製造業や物流業、店舗を多く持つ会社のM&Aでは、決算書の「土地」「建物」の数字の裏に、目に見えないリスクが隠れていることがあります。登記の名義が社長個人のまま、借地の契約書がない、工場の土壌に有害物質が残っている、増築部分が建築確認を受けていない――。こうした問題を調べるのが不動産DD(不動産デューデリジェンス)です。
この記事では、M&Aでの不動産DDで確認する権利関係・土壌汚染・建物の遵法性のポイントを、土壌汚染対策法・建築基準法などの条文と、環境省の資料、土壌汚染をめぐる最高裁判決をもとに整理します。あわせて、手法ごとの税金と、株価・銀行への影響も取り上げます。
- 不動産DDは、権利関係(誰のものか、担保は何か)・土壌汚染・建物の遵法性の3つを見る
- 中小企業では、事業に使う土地が社長個人名義だったり、借地の契約が口約束だったりすることが多い。会社と一緒に承継されない不動産をどう扱うかを先に決める
- 土壌汚染対策法では、施設の使用廃止時の調査義務、3,000平方メートル以上(一定の土地は900平方メートル以上)の形質変更の届出義務がある
- 最高裁平成22年6月1日判決は、契約後に規制されたふっ素を瑕疵に当たらないとした。契約書で何を保証するかが結論を左右する
- 株式譲渡なら不動産の移転の税金はかからないが、事業譲渡・会社分割ではかかる
不動産DDで確認する3つの領域
中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」は、DDの一つとして不動産DDや環境DDを挙げ、法務DDの観点にも「資産及び負債」「許認可・コンプライアンス・環境問題」を含めています。中小企業のM&Aでは、法務DD・財務DDの中で不動産を確認することも多く、工場などがある場合に環境DDを追加するのが一般的です。
| 領域 | 主な確認資料 | 典型的なリスク |
|---|---|---|
| 権利関係 | 登記事項証明書、公図・測量図、賃貸借契約書、固定資産税の課税明細 | 社長個人名義の土地、借地の契約書がない、根抵当権、境界未確定 |
| 土壌・環境 | 土地の利用履歴、行政の区域指定の台帳、有害物質の使用記録 | 土壌汚染、地下埋設物、廃棄物 |
| 建物の遵法性 | 確認済証・検査済証、図面、消防の点検記録 | 違反建築、無確認の増築、用途変更の手続漏れ |
権利関係:「会社のもの」とは限らない
社長個人名義の事業用不動産
中小企業では、会社の工場や店舗が建っている土地が社長個人の名義で、会社が地代を払って(あるいは無償で)使っていることがよくあります。株式譲渡で移るのは会社の株式だけなので、社長個人の土地は会社と一緒には移りません。
ガイドラインも、事業用資産の所有関係が中小M&Aで問題になるケースが多いとし、事前の整理を求めています。選択肢は、会社が買い取る、買い手(またはその関係会社)が買い取る、社長が貸し続ける(賃貸借契約を書面で結び直す)、のいずれかです。どれを選ぶかで、社長の譲渡所得税、会社の資金、相続の財産構成が変わります。個人所有の事業用不動産の承継については事業用の不動産(社長個人の所有)をどう承継するかで取り上げます。
借地・賃借物件
会社が借りている土地・建物は、株式譲渡なら借主である会社が変わらないため、原則として契約はそのまま続きます。ただし、賃貸借契約に株主や代表者の変更を貸主への通知・承諾事項とする条項がないかは必ず確認します。
事業譲渡で借地権や建物の賃借権を移す場合は、賃借権の譲渡に当たるため、貸主の承諾が必要です(民法612条)。会社分割でも、貸主との関係を考えて事前に承諾を得ておくのが実務上は安全です。借地上の建物を譲渡する場合で貸主が承諾しないときは、借地人の申立てにより裁判所が承諾に代わる許可を与える制度があります(借地借家法19条)。
担保と境界
会社の不動産には、銀行の抵当権・根抵当権が設定されていることがほとんどです。株式譲渡では担保はそのまま残り、借入とあわせて買い手側で銀行と調整します。事業譲渡で不動産を移すなら、担保の抹消や付け替えが必要です。境界が確定していない土地は、売却や担保評価のときに問題になるため、測量図や境界確認書の有無も確認します。
土壌汚染:法律の義務と、売買契約で決めておくこと
土壌汚染対策法の主な義務
土壌汚染対策法は、次のような場面で土壌汚染状況調査や届出を義務づけています。
| 場面 | 主な義務 | 根拠 |
|---|---|---|
| 有害物質使用特定施設の使用を廃止したとき | 土地の所有者等が土壌汚染状況調査を行い、都道府県知事等に報告 | 土壌汚染対策法3条 |
| 一定規模以上の土地の形質の変更をするとき | 着手の30日前までに都道府県知事等に届出(3,000平方メートル以上。現に有害物質使用特定施設が設置されている土地などは900平方メートル以上) | 土壌汚染対策法4条 |
| 土壌汚染による健康被害のおそれがあるとき | 都道府県知事等の命令による調査 | 土壌汚染対策法5条 |
調査の結果、基準を超える汚染があれば、要措置区域または形質変更時要届出区域に指定され、台帳で公開されます。工場を持つ会社を買う場合は、まず自治体の台帳で区域指定の有無を確認し、土地の利用履歴(過去にどんな工場があったか)を調べます。M&A後に工場を建て替える計画があるなら、形質変更の届出と調査が必要になる可能性も見込んでおきます。
最高裁平成22年6月1日判決:契約後に規制された物質
最高裁判所第三小法廷平成22年6月1日判決(平成21年(受)第17号、民集64巻4号953頁)は、売買契約の後に法令の規制対象となったふっ素が、土地の土壌に基準値を超えて含まれていた事案です。
最高裁は、①売買契約の当時、取引観念上、ふっ素が土壌に含まれることで健康被害が生じるおそれがあるとは認識されておらず、②契約当事者の間で、ふっ素が含まれていないことや、有害性の認識の有無にかかわらず健康被害のおそれのある一切の物質が含まれていないことが特に予定されていたとはみられない、として、旧民法570条の瑕疵に当たらないと判断し、買主の請求を認めた原判決を破棄しました。
この判決は、売買契約の当時の取引観念と、当事者が契約で何を予定していたかで結論が決まることを示しています。現在の民法では「瑕疵」に代わって「契約の内容に適合しないもの」(契約不適合)という考え方になっており、契約書に何を書くかの重要性はさらに増しています。M&Aでは、株式譲渡契約の表明保証で「法令違反となる土壌汚染はない」とだけ書くのか、「調査報告書に記載のない汚染物質がない」まで書くのかで、後の責任の範囲が変わります。
最高裁判所第三小法廷 平成22年6月1日判決・平成21年(受)第17号 損害賠償請求事件。裁判所ウェブサイトの判例情報
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る建物の遵法性:検査済証と既存不適格
建物は、建築確認を受け、工事完了後に完了検査を受けて検査済証が交付されます。古い建物では検査済証がないことが少なくなく、その場合は図面と現況を照らして、違反がないかを確認します。
| 状態 | 意味 | M&Aへの影響 |
|---|---|---|
| 適法 | 建築時も現在も基準に適合 | 問題なし |
| 既存不適格 | 建築時は適法だが、その後の法改正で現行基準に合わない | 違法ではないが、増改築・建替え時に現行基準への適合が必要になることがある |
| 違反建築 | 建築時から基準に違反、または無確認の増築・用途変更 | 是正命令のリスク、融資・売却が難しくなる |
既存不適格と違反建築は、まったく意味が違います。工場の無確認の増築や、倉庫を事務所・店舗に変えた用途変更の手続漏れは、違反建築として扱われる可能性があります。消防設備の点検記録や、事業に必要な許認可(倉庫業、旅館業など)と建物の要件の関係もあわせて確認します。
手法ごとの税金:不動産が多い会社ほど差が大きい
不動産を移す税金は、M&Aの手法によって大きく違います。
| 手法 | 不動産取得税 | 所有権移転の登録免許税 |
|---|---|---|
| 株式譲渡 | かからない(所有者は会社のまま) | かからない |
| 事業譲渡 | かかる(標準税率4%。土地と住宅は令和9年3月31日までの取得について3%、宅地等は課税標準を2分の1とする特例) | 土地の売買は2%(令和11年3月31日までは1.5%)、建物は2% |
| 会社分割 | 一定の要件を満たす分割は非課税(地方税法73条の7第2号) | 2%(合併による移転は0.4%) |
| 合併 | 非課税 | 0.4% |
不動産の多い会社を事業譲渡で売ると、買い手の移転コストが大きくなり、その分が価格交渉に跳ね返ります。手法の比較は事業譲渡の税金と会社分割の税務で、不動産の取得時の税金の基本は不動産取得税と登録免許税で解説しています。
株価と銀行への影響
株価への反映
会社が持つ不動産は、帳簿価額と時価が大きく違うことがあります。含み益は時価純資産を押し上げ、含み損や土壌汚染の対策費用は押し下げます。土壌汚染の対策費用は、調査してみないと金額が分からないことが多く、クロージング前に調査を行うことを前提条件にする、対策費用を特別補償の対象にする、代金の一部を留保するといった方法で手当てします。会社の不動産と企業価値の関係は会社が持つ不動産と企業価値で取り上げます。
銀行の見え方
銀行は、不動産の担保評価と、その不動産が生む収益(賃料や事業の利益)を見ます。土壌汚染や違反建築があると、担保評価が大きく下がったり、担保として受け入れられなかったりします。買い手が買収資金を借りる場合、対象会社の不動産を担保にする計画なら、不動産DDの結果がそのまま融資額に響きます。不動産を持つ会社のM&Aについては不動産M&Aの基本もご覧ください。
- 事業に使う不動産の名義は会社か、社長個人か。個人名義ならどう整理するか
- 借地・賃借物件の契約書はあるか。株主・代表者の変更に関する条項はないか
- 抵当権・根抵当権の内容と、借入との対応関係は分かるか
- 土地の利用履歴に、有害物質を使う施設はなかったか。区域指定の台帳に載っていないか
- 建物の確認済証・検査済証はあるか。増築・用途変更の手続に漏れはないか
- 手法ごとの不動産の税金と移転コストを比べたか
まとめ
- 不動産DDは、権利関係・土壌汚染・建物の遵法性の3つを確認する
- 社長個人名義の事業用不動産は、株式譲渡では会社と一緒に移らない。売却前に扱いを決める
- 土壌汚染対策法には、施設の使用廃止時の調査義務と、一定規模以上の形質変更の届出義務がある
- 最高裁平成22年6月1日判決は、契約後に規制されたふっ素を瑕疵に当たらないとした。何を保証するかは契約書で明確にする
- 株式譲渡なら不動産の移転の税金はかからないが、事業譲渡・会社分割では不動産取得税・登録免許税がかかる(会社分割は要件を満たせば不動産取得税が非課税)
不動産を多く持つ会社の売却・買収では、不動産の評価と税金が手取りを大きく左右します。代表の相亰は不動産投資と金融機関との折衝の経験が長く、クレフティには大手FASで財務DD・バリュエーションを手がけた公認会計士が在籍しています。事業承継・M&A支援では、不動産を含む株価算定や手法ごとの税金の比較をご相談いただけます。初回のご相談は無料で、担当者がお話を伺います。
