株主構成と議決権

「実質的支配者」の把握を政府が法人に求める方向に|議決権25%基準と、優先株式・黄金株などの種類株式の設計で見落とされやすい点

日本経済新聞の「きょうのことば」(2026年10月)が、「実質的支配者」を取り上げました。政府は、法人に実質的支配者の把握や情報提供を求め、公的機関が情報を把握できるようにする方向です。マネーロンダリング対策に加え、法人を通じた外国勢力による重要技術やインフラへの関与など、経済安全保障上の対応につなげるねらいがあるとされています。

株主が家族だけの中小企業にも無関係ではありません。特に、事業承継のために普通株式と優先株式、黄金株(拒否権付種類株式)などを組み合わせた会社では、「議決権の割合」と「実際に会社を動かしている人」がずれていることがあります。この記事では、実質的支配者の判定の仕組みと、種類株式の設計で見落とされやすい点を整理します。

この記事の結論
  • 実質的支配者(BO:Beneficial Owner)は、法人を実際に支配している個人。法人の代表者と一致するとは限らない
  • 今は、金融機関が取引時に犯罪収益移転防止法に基づいて確認し、法務局への申し出(実質的支配者リスト制度)は任意。国が網羅的に把握する仕組みはない。政府は、法人に把握と情報提供を求める方向(日本経済新聞)
  • 株式会社の判定は議決権の割合(50%超、25%超)が基本。そのため、議決権制限株式(無議決権の優先株式など)や黄金株で支配の形をつくっている会社では、実際の支配者が判定から見落とされやすい
  • 種類株式・持株会社・信託などを使った事業承継の設計をしている会社は、誰が実質的支配者かを説明できるよう、株主構成と株式の内容を今のうちに整理しておきたい

報道で示された内容

項目報道で示された内容
実質的支配者とは法人を実際に支配している個人など。英語の Beneficial Owner から「BO」とも。代表者と実際に支配する人物が一致するとは限らない
今の確認の仕組み金融機関などが、法人との取引時に犯罪収益移転防止法に基づいて確認
法務局の制度法務省は2022年に、株式会社が実質的支配者の情報を法務局に申し出て、登記官が内容を確認・保管し、認証文付きの写しを交付する制度を設けた。申し出は任意で、国が網羅的に把握することはできない
政府の方針法人に実質的支配者の把握や情報提供を求め、公的機関が情報を把握できるようにする。マネロン対策と、経済安全保障上の対応につなげる

出典:日本経済新聞「きょうのことば 実質的支配者とは 政府、経済安保対応で情報把握へ」(2026年10月)。

具体的に、どの法人に、どのような方法で情報の提供を求めるのかは、まだ示されていません。

今の判定の仕組み

株式会社の実質的支配者は、犯罪収益移転防止法の考え方では、おおむね次の順番で判定します。

順番判定の基準実質的支配者になる人
①議決権の50%超を直接・間接に持つ個人がいるその個人
②①がいない場合、議決権の25%超を直接・間接に持つ個人がいるその個人(複数いれば全員)
③①②がいない場合、出資・融資・取引などを通じて事業活動に支配的な影響力を持つ個人がいるその個人
④①〜③がいない場合法人を代表し、業務を執行する個人(代表者)

ポイントは、判定の出発点が「議決権の割合」であることです。株式の数でも、配当を受ける権利でもなく、株主総会での議決権が基準になります。また、自分が支配する会社(持株会社など)を通じた間接的な保有も含めて判定します。

種類株式の設計で見落とされやすい点

ここからは、公認会計士・税理士として、事業承継で種類株式の設計に関わってきた立場からの考えです。

事業承継では、先代の経営者と後継者の間で、財産としての株式と経営の主導権を分けるために、種類株式がよく使われます(種類株式を事業承継に使う)。ところが、こうした設計では、議決権の割合と実際の支配がずれるため、実質的支配者の判定で実態が見落とされやすくなります。

設計の例議決権で見た判定実際の支配見落とされやすい点
後継者が普通株式、他の親族が無議決権の優先株式後継者(議決権のほぼすべて)後継者優先株式を持つ親族は、財産の大部分を持っていても判定に出てこない。経済的な利益と支配が分かれている
後継者が普通株式の過半、先代が黄金株(拒否権付種類株式)を1株後継者重要な決議は先代が止められる先代は議決権がほとんどなくても、実質的に会社を左右できる。25%超の後継者がいるため、③の「支配的な影響力」の判定まで進まず、先代が把握されないことがある
先代の持株会社が普通株式の過半を保有し、持株会社の株式を家族で分けて保有持株会社の株主構成をたどって判定持株会社を支配する人持株会社の段階で議決権が分散していると、誰が支配しているかが分かりにくくなる
株式を信託し、受託者が議決権を行使信託の内容によって判定が変わる議決権の行使を指図する人名義上の株主と、実際に議決権を動かす人がずれる

特に注意したいのが黄金株です。黄金株は、株主総会などの決議に拒否権を持つ株式で、議決権の割合がわずかでも、合併や役員の選任、定款の変更などの重要な決定を止められます。事業承継で、先代が経営を見守るために黄金株を持つ設計はよく使われますが、議決権の25%基準だけで判定すると、黄金株を持つ人は実質的支配者として出てこないことがあります。

これまでは、金融機関の確認や任意の申し出の場面で、こうした「議決権に表れない支配」は見逃されがちでした。政府が法人に実質的支配者の把握と情報提供を求める方向に動くなかで、種類株式で支配の形をつくっている会社ほど、その実態を説明できるようにしておく必要があると考えています。

株主構成の整理から、承継・売却まで一緒に考えます

M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。

事業承継・M&A支援を見る

今のうちに整理しておくこと

  1. 株主名簿と株式の内容を確認する:株主ごとに、株式の種類、議決権の有無、拒否権などの内容を一覧にする。定款と登記の内容と合っているかも確認する
  2. 直接・間接の保有をたどる:持株会社や資産管理会社を通じた保有があれば、最終的にどの個人に行き着くかを図にしておく(持株会社をつくって株主構成を整理する)
  3. 議決権と実際の支配がずれていないかを見る:黄金株、議決権制限株式、株主間契約、信託などで、議決権の割合とは別に会社を左右できる人がいないかを確認する(株主間契約とは)
  4. 金融機関への説明を準備する:口座開設や融資の場面で実質的支配者の確認を求められたときに、根拠を示して説明できるようにしておく
  5. 実質的支配者リスト制度の利用を検討する:法務局に申し出て、認証文付きの写しを取得できる。今は任意だが、金融機関などへの説明に使える

株主構成の整理は、事業承継や相続、M&Aのときにも必ず問われる論点です。株主総会の手続きや株主名簿の不備が争いになった事例は、株主総会を開かずに長男を取締役から解任、裁判所は「決議なし」で取り上げました。

今後も注意して見ていきたいこと

  • 制度の具体的な中身:どの法人に、どのような方法で、どこまでの情報の提供を求めるのか。罰則や更新の頻度
  • 判定の基準:議決権の割合だけでなく、種類株式や契約による支配をどう扱うのか
  • 既存の法務局の制度との関係:任意の実質的支配者リスト制度が、どのように位置づけ直されるか
  • 金融機関の確認の強化:口座開設や融資の場面で、確認の範囲や書類が増えるか

まとめ

  • 政府は、法人に実質的支配者の把握と情報提供を求め、公的機関が情報を把握できるようにする方向
  • 株式会社の実質的支配者は、議決権の割合(50%超、25%超)を基本に判定される
  • 無議決権の優先株式や黄金株などで支配の形をつくっている会社では、実際の支配者が判定から見落とされやすい
  • 種類株式・持株会社・信託を使った設計をしている会社は、株主構成と株式の内容を整理し、誰が実質的支配者かを説明できるようにしておく

種類株式を使った事業承継の設計や、株主構成の整理について確認したい方は、お気軽にご相談ください。

よくある質問

実質的支配者とは誰のことですか?
法人を実際に支配している個人のことです。株式会社の場合、犯罪収益移転防止法の考え方では、議決権の50%超を持つ個人がいればその人、いなければ25%超を持つ個人、それもいなければ事業活動に支配的な影響力を持つ個人、それもいなければ代表者が実質的支配者になります。直接の保有だけでなく、自分が支配する会社を通じた間接的な保有も含めて判定します。
黄金株を持っている人は実質的支配者になりますか?
黄金株(拒否権付種類株式)は、株主総会などの決議に拒否権を持つ株式で、議決権の割合が小さくても会社の重要な決定を止められます。ところが、実質的支配者の判定は議決権の割合が基本のため、25%超の議決権を持つ人が別にいる場合、黄金株を持つ人が実質的支配者として申告・把握されないことがあります。実態としての支配と判定の結果がずれる典型例で、政府が把握を強める方向にあるなかで注意が必要です。
中小企業にも関係がありますか?
関係があります。銀行口座の開設や融資の取引では、今でも金融機関が実質的支配者を確認しています。今後、法人に実質的支配者の把握や情報提供が求められるようになれば、株主構成が複雑な会社や、種類株式・持株会社・信託を使っている会社ほど、誰が実質的支配者かを説明できるよう整理しておく必要があります。

※本記事は2026年10月24日時点の法令・制度に基づく一般的な解説です。個別の状況により結論が異なるため、実行前に専門家へご相談ください。
※本記事の無断転載・複製、商用目的での利用はお断りします。引用の際は、出典(税理士法人クレフティ・記事URL)を明記してください。

RELATED

あわせて読みたい

株主構成と議決権

株主総会を開かずに長男を取締役から解任、裁判所は「決議なし」|同族会社が株主総会を軽んじると、事業承継・相続・M&Aで何が起きるか

社長が株主総会を開かないまま、役員だった長男を解任したと議事録をつくり登記していた同族会社で、裁判所が「決議は存在しない」と判断したと報じられました。報道のポイントを整理し、株式を贈与した後継者との関係、招集手続の省略や書面決議などの正しい簡略化の方法、事業承継・相続・M&Aで株主総会の手続が問われる場面を、税理士・公認会計士が解説します。

2026年10月20日
株主構成と議決権

種類株式を事業承継に使う|議決権制限株式・拒否権付株式(黄金株)の仕組みと相続税評価、注意点

種類株式を使うと、財産としての株式と経営権を分けて承継できます。議決権制限株式・拒否権付株式(黄金株)・取得条項付株式の仕組みを会社法の条文で整理し、国税庁が示した相続税の評価方法、導入の手続き、銀行・M&Aでの見られ方、失敗しやすい点を解説します。

2026年10月18日
株主構成と議決権

M&Aと取締役の責任|経営判断の原則を最高裁判例(アパマンショップ事件など)で読み解く

高値で買収した、安く事業を売った――M&Aの判断で取締役が責任を問われるのはどんなときか。善管注意義務と経営判断の原則を、アパマンショップ株主代表訴訟の最高裁判決(平成22年7月15日)などで確認し、売り手・買い手の取締役の注意点、責任の免除・D&O保険、記録の残し方まで解説します。

2026年10月18日
FREE CONSULTATION

決算書と融資のこと、
まずはお気軽にご相談ください。

初回のご相談は無料です。まずは担当者がお話を伺い、内容に応じて担当税理士や金融機関出身のコンサルタントがご提案します。