インボイス制度が始まって3年が過ぎましたが、不動産賃貸の現場では今も「家賃は請求書を出していないが大丈夫か」「古い契約書に登録番号がない」「貸主が登録をやめたらどうなるのか」といったご相談をいただきます。
家賃は、契約書に基づいて毎月同じ金額が引き落とされる、請求書のない取引の代表です。そのため、インボイスの要件をどの書類で満たすかを、貸主・借主・管理会社が整理しておく必要があります。さらに令和8年10月1日からは、免税事業者からの仕入れに関する経過措置の控除割合が80%から70%に下がりました。この記事では、賃貸借契約とインボイスの実務を、税務・会計・銀行の見え方まで含めて整理します。
- インボイスが問題になるのは事業用の家賃(事務所・店舗・駐車場など)。住宅の家賃は非課税
- 家賃は、記載事項の一部を書いた賃貸借契約書+通帳(振込金受取書)の保存で要件を満たせる
- 令和5年9月30日以前の契約は、不足する登録番号などを別途通知してもらえば足りる
- 貸主が免税事業者なら、借主の控除は経過措置の範囲だけ。令和8年10月から70%、上限は一の相手から年1億円
- 契約書の用途の記載が、家賃が課税か非課税かも左右する。契約書は消費税の証拠
家賃とインボイス:必要なもの・不要なもの
インボイス(適格請求書)は、借主が仕入税額控除を受けるために保存する書類です。貸主側に交付義務があるのは、適格請求書発行事業者が課税取引を行い、相手方から求められた場合です。そもそも非課税の取引には関係しません。
| 収受するもの | 消費税 | インボイスの要否 |
|---|---|---|
| 住宅の家賃(契約で居住用が明らか、期間1か月以上) | 非課税 | 不要 |
| 事務所・店舗の家賃、共益費 | 課税 | 借主が控除するには必要 |
| 事業用物件の礼金・更新料・返還しない保証金 | 課税 | 同上 |
| 返還する敷金・保証金 | 対価ではない(預り金) | 不要 |
| 駐車場(住宅に付随しない、区画など設備のあるもの) | 課税 | 借主が事業者なら求められる |
| 住宅の貸付けでも、契約上の用途を事業用に変更したもの | 課税 | 必要(消費税法基本通達6-13-8) |
住宅だけを貸している大家さんには、インボイスの問題はほとんど生じません。一方、店舗・事務所・駐車場がある場合は、テナントが課税事業者かどうかで影響が変わります。登録の判断そのものは大家のインボイス登録は必要?で解説しています。
賃貸借契約書と通帳で要件を満たす方法
記載事項は複数の書類で満たしてよい
適格請求書には、①発行事業者の氏名・名称と登録番号、②取引年月日、③取引内容、④税率ごとに区分した対価の額と適用税率、⑤税率ごとの消費税額等、⑥交付を受ける者の氏名・名称を記載します。
国税庁の質疑応答事例「家賃を口座振替・口座振込により支払う場合の仕入税額控除の適用要件」では、次のように整理されています。
- 記載事項は一つの書類にすべて書かれている必要はなく、相互の関連が明確な複数の書類で満たせばよい
- 取引年月日以外の記載事項を書いた契約書と、取引年月日を示す通帳を併せて保存すれば要件を満たす
- 口座振込なら、契約書と銀行の振込金受取書の保存でよい
- 貸主から一定期間分の家賃をまとめた適格請求書を受け取る方法もある
- 貸主の名称と登録番号
- 賃料・共益費など課税対象の内容と金額(税抜または税込)、適用税率(10%)、消費税額
- 借主の名称
- 住宅部分と事業用部分が混在する場合は、それぞれの金額
令和5年9月30日以前からの契約
インボイス制度の前に結んだ契約書に登録番号などがない場合は、貸主から不足する事項の通知を受け、契約書と一緒に保存していれば差し支えないとされています(同質疑応答事例)。契約書の巻き直しまでは求められていません。
貸主が途中で登録をやめるリスク
請求書の発行がない取引では、貸主が登録を取りやめても借主が気づきにくいという問題があります。国税庁も、必要に応じて「適格請求書発行事業者公表サイト」で相手方を確認するよう案内しています。借主としては年1回、決算前に公表サイトを確認する運用にしておくと安心です。貸主としては、登録の取りやめを決めた時点で借主に通知し、家賃の見直しが必要かを話し合うのが誠実な対応です。
管理会社が家賃を集金する場合と、免税事業者の貸主
媒介者交付特例
管理会社が貸主に代わって家賃を受け取る場合、一定の要件のもとで、管理会社が自らの名称と登録番号を記載したインボイスを借主に交付できる「媒介者交付特例」があります(消費税法施行令70条の12)。ただし、貸主と管理会社の双方が適格請求書発行事業者であることが前提です。貸主が免税事業者なら、管理会社の登録番号で代わりに交付することはできません。
免税事業者の貸主と経過措置
貸主が免税事業者(または未登録)の場合、借主は原則として仕入税額控除ができませんが、経過措置で一定割合を控除できます(国税庁「インボイス制度に関するQ&A」問113)。
| 期間 | 控除できる割合 |
|---|---|
| 令和5年10月1日〜令和8年9月30日 | 仕入税額相当額の80% |
| 令和8年10月1日〜令和10年9月30日 | 70% |
| 令和10年10月1日〜令和12年9月30日 | 50% |
| 令和12年10月1日〜令和13年9月30日 | 30% |
さらに、令和8年10月1日以後に開始する課税期間では、一の免税事業者等からの課税仕入れが年(事業年度)で税込1億円を超える部分には経過措置を使えません(改正前は10億円)。経過措置を使うには、帳簿に「経過措置の適用を受ける課税仕入れである旨」を記載し、区分記載請求書等と同様の事項が記載された書類を保存する必要があります。
免税事業者の貸主が契約書で注意すること
免税事業者の貸主は、インボイスを交付できません。適格請求書発行事業者以外の者が、適格請求書と誤認されるおそれのある書類を交付することは禁止されており(消費税法57条の5)、違反には1年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金の定めがあります(同法65条)。契約書や請求書に、登録番号のように見える番号を記載したり、登録していないのに「適格請求書」と表示したりしないよう注意してください。
一方、家賃を「税込○円」と表示すること自体は禁止されていません。免税事業者でも事業用家賃は課税取引なので、税込の金額で契約するのが通常です。ただし、借主から見ると控除できるのは経過措置の割合だけなので、登録の有無を契約書や重要事項の説明で明確にしておくことが、後のトラブルを防ぎます。
家賃の見直し交渉
控除できない消費税が増えると、借主は家賃の見直しを求めることがあります。交渉自体は自由ですが、取引上の立場の強い側が一方的に価格を引き下げることは、独占禁止法上の問題になり得ると公正取引委員会などが注意喚起しています。双方が数字を出し合い、合意の内容を書面に残すことが大切です。
代表の相亰と髙橋が、自らの不動産投資と資金調達支援の経験から構築した独自の財務設計の手法「クレフティメソッド」で、決算書・法人化・次の融資まで設計します。初回のご相談は無料です。
不動産投資家向け税務・融資支援を見る裁決事例:契約書の記載が課税関係を決める(平成28年9月7日裁決)
インボイスの場面に限らず、賃貸借の消費税では契約書の記載が決定的な証拠になります。
- 出典:国税不服審判所 平成28年9月7日裁決[裁決全文]
- 事案:請求人は、不動産販売会社から取得した物件をその会社に賃貸していました。請求人は、物件が再転貸される予定で、契約上も実際に人が住むことが明らかでないとして、賃料は「住宅の貸付け」(非課税)に当たらないと主張しました(当時の消費税法別表第一第13号)。
- 判断:売買契約書・賃貸借契約書の記載内容や契約締結時の会社側の説明などから、賃借人が物件を住宅として転貸することが契約書その他において明らかであるとして、賃料の全額が非課税の住宅の貸付けに当たると判断されました(消費税法基本通達6-13-7)。
- 示唆:家賃が課税か非課税かは、契約書と取引の経緯で判断されます。用途や転貸の条件をあいまいにした契約書は、後で課税関係の争いの原因になります。用途を変える場合は、消費税法基本通達6-13-8のとおり契約を変更し、その記録を残すことが前提です。
税務と会計:貸主・借主それぞれの処理
| 立場 | 法人 | 個人 |
|---|---|---|
| 貸主(登録あり) | 事業用家賃の消費税を申告・納付。税抜経理なら仮受消費税、税込経理なら売上に含め納付額を租税公課 | 同左。不動産所得の計算は経理方式により異なる。2割特例(令和8年分まで)・3割特例(令和9・10年分)の対象になり得る |
| 借主(貸主が登録あり) | 契約書+通帳等の保存で仕入税額控除 | 事業者なら同左 |
| 借主(貸主が免税) | 経過措置の割合だけ控除。控除できない部分は家賃(費用)の一部になる | 同左 |
企業会計では、税抜経理と税込経理のどちらも認められていますが、どちらを採るかで売上高や費用の見え方が変わります。税込経理なら売上高に消費税が含まれ、納付額は租税公課として費用になります。税務上の処理と決算書の表示は別に考え、継続して同じ方法を使うことが大切です。税務と会計の関係は税務上の損金と企業会計(GAAP)の違い(GAAPは「一般に公正妥当と認められる会計基準」のこと)で整理しています。
銀行からの見え方
インボイスそのものが格付けを左右することはありませんが、次の点は決算書に表れます。
- 貸主(登録した場合):消費税の納付で現預金が減る。期末の未払消費税は流動負債として流動比率に影響する
- 借主:免税事業者の貸主から借りている場合、控除できない消費税が家賃コストに上乗せされ、営業利益がわずかに下がる
- 家賃の値下げ交渉:貸主側は売上高と営業利益が下がり、ICR(営業利益÷支払利息)や物件の収益評価に響く
家賃の小さな変更でも、複数のテナントや物件で積み重なると、銀行が見る数字は動きます。賃料と借入の関係はICR(インタレスト・カバレッジ・レシオ)もご覧ください。
実務のチェックポイント
- 事業用の家賃・共益費・駐車場について、契約書に登録番号・税率・税額があるか
- 令和5年9月以前の契約は、不足事項の通知書を契約書と一緒に保存しているか
- 通帳・振込金受取書など取引年月日を示す記録を保存しているか
- 管理会社が集金する場合、媒介者交付特例の要件(双方が登録)を満たしているか
- 相手方の登録状況を公表サイトで定期確認しているか
- 免税事業者からの賃借は、経過措置の割合(70%)と上限(1億円)、帳簿の記載を確認したか
- 用途変更や転貸がある場合、契約書の用途の記載を変更しているか
まとめ
- インボイスが関係するのは事業用の家賃。住宅の家賃は非課税
- 家賃は契約書+通帳(振込金受取書)で要件を満たせる。古い契約は不足事項の通知で補う
- 管理会社の媒介者交付特例は、貸主・管理会社の双方が登録している場合だけ
- 免税事業者の貸主からの賃借は、令和8年10月から控除70%、一の相手から年1億円が上限
- 平成28年9月7日裁決のとおり、契約書の記載は消費税の課税関係を決める証拠になる
賃貸借契約の見直しは、消費税だけでなく、貸主の決算書と融資にもつながります。クレフティの不動産投資家向けサービスでは、インボイス登録の判断から契約書の整備、決算書の見え方までご相談いただけます。
