社長個人が持っている土地や建物を、自分が株主・役員を務める会社(同族会社)に貸す。反対に、会社が持っている建物を社長個人が借りて、個人の事業に使う。こうした同族会社との賃貸借は、不動産を持つ経営者にとって身近な取引です。
身内どうしの契約なので、賃料はいくらにでも決められます。しかし、賃料が相場から外れて個人の所得税が少なくなっていれば、税務署は所得税法157条(同族会社等の行為又は計算の否認等)により、賃料を「通常あるべき金額」に引き直すことができます。この記事では、同族会社との賃貸借の適正賃料を、公表裁決事例3件と、税務・会計・銀行の3つの視点で整理します。会社が一括で借りて入居者に転貸するサブリース方式については、サブリース方式(一括借上げ)の仕組みと適正賃料で別に扱っています。
- 個人が会社に安く貸すと個人の収入が減り、個人が会社から高く借りると個人の経費が増える。どちらも所得税法157条の対象になり得る
- 157条の「不当に減少」は、同族関係のない通常の経済人の取引として経済的合理性があるかで判断され、租税回避の意図は要件ではない
- 公表裁決では、立地・用途・規模・構造が似た物件の平均賃料から適正賃料を算定する方法が合理的とされている
- 鑑定評価をとっていても前提が不合理なら否定され、差が約1.4倍でも適用が認められた例がある
- 会社側では、賃料のずれが役員給与(経済的利益)の問題になり得る。銀行は個人と会社の間のお金の流れを必ず見る
同族会社との賃貸借の2つの方向と、問われること
| 方向 | 典型例 | 個人の所得 | 税務で問われること |
|---|---|---|---|
| 個人が会社に貸す | 社長の土地を会社の駐車場・倉庫・本社の敷地に、社長のビルを会社の事務所に | 不動産所得(受取賃料) | 賃料が低すぎて個人の不動産所得が小さくなっていないか |
| 個人が会社から借りる | 会社の建物を社長個人の診療所・店舗として借りる | 事業所得など(支払賃料が必要経費) | 賃料が高すぎて個人の必要経費が大きくなっていないか |
所得税法157条1項は、同族会社の行為・計算で、これを認めると株主等やその親族の所得税の負担を不当に減少させる結果となるものがあるとき、税務署長がその行為・計算にかかわらず所得を計算し直せるとする規定です。会社が社長の住宅を貸す役員社宅の問題は、会社側の役員給与の論点が中心になるため、役員社宅の賃料相当額と法人の処理で扱います。
税務上の扱い:個人側と会社側
個人側(所得税)
| 項目 | 個人が会社に貸す場合 | 個人が会社から借りる場合 |
|---|---|---|
| 収入・経費 | 受取賃料が不動産所得の総収入金額 | 支払賃料が事業所得などの必要経費 |
| 157条が適用されると | 適正賃料との差額が総収入金額に加算される | 適正賃料を超える部分が必要経費から外される |
| 加算税 | 過少申告加算税の対象になり得る | 同左 |
公表裁決では、「不当に減少させる結果となる」かどうかについて、同族会社の行為・計算が、特殊な関係にない通常の経済人の行為として経済的合理性を有しているかを基準に判断するとされています。経済的合理性を欠く取引の結果として税負担が減っていれば足り、租税回避の目的があったかどうかは問われません。
会社側(法人税)
会社側では、所得税法157条とは別に、法人税法の役員給与のルールが関係します。法人税基本通達9-2-9は、役員等に対して資産を低い価額で譲渡した場合、役員等から高い価額で資産を買い入れた場合、無償または低い対価で用役を提供した場合などを、役員給与と同様の経済的な利益の例として挙げています。
- 会社が社長に安く貸している場合:通常の賃料との差額が、社長への経済的利益(役員給与)とされるおそれがある
- 会社が社長から高く借りている場合:適正額を超える部分が、実質的に社長への利益の移転と見られるおそれがある
役員給与とされた部分は、定期同額給与などの要件を満たさなければ損金に算入されません。個人側の157条と会社側の役員給与は、同じ取引を別の面から見た問題です。
消費税とインボイス
事務所・店舗・駐車場などの賃料には消費税がかかり、住宅の貸付けは非課税です。個人が会社に事務所を貸す場合、会社がその賃料について仕入税額控除を受けるには、原則として貸主である個人がインボイス発行事業者である必要があります。個人の課税売上高が少なく免税事業者のままの場合は、経過措置の縮小も含め、インボイス制度と賃貸借契約で確認してください。
公表裁決事例:同族会社との賃料が引き直された3つの事例
事例1:個人が同族会社に貸した土地の賃料が低すぎた(平成23年7月8日裁決)
事案:不動産貸付業を営む個人が、養父から相続した土地を、実父が代表取締役を務める同族会社に賃貸していました(相続により賃貸人の地位を承継)。会社はその土地を、駐車場として転貸したり、第三者に貸す倉庫・事務所やビルの敷地として使ったりしていました。
判断:審判所は、土地の賃料は、立地条件・用途・規模などが類似する土地であれば特別の事情がない限り同程度になるとして、類似する比準貸付地の平均賃料から適正賃料を算定する方法を合理的と認めました。ただし、原処分庁が選んだ比準貸付地には、面積が基準外のものや用途が異なるものが含まれていたため、審判所は抽出基準(所在地、面積の0.5倍以上2倍以内、1㎡当たりの固定資産税評価額の0.5倍以上2倍以内、用途など)を整理し直して独自に算定しています。そのうえで、実際の賃料は各年とも適正賃料を大きく下回り、所得税の負担を不当に減少させる結果になるとして、更正処分を適法としました。
確認先:国税不服審判所 公表裁決事例(平成23年7月8日裁決)
事例2:鑑定評価があっても高すぎるとされた(平成10年4月24日裁決、裁決事例集No.55 196頁)
事案:病院を営む個人が、同族会社から病院用の建物を借りて賃料を払っていました。個人は、同族会社だからこその恣意的な賃料と見られないよう、不動産鑑定士の鑑定評価をとって賃料を決めたと主張しました。
判断:審判所は、鑑定評価の前提となった地代が実際の地代と大きくかけ離れていたこと、病院用建物と老人ホーム用建物への賃料の配分比率に実態を反映した根拠がなかったことなどから、賃料はことさら不合理に高額になっていたとしました。また、賃料が類似建物の賃料の約1.4倍にとどまるという主張に対し、比率の開差の大小だけで一律に判断すべきものではないとして、所得税法157条の適用を認めています(更正処分は計算の一部を取り消し)。
確認先:国税不服審判所 公表裁決事例(平10.4.24、裁決事例集No.55 196頁)
事例3:同族会社から借りた診療所の賃料が高すぎた(平成28年5月30日裁決)
事案:医業を営む個人が、妻が代表取締役を務める同族会社から診療所の土地・建物を借りて、賃料を事業所得の必要経費にしていました。
判断:審判所は、地理的条件・用途・規模・構造などが類似する不動産なら特別の事情がない限り賃料は同程度になるとして、類似物件の平均賃料と比べる方法に合理性を認めました。類似物件の抽出基準(同族関係・親族関係にないこと、転貸・無償貸付け・自己使用でないこと、半径500m以内、延床面積や1㎡当たりの固定資産税評価額の0.5倍以上2倍以内など)はいずれも合理的とされ、類似物件が2件・3件にとどまっても算定の合理性は否定されないとしました。診療所の敷地の駐車場部分は、別に類似駐車場の料金から評価しています。実際の賃料は適正賃料の5倍以上で、経済的合理性がないと判断されました(一部の年分は計算により一部取消し)。
確認先:国税不服審判所 公表裁決事例(平成28年5月30日裁決)
代表の相亰と髙橋が、自らの不動産投資と資金調達支援の経験から構築した独自の財務設計の手法「クレフティメソッド」で、決算書・法人化・次の融資まで設計します。初回のご相談は無料です。
不動産投資家向け税務・融資支援を見る3つの事例から読み取れること
- 物差しは同族関係のない似た物件の賃料。立地・用途・規模・構造をそろえた比較が基本になる
- 鑑定評価は有力な根拠だが、前提(地代、配分比率など)が実態に合っていなければ否定される
- 「差は小さい」という主張は通りにくい。差額がどれだけ税額を動かしたかも見られる
- どの事例も、同族会社と貸し借りすること自体を否定したものではない。問われたのは賃料の水準である
適正賃料の決め方と、残しておくべき根拠
| 根拠の種類 | 内容 | 注意点 |
|---|---|---|
| 周辺の募集賃料・成約事例 | 管理会社・仲介会社からの賃料査定、募集事例 | 用途・面積・築年数・駐車場の有無をそろえる |
| 不動産鑑定評価 | 継続賃料・新規賃料の鑑定 | 前提条件(地代、按分方法)が実態と合っているか確認する |
| 費用面の確認 | 固定資産税・修繕費・減価償却費などを賄えているか | 費用を下回る賃料は、それだけで説明が難しくなる |
| 契約内容 | 用途、期間、改定条項、敷金・保証金、修繕負担の区分 | 保証金の運用益や修繕負担は実質賃料に影響する |
| 見直しの記録 | 数年ごとに相場と比べて改定したか | 長年据え置いたままにしない |
土地を会社に貸し、会社がその上に建物を建てる場合は、賃料の水準とは別に、権利金の授受や借地権の扱い(相当の地代、土地の無償返還に関する届出など)を検討する必要があります。これは地代収入・底地の税務と借地権の認定課税で整理します。
会計上の扱いと決算書の表示、銀行からの見え方
会社の決算書では、社長への支払賃料は「地代家賃」などとして販売費及び一般管理費に、社長からの受取賃料は事業の内容に応じて売上高または営業外収益に表示されます。どの区分に表示するかは、一般に公正妥当と認められる会計基準(GAAP:Generally Accepted Accounting Principles)に沿って、取引の実態で判断します。会社法431条は「一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行」に従うことを求めており、税務上の賃料の妥当性と、決算書の表示区分は別の問題です。
銀行は、社長個人と会社の間の取引を必ず確認します。
| 見られる点 | 起きやすいこと |
|---|---|
| 会社の営業利益 | 社長への賃料が高すぎると、会社の営業利益が削られて格付けが下がる |
| 社長個人の収入 | 会社への賃料が低すぎると、社長個人の返済余力が弱く見える |
| 資金の流出 | 相場より高い賃料は、会社から社長への資金流出と見られ、説明を求められる |
| 合算での評価 | 社長と会社を合わせて見れば利益は同じ。配分の根拠を説明できるか |
著書のモデルでは、債務償還年数を「(借入金-現預金)÷(経常利益+減価償却費-法人税等)」で計算し、10年以内を健全の目安としています。賃料の配分で会社の経常利益を小さくすれば、会社の債務償還年数は長くなります。社長への賃料は「税金がどちらで少なくなるか」ではなく、相場と根拠で決めるのが、税務にも融資にも効く方法です。
実務のチェックポイント
| チェック項目 | 確認する内容 |
|---|---|
| 契約書 | 賃貸借契約書があり、用途・面積・賃料・改定条項・修繕負担が書かれているか |
| 賃料の根拠 | 周辺事例、査定書、鑑定評価など、第三者に貸す場合の賃料と比べた資料があるか |
| 鑑定の前提 | 鑑定評価を使うなら、前提となる地代・配分比率などが実態に合っているか |
| 支払いの実態 | 契約どおり毎月払っているか。未払いのまま積み上がっていないか |
| 消費税 | 事務所・店舗・駐車場の賃料に消費税を正しく付けているか。貸主のインボイス登録 |
| 見直し | 市況や物件の状態が変わったときに改定しているか |
| 銀行への説明 | 社長と会社の取引一覧と、賃料の根拠を示せるか |
まとめ
- 同族会社との賃貸借は、安く貸すときも高く借りるときも、所得税法157条の対象になり得る
- 判断の基準は、同族関係のない通常の経済人の取引としての経済的合理性。租税回避の意図は要件ではない
- 公表裁決では、似た物件の平均賃料から適正賃料を算定する方法が合理的とされ、鑑定評価があっても前提が不合理なら否定された
- 会社側では役員給与(経済的利益)の問題になり得る。消費税・インボイスも確認する
- 銀行は社長と会社の間のお金の流れを見る。賃料は相場と根拠で決め、定期的に見直す
社長と会社の取引の整理は、税務調査への備えであると同時に、決算書の信頼性を高める作業でもあります。管理会社を通じた取引については不動産管理会社方式と管理料率の争いもあわせてご覧ください。クレフティでは、不動産投資家向けサポートの中で、同族会社との契約条件の見直しや、銀行に提出する資料の整理までご相談をお受けしています。
