親が残した賃貸アパートの遺産分割がまとまらないまま、毎月の家賃だけは入ってくる。この家賃は、最終的に物件を相続する人のものなのか、それとも相続人全員のものなのか。遺産分割前の家賃の帰属は、相続人どうしの精算だけでなく、不動産所得の確定申告や、物件に借入れがある場合の銀行との協議にも関わる問題です。
この問題に答えを出したのが、最高裁平成17年9月8日判決です。この記事では、判決の内容を裁判所サイトの原文に沿って確認し、税務・会計・銀行の視点から実務での扱いを整理します。
- 相続開始から遺産分割までの家賃(賃料債権)は遺産とは別個の財産で、各相続人が相続分に応じて確定的に取得する(最高裁平成17年9月8日判決)
- 遺産分割には相続開始時にさかのぼる効力があるが、すでに生じた家賃の帰属は後の遺産分割の影響を受けない
- 所得税では、未分割期間の不動産所得は各相続人が法定相続分で申告し、分割が決まっても更正の請求・修正申告はできない
- 法人で持つ物件なら家賃は法人のもので、この問題は起きない(相続の対象は株式)
- 家賃を管理する口座、経費の支払い、借入の返済は、分割前から相続人全員で記録を共有しておく
最高裁平成17年9月8日判決の内容
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 裁判所 | 最高裁判所第一小法廷 |
| 判決日 | 平成17年9月8日 |
| 事件番号 | 平成16年(受)第1222号 預託金返還請求事件 |
| 掲載 | 民集59巻7号1931頁 |
| 結果 | 原判決破棄、大阪高等裁判所へ差戻し |
| 一次情報 | 裁判所 裁判例結果詳細、判決全文(PDF) |
事案の概要
被相続人は平成8年に亡くなり、相続人は妻と子4人でした。遺産には17件の不動産がありました。相続人らは、不動産から生じる賃料や管理費などを遺産分割で帰属が確定した時点で精算することにして、専用の銀行口座を開設し、賃借人に家賃をその口座に振り込んでもらい、管理費などもその口座から支払っていました。
その後、平成12年に大阪高等裁判所の決定で遺産分割が確定しましたが、口座の残金の分け方で争いになりました。
- 一方の主張:遺産分割は相続開始時にさかのぼるので、家賃も相続開始時にさかのぼって、各不動産を取得した相続人に帰属する
- 他方の主張:遺産分割の確定までは法定相続分で各相続人に帰属し、確定の翌日から各不動産を取得した相続人に帰属する
原審と最高裁の判断
原審(大阪高裁)は、遺産から生じる果実を取得する権利は遺産の所有権が帰属する者にあり、遺産分割の効力は相続開始時にさかのぼるとして、前者の主張を認めました。
最高裁はこれを是認せず、次のように判断しました。
- 遺産は、相続人が数人あるときは、相続開始から遺産分割までの間、共同相続人の共有に属する
- その間に遺産である賃貸不動産を使用管理した結果生ずる金銭債権たる賃料債権は、遺産とは別個の財産であり、各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得する
- 遺産分割は相続開始の時にさかのぼって効力を生ずるが、確定的に取得された賃料債権の帰属は、後にされた遺産分割の影響を受けない
そのうえで、相続開始から遺産分割決定の確定までの賃料は相続分に応じて各相続人が取得したものとして口座の残金を精算すべきであるとし、審理を尽くさせるため事件を差し戻しました。
判決から読み取れること
この判決は、相続人らが「遺産分割で確定した時点で精算する」と合意して口座を管理していた事案でも、精算の基準は相続分であるとしました。一方で、判決は相続人全員が別の分け方に合意することまで否定したものではありません。実務では、判決のルールを前提に、相続人間でどう精算するかを書面で取り決めておくことが大切です。
なお、被相続人名義の預金そのものについては、最高裁平成28年12月19日大法廷決定(平成27年(許)第11号)が、共同相続された普通預金債権などは相続開始と同時に当然に分割されることはなく、遺産分割の対象になるとしています(裁判所 裁判例結果詳細)。相続開始前からあった預金と、相続開始後に生じた家賃は、扱いが異なる点に注意が必要です。
税務上の扱い:不動産所得は法定相続分で申告する
所得税:未分割期間の申告
国税庁のタックスアンサー(No.1376 不動産所得の収入計上時期 Q&A)では、遺産分割が確定していない賃貸不動産から生じる所得は、各共同相続人が法定相続分に応じて申告するとしています。相続人の一人が家賃をまとめて管理していても同じです。
さらに、遺産分割が確定しても未分割期間の所得の帰属には影響しないため、分割の確定を理由とする更正の請求や修正申告はできないとされています。最高裁判決と同じ方向の考え方です。
| 期間 | 家賃の帰属(民法) | 不動産所得の申告(所得税) |
|---|---|---|
| 相続開始日まで | 被相続人 | 被相続人の準確定申告 |
| 相続開始の翌日〜遺産分割の確定まで | 各相続人が相続分に応じて取得 | 各相続人が法定相続分で申告 |
| 遺産分割の確定後 | 物件を取得した相続人 | 取得した相続人が申告 |
| 未分割期間分の精算 | 相続人間の合意による | 分割確定を理由とする更正の請求・修正申告は不可 |
必要経費(管理費、修繕費、固定資産税、借入金利子、減価償却費など)も、収入と同じ割合で各相続人に帰属させて計算するのが一般的です。遺言で相続分の指定がある場合などは、どの割合で申告するかを個別に確認してください。
相続税:家賃は相続財産に入るか
相続開始後に生じる家賃は遺産とは別個の財産なので、相続税の課税価格には含まれません。一方、相続開始時点ですでに支払期日が来ていた未収家賃は、被相続人の財産として相続税の対象になります。前受家賃や預かっている敷金は、債務として扱いを確認する場面です。貸主が亡くなったときの敷金・賃貸借契約の扱いは貸主・借主が亡くなったときの賃貸借契約と税務で整理します。
消費税:店舗・事務所の家賃がある場合
住宅の家賃は非課税ですが、店舗や事務所の家賃は課税売上です。消費税法基本通達1-5-5では、遺産分割が実行されるまでは各相続人が共同で事業を承継したものとして、被相続人の基準期間の課税売上高に相続分の割合を掛けて各相続人の納税義務を判定します。相続した年の申告全般は賃貸物件を相続した年の確定申告と準確定申告で解説しています。
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不動産投資家向け税務・融資支援を見る個人と法人で何が違うか
この問題が起きるのは、個人が所有している賃貸物件を相続した場合です。
| 項目 | 個人で保有 | 法人で保有 |
|---|---|---|
| 相続の対象 | 不動産そのもの | 法人の株式 |
| 相続後の家賃 | 遺産分割まで各相続人が相続分で取得 | 法人の売上のまま。相続の影響を受けない |
| 不動産所得の申告 | 各相続人が法定相続分で申告 | 法人が法人税の申告をする |
| 未分割のときの問題 | 家賃の管理・精算、各自の申告 | 株式が共有になり、議決権の行使には権利行使者の指定などが必要(会社法106条) |
| 借入の返済 | 相続人間で誰が返済するか調整が必要 | 法人が引き続き返済する |
法人で保有していれば、オーナーが亡くなっても家賃は法人に入り、借入れも法人が返済を続けます。賃貸事業そのものは止まりにくい形です。ただし、株式が未分割のまま共有になると、役員の選任などの意思決定が難しくなるため、遺言や株式の承継の準備は別に必要です。
会計上の扱い:家賃を管理する人の帳簿
個人の帳簿
未分割期間は、家賃を受け取る口座を誰が管理していても、各相続人が自分の持分に応じた収入・経費を自分の帳簿・申告に載せます。管理する相続人が他の相続人の取り分を預かっている状態なので、口座の入出金明細と、各相続人への分配額の計算表を毎年作り、全員で共有しておくと申告も精算もぶれません。青色申告を続ける場合は、各相続人が青色申告の承認申請を期限内に出す必要があります。
法人の決算書との関係
企業会計は、一般に公正妥当と認められる会計基準(GAAP:Generally Accepted Accounting Principles)に従います。会社法431条の「一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行」、法人税法22条4項の「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」がその根拠です。法人保有の物件なら、オーナーが亡くなっても家賃収入は売上高のまま計上され、相続人間の争いが決算書の売上に直接影響することはありません。
個人の相続人が、相続した物件を後から資産管理法人に移す場合は、譲渡所得や不動産取得税、借入れの引継ぎが論点になります。詳しくは個人から法人へ物件を移すときの税金をご覧ください。
銀行からの見え方:未分割期間の借入返済
物件にアパートローンが残っている場合、未分割の期間をどう乗り切るかは銀行にとっても大きな関心事です。
- 返済原資の確認:銀行は、家賃が誰の口座に入り、誰が返済しているかを確認する。家賃は相続分で各相続人に帰属する一方、返済は特定の相続人の口座から行われている、という状態は精算の争いを生みやすい
- 債務の引受け:遺産分割で物件を取得する相続人が借入れを引き継ぐ形に整理するのが一般的で、銀行は引き継ぐ相続人の収入・資産・物件の収益で返済能力を見直す
- 相続人の決算書:引き継ぐ相続人が資産管理法人を持っている場合、銀行はグループ全体の財務も見る。著書のモデルでは、返済能力(債務償還年数など)の配点が大きく、相続を機に借入れが増える場合の影響は事前に試算しておきたい
未分割の期間が長引くほど、修繕や入居者募集の判断が遅れ、物件の収益力そのものが落ちていきます。共有のまま固まってしまうリスクは相続で共有になった賃貸物件のリスクと解消方法で解説しています。
実務のチェックポイント
| 確認項目 | 内容 |
|---|---|
| 家賃の受取口座 | 相続開始後の家賃を被相続人の口座ではなく、管理用の口座で受け取る手配をしたか |
| 入出金の記録 | 家賃・管理費・修繕費・返済の明細を月ごとに残し、相続人全員に共有しているか |
| 精算のルール | 未分割期間の家賃・経費を相続分で精算することを、書面で合意したか |
| 確定申告 | 各相続人が法定相続分で不動産所得を申告しているか。青色申告の承認申請は済んでいるか |
| 未収家賃 | 相続開始時点の未収家賃を相続財産に計上したか |
| 借入れ | 銀行に相続の発生を連絡し、返済口座と引き継ぐ相続人の方針を伝えたか |
| 消費税 | 店舗・事務所の家賃がある場合、各相続人の納税義務を判定したか |
まとめ
- 相続開始から遺産分割までの家賃は、各相続人が相続分に応じて確定的に取得し、後の遺産分割の影響を受けない(最高裁平成17年9月8日判決)
- 被相続人名義の預金は遺産分割の対象(平成28年12月19日大法廷決定)で、相続開始後の家賃とは扱いが異なる
- 未分割期間の不動産所得は各相続人が法定相続分で申告し、分割が決まっても更正の請求・修正申告はできない
- 法人で保有していれば家賃は法人のもので、この問題は起きない。ただし株式の承継の準備は別に必要
- 家賃口座・経費・借入返済の記録を相続人全員で共有し、銀行には早めに方針を伝える
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