M&Aの交渉がまとまると、次に必要になるのが会社としての意思決定の手続きです。M&Aに必要な株主総会・取締役会の決議は、M&Aの方法(株式譲渡、事業譲渡、合併など)と、売り手・買い手のどちらの立場かによって大きく変わります。
決議を欠いたまま進めると、契約の効力が争われたり、登記ができなかったり、銀行の融資実行が止まったりします。逆に、必要のない株主総会を開こうとして、時間を無駄にすることもあります。
この記事では、会社法の条文と最高裁の判例をもとに、M&Aの方法ごとに必要な決議を整理します。株主の保有比率ごとの権利の全体像は株式の保有比率ごとの権利で解説しています。
- 株式譲渡は株主が売るので、売り手の会社では譲渡承認(取締役会設置会社は取締役会)が中心。株主総会の特別決議は原則不要
- 事業譲渡(全部・重要な一部)、子会社株式の譲渡(一定の場合)、合併は、原則として株主総会の特別決議が必要
- 規模が小さい場合(簡易)や、相手が90%以上を持つ場合(略式)は、株主総会を省略できることがある。ただし、非公開会社が譲渡制限株式を対価にする合併などでは使えない
- 買い手側でも、重要な財産の譲受け・多額の借財として取締役会決議が必要になり得る
- 判例:「事業の譲渡」の意義(最高裁昭和40年9月22日大法廷)、「重要な財産」の判断要素(最高裁平成6年1月20日)、一人会社の譲渡承認(最高裁平成5年3月30日)
決議の種類を確認する
まず、株主総会の決議の種類を確認します(会社法309条)。
| 決議の種類 | 要件(定款で変更できる範囲あり) | M&Aでの主な場面 |
|---|---|---|
| 普通決議 | 議決権の過半数を有する株主が出席し、出席株主の議決権の過半数 | 取締役の選任・解任(新経営陣の選任)、取締役会非設置会社での譲渡承認など |
| 特別決議 | 議決権の過半数を有する株主が出席し、出席株主の議決権の3分の2以上 | 事業譲渡等(309条2項11号)、合併・会社分割・株式交換など(同項12号)、特定の株主からの自己株式の取得(同項2号) |
| 特殊決議 | 議決権を行使できる株主の半数以上で、その議決権の3分の2以上など | 全株式に譲渡制限を設ける定款変更など |
オーナーが3分の2以上の議決権を持っていれば、特別決議は単独で可決できます。株式が分散していて3分の2に届かない場合は、M&Aの方法そのものが制約されます(株式が分散しているリスク)。
株式譲渡に必要な決議
売り手の会社:譲渡承認
株式譲渡では、株式を売るのは株主個人(またはオーナーの資産管理会社)です。会社が何かを売るわけではないので、事業譲渡や合併のような株主総会の特別決議は原則として不要です。
ただし、中小企業の株式のほとんどは、定款で譲渡に会社の承認を必要とする譲渡制限株式です。この承認は、取締役会設置会社では取締役会、それ以外の会社では株主総会の決議で行うのが原則です(会社法139条1項。定款で別段の定めをすることもできます)。手続きの流れは譲渡制限株式と株式譲渡の承認手続きで解説しています。
承認を得ずに譲渡したらどうなるか
最高裁第三小法廷 平成5年3月30日判決(平成元年(オ)第1006号、民集47巻4号3439頁)は、株主が1人しかいない会社(一人会社)の株主が、定款で必要とされる取締役会の承認を得ずに株式を譲渡した場合でも、その譲渡は会社に対する関係でも有効であると判断しました。一般に、譲渡制限は既存の株主の利益を守るための仕組みと説明されるため、株主が1人だけの会社では、承認がなくても守るべき他の株主がいない、という考え方です。
とはいえ、これは一人会社という特殊な場合の判断です。株主が複数いる会社では、承認を得ないまま進めるべきではありません。M&Aの実務では、取締役会(または株主総会)の譲渡承認の議事録を作成し、買い手と銀行に提出するのが通常です。
会社が子会社の株式を売る場合
売り手が個人ではなく会社(親会社)で、子会社の株式を売る場合は注意が必要です。次の2つをどちらも満たす場合は、親会社で株主総会の特別決議が必要になります(会社法467条1項2号の2)。
- 譲り渡す株式の帳簿価額が、親会社の総資産額の5分の1を超える
- 譲渡によって、親会社が子会社の議決権の過半数を持たなくなる
事業を子会社で行っている持株会社が、その子会社を売る場合などが典型です。オーナーの資産管理会社経由で事業会社を売るときも、この要件を確認します(持株会社経由で売るか、個人で売るか)。
事業譲渡に必要な決議
原則:株主総会の特別決議
会社が事業を売る事業譲渡では、次の場合に、効力発生日の前日までに株主総会の特別決議で契約の承認を受ける必要があります(会社法467条1項、309条2項11号)。
- 事業の全部の譲渡
- 事業の重要な一部の譲渡(譲り渡す資産の帳簿価額が総資産額の5分の1以下のものを除く)
- 他の会社の事業の全部の譲受け(買い手側)
反対する株主には、株式の買取請求権が認められています(469条)。価格が争われた事例は合併・事業譲渡に反対する株主の株式買取請求で取り上げます。
「事業の譲渡」とは何か:最高裁昭和40年9月22日大法廷判決
どんな取引が「事業の譲渡」に当たるかについて、最高裁判所大法廷 昭和40年9月22日判決(昭和36年(オ)第1378号、民集19巻6号1600頁)は、旧商法の「営業の譲渡」について、一定の営業目的のために組織化され、有機的一体として機能する財産の全部または重要な一部を譲渡し、譲受人に営業活動を承継させ、譲渡会社が法律上当然に競業避止義務を負う結果を伴うものをいう、という基準を示しました。
この基準は、現在の会社法の「事業の譲渡」の解釈でも基本とされています。工場の建物や機械だけを売る、といった個々の財産の売却は、それだけでは事業の譲渡に当たらないことがある一方、人・取引先・ノウハウを含めて事業ごと移すなら事業の譲渡に当たる、という考え方です。判断に迷う取引では、慎重を期して株主総会の決議を得ておくのが実務の通例です。
例外:簡易・略式
| 例外 | 内容 | 条文 |
|---|---|---|
| 簡易(売り手) | 重要な一部の譲渡で、譲り渡す資産の帳簿価額が総資産額の5分の1以下 | 467条1項2号かっこ書 |
| 簡易(買い手) | 事業の全部の譲受けで、対価の帳簿価額が純資産額の5分の1以下。ただし一定数の株主が反対すれば総会が必要 | 468条2項・3項 |
| 略式 | 相手方が、議決権の10分の9以上を持つ特別支配会社 | 468条1項 |
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る合併・会社分割・株式交換に必要な決議
原則:双方の株主総会の特別決議
吸収合併では、消滅会社と存続会社の双方で、効力発生日の前日までに株主総会の特別決議で合併契約の承認を受けるのが原則です(会社法783条1項、795条1項、309条2項12号)。会社分割や株式交換も同様の構造です。株式交付(自社株式を対価に他社を子会社にする制度)でも、株式交付親会社で株主総会の承認が必要です(816条の3)。
合併には、株主総会のほか、債権者保護手続や登記などの手続きもあります。全体の流れは合併と株式譲渡の違いで解説しています。
簡易・略式の例外と、使えない場合
| 例外 | 内容 | 使えない主な場合 |
|---|---|---|
| 簡易合併(存続会社) | 消滅会社の株主に交付する対価が、存続会社の純資産額の5分の1以下(796条2項) | 合併差損が生じる場合、存続会社が公開会社でなく、譲渡制限株式を交付する場合(同項ただし書)。一定数の株主が反対した場合も総会が必要(同条3項) |
| 略式合併 | 相手方が特別支配会社(議決権の90%以上)である場合(784条1項、796条1項) | 非公開会社である存続会社が譲渡制限株式を交付する場合など(796条1項ただし書) |
中小企業の多くは、全株式に譲渡制限がある公開会社でない会社です。そのため、存続会社の株式を対価とする合併では、存続会社が小さな会社を吸収する場合でも、簡易合併の例外が使えず、株主総会が必要になるのが通常です。100%子会社を親会社が吸収する場合は、子会社側は略式で総会を省略でき、親会社側は対価を交付しないので簡易の要件を満たしやすい、というのが典型的な整理です。
買い手側に必要な決議
取締役会の決議:重要な財産の譲受け・多額の借財
買い手の会社で株式を買うことは、会社の業務執行です。取締役会設置会社では、次の事項は取締役に委任できず、取締役会の決議が必要です(会社法362条4項)。
- 重要な財産の処分及び譲受け(1号)
- 多額の借財(2号)。保証も含まれると解されている
買収する株式が会社にとって「重要な財産」に当たるか、買収資金の借入が「多額の借財」に当たるかが問題になります。
「重要な財産」の判断:最高裁平成6年1月20日判決
最高裁第一小法廷 平成6年1月20日判決(平成5年(オ)第595号、民集48巻1号1頁)は、旧商法の「重要なる財産の処分」に当たるかどうかは、財産の価額、会社の総資産に占める割合、財産の保有目的、処分行為の態様、会社における従来の取扱い等の事情を総合的に考慮して判断すべきだとしました。そして、会社の総資産の約1.6%に相当する価額の株式の譲渡について、重要な財産の処分に当たらないとはいえないとして、原判決を破棄し差し戻しています。
この判決から分かるのは、「総資産の何%以上なら重要」という機械的な線引きはなく、金額が比較的小さくても、他社の支配に関わる株式の取得・処分は重要と判断され得るということです。M&Aで他社の株式を取得するなら、取締役会の決議を経ておくのが安全です。金融機関も、買収資金の融資実行の際に、取締役会議事録の写しを求めるのが一般的です。
利益相反取引にも注意
オーナー個人が持つ株式を、オーナーが社長を務める会社が買い取る場合や、オーナー一族の会社どうしで事業を譲渡する場合は、取締役と会社の利益が相反する取引に当たることがあります。この場合、取締役会設置会社では取締役会、それ以外の会社では株主総会の承認が必要です(会社法356条1項2号、365条1項)。会社が自己株式を特定の株主から取得する場合は、株主総会の特別決議などの手続きが別に必要です(会社による自己株式の取得)。
方法別の早見表と銀行の見え方
| M&Aの方法 | 売り手側(会社) | 買い手側(会社) |
|---|---|---|
| 株式譲渡(株主個人が売る) | 譲渡承認(取締役会、非設置会社は株主総会)。総会の特別決議は原則不要 | 取締役会(重要な財産の譲受け、多額の借財に当たる場合) |
| 子会社株式の譲渡(会社が売る) | 一定の要件で株主総会の特別決議(467条1項2号の2) | 同上 |
| 事業譲渡 | 全部・重要な一部は株主総会の特別決議(簡易・略式の例外あり) | 全部の譲受けは株主総会の特別決議(簡易・略式の例外あり)。一部なら取締役会 |
| 吸収合併 | 消滅会社の株主総会の特別決議(略式の例外あり) | 存続会社の株主総会の特別決議(簡易・略式の例外あり) |
銀行の立場から見ると、決議の議事録は、融資の実行や担保の設定、登記の前提になる書類です。決議を欠いた取引は、後から効力を争われるおそれがあり、銀行はそうした取引に資金を出すことを嫌います。M&Aでは、必要な決議を漏れなく行い、議事録を整えておくことが、買収資金の融資をスムーズに受けるための前提になります(M&Aで融資をどう使うか、銀行はどこを見るか)。
まとめ
- 株式譲渡は株主が売るので、売り手の会社では譲渡承認が中心。一人会社では承認なしの譲渡も有効とした判例(最高裁平成5年3月30日)があるが、実務では承認の議事録をそろえる
- 事業譲渡(全部・重要な一部)と合併は、原則として株主総会の特別決議。「事業の譲渡」の意義は最高裁昭和40年9月22日大法廷判決が基準
- 簡易・略式で総会を省略できる場合があるが、非公開会社が譲渡制限株式を対価にする合併などでは使えない
- 買い手側も、重要な財産の譲受け・多額の借財として取締役会決議が必要になり得る。重要性は最高裁平成6年1月20日判決の要素で総合判断
- 決議の議事録は、登記・融資・担保設定の前提。漏れなく整える
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