外部への売却(M&A)

買い手として小さな会社を買うときの注意点|簿外債務・DDの範囲・契約・資金・税制まで

後継者のいない会社を買って事業を広げる。いまでは中小企業や個人でも、小さな会社を買うことが珍しくなくなりました。中小企業庁がM&A支援機関登録制度で集計した数字を見ても、登録支援機関から報告された譲渡側のM&Aは2022年度4,036件、2023年度4,681件、2024年度4,940件と増え続けています。

ただ、買い手にとってのM&Aは「買ったら終わり」ではなく、買った瞬間から、その会社の過去と未来の両方を背負う取引です。この記事では、中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」や国税庁の資料をもとに、買い手が注意すべき点を、手法の選び方、DD、契約、資金、税制、買収後の統合の順に整理します。

この記事の結論
  • 株式譲渡は手続きが簡単な代わりに、未払残業代などの簿外債務・偶発債務も引き継ぐ。事業譲渡は切り離しやすいが、手続きが重い
  • DDは規模に応じて絞ってよいが、財務・税務・労務の要点は外さない。DDの結果を価格と表明保証・補償に反映させる
  • 売り手の経営者保証の引継ぎは買い手の義務。銀行との調整を最終契約の前から始める
  • 買収資金は対象会社のキャッシュフローで何年で返せるかから逆算する。株式購入には中小企業事業再編投資損失準備金が使える場合がある

買い手の注意点の全体像

まず、買い手が判断を誤りやすいポイントを、M&Aの流れに沿って一覧にします。

段階注意点備えの例
相手探し・初期検討価格だけで飛びつく。自社の戦略と合わない「なぜこの会社か」を言葉にしてから交渉に入る
手法の選択株式譲渡で簿外債務を抱えるリスクが大きければ事業譲渡も検討
DD調査を省いて問題を見落とす財務・税務・労務の要点だけでも専門家に依頼
最終契約表明保証・補償があいまいDDの結果に基づいて条項を具体的に書く
資金返済原資の計算が甘い正常な収益力と返済期間から借入額を逆算
経営者保証売り手の保証を外せずトラブル銀行と事前に相談し、最終契約で義務を明記
買収後(PMI)社員が辞める、取引先が離れる100日を目途に体制づくりと信頼関係の構築

以下、特に重要なところを順に見ていきます。

株式譲渡か事業譲渡か:引き継ぐリスクの違い

中小M&Aガイドラインは、中小M&Aの実務では株式譲渡か事業譲渡が選ばれることが多いとしたうえで、買い手から見たリスクの違いを次のように説明しています。

  • 株式譲渡:手続きは比較的シンプル。ただし会社(法人格)はそのまま残るので、未払残業代のように貸借対照表に表れない簿外債務や、訴訟の損害賠償のように将来発生しうる偶発債務のリスクが高くなりやすく、より詳細なDDが行われる傾向がある
  • 事業譲渡:引き継ぐ資産や契約を選べるので、簿外債務・偶発債務を比較的遮断しやすい。ただし、対象財産の特定、不動産登記などの対抗要件の手続き、許認可の取得などが必要になる

小さな会社では、未払残業代、社会保険の加入漏れ、税務申告の誤り、経営者個人との貸し借り、口約束の取引条件など、「帳簿に載っていない過去」が見つかることが少なくありません。過去の問題がどうしても見積もれない場合は、事業譲渡を検討する価値があります。両者の違いは事業譲渡と株式譲渡の違いで詳しく比較します。

DDはどこまで行うか:規模に応じて絞り、要点は外さない

中小M&Aガイドラインは、DDの密度は案件によってさまざまで、中小M&Aの実務では、本格的なDDを行わず、数年分の税務申告書の確認と経営者へのヒアリングだけで終えることもあると述べています。そのうえで、DDによって客観的な資料に基づいて「そもそも買うべきか」を検討でき、価格や表明保証・補償などの条件を調整してトラブルを防げるとし、予算に制約がある場合でも、検討対象を絞るなどして調査内容を検討することが望ましいとしています。

小規模な案件で、最低限押さえたい項目は次のとおりです。

分野最低限の確認事項見つかったときの対応
財務現預金・売掛金の実在、在庫の評価、借入の全容、経営者との貸し借り価格の減額、クロージング前の精算
税務過去3〜5期の申告書と納付状況、源泉所得税、消費税の区分特別補償条項、価格の減額
労務残業代の支払状況、社会保険の加入、就業規則未払分の見積りを価格に反映、補償
法務主要取引先との契約、チェンジオブコントロール条項、許認可、訴訟事前の同意取得をクロージングの条件にする
不動産所有か賃借か、経営者個人名義の資産の有無買い取り・賃貸借契約の締結を最終契約で明記

DDの種類や費用の考え方はDDの種類と、規模別にどこまで行うかで、チェック項目は買い手のためのDDチェックリストで詳しく解説します。

最終契約:表明保証・補償と、価格調整の条項

DDで分かったことは、価格と契約条項の両方に反映させます。

表明保証とは、売り手が「決算書は正しい」「労働紛争はない」などの事項が真実であると表明し、保証するものです。違反があった場合に、いつまで・いくらまで補償するかを補償条項で決めます。中小M&Aガイドラインは、期間や上限のない表明保証や、適用場面があいまいな表明保証は慎重に検討すべきだとしています。これは売り手保護の文脈ですが、買い手にとっても、あいまいな条項は紛争になったときに守ってくれないという意味で同じです。DDで見つかった具体的なリスクには、一般的な表明保証ではなく、個別の「特別補償」を設けるほうが確実です。

価格の一部を後で払うアーンアウトや、株価調整条項、支払済みの対価の返還条項について、ガイドラインはいずれも、条件や算定方法があいまいだと争いになるリスクがあり、慎重な検討が必要としています。特にアーンアウトを「売り手との価格の差を埋めるため」だけに使うことには、慎重であるべきとされています。

また、経営者個人の資産と会社の資産の整理(経営者名義の土地を会社が使っている、会社名義の車を経営者が私用している、など)は、可能な限り最終契約の前に済ませ、残る部分は最終契約に移転方法と金額を具体的に書くことが望ましいとされています。

株主構成の整理から、承継・売却まで一緒に考えます

M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。

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資金と経営者保証:返せる金額から逆算する

買収資金は「何年で返せるか」で決める

買収資金を借入でまかなう場合、銀行が最も重視するのは、対象会社のキャッシュフローで何年で返せるかです。価格の交渉も、「いくらなら払えるか」ではなく「いくらなら返せるか」から逆算するのが健全です。

著書のモデルでは、債務償還年数を「(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)」で計算し、10年以内を健全の目安としています。買収後の会社(買い手と対象会社を合わせたグループ)でこの数字がどうなるかを、買う前に試算しておきましょう。クレフティでも、年商5,000万円の専門職の事務所が9,000万円のM&Aを行った際に、政府系金融機関と地方銀行の協調融資で、買収資金と統合後の運転資金をあわせて調達した事例があります。融資の組み方はM&Aの買収資金を融資で調達するにはをご覧ください。

売り手の経営者保証は、買い手が外す

株式譲渡では、対象会社の借入に付いている売り手経営者の個人保証をどうするかが大きな論点になります。中小企業庁は、M&A成立後に保証を移さず、会社の資金を流出させて連絡を絶つような不適切な譲り受け側の存在を指摘し、注意喚起を行っています。

中小企業庁の資料「中小M&A時の経営者保証の取扱いについて」は、M&Aの成立と同時に保証の解除・移行を行うことを最優先とし、それが難しい場合は買い手の資力による借換えも有効な手段だとしています。そして、成立後に解除を図る場合は、最終契約で買い手の義務として位置づけ、解除が難しくなったときには借換えを検討し、売り手に損害が生じれば補償すべきだとしています。誠実な買い手であることを示すためにも、銀行との調整は最終契約の前から始めてください。

税制:中小企業事業再編投資損失準備金

買い手が株式を購入する場合に使える税制として、中小企業事業再編投資損失準備金があります。国税庁の「令和6年度法人税関係法令の改正の概要」によると、経営力向上計画に係る措置の概要は次のとおりです。

  • 青色申告法人が、経営力向上計画の認定を受けて、事業承継等として他の法人の株式等を購入により取得した場合
  • 取得価額の70%以下の金額を準備金として積み立てると、その金額を損金算入できる
  • 株式等の取得価額が10億円を超える場合は対象外。事業年度終了の日に表明保証保険などの特定保険契約を締結している場合も対象外
  • 5年間の据置期間の後、5年間で均等に取り崩して益金に算入する。計画の認定期限は令和9年3月31日まで延長
  • このほか、産業競争力強化法の特別事業再編計画の認定を受けて2回目以降のM&Aを行う場合は、90%・100%の積立てができる措置も設けられた

これは税金がなくなる制度ではなく、課税のタイミングを先に延ばす制度です。また、準備金の積立ては決算書の利益を変えない処理(剰余金の処分による積立て)も選べますが、どの方法で処理するかは銀行への見え方も含めて検討が必要です。経営力向上計画の認定はM&Aの実行前に受けるのが原則とされているため、検討は早めに始めてください。制度の詳細は、適用前に中小企業庁・国税庁の最新の資料で確認します。

なお、株式を買った場合、のれん相当額は税務上償却できません。事業譲渡であれば、資産調整勘定として5年で償却できる場合があります。違いは買い手がのれんを損金にできるスキームで解説します。

買収後の統合(PMI)までが買い手の仕事

中小M&Aガイドラインは、クロージング後の引継ぎ作業には3か月〜1年程度かかることが多いとしています。中小企業庁の「中小PMIガイドライン」(2022年3月)は、M&A成立前の準備(プレPMI)を含めた統合の「型」を示しています。

小さな会社では、社長と社員の距離が近く、前の社長がいなくなること自体が社員の不安になります。売り手経営者の引継ぎ期間をどう設定するか、最初の100日で何をするかは、買収後の統合(PMI)で失敗しないためにでまとめています。

クレフティでは、買い手の立場で、財務・税務DD、株価算定、買収資金の融資の相談、買収後の決算書の整理までご支援しています。初回のご相談は無料で、担当者がお話を伺い、案件に応じてFAS出身の公認会計士・税理士や金融機関出身のコンサルタントが対応します。

まとめ

  • 株式譲渡は過去をすべて引き継ぐ。簿外債務が見積もれなければ事業譲渡も検討する
  • DDは規模に応じて絞ってよいが、財務・税務・労務の要点は外さない。見つかった問題は価格と特別補償に反映する
  • 表明保証・アーンアウトなどの条項は、具体的・明確に。あいまいな条項は守ってくれない
  • 買収資金は返せる金額から逆算。売り手の経営者保証の解除は買い手の義務として銀行と事前に調整する
  • 株式購入には中小企業事業再編投資損失準備金が使える場合がある(課税の繰延べ)。PMIまで含めて計画する

事業承継・M&A支援では、買い手側のDDや資金調達のご相談もお受けしています。

よくある質問

小さな会社を買うときでも、デューデリジェンス(DD)は必要ですか?
規模にかかわらず、何らかの調査は必要です。中小M&Aガイドラインは、実務では数年分の税務申告書の確認と経営者へのヒアリングだけで終えることもあるとしつつ、予算に制約がある場合でも、検討対象を絞るなどの工夫をして調査内容を検討することが望ましいとしています。特に株式譲渡では、未払残業代などの簿外債務を引き継ぐリスクがあるため、財務・税務・労務の要点だけでも確認してください。
株式譲渡と事業譲渡、買い手にとってはどちらが安全ですか?
リスクの遮断という点では、一般に事業譲渡のほうが簿外債務・偶発債務を切り離しやすいとされています。一方、事業譲渡は資産や契約を一つずつ移す手続き、許認可の取り直し、従業員の個別の同意が必要になり、手間とコストがかかります。株式譲渡は手続きが簡単な代わりに、会社の過去をすべて引き継ぐため、DDと表明保証で備えることになります。
会社を買うと、税金面で使える制度はありますか?
経営力向上計画の認定を受けて株式を購入した場合、取得価額の70%以下を中小企業事業再編投資損失準備金として積み立て、損金に算入できる制度があります(取得価額10億円以下、計画の認定期限は令和9年3月31日)。ただし、5年間の据置期間の後に取り崩して益金に戻す課税の繰延べであり、表明保証保険を締結している場合は使えないなどの要件もあります。適用の可否は事前に税理士に確認してください。

※本記事は2026年10月18日時点の法令・制度に基づく一般的な解説です。個別の状況により結論が異なるため、実行前に専門家へご相談ください。

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