M&Aや組織再編を株主総会の多数決で決めると、反対した株主はその決定に従うしかないのでしょうか。会社法は、そうした株主に「会社から出ていく権利」を用意しています。それが反対株主の株式買取請求です。合併・会社分割・株式交換・事業譲渡などに反対した株主は、会社に対し、自分の株式を「公正な価格」で買い取るよう請求できます。
中小企業でも、親族や元役員、取引先が少数株主として残っている会社で事業譲渡や合併を進めると、この請求を受けることがあります。この記事では、会社法の条文と、裁判所ウェブサイトで確認できる最高裁判所の決定をもとに、手続き、価格の考え方、税金、事前の備えを整理します。
- 合併・会社分割・株式交換・事業譲渡などで株主総会決議が必要なとき、事前に反対を通知し、総会でも反対した株主は、会社に株式の買取りを請求できる
- 請求は効力発生日の20日前の日から前日まで。協議が30日で調わなければ、その後30日以内に裁判所へ価格決定の申立てができる
- 「公正な価格」は、企業価値が増えない再編なら再編がなかったらの価格、増える再編なら条件が公正だったらの価格(最高裁平成23年・平成24年決定)
- 公正な手続きで決めた条件は裁判所も尊重する。最高裁令和8年9月30日決定は、競合提案があったことを理由に買取価格を上乗せした高裁の判断を誤りとした
- 会社が買い取ると、個人株主には原則としてみなし配当が生じる(合併の消滅会社の反対株主は例外)。会社側は資金の手当ても必要
株式買取請求ができる場面と、できない場面
株式買取請求は、会社の基礎を大きく変える決定を多数決で行う代わりに、反対した株主に退出の機会を保障する制度です。主な場面は次のとおりです。
| 場面 | 請求の相手 | 根拠条文 | 買取請求ができない主な例外 |
|---|---|---|---|
| 事業譲渡・事業全部の譲受けなど | 事業譲渡等をする会社 | 会社法469条・470条 | 事業譲渡の決議と同時に解散の決議をした場合、簡易な事業全部の譲受け(469条1項) |
| 吸収合併・吸収分割・株式交換(消える側・子会社になる側) | 消滅株式会社等 | 785条・786条 | 簡易分割など(785条1項) |
| 吸収合併・吸収分割・株式交換(存続する側・親会社になる側) | 存続株式会社等 | 797条・798条 | 簡易な組織再編(797条1項ただし書) |
| 新設合併・新設分割・株式移転 | 消滅株式会社等 | 806条・807条 | 簡易な新設分割など |
| 株式併合(端数が生じる場合) | 株式会社 | 182条の4・182条の5 | ― |
株式譲渡によるM&A(オーナーが自分の株式を買い手に売る方法)では、会社自体は何も決議しないため、この制度は使われません。少数株主の扱いが問題になるのは、主に事業譲渡、合併、株式交換などで会社が当事者になる場合と、株式譲渡のあとに残った少数株主を締め出す場合です。後者は株式併合・特別支配株主の売渡請求で解説しています。
なお、事業の「重要な一部」の譲渡でも、譲渡する資産の帳簿価額が総資産額の5分の1(定款で引下げ可)以下なら株主総会決議そのものが不要で、買取請求の対象にもなりません(467条1項2号)。どの手続きが必要かはM&Aに必要な株主総会・取締役会の決議で整理しています。
「反対株主」になるための手続きと期限
事前の通知と、総会での反対の両方が必要
株主総会の決議が必要な場合、買取請求ができる「反対株主」は次のどちらかです(469条2項、785条2項、797条2項)。
- 総会に先立って会社に反対の旨を通知し、かつ総会で実際に反対した株主(議決権を行使できる株主に限る)
- その総会で議決権を行使できない株主(議決権制限株式の株主など)
総会で反対票を投じただけでは足りず、事前の通知も必要です。逆に、事前に通知したのに総会を欠席すれば、反対株主には当たりません。
委任状の「否」でも反対通知に当たるとした最高裁決定
この「事前の通知」が争われたのが、最高裁令和5年10月26日第一小法廷決定(令和4年(許)第11号、民集77巻7号1860頁)です。吸収合併で消える会社が、宛先を自社とし、賛否欄のある委任状用紙を株主に送って議決権の代理行使を勧誘しました。株主は「否」に〇をつけて返送しました。
原審は申立てを却下しましたが、最高裁は、会社自身がこうした用紙を送って勧誘し、株主が「否」に〇をつけて返送したという事実関係のもとでは、委任状の送付は合併に反対する旨の通知に当たるとして、原決定を破棄しました(裁判所ウェブサイト)。
会社側から見れば、委任状や書面投票の用紙の作り方しだいで、反対株主の範囲が変わり得るということです。
期限と流れ
| 時期 | 内容 | 根拠(合併の消滅会社の例) |
|---|---|---|
| 効力発生日の20日前まで | 会社が株主に、合併等をする旨を通知(公開会社などは公告で代替可) | 785条3項・4項 |
| 効力発生日の20日前の日〜前日 | 株主が、株式の数を明らかにして買取請求 | 785条5項 |
| 効力発生日 | 買取りの効力が生じる | 786条6項 |
| 効力発生日から30日以内 | 価格の協議。調えば効力発生日から60日以内に支払 | 786条1項 |
| その後30日以内 | 協議が調わなければ、株主または会社が裁判所に価格決定を申立て | 786条2項 |
一度した買取請求は、会社の承諾がなければ撤回できません(785条7項、469条7項)。ただし、効力発生日から60日以内に価格決定の申立てがないと、株主はいつでも撤回できるようになります(786条3項)。会社が再編そのものを中止すれば、請求は効力を失います(785条8項)。
裁判所が価格を決めた場合、会社は支払期限の後の法定利率による利息も負担します(786条4項)。そのため会社は、価格が決まる前でも、自らが公正と認める額を先に支払うことができます(786条5項)。利息の負担を抑える手段として覚えておくとよいでしょう。
「公正な価格」とは:最高裁判例で確認する
「公正な価格」の意味は、条文には書かれていません。最高裁の決定で判断の枠組みが示されてきました。いずれも裁判所ウェブサイトで内容を確認したものです。
| 決定 | 事案 | ポイント |
|---|---|---|
| 最高裁平成23年4月19日第三小法廷決定(平成22年(許)第30号) | 吸収合併等に反対した株主 | シナジーなど企業価値の増加が生じない場合、「公正な価格」は原則として請求日における、再編を承認する決議がなければ有したであろう価格(裁判所ウェブサイト) |
| 最高裁平成24年2月29日第二小法廷決定(平成23年(許)第21号) | 株式移転に反対した株主 | 企業価値が増える場合は、再編の比率が公正なものであったならば請求日に有していると認められる価格。特別の資本関係がない会社間で、情報が適切に開示され一般に公正と認められる手続で承認されれば、比率は原則として公正(裁判所ウェブサイト) |
| 最高裁平成27年3月26日第一小法廷決定(平成26年(許)第39号) | 非上場会社の吸収合併に反対した消滅会社の株主 | 収益還元法で価格を決める場合、非流動性ディスカウント(市場性がないことを理由とする減価)はできない(裁判所ウェブサイト) |
| 最高裁平成28年7月1日第一小法廷決定(平成28年(許)第4号) | 公開買付け後の全部取得条項付種類株式の取得 | 独立した第三者委員会の設置など利益相反を排除する措置をとり、一般に公正と認められる手続で行われた場合、取得価格は原則として公開買付価格と同額(裁判所ウェブサイト) |
| 最高裁令和8年9月30日第二小法廷決定(令和6年(許)第32号) | 競合する買収提案があった中での株式交換 | 公正な手続きで株式交換比率が決まった場合、競合提案や理論株価の試算が公表されていたことを理由に買取価格を上乗せすることはできない(裁判所ウェブサイト) |
最新の判断:令和8年9月30日決定
この決定は、上場会社が、資本業務提携の相手方(エイチ・ツー・オーリテイリング)の子会社2社を株式交換で完全子会社にした事案です。同じ時期に、別の会社(オーケー)からは、1株2,250円での公開買付けの提案が出ていました。
会社は、利害関係のない弁護士と社外取締役による特別委員会を設け、両案を比較検討させました。特別委員会は専門家の意見を聴きながら相手方と交渉し、提携先の議決権割合を当初提案の60%から58%に引き下げさせたうえで、株式交換を選ぶべきだと答申しました。会社は、株主に対して検討の過程や株式価値算定書の情報を公表し、DCF法による理論株価の試算は直ちに市場株価として実現する保証はないことも説明していました。株主総会は3分の2以上の賛成で株式交換を承認しています。
反対株主の買取請求に対し、会社は、決議の翌取引日から各請求日までの市場株価の出来高加重平均値のうち最高額である1株1,518円を提示しました。大阪高裁は、競合提案や理論株価の試算が公表されていた以上、それを考慮しないのは公正さを欠くとして、10%上乗せした1,670円を公正な価格としました。
最高裁は、この上乗せ部分を誤りとしました。理由は次のとおりです。
- 提携関係があり、特別の資本関係がない会社間と同列には扱えないが、独立した特別委員会が実質的な交渉を行い、情報が適切に開示されたうえで決議されたので、一般に公正と認められる手続により効力が生じた
- そのため株式交換比率は公正で、公表後の市場株価は公正な比率での株式交換を織り込んで形成されたとみられる
- 競合提案や試算が公表されていたことは、それ自体が企業価値の増加をもたらすものではない。株主総会は競合提案ではなく株式交換を選んだのだから、反対株主が競合提案が実現していれば得られた利益を得る理由はない
結論として、会社の提示額1,518円を買取価格とした第一審の決定が維持されました(裁判官全員一致)。
非上場会社にとっての意味
上場会社の事案が中心ですが、判断の枠組みは非上場会社にも通じます。
- 非上場会社には市場株価がないため、DCF法・収益還元法・純資産法などで価格を算定することになり、算定方法と前提が争点になる
- 非流動性ディスカウントの可否は手続きと評価方法で分かれる。反対株主の買取請求×収益還元法では認められなかった(平成27年決定)。詳しくは株式の買取価格が裁判で争われた事例をご覧ください
- 中小企業でも、独立した株価算定と、株主への丁寧な説明を記録に残しておくことが、価格の妥当性を示す材料になる
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る税金:株主と会社それぞれの扱い
個人株主:原則は「みなし配当+譲渡所得」
株式買取請求による買取りは、会社が自社の株式を取得する取引です。個人株主が受け取った金額のうち、その株式に対応する資本金等の額を超える部分は「みなし配当」として配当所得になり(所得税法25条1項5号)、残りの部分が株式の譲渡所得の収入金額になります。非上場株式のみなし配当は総合課税の対象になるため、所得の多い方は税負担が重くなることがあります。
ただし、次の買取りはみなし配当の対象から除かれ、全体が譲渡所得として扱われます(所得税法施行令61条1項)。
| 買取りの原因 | みなし配当 |
|---|---|
| 合併に反対する消滅会社の株主の買取請求による買取り | 生じない(8号) |
| 株式併合に反対する株主の買取請求(会社法182条の4)による買取り | 生じない(9号) |
| 事業譲渡・会社分割・株式交換に反対する株主の買取請求による買取り | 原則どおり生じる |
同じ「反対株主の買取請求」でも、どの再編に反対したかで税金の計算が変わります。株主に説明するときは、この違いも伝えておくとトラブルを防げます。
会社:自己株式の取得として処理する
会社側では、買い取った株式は自己株式になり、税務上は資本金等の額と利益積立金額を減らす処理をします。みなし配当が生じる場合、会社には源泉徴収の義務があります。協議で価格が決まった段階で、源泉徴収の要否と金額を確認しておく必要があります。
会社法上の「公正な価格」と、相続税・所得税の時価は別物です。協議で価格を決めるときも、税務上の時価との差が大きすぎないかを別途試算しておきます。
会社側の資金繰りと銀行への説明
株式買取請求は、会社から現金が出ていく手続きです。少数株主が多い会社では、買取額が想定以上にふくらむことがあります。
- 買取りの支払は、協議が調えば効力発生日から60日以内。裁判になれば、決定まで時間がかかり、利息も加算される
- 合併の存続会社や事業譲渡の当事会社が支払う資金は、運転資金とは別に手当てしておく必要がある
- 自己株式の取得で純資産が減るため、決算書上の自己資本比率が下がる
銀行は、組織再編の計画を聞いたときに「反対株主はいないか」「買取りの資金はどこから出すか」を確認します。再編の目的と資金計画を一緒に説明できれば、融資の判断にも悪影響を与えにくくなります。著書のモデルでは、債務償還年数((借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等))10年以内を健全の目安としています。買取資金を借入でまかなう場合は、この指標がどう動くかも事前に試算しておきます。
中小企業がとっておきたい備え
再編の前に株主を整理する
株式買取請求のリスクは、株主が分散しているほど大きくなります。事業承継やM&Aを控えているなら、早い段階で株主構成を確認し、名義株や所在不明株主、相続で分散した株式を整理しておくことが基本です。分散した株式の集約は分散した株式のリスクで、少数株主が持つ権利は少数株主の権利で解説しています。
手続きの「公正さ」を記録に残す
最高裁の決定は、いずれも手続きが公正であれば、当事者の判断を尊重するという方向で一貫しています。中小企業でも、次のような記録が後で価格の妥当性を示す材料になります。
- 株主名簿と実際の株主は一致しているか(名義株・所在不明株主はいないか)
- 再編の目的と、企業価値への効果を説明する資料があるか
- 独立した専門家による株価算定・比率算定を取得したか
- 株主総会の招集通知や委任状・書面投票の用紙の様式を、反対通知の扱いも含めて確認したか
- 反対株主が出た場合の買取資金と、みなし配当の源泉徴収の要否を試算したか
- 協議の段階で、会社が公正と考える額の先払い(利息負担の抑制)を検討したか
まとめ
- 合併・会社分割・株式交換・事業譲渡などに事前通知と総会での反対をした株主は、会社に株式の買取りを請求できる。請求期間は効力発生日の20日前の日から前日まで
- 協議が30日で調わなければ、その後30日以内に裁判所へ価格決定の申立て。会社は利息を抑えるため、公正と考える額を先払いできる
- 「公正な価格」は、再編がなかったらの価格か条件が公正だったらの価格。公正な手続きで決めた条件は尊重される(平成24年・平成28年決定)
- 令和8年9月30日決定は、競合提案や理論株価の公表を理由とする上乗せを認めず、会社の提示額を買取価格とした
- 税金は、原則みなし配当+譲渡所得。合併の消滅会社・株式併合の反対株主は例外で、全体が譲渡所得になる
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