製造業の工場用地、小売業の店舗、創業の地に建つ本社ビル。長く続く会社ほど、事業とあわせて不動産を持っていることが多くなります。さらに、本業とは別に賃貸マンションや駐車場を持っている会社も少なくありません。
こうした会社を売るとき、悩ましいのが「不動産も一緒に売るのか、売る前に切り離すのか」です。不動産は会社の純資産の大きな部分を占め、価格にも税金にも大きく響きます。一方で、買い手が欲しいのは事業であって、不動産までは要らないということもあります。
物件そのものを会社ごと売買する「不動産M&A」の仕組みは不動産M&A(株式譲渡)で物件を売買する仕組みと税金で解説しました。この記事では、事業を営む会社が不動産を持っている場合に、売却の形をどう選ぶか、税金・価格・買い手への影響を整理します。
- 不動産を持つ会社の売り方は、①不動産ごと株式譲渡、②売却前に不動産をオーナー個人・別会社へ移す、③会社分割で事業と不動産を分ける、④事業譲渡で事業だけを売るの4つが基本
- 株式譲渡なら不動産の移転コストはかからないが、含み益にかかる将来の税金を価格でどう扱うかが交渉の焦点になる
- 不動産を切り離すと、法人税・不動産取得税・登録免許税がかかることがある。会社分割は要件を満たせば不動産取得税が非課税になるが、要件は厳格に判断される(東京地裁平成20年7月4日判決)
- 土地の割合が高い会社の株式を短期で売ると、土地の短期譲渡所得として課税される例外がある
- 本社や工場を残してオーナーが貸す形は、買い手の資金負担を減らす一方、賃料の水準が価格と銀行評価に影響する
不動産を持つ会社の4つの売り方
まず、選択肢を並べます。
| 売り方 | 仕組み | 向いている場面 |
|---|---|---|
| ① 不動産ごと株式譲渡 | 会社の株式をそのまま売る。不動産は会社の資産のまま | 不動産が事業に不可欠で、買い手も一緒に取得したい場合 |
| ② 売却前にオーナー・別会社へ移す | 不動産を社長個人や資産管理会社に売る・現物で分配するなどしてから、株式を売る | 買い手は事業だけが欲しく、オーナーは不動産を持ち続けたい場合 |
| ③ 会社分割で分ける | 事業(または不動産)を会社分割で別会社に移し、事業の会社の株式を売る | 事業と不動産の規模が大きく、きれいに分けたい場合 |
| ④ 事業譲渡 | 事業に必要な資産・契約・従業員だけを買い手に移し、不動産は元の会社に残す | 不動産を残した会社を資産管理会社として続けたい場合 |
どれが有利かは、不動産の含み益の大きさ、買い手が不動産を必要とするか、オーナーが売却後に不動産をどう使いたいかで決まります。
① 不動産ごと株式譲渡する場合
株式譲渡では、会社の所有者(株主)が替わるだけなので、不動産の所有権移転の登記も不動産取得税もかかりません。オーナーの株式の譲渡益は20.315%の分離課税です。最もシンプルな方法といえます。
含み益と「将来の税金」の綱引き
論点になるのは価格です。会社が長く持っている土地は、帳簿価額が低く、時価との差(含み益)が大きくなっていることがよくあります。
| 項目 | 例(仮の数字) |
|---|---|
| 本社土地の帳簿価額 | 5,000万円 |
| 本社土地の時価 | 3億円 |
| 含み益 | 2億5,000万円 |
売り手は「土地は3億円の価値がある」と考えますが、買い手から見ると、株式で買っても会社の中の土地の帳簿価額は5,000万円のままです。将来この土地を売れば、2億5,000万円の売却益に法人税がかかります。そこで買い手は、含み益に法人税等の実効税率を掛けた額を差し引いて時価純資産を計算しようとします。
一方で、本社や工場は事業を続ける限り売らない資産なので、将来の税金はすぐには発生しません。どこまで差し引くかは、売る予定があるか、事業に不可欠かによって交渉で決まります。会社が持つ不動産と企業価値の考え方は会社が持つ不動産と企業価値で詳しく解説します。
土地の割合が高い会社の株式には例外がある
株式の譲渡益は原則20.315%ですが、国税庁のタックスアンサー(No.1529)によると、次のような場合は、株式の譲渡でも土地の短期譲渡所得(所得税30%・住民税9%、ほかに復興特別所得税)として課税されます(租税特別措置法32条2項)。
- 総資産の70%以上が土地等である会社の株式で、その土地等または株式の所有期間が、譲渡した年の1月1日現在で5年以下などであること
- 譲渡した年以前3年内のいずれかの時に、特殊関係株主等が発行済株式の30%以上を持ち、譲渡者がその特殊関係株主等であること
- その年に特殊関係株主等が5%以上を譲渡し、かつ、その年以前3年内に15%以上を譲渡したこと
事業会社でこの要件に当たることは多くありませんが、売却直前に不動産を会社に入れる、不動産の割合が大きい資産管理会社の株式を売るといった場合は確認が必要です。相続税の評価でも、土地の割合が高い会社は「土地保有特定会社」として扱いが変わります(土地保有特定会社の株価評価)。
② 売却前に不動産をオーナー・別会社へ移す場合
買い手が事業だけを欲しい場合や、オーナーが不動産を手元に残して賃料収入を得たい場合は、売却前に不動産を会社から移す方法があります。
| 移し方 | 会社側の税金 | 受け取る側の税金・コスト |
|---|---|---|
| オーナー個人に時価で売る | 含み益に法人税 | 購入資金が必要。不動産取得税・登録免許税(土地の売買は1.5%の軽減税率が2029年3月31日まで) |
| オーナー個人に低い価格で売る | 時価との差額は役員への給与(賞与)などとして扱われ得る | 時価との差額が給与所得などとして課税され得る |
| 資産管理会社に売る | 含み益に法人税(グループ法人税制の対象になる場合は繰延べ) | 購入資金(借入)が必要。不動産取得税・登録免許税 |
この方法の注意点は、不動産を移す段階で税金とコストが先に出ることです。含み益の大きい土地をオーナーに移すと、会社に法人税がかかり、その分だけ株式の価値(売却代金)も下がります。さらに、オーナーが会社に不動産を貸す場合は、賃料の水準が論点になります。
- 賃料が高すぎれば、買い手から見た事業の利益が減り、価格が下がる。銀行から見ても、会社の返済能力が弱く見える
- 賃料が低すぎれば、オーナーの手取りが減る。関係が続く以上、賃料改定のルールも契約で決めておく必要がある
適正な賃料の考え方は同族会社との家賃の決め方も参考になります。
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事業承継・M&A支援を見る③ 会社分割で事業と不動産を分ける場合
事業と不動産の規模がいずれも大きい場合は、会社分割で分けてから、事業の会社の株式を売る方法が検討されます。
不動産取得税の非課税要件
会社分割で不動産を移すと、原則として不動産取得税がかかりますが、地方税法73条の7第2号と同法施行令37条の14の要件を満たせば非課税になります。東京都主税局の案内によると、要件の概要は次のとおりです。
- 分割の対価として、承継する会社の株式以外の資産を交付しないこと(分割型分割の場合は、分割する会社の株主の持株割合に応じて交付すること)
- 分割する事業の主要な資産・負債が移転すること
- 分割した事業が、承継する会社で引き続き営まれる見込みであること
- 分割前に分割事業に従事していた従業者のおおむね8割以上が、承継する会社の業務に従事する見込みであること
判例:「分割」の要件は形式的にも厳格
この非課税規定について、東京地方裁判所の平成20年7月4日判決(平成20年(行ウ)第11号)は、新設された医療法人が宗教法人から寄付で取得した不動産について、非課税の適用を認めませんでした。判決は、地方税法の非課税規定は形式的な所有権の移転で担税力を見いだしにくいものを例外的に非課税とする趣旨であり、法人税法の分割型分割・分社型分割の要件を満たす分割に限って非課税とする規定だと述べ、分割の規定がない法人の寄付に類推適用することは許されないと判断しました。
この判決の教訓は、「実質的に同じだから非課税になるはず」という考え方は通用しないということです。会社法上の分割の手続きを踏み、要件を一つずつ満たしているかを確認することが大切です。
会社分割のその他の注意点
- 登録免許税は、会社分割による所有権移転でもかかる(土地の売買の軽減税率は使えない)
- 法人税では、適格分割かどうかで、資産を帳簿価額で移せるか時価で移すかが変わる。分割後に株式を売る予定があると、適格要件を満たさないことがある
- 最高裁平成28年2月29日判決(IDCF事件)のように、分割と株式譲渡を組み合わせた不自然な設計は、租税回避として否認されることがある
会社分割の税務は会社分割の税務(適格・非適格)で詳しく解説します。
④ 事業譲渡で事業だけを売る場合
事業譲渡では、事業に必要な資産・契約・従業員だけを買い手に移し、不動産は元の会社に残します。元の会社は不動産を持つ資産管理会社として続け、買い手に工場や店舗を貸すこともできます。
この方法では、売却代金は会社に入り、譲渡益には法人税がかかります。オーナー個人が現金を受け取るには、さらに配当や退職金などを経由する必要があり、株式譲渡よりも税負担が重くなりやすい点に注意が必要です。一方、残った会社に不動産と現預金があれば、オーナー家の資産管理会社として相続対策や次の投資に使うこともできます。事業譲渡の税金は事業譲渡の税金で整理します。
銀行・買い手から見た不動産の扱い
不動産をどう扱うかは、買い手の資金調達にも影響します。
- 不動産ごと買う場合:買収価格が大きくなり、買い手の借入も増える。一方で、不動産を担保にした融資を組みやすい
- 不動産を切り離す場合:買収価格は小さくなるが、会社は賃料を払う立場になり、利益と返済能力が下がる
私の著書で紹介している債務償還年数((借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等))で考えると、賃料が増えれば経常利益が減り、償還年数は長くなります。買い手が銀行から買収資金を借りる場合、銀行は買収後の会社の返済能力を見るため、不動産をどう扱うかで融資の可否が変わることもあります(M&Aの買収資金を融資で調達するには)。
また、不動産には、境界・越境、土壌汚染、建物の遵法性、アスベストなど、DDで確認すべき論点が多くあります。売り手が先に調べて資料をそろえておくと、交渉が早く進みます(M&Aでの不動産DD)。
まとめ
- 不動産を持つ会社の売り方は、不動産ごと株式譲渡、売却前に移す、会社分割、事業譲渡の4つが基本
- 株式譲渡は移転コストがかからないが、含み益にかかる将来の税金の扱いが価格交渉の焦点になる。土地の割合が高い会社の株式の短期譲渡には39%(ほかに復興特別所得税)の例外がある
- 売却前に不動産を移すと、法人税・不動産取得税・登録免許税が先にかかる。賃貸する場合は賃料の水準が価格と銀行評価に響く
- 会社分割は要件を満たせば不動産取得税が非課税だが、要件は厳格に判断される(東京地裁平成20年7月4日判決)
- 事業譲渡は不動産を手元に残せるが、オーナーの手取りまでの税負担が重くなりやすい
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