500万円で譲渡した事案です。審判所は、不動産鑑定士に鑑定を依頼して建物の時価を1,226万円と認定し、譲渡価額との差額約750万円を益金に算入するとともに、代表者への役員賞与として損金不算入としました。帳簿価額でも単純な未償却残高でもなく、その不動産の市場性を踏まえた時価で判断されることを示した事例です(公表裁決事例)。
資産管理会社に売る場合
オーナーが100%を持つ資産管理会社に売る場合、売り手の会社と資産管理会社の間には、オーナーによる完全支配関係があります。このとき、帳簿価額1,000万円以上の土地などの譲渡損益は、グループ法人税制により繰り延べられます(法人税法61条の11)。ただし、その後に事業会社の株式を売って完全支配関係がなくなると、繰り延べた譲渡損益はその時点で戻し入れられます。売却前の切り離しでは、繰延べの効果は事実上なくなると考えておく必要があります。詳しくはグループ法人税制とM&Aで解説します。
購入資金と銀行
オーナー個人や資産管理会社が不動産を買うには資金が必要です。銀行から借りる場合、不動産の担保価値と賃料収入(売却後の事業会社が払う賃料)が返済原資になります。著書のモデルでは、債務償還年数を「(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)」で計算し、10年以内を健全の目安としています。賃料の水準と借入の期間が、無理のない返済計画になっているかを確認しておきましょう。不動産の融資の考え方は不動産を担保にした融資の期間と耐用年数も参考になります。
売却後の賃貸借と、価格への影響
どの方法でも、売却後はオーナー側(不動産会社や個人)が貸主、事業会社(買い手の子会社)が借主という関係が続きます。賃貸借契約で決めておきたいのは次の点です。
- 賃料の水準(周辺相場との比較、鑑定などの根拠)
- 契約期間と更新、中途解約の条件(買い手は長期の安定を、オーナーは賃料の確保を求める)
- 賃料改定のルール
- 修繕の負担区分と原状回復
- 売却後にオーナー側が不動産を第三者に売る場合の扱い(買い手の優先交渉権など)
- 敷金・保証金の扱い
賃料が高すぎれば、買い手から見た事業の利益が減り、株式の価格が下がります。銀行から見ても、事業会社の返済能力が弱く見えます。賃料が低すぎれば、オーナーの手取りが減り、資産管理会社の借入の返済が苦しくなります。賃料は、株式の価格と不動産側の収入を同時に動かすため、両方を試算して決めることが大切です。適正な賃料の考え方は同族会社との家賃の決め方をご覧ください。
不動産の含み益・含み損がM&Aの価格にどう反映されるかは会社が持つ不動産と企業価値で詳しく解説しています。
まとめ
- 不動産の切り離しは、分割型分割、事業譲渡、オーナー個人・資産管理会社への売却の3つ。切り離しの段階で税金とコストが先に出ることがある
- 分割型分割は、不動産を受け取った会社をオーナーが持ち続け、元の事業会社を売る形なら適格の余地がある。事業を切り出して売る形は非適格になりやすい
- 不動産だけの分割は、不動産取得税の非課税要件を満たしにくい。登録免許税もかかる
- オーナーへの売却は時価で。低い価格なら差額は役員給与(平成16年3月16日裁決)。資産管理会社への売却の繰延べは、売却で完全支配関係が切れると戻し入れられる
- 税負担の減少だけを目的に形を整えると、組織再編の行為計算否認の対象になりうる(IDCF事件・最高裁平成28年2月29日判決)
不動産を切り離すかどうかは、切り離しのコスト、オーナーの手取り、買い手の価格、売却後の賃貸借の条件を一緒に試算して決めるものです。クレフティでは事業承継・M&A支援として、方法ごとの税金と手取りの試算、適格判定の確認、不動産側の融資の相談をお手伝いしています。初回のご相談は無料で、担当者がお話を伺います。
