賃貸経営は長期の事業なので、貸主(オーナー)や借主(入居者)が亡くなる場面は避けて通れません。貸主・借主が亡くなったときの賃貸借契約がどうなるのか、敷金や家賃は誰のものになり、相続税や所得税でどう扱うのか。個人オーナーと法人オーナーでは、影響の大きさがまったく違います。
この記事では、貸主が亡くなった場合と借主が亡くなった場合に分けて、契約上の扱い、税務、会計、銀行との手続を整理します。
- 貸主が死亡:賃貸借契約は続き、貸主の地位と敷金の返還義務は相続人に引き継がれる。遺産分割までの家賃は相続人が相続分で取得
- 敷金の返還義務は相続税の債務控除の対象になりうる。長期・無利息の敷金は割引評価とされた裁決がある(平成12年3月28日)
- 相続開始時点で支払期日が来ている未収家賃は相続財産。家賃の帰属は支払期日で被相続人と相続人に分かれる
- 借主が死亡:民間賃貸の賃借権は相続される(公営住宅は別。最高裁平成2年10月18日判決)。解約・残置物・敷金精算は相続人と行う
- 法人オーナーなら、代表者が亡くなっても貸主は法人のまま。契約・家賃・借入れに変化はない
貸主が亡くなった場合の賃貸借契約
貸主の地位は相続人に引き継がれる
個人オーナーが亡くなると、賃貸物件の所有権とともに、貸主としての地位(家賃を受け取る権利、修繕義務、敷金を返す義務など)が相続人に引き継がれます(民法896条)。入居者との契約を結び直す必要はありません。
| 時期 | 貸主 | 家賃の帰属 |
|---|---|---|
| 相続開始まで | 被相続人 | 被相続人(準確定申告) |
| 相続開始〜遺産分割 | 相続人全員(共同) | 各相続人が相続分に応じて取得 |
| 遺産分割後 | 物件を取得した相続人 | 取得した相続人 |
遺産分割前の家賃の扱いは、最高裁平成17年9月8日判決が示しています。詳しくは遺産分割前の家賃は誰のものかをご覧ください。
入居者・管理会社・サブリース会社への対応
- 入居者:相続人(または遺言執行者)の名前、家賃の振込先の変更を書面で通知する。振込先が被相続人の口座のままだと、口座が凍結されて家賃が入金できなくなることがある
- 管理会社:管理委託契約も原則として相続人に引き継がれる。契約内容(送金先、修繕の決裁権限)を見直す
- サブリース(一括借上げ):被相続人がサブリース会社に一括で貸していた場合も、契約は相続人に引き継がれる。賃料改定や解約の条件を確認しておく
貸主死亡時の税務:敷金・未収家賃・前受家賃
相続税:敷金の返還義務は債務控除の対象
被相続人が入居者から預かっていた敷金は、退去時に返す義務がある金銭債務です。相続開始の時に存在し、確実と認められる債務は、相続税の課税価格から控除できます(相続税法13条・14条)。
ただし、債務の金額は相続開始の時の現況で評価します(相続税法22条)。公表裁決では、長期間無利息で預かる敷金について次の判断が示されています。
平成12年3月28日裁決(裁決事例集No.59)
- 事案:被相続人は、会社に事業用定期借地権(期間20年)で土地を貸す約束をし、敷金2,000万円を無利息で預かっていた。敷金は契約期間の終了後に一括返還する定めだった。相続人は敷金の全額を債務控除して申告し、原処分庁は年6%・20年の複利現価率で割り引いた額だけを控除すべきとして更正した
- 判断:無利息債務を承継した相続人は、返還期まで通常の利率による運用益を享受するので、債務控除額は敷金の額からその経済的利益の相続開始時の額を差し引いた金額とするのが相当。期間は相続開始から返還期までの21年、通常の利率は相続開始月以前10年間の長期国債(10年)の応募者利回りと長期プライムレートの平均をもとに年5%とし、控除額を718万円と認定した(原処分の624万円より多く、一部取消し)
- 一次情報:国税不服審判所 公表裁決事例(平成12年3月28日裁決)、要旨一覧(敷金、保証金等)
同じ要旨集には、賃貸ビルの保証金について、形式上は長期・無利息でも実質的には保証金の利息と賃料の一部を相殺しているだけだとして、現在価値の控除を認めなかった昭和57年6月14日裁決(裁決事例集No.24)も掲載されています。敷金・保証金の評価は契約期間・返還時期・賃料との関係によって変わるため、住宅の敷金と事業用の長期保証金を同じように扱わないよう注意が必要です。
未収家賃・前受家賃
| 項目 | 所得税(準確定申告・相続人の申告) | 相続税 |
|---|---|---|
| 相続開始前に支払期日が来た未収家賃 | 被相続人の不動産所得(準確定申告) | 相続財産(未収金) |
| 相続開始後に支払期日が来る家賃 | 相続人の不動産所得 | 相続財産ではない |
| 被相続人が預かっていた敷金 | 収入ではない(返還不要分は別) | 債務控除の対象になりうる |
| 相続開始前に受け取った翌月分の家賃(前受) | 契約上の支払期日で判定 | 預金として相続財産に含まれる |
不動産所得の収入は、原則として契約上の支払期日で計上します。死亡した年の申告の全体像は賃貸物件を相続した年の確定申告と準確定申告で解説しています。
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民間賃貸住宅の賃借権は相続される
入居者が亡くなっても、賃貸借契約は当然には終了しません。賃借権は財産権として相続人に引き継がれるため、貸主は相続人と解約・明渡し・敷金の精算を進めることになります。相続人がいない場合、居住用建物で事実上の夫婦や養親子と同様の関係にあった同居者は、賃借人の権利義務を承継できます(借地借家法36条)。
一方、公営住宅については、最高裁平成2年10月18日判決(平成2年(オ)第27号、民集44巻7号1021頁)が、入居者が死亡した場合にその相続人は公営住宅を使用する権利を当然に承継するものではないとしています(裁判所 裁判例結果詳細)。民間の賃貸住宅とは扱いが異なる点に注意してください。
残置物と単身高齢者の入居
単身の高齢入居者が亡くなると、相続人が分からない、連絡がつかないといった理由で、解約も室内の残置物の処理も進まないことがあります。国土交通省と法務省は2021年6月に「残置物の処理等に関するモデル契約条項」を公表しました。入居時に、入居者が受任者(推定相続人、居住支援法人、管理業者など)に、死亡時の賃貸借契約の解除と残置物の処理を委任しておく仕組みです。貸主自身が受任者になることは、利害が対立するため避けるべきとされています。
貸主側の税務
| 場面 | 貸主(個人)の所得税 | 貸主(法人)の法人税 |
|---|---|---|
| 未払家賃を相続人から回収 | 収入として計上済みのものを回収 | 同左 |
| 相続人が相続放棄し回収不能 | 回収不能が明らかになった年に貸倒れとして必要経費 | 貸倒損失として損金(要件の確認が必要) |
| 原状回復・清掃費用を敷金から充当 | 充当した敷金は収入、費用は必要経費 | 同左 |
| 貸主が負担した特殊清掃・残置物処分 | 必要経費 | 損金 |
未収家賃の貸倒れの要件は未収家賃の貸倒れで解説しています。
個人オーナーと法人オーナーの違い
| 項目 | 個人オーナーが死亡 | 法人の代表者が死亡 |
|---|---|---|
| 貸主 | 相続人に変わる | 法人のまま変わらない |
| 入居者への通知 | 振込先・貸主名の変更通知が必要 | 原則不要 |
| 家賃の帰属 | 遺産分割まで相続人が相続分で取得 | 法人の売上 |
| 敷金 | 相続人が返還義務を承継(相続税の債務控除) | 法人の負債のまま |
| 借入れ | 相続人による債務の承継・団信の確認 | 法人の借入れのまま。代表者の交代と保証人の変更 |
| 相続の対象 | 不動産・敷金債務・未収家賃など | 株式(純資産に敷金債務も反映) |
法人で持っていれば、オーナーが亡くなっても賃貸事業そのものは止まりません。相続人が引き継ぐのは株式で、株式の評価では法人の資産・負債(預り敷金を含む)を反映します。
会計上の扱いと表示:預り敷金は負債
企業会計は、一般に公正妥当と認められる会計基準(GAAP:Generally Accepted Accounting Principles)に従います(会社法431条、法人税法22条4項)。法人が預かった敷金は、返還義務がある限り負債(預り敷金・預り保証金)として計上します。
貸借対照表の負債は、1年以内に返済・返還が見込まれるものを流動負債、それ以外を固定負債に区分するのが一般的です。著書でいう「資産は上に、負債は下に」は流動比率を意識した表示の話ですが、預り敷金をどちらに区分するかは、契約内容や退去の見込みという実態で判断するものです。区分の考え方は顧問税理士・会計の専門家と確認してください。
なお、相続税の債務控除での割引評価は相続税の計算だけの話で、決算書の預り敷金を割り引いて計上することを意味するものではありません。
銀行からの見え方:オーナーの死亡は借入の見直しのきっかけ
- 団体信用生命保険:個人のアパートローンで団信に加入していれば、死亡により残債が保険金で返済される。加入の有無と範囲を確認する。団信の個人と法人の違いは団信と不動産投資を参照
- 債務の承継:団信がない場合、物件を取得する相続人が借入れを引き継ぐのが一般的。銀行は相続人の収入・資産・物件の収益で返済能力を見直す
- 家賃の入金口座:被相続人の口座が凍結されると、返済口座への入金も止まる。相続開始後すぐに銀行に連絡し、返済方法を相談する
- 法人の場合:代表者の交代と、代表者個人の連帯保証をどうするかが論点。後継者の財務や経歴を銀行に説明できるよう準備しておく
実務のチェックポイント
| 場面 | 確認項目 |
|---|---|
| 貸主の死亡 | 入居者・管理会社・サブリース会社への通知、家賃の振込先変更 |
| 敷金 | 預り敷金の一覧(入居者別の金額・契約条件)を作り、相続税の債務控除額を検討したか |
| 未収家賃 | 相続開始時点の未収家賃を相続財産と準確定申告に反映したか |
| 借入れ | 団信の有無、銀行への連絡、債務を引き継ぐ相続人の方針 |
| 借主の死亡 | 相続人の確認、解約・明渡しの合意、敷金の精算、残置物の処理 |
| 高齢入居者 | 入居時に残置物の処理等に関する契約(モデル契約条項)を活用しているか |
| 法人化 | 個人オーナーのまま相続を迎えるか、法人で持つか検討したか |
まとめ
- 貸主が亡くなっても賃貸借契約は続き、貸主の地位と敷金の返還義務は相続人に引き継がれる
- 敷金の返還義務は相続税の債務控除の対象になりうるが、長期・無利息の敷金は割引評価とした裁決(平成12年3月28日)がある
- 相続開始前に支払期日が来た未収家賃は相続財産で、被相続人の準確定申告の収入になる
- 借主が亡くなっても民間賃貸の賃借権は相続される(公営住宅は承継されないとした最高裁平成2年10月18日判決がある)。残置物はモデル契約条項で備える
- 法人オーナーなら代表者が亡くなっても貸主は変わらず、契約・家賃・借入れは継続する
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