「DCF法で計算すると、御社の価値は○億円です」。M&Aの提案書や株価算定書で、こうした数字を目にすることがあります。DCF法(ディスカウンテッド・キャッシュ・フロー法)は、会社が将来生み出すお金をもとに価値を出す方法で、理論的にはもっとも筋のよい評価方法の一つとされています。
ところが、中小企業にDCF法を使うと、事業計画や割引率の置き方ひとつで、株価が数割単位で動くことがあります。この記事では、中小企業庁の中小M&Aガイドライン、DCF法と非流動性ディスカウントをめぐる最高裁の決定、税務訴訟で争われた現預金の扱いをもとに、DCF法を中小企業に使うときの注意点を整理します。
- DCF法は「将来のフリー・キャッシュ・フロー(FCF)を割引率で現在価値に直し、合計する」方法。前提の置き方で結果が大きく変わる
- 中小M&Aガイドラインは、中小M&Aでは時価純資産法や類似会社比較法で算定するケースが多いと整理している。DCF法は他の方法と並べて使うのが現実的
- 注意点は、事業計画の根拠、割引率、継続価値、オーナー依存、現預金の扱いの5つ
- 裁判所は、DCF法から非流動性ディスカウントができるかについて、手続と評価の中身によって結論を分けている
- 税務上の時価や銀行の見方は、DCF法の結果とは別に確認が必要
DCF法とは:3つのステップで考える
DCF法の計算は、大まかに次の3つのステップに分かれます。
- 事業計画から将来のFCFを見積もる:FCFは、営業利益から税金を引き、減価償却費を足し戻し、設備投資と運転資本の増加分を差し引いたお金です
- 割引率で現在価値に直す:将来のお金は、リスクがある分だけ今のお金より価値が低いと考え、割引率で割り戻します
- 事業価値から株式価値を出す:計画期間の後の価値(継続価値)も加えて事業価値を出し、余剰資金などの非事業用資産を足し、有利子負債を引きます
東京地方裁判所の令和7年5月28日判決(後述)も、DCF法を「評価対象企業の事業計画に基づき将来のFCFを見積もり、割引率を用いて現在価値の総和(事業価値)を求め、非事業用資産の価値を加算して企業価値を算出し、有利子負債の時価を減算して株式価値を求める手法」と説明しています。事業価値と株式価値の関係は株式価値と事業価値(企業価値)の違いで詳しく解説しています。
中小M&AでDCF法が主役になりにくい理由
中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」(2024年8月)は、評価の方法を3つのアプローチに分けて紹介しています。そのうえで、日本公認会計士協会の「企業価値評価ガイドライン」をもとに、それぞれの特徴を次のように整理しています。
| 項目 | コストアプローチ(時価純資産法など) | マーケットアプローチ(類似会社比較法など) | インカムアプローチ(DCF法など) |
|---|---|---|---|
| 客観性 | ◎ | ◎ | △ |
| 市場での取引環境の反映 | △ | ◎ | ○ |
| 将来の収益獲得能力の反映 | △ | ○ | ◎ |
| 固有の性質の反映 | ○ | △ | ◎ |
※◎優れている、○やや優れている、△問題となるケースもある(中小M&Aガイドライン第3版の表をもとに作成)
DCF法は「将来の稼ぐ力」と「その会社ならではの事情」を反映できる一方で、客観性に△がついているのがポイントです。同ガイドラインは、税理士の支援内容の説明の中で「中小M&Aの場合、時価純資産法で算定されるケースが多い」とも書いています。
中小企業でDCF法が使いにくい理由は、主に次の3つです。
- 事業計画がない、または銀行提出用の簡単なものしかない。DCF法の出発点がそもそも弱い
- 社長個人の営業力や人脈に依存している。社長が抜けた後のFCFを見積もるのが難しい
- 規模が小さく、数字の振れ幅が大きい。大口取引先1社の動きで計画が崩れる
そのため実務では、時価純資産法やEV/EBITDA倍率法で目安を出し、DCF法は「計画どおりに進んだらいくらか」を確かめる補助線として並べることがよくあります。年買法やEBITDA倍率の考え方は年買法の考え方と限界と中小企業M&Aは正常EBITDAの何倍で取引されるかで紹介しています。
DCF法を使うときの5つの注意点
| 注意点 | 何が起きやすいか | 確認したいこと |
|---|---|---|
| ① 事業計画の根拠 | 売上が右肩上がりの「希望」の計画になる | 過去3〜5年の実績との連続性、受注残、取引先との契約 |
| ② 割引率 | 数%の違いで株価が大きく変わる | 類似上場会社の数値の選び方、規模・個別リスクの上乗せの根拠 |
| ③ 継続価値 | 株式価値の大半を占め、永久成長率の置き方で大きく動く | 計画最終年度が「平常の年」になっているか |
| ④ オーナー依存・正常化 | 社長の報酬や個人経費を調整しないまま計画を作る | 社長退任後の人件費、私的費用の除外 |
| ⑤ 現預金・非事業用資産 | 手元資金をすべて「余剰」と扱い、価値を水増し(または過小評価)する | 運転資金として必要な現預金の水準 |
① 事業計画は「過去の実績」とつなげる
DCF法の結果は、事業計画の質で決まります。過去3期の売上が横ばいなのに、計画では毎年10%成長している、というような計画は、買い手のDD(デューデリジェンス)で真っ先に修正されます。過去の実績、受注残、主要取引先との契約期間など、数字の根拠を説明できる計画にすることが出発点です。事業計画の妥当性の見方は企業価値の前提になる事業計画の妥当性で扱います。
② 割引率と③ 継続価値の感応度
割引率と継続価値は、結果への影響がとても大きい項目です。単純化した例で確認します。毎年3,000万円のFCFが、成長も減少もせずにずっと続くと仮定すると、価値は「FCF÷割引率」で計算できます。
| 割引率 | 価値(3,000万円÷割引率) |
|---|---|
| 8% | 3億7,500万円 |
| 10% | 3億円 |
| 12% | 2億5,000万円 |
割引率を8%から12%に変えるだけで、価値は1億2,500万円も変わります。中小企業は上場会社より規模が小さく、事業のリスクも高いと考えられるため、割引率に上乗せをすることがありますが、その幅には決まった公式がありません。だからこそ、どの数値をどう選んだかを説明できることが重要になります。
④ オーナー依存と⑤ 現預金の扱い
社長の役員報酬や個人的な経費を含んだままの利益で計画を作ると、FCFが実態とずれます。役員報酬・個人経費の調整は役員報酬・オーナー個人の経費の正常化をご覧ください。
現預金の扱いも見落とされがちです。DCF法では、事業に必要な現預金は運転資本の一部として事業価値の中に含まれ、それを超える余剰資金だけを非事業用資産として足します。この区別が、次に紹介する税務訴訟の争点になりました。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る裁判所はDCF法をどう扱ったか
非上場株式の価格が裁判で争われた場面でも、DCF法や収益還元法が使われています。公表されている3つの裁判例を紹介します。
| 裁判 | 場面 | 判断のポイント |
|---|---|---|
| 最高裁第一小法廷 平成27年3月26日決定(平成26年(許)第39号) | 吸収合併に反対した株主の株式買取請求(会社法785条・786条) | 収益還元法で価格を決める場合、非流動性ディスカウントはできない |
| 最高裁第三小法廷 令和5年5月24日決定(令和4年(許)第8号) | 譲渡制限株式の売買価格の決定(会社法144条2項) | DCF法の評価で市場性のなさが考慮されていなければ、非流動性ディスカウントができる |
| 東京地裁 令和7年5月28日判決(令和3年(行ウ)第484号) | グループ会社間の株式譲渡の対価が法人税法上の時価として争われた事案 | DCF法を使うことが適切とし、現預金の全額を余剰資金とした課税庁の評価を不合理とした |
最高裁 平成27年3月26日決定:収益還元法からの減価は認めず
非上場会社の吸収合併に反対した株主が、株式を公正な価格で買い取るよう請求した事案です。鑑定人は収益還元法で将来の純利益の現在価値を約3億6,158万円と算定し、非流動性ディスカウントとして25%を減価して1株80円としました。原審もこれを認めました。
最高裁は、収益還元法には市場での取引価格との比較という要素が含まれていないため、市場性がないことを理由にさらに減価することは相当でないと判断し、1株106円と決定しました(裁判所ウェブサイト)。
最高裁 令和5年5月24日決定:DCF法から30%の減価を認めた
非上場会社が株主からの譲渡承認請求を承認せず、会社が買い取る際の売買価格が争われた事案です。鑑定人はDCF法で評価額を算定し、そこから非流動性ディスカウントとして30%を減価しました。
最高裁は、売買価格の決定は譲渡を希望する株主に投下資本の回収手段を保障する手続であり、市場性がないことによる減価が相当なら、任意に譲渡される場合と同様に非流動性ディスカウントができるとしました。ただし、評価の過程で市場性のなさがすでに十分考慮されているなら、さらに減価するのは二重の減価になるので相当でないとも述べています。本件では、類似上場会社の数値を使って割り引いており、市場性のなさは考慮されていなかったため、減価を認めました(裁判所ウェブサイト)。
2つの決定を並べると、「DCF法なら割り引ける、収益還元法なら割り引けない」という単純な話ではないことが分かります。どの手続で、評価の中身に何が織り込まれているかが問われています。
東京地裁 令和7年5月28日判決:現預金をどこまで「余剰」とみるか
大企業グループの親会社が子会社株式をグループ内の別の会社に売却し、その価格が時価より低いとして課税された事案です。争点は、DCF法の評価で、子会社が持つ現預金のうちどこまでを余剰資金(非事業用資産)とみるかでした。課税庁は、グループの資金管理の仕組み(CMS)に預けた資金の全額を余剰資金とみて、評価額を引き上げていました。
裁判所は、事業に必要な現預金は運転資本の一部であり、余剰資金は保有現預金から事業に必要な額を除いて算定するのが基本だとしました。そのうえで、売掛金の回収期間が長いなどの事業の特性と、それを踏まえた会社の経営方針を尊重し、納税者側の評価に相応の合理性があるとして更正処分を取り消しました(裁判所ウェブサイト。第一審の判決です)。
規模は大きく違いますが、中小企業でも「通帳にある現預金は全部、価値に足せる」とは限らないという点は共通です。現預金とネットデットの考え方はネットデット(純有利子負債)と現預金の扱いで解説しています。
税務上の時価と、DCF法の価格は別物
利害関係のない第三者とのM&Aであれば、交渉で合意した価格がそのまま取引の価格になります。しかし、親族や同族会社、グループ会社との株式の売買では、税務上の時価との差が問題になります。
- 個人が法人に時価の2分の1未満で譲渡すると、時価で譲渡したものとみなされる(所得税法59条1項2号、所得税法施行令169条)。取引相場のない株式の時価は、所得税基本通達59-6の条件のもとで財産評価基本通達の例により算定するのが原則
- 法人が低い価格で売ると、時価との差額が寄附金とされることがある(法人税法37条)。法人税基本通達9-1-13・9-1-14に評価の取扱いがある
DCF法の価格が税務上の時価として認められた例もありますが(前記の東京地裁判決)、それは評価の前提を一つずつ立証できたからです。関係者間で株式を動かすときは、DCF法の結果と税務上の評価を両方出して比べることをおすすめします。相続税評価額・税務上の時価・M&A価格の違いは相続税評価額・税務上の時価・M&A価格はなぜ違うかで整理しています。
銀行はDCF法の価格をそのまま信用しない
買い手が買収資金を借りる場合、銀行が見るのはDCF法の株価ではなく、買収後のキャッシュ・フローで借入を返せるかです。代表の相亰の著書のモデルでは、債務償還年数=(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)で返済能力を見て、10年以内を健全の目安としています。DCF法で高い価格を正当化しても、借入の返済年数が延びれば融資は通りにくくなります。M&Aの融資の考え方はM&Aで融資をどう使うか、銀行はどこを見るかやM&Aの買収資金の調達もご覧ください。
まとめ
- DCF法は将来のFCFを割引率で現在価値に直す方法。事業計画・割引率・継続価値の置き方で株価が大きく動く
- 中小M&Aガイドラインは、中小M&Aでは時価純資産法などで算定するケースが多いと整理している。DCF法は他の方法と並べて使うのが現実的
- 割引率を8%から12%に変えるだけで、価値が3割以上変わることがある。根拠を説明できることが何より大切
- 最高裁は、非流動性ディスカウントについて、手続と評価の中身によって結論を分けている
- 現預金は全額が「余剰」とは限らない。税務上の時価や銀行の見方は別に確認する
クレフティには、大手FASでバリュエーションや財務DDを担当してきた公認会計士・税理士が在籍し、DCF法を含む株価算定や、相手方が出した算定書のセカンドオピニオンをお受けしています。初回のご相談は無料で、担当者がお話を伺ったうえで、担当の公認会計士・税理士が対応します。詳しくは事業承継・M&A支援のページをご覧ください。
