親が高齢になり、判断能力が落ちたあとに賃貸アパートの修繕や入居者との契約、売却ができなくなることへの備えとして、家族信託で賃貸不動産を管理する方法が広く知られるようになりました。名義を子(受託者)に移し、家賃などの利益は親(受益者)が受け取り続ける仕組みです。
ただ、家族信託は「名義と利益が分かれる」ため、税務では誰に課税されるか、赤字が出たらどうなるか、会計では誰の帳簿に載せるか、銀行取引では既存のローンをどう扱うか、といった論点が生じます。この記事では、賃貸不動産の家族信託で押さえておきたい税務・会計・銀行の論点を整理します。
- 家族信託の課税は受益者に対して行われる。委託者=受益者(自益信託)なら設定時に贈与税はかからない
- 受益者が亡くなって次の受益者に移るときは、相続・遺贈で取得したものとみなされ相続税の対象になる
- 個人の受益者について、信託から生じた不動産所得の損失はなかったものとみなされ、損益通算も繰越しもできない
- 受託者は信託の計算書などの法定調書の提出、受益者は信託ごとの明細書を確定申告書に添付する
- 既存ローンがある物件は金融機関の承諾が論点。信託後の追加借入れ(信託内融資)に対応する金融機関は限られる
家族信託の基本:名義は受託者、利益は受益者
家族信託(民事信託)では、次の3者が登場します。
| 役割 | 典型例 | 何をするか |
|---|---|---|
| 委託者 | 親 | 財産を信託する人 |
| 受託者 | 子 | 名義人として財産を管理・処分する人 |
| 受益者 | 親(親の死亡後は配偶者や子など) | 家賃などの利益を受け取る人 |
賃貸アパートを信託すると、登記上の所有者は受託者になり、受託者が賃貸借契約の貸主として家賃を受け取り、修繕や管理会社との契約を行います。家賃から経費を差し引いた利益は受益者のものです。親が認知症になっても受託者が管理を続けられること、信託契約で親の死亡後の受益者(実質的な承継者)まで決めておけることが、主な利用目的です。
税務上の扱い:課税は受益者に
設定時・受益者変更時・終了時
税務では、家族信託の多くは受益者等課税信託として扱われ、受益者が信託財産を持っているものとみなして課税されます(所得税法13条1項、法人税法12条1項)。受託者は名義人にすぎず、受託者に課税されることはありません。
| 場面 | 課税関係 | 根拠 |
|---|---|---|
| 設定時(委託者=受益者) | 経済的な移転がないため、贈与税も譲渡所得も生じない | 相続税法9条の2 |
| 設定時(委託者≠受益者、対価なし) | 受益者が委託者から贈与により取得したものとみなす | 相続税法9条の2第1項 |
| 受益者の死亡で次の受益者へ | 次の受益者が遺贈により取得したものとみなす(相続税) | 相続税法9条の2第2項 |
| 信託期間中の家賃収入 | 受益者の不動産所得として申告 | 所得税法13条 |
| 信託の終了 | 残余財産を受け取る人と直前の受益者が異なれば、贈与・遺贈により取得したものとみなす | 相続税法9条の2第4項 |
相続税では、受益者が取得した信託に関する権利は、信託財産そのものを取得したものとして評価します。賃貸アパートなら、これまでどおり貸家・貸家建付地として評価され、要件を満たせば小規模宅地等の特例の対象にもなりえます(措置法通達69の4-1の2)。特例の要件は小規模宅地等の特例(貸付事業用宅地等)と3年要件で解説しています。
最大の注意点:信託の不動産所得の損失はなかったものとみなす
賃貸不動産の家族信託で最も見落とされやすいのが、損失の扱いです。国税庁のタックスアンサー(No.1391 不動産所得が赤字のときの他の所得との通算)では、信託の受益者である個人について、信託から生じた不動産所得の損失は生じなかったものとみなされるとしています(租税特別措置法41条の4の2)。
- 給与所得など他の所得との損益通算ができない
- 信託以外の不動産所得の黒字や、他の信託の黒字とも通算できない
- 生じなかったものとみなされるため、翌年以降に繰り越すこともできない
たとえば、信託した築古アパートで大規模修繕をして赤字になっても、親が個人で持っている別のアパートの黒字とは相殺できません。減価償却費が大きい物件や、近く大規模修繕を予定している物件を信託するときは、信託する物件の組み合わせ(1つの信託にまとめるか分けるか)も含めて収支を試算する必要があります。減価償却と損益通算の基本は不動産所得の赤字と損益通算も参考にしてください。
個人と法人の違い
| 項目 | 個人が受益者 | 法人が受益者 |
|---|---|---|
| 課税 | 受益者の不動産所得 | 受益者である法人の益金・損金 |
| 信託の損失 | 生じなかったものとみなす(損益通算・繰越し不可) | 一定の場合に損金算入が制限される(措置法67条の12) |
| 相続税 | 受益権が相続財産になる | 法人の株式の評価に反映 |
| 確定申告の添付 | 信託ごとの明細書を添付 | 法人税申告で処理 |
賃貸不動産の家族信託は、個人が受益者になる形が一般的です。法人が受益者になる設計は、資産管理法人を使った承継対策と組み合わせる場合などに限られ、個別の検討が必要です。
受託者の手続
受託者は、信託の計算書(所得税法227条)を原則として翌年1月31日までに、信託の効力が生じたときや受益者が変わったときなどには信託に関する受益者別調書(相続税法59条3項)を、その事由が生じた月の翌月末日までに税務署へ提出します(提出が不要となる場合もあるため、国税庁の法定調書の案内で確認してください)。受益者は、確定申告書に信託ごとの不動産所得の明細書を添付します。
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不動産投資家向け税務・融資支援を見る会計上の扱いと表示:信託の帳簿と受益者の帳簿
信託財産の帳簿
信託法は、受託者に信託財産の帳簿を作り、毎年1回、貸借対照表と損益計算書などを作成することを求めています(信託法37条)。家族信託では、受託者である子が、信託口口座の入出金をもとに家賃・管理費・修繕費・借入返済を記録することになります。受託者自身の財産と混ざらないよう、信託口口座を分けて管理するのが基本です。
受益者の帳簿と決算書
受益者の確定申告では、信託財産の収入・経費を受益者の不動産所得として計算します。法人が受益者になる場合の企業会計は、一般に公正妥当と認められる会計基準(GAAP:Generally Accepted Accounting Principles)に従います(会社法431条の「一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行」)。企業会計基準委員会の実務対応報告第23号「信託の会計処理に関する実務上の取扱い」では、委託者兼当初受益者が1人の金銭以外の信託について、信託財産を直接保有する場合と同様に処理する考え方が示されています。
税務上の扱い(損失はなかったものとみなす等)と、帳簿・決算書に収支をどう記録するかは別の問題です。帳簿には実際の収支を正しく記録し、税務上の調整は申告の段階で行います。
銀行からの見え方:既存ローンと信託内融資
家族信託でつまずきやすいのが、借入れとの関係です。
- 既存ローンがある物件:信託すると所有権が受託者に移ります。抵当権が付いていても信託の登記自体はできますが、金融機関との約定で、担保物件の譲渡や名義変更に承諾が必要とされていることが多く、無断で進めると期限の利益の喪失などを問われるおそれがあります。債務者は委託者(親)のままなのか、受託者が債務を引き受けるのかも整理が必要です
- 信託後の追加借入れ:信託した物件の建替えや大規模修繕に借入れが必要になったとき、受託者が信託財産のために借りる「信託内融資」に対応する金融機関は限られます。信託契約に、受託者が借入れや担保設定をできる権限を明記しておく必要があります
- 受益者の返済能力:返済原資は信託財産から生じる家賃です。信託の損失が損益通算できないことで、受益者個人の手取りが想定より減ることもあり、資金繰りの試算は税引後で行います
著書のモデルでは、銀行は返済能力(債務償還年数)を重視します。家族信託をしても物件の収益力や借入れの総額は変わらないため、信託は「管理の仕組み」であって、財務を強くする手段ではないと理解しておくことが大切です。
家族信託と他の手段の比較
| 手段 | 判断能力低下後の管理 | 承継先の指定 | 税務上の主な注意点 |
|---|---|---|---|
| 家族信託 | 受託者が継続して管理・処分できる | 信託契約で次の受益者・帰属権利者を指定できる | 信託の損失は損益通算不可。受益者変更時に相続税 |
| 成年後見 | 後見人が管理するが、積極的な運用・処分は難しい | 指定できない(別に遺言が必要) | 特になし |
| 遺言 | 生前の管理には効力なし | 指定できる | 相続時に通常の相続税 |
| 資産管理法人への移転 | 法人の役員が管理 | 株式の承継で対応 | 移転時の譲渡所得・不動産取得税・登録免許税 |
法人に移す方法との違いは個人から法人へ物件を移すときの税金で解説しています。共有名義のまま相続して管理が止まるリスクは相続で共有になった賃貸物件のリスクと解消方法もご覧ください。
実務のチェックポイント
| 確認項目 | 内容 |
|---|---|
| 信託の目的 | 認知症対策(管理の継続)か、承継先の指定か。目的に合った契約内容か |
| 受益者の設計 | 当初受益者は委託者本人か。委託者以外を受益者にすると贈与税の対象になる |
| 損失の試算 | 信託する物件の今後数年の収支で、損失が出る年はないか。信託の単位をどう分けるか |
| 借入れ | 既存ローンの借入先の承諾を得たか。信託内融資が必要になる場面を想定したか |
| 受託者の権限 | 売却・建替え・借入れ・担保設定を受託者ができる内容になっているか |
| 帳簿と口座 | 信託口口座を開設し、受託者の財産と分けて記録しているか |
| 法定調書・申告 | 受託者の調書提出、受益者の明細書添付の準備はできているか |
まとめ
- 家族信託の課税は受益者に対して行われる。委託者=受益者なら設定時に贈与税はかからない
- 受益者の死亡で次の受益者に移ると、遺贈により取得したものとみなされ相続税の対象になる
- 個人の受益者について、信託から生じた不動産所得の損失はなかったものとみなされ、損益通算も繰越しもできない
- 受託者は信託財産の帳簿を作り、法定調書を提出する。受益者は信託ごとの明細書を申告書に添付する
- 既存ローンは借入先の承諾が論点。信託は管理の仕組みであって、財務を強くする手段ではない
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