賃貸アパートや月極駐車場の敷地を相続すると、小規模宅地等の特例(貸付事業用宅地等)によって、200㎡までの部分の評価額を50%減額できます。相続税の負担を大きく左右する制度ですが、「相続開始前3年以内に貸し始めた土地は原則として対象外」という3年要件や、空室の扱い、申告期限までの保有・事業継続など、条件を一つでも外すと使えなくなります。
この記事では、貸付事業用宅地等の要件を税務・会計・銀行の3つの視点から整理し、国税不服審判所の公表裁決事例をもとに、どこで判断が分かれるのかを解説します。
- 貸付事業用宅地等は限度面積200㎡、減額割合50%。不動産貸付業・駐車場業・自転車駐車場業・準事業の敷地が対象
- 相続開始前3年以内に新たに貸付事業の用に供された宅地等は原則対象外。3年を超えて特定貸付事業(事業的規模の貸付け)を行っていた場合は例外
- 取得した親族は、申告期限まで事業を引き継ぎ、土地を持ち続ける必要がある
- 空室は「一時的な中断」なら対象に含まれるが、長期空室は対象外とされうる(令和5年4月12日裁決)
- 法人所有の土地は対象外。個人の土地を同族会社に相当の対価で貸している場合は対象になりうる
貸付事業用宅地等の基本:200㎡まで50%減額
国税庁のタックスアンサー(No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例)によると、貸付事業用宅地等は、相続開始の直前に被相続人等の貸付事業(不動産貸付業、駐車場業、自転車駐車場業、準事業)の用に供されていた宅地等です。準事業とは、事業と称するに至らない規模の不動産の貸付けその他これに類する行為で、相当の対価を得て継続的に行うものをいいます。
| 区分 | 限度面積 | 減額割合 | 主な対象 |
|---|---|---|---|
| 特定事業用宅地等 | 400㎡ | 80% | 被相続人等の事業(貸付事業を除く)の敷地 |
| 特定同族会社事業用宅地等 | 400㎡ | 80% | 同族会社の事業(不動産貸付業などを除く)の敷地 |
| 特定居住用宅地等 | 330㎡ | 80% | 自宅の敷地 |
| 貸付事業用宅地等 | 200㎡ | 50% | アパート・貸家・駐車場などの敷地 |
貸付事業用宅地等を選ぶ場合は、他の区分と合わせて次の算式の範囲内に収める必要があります。
1㎡あたりの評価額が高い土地から選ぶのが基本ですが、自宅(80%減額)と賃貸物件の敷地(50%減額)のどちらを優先するかは、単価と面積の組み合わせで試算して決めます。
取得者の要件
被相続人の貸付事業に使われていた宅地等を取得した親族は、次の2つを満たす必要があります。
- 事業承継要件:相続税の申告期限までに貸付事業を引き継ぎ、申告期限まで貸付事業を行っていること
- 保有継続要件:申告期限までその宅地等を持っていること
申告期限(相続開始を知った日の翌日から10か月以内)より前に売却すると、特例は使えません。納税資金のために物件を売る予定がある場合は、どの土地に特例を使い、どの土地を売るかを最初に整理する必要があります。売却する場合の税金は相続税の取得費加算の特例と納税資金のための売却で解説しています。
3年要件:相続開始前3年以内に貸し始めた土地は原則対象外
平成30年度の税制改正で、相続開始前3年以内に新たに貸付事業の用に供された宅地等(3年以内貸付宅地等)は、貸付事業用宅地等から除かれることになりました。相続の直前に更地にアパートを建てたり、駐車場にしたりして評価を下げる行為を抑えるための改正です。
例外:3年を超えて特定貸付事業を行っていた場合
ただし、被相続人等が相続開始の日まで3年を超えて引き続き特定貸付事業を行っていた場合、その特定貸付事業に使われていた宅地等は3年以内貸付宅地等に当たりません。特定貸付事業とは、貸付事業のうち準事業以外のもの、つまり事業的規模の貸付けです。
租税特別措置法関係通達69の4-24の4は、特定貸付事業に当たるかどうかを「社会通念上事業と称するに至る程度の規模」で行われていたかどうかで判定するとし、所得税で不動産所得を生ずべき事業として行われていれば特定貸付事業に当たるという考え方を示しています。所得税では、おおむね5棟以上の貸家、またはおおむね10室以上の貸室があれば原則として事業として扱われます(所得税基本通達26-9、タックスアンサーNo.1373)。
| ケース | 3年以内貸付宅地等に当たるか |
|---|---|
| 区分マンション1室だけを貸す人が、2年前に駐車場の貸付けを始めた | 当たる(準事業のため例外なし)→ 対象外 |
| 20室のアパートを10年経営している人が、2年前に新しいアパートを建てた | 当たらない(3年超の特定貸付事業)→ 対象になりうる |
| 入居者が退去し、速やかに次の入居者に貸した | そもそも「新たに」供したものではない |
| 建替え工事の後、速やかに貸付けを再開した | 「新たに」供したものではない(措置法通達69の4-24の3) |
「新たに貸付事業の用に供された」とは
措置法通達69の4-24の3では、貸付事業以外の用途に使っていた宅地等や未利用地を貸付けに使い始めた場合が「新たに」に当たり、借家人の退去後に速やかに次の貸付けを行った場合や、建替え工事の後に速やかに貸付けを再開した場合は当たらないとされています。入居者の入替えのたびに3年のカウントがやり直しになるわけではありません。
空室の扱い:一時的な中断かどうか
措置法通達69の4-24の2は、相続開始の時点で貸付事業の用に現に供されていた部分が対象であり、一時的に賃貸されていなかったと認められる部分は含まれる、としています。考え方は貸家建付地の評価とよく似ています。貸家建付地の賃貸割合と一時的な空室については賃貸物件の相続税評価で詳しく解説しました。
令和5年4月12日裁決(国税不服審判所)
- 事案:令和元年に開始した相続で、請求人は木造2階建て・全8室の共同住宅とその敷地を取得し、敷地全体に貸付事業用宅地等の特例を適用して申告した。相続開始の直前に賃貸中だったのは3室で、5室は空室。うち3室は少なくとも4年6か月以上空室で、残る2室は相続開始の約2か月前と約5か月前に退去していた
- 請求人の主張:特例の法令には賃貸割合を掛ける定めはなく、空室も含めて貸付事業に使っていた。被相続人は複数のインターネットサイトで入居者を募集していた
- 判断:「一時的に賃貸されていなかった」といえるのは、引き続き賃貸される具体的な見込みが客観的にあり、近接した時期に新たな賃貸借契約が結ばれたなど、実質的にみて相続開始の時に賃貸されていたのと同視できる場合に限られる。長期空室の3室はもちろん、退去から間もない2室についても、平成20年に結んだ一般媒介契約による広告が掲載され続けていただけで仲介実績がなく、業者は数年来オーナーと連絡が取れていなかったことから、広告を放置していたにすぎず、申告期限まで新たな入居者もいなかった。空室部分に対応する敷地には特例は適用されないとして、請求を棄却
- 一次情報:国税不服審判所 公表裁決事例(令和5年4月12日裁決)
この裁決から読み取れるのは、ポータルサイトに広告が残っているだけでは「募集していた」とは評価されないということです。退去から日が浅い部屋でも、実際に募集活動をしていなければ一時的な空室とは認められませんでした。管理会社とのやり取り、条件の見直し、内見の記録など、実際に貸そうとしていたことを示す記録を部屋ごとに残しておくことが備えになります。
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不動産投資家向け税務・融資支援を見る税務上の扱い:個人と法人の違い
小規模宅地等の特例は個人の相続税の制度です。法人で賃貸物件を持っている場合との違いを整理します。
| 項目 | 個人で土地を保有 | 法人で土地を保有 | 個人の土地を同族会社に貸す |
|---|---|---|---|
| 相続の対象 | 土地そのもの | 法人の株式 | 土地(貸宅地など)と株式 |
| 小規模宅地等の特例 | 貸付事業用宅地等として適用可 | 適用されない | 相当の地代を受けていれば貸付事業用宅地等になりうる |
| 会社がアパート経営をしている場合 | ― | ― | 特定同族会社事業用(80%)ではなく、貸付事業用(50%)の区分 |
| 使用貸借(無償)の場合 | 貸付事業に当たらない | ― | 貸付事業に当たらず、特例の対象外 |
特定同族会社事業用宅地等は、同族会社の事業から不動産貸付業などが除かれているため、会社が賃貸業を営んでいる場合は貸付事業用宅地等の区分になります。また、国税庁のQ&Aでは、使用貸借で無償で貸していた土地は対象外とされています。地代の水準が固定資産税程度にとどまると「相当の対価」を得ているといえず、貸付事業に当たらないと判断されるおそれがあります。
法人のBSとの関係
法人で賃貸物件を持つと、相続の対象は株式になり、株式の評価では法人の土地を相続税評価額で評価します(課税時期前3年以内に取得した土地等は通常の取引価額)。小規模宅地等の特例は使えないため、個人で持つ場合と相続税の負担を比べるときは、この差も含めて試算します。個人と法人の相続税の違いは不動産を法人で持つと相続税はどう変わる?で整理しています。
会計上の扱いと表示:特例は決算書に何も反映されない
小規模宅地等の特例は、相続税の課税価格を計算するときだけの減額です。土地の帳簿価額や決算書の数字が変わるわけではありません。
企業会計は、一般に公正妥当と認められる会計基準(GAAP:Generally Accepted Accounting Principles)に従って処理します。会社法431条は「一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行」に従うことを求め、法人税法22条4項も、収益・費用は「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」に従って計算するとしています。中小企業では、中小企業の会計に関する指針や要領がその中心です。
| 場面 | 税務(相続税) | 会計(個人の帳簿・法人の決算書) |
|---|---|---|
| 相続で土地を取得 | 特例で評価額を50%減額 | 個人の不動産所得の帳簿では、被相続人の取得価額・取得日を引き継ぐ |
| 同族会社に土地を貸す | 相当の地代なら特例の対象になりうる | 会社側は支払地代を費用(販管費)に計上 |
| 相続税の支払い | 相続人個人の税金 | 法人の費用にはならない |
相続人が個人で賃貸事業を引き継ぐ場合、相続した土地・建物の取得価額は、相続税評価額ではなく被相続人の取得価額を引き継ぎます。特例で評価額が下がっても、譲渡所得や減価償却の計算には影響しません。
銀行からの見え方:特例を使える形で相続できるか
特例は相続税の額を変えるため、相続後の財務、特に借入れの返済能力に直結します。
- 納税資金と借入れ:相続税を物件の売却や新たな借入れで払う場合、申告期限まで売却できない土地があると資金計画が崩れる。どの土地に特例を使うかで、売却できる土地も変わる
- 借入の引継ぎ:アパートローンは相続人が引き継ぐのが一般的で、銀行は相続人の収入や資産、物件の収益で返済能力を見直す。空室が多い物件は、特例でも不利になり、収益でも評価が下がる
- 債務償還年数:著書のモデルでは、債務償還年数=(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)で返済能力を見る。相続税の支払いで現預金が減れば、分子が増えて年数が延びる
相続前から、空室を減らし、募集の記録を残し、事業的規模で賃貸経営を続けておくことは、相続税の面でも銀行の評価の面でも同じ方向に働きます。
実務のチェックポイント
| 確認項目 | 内容 |
|---|---|
| 貸付けの開始時期 | 各土地を貸付けに使い始めた日は、相続開始前3年以内か |
| 事業的規模 | 3年以内の土地がある場合、被相続人等が3年を超えて特定貸付事業を行っていたか(棟数・室数、所得区分) |
| 空室の記録 | 相続開始時の空室と、その空室期間・募集の記録を部屋ごとに確認したか |
| 対価 | 親族や同族会社への貸付けで、相当の対価(地代・家賃)を受けていたか。契約書はあるか |
| 承継と保有 | 取得する相続人が申告期限まで事業を引き継ぎ、土地を持ち続けられるか |
| 遺産分割 | 申告期限までに分割できるか。できない場合は「申告期限後3年以内の分割見込書」を提出したか |
| 選択の同意 | 特例を使う土地の選択について、取得者全員の同意があるか |
遺産分割がまとまらないうちの家賃の帰属は、遺産分割前の家賃は誰のものかで解説しています。
まとめ
- 貸付事業用宅地等は、アパート・貸家・駐車場などの敷地を200㎡まで50%減額できる
- 相続開始前3年以内に新たに貸付けを始めた土地は原則対象外。3年を超えて事業的規模の貸付け(特定貸付事業)を行っていた場合は例外
- 取得者は申告期限まで事業を引き継ぎ、土地を持ち続ける必要がある
- 空室は一時的な中断なら対象だが、長期空室の部分は対象外とされた裁決(令和5年4月12日)がある。募集の記録を残しておく
- 法人の土地は対象外。個人の土地を同族会社に相当の地代で貸している場合は対象になりうる
- 特例は相続税だけの話で、帳簿価額や決算書は変わらない。ただし納税資金と借入れを通じて、相続後の財務と銀行の評価に影響する
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