日本経済新聞の「中小企業リーガル処方箋」(2026年10月)が、大阪府内の同族会社で起きた株主総会をめぐる争いを取り上げました。社長が株主総会を開かないまま、役員だった長男を取締役から解任したとする議事録をつくって登記していたところ、裁判所は「決議は存在しない」と判断した、という内容です。
「うちは家族だけの会社だから、株主総会は形だけでいい」と考えている経営者は少なくありません。しかし、その形だけの手続が、事業承継や相続、M&Aの場面で大きな問題になることがあります。この記事では、報道された事例を引用しながら、同族会社が株主総会の手続で押さえておくべき点を整理します。
- 報道された事例では、社長が総会を開かず、招集の通知もしないまま長男の解任を議事録にして登記していた。裁判所は、合計で80%近い株式を持つ妻と長男が総会の開催に同意しておらず、決議は存在しないと判断し、判決は確定した
- 後継者に株式を贈与すれば、議決権も一緒に移る。社長が「一人で経営してきた」としても、株主構成が変われば、会社の重要な決定は株主の意思で決まる
- 家族だけの会社でも、招集手続の省略や、総会を開かずに済ませる書面決議(みなし決議)など、会社法が認める簡略化の方法を正しく使えばよい
- 株主総会の手続、株主名簿、贈与の記録の不備は、相続・事業承継税制・M&AのDDで必ず問われる。今のうちに整えておきたい
報道された事例のあらまし
報道によれば、事例の経緯は次のとおりです。
| 時期 | 報道で示された内容 |
|---|---|
| 1982年 | 会社を設立。少数の親族が株を持ち、代表取締役の男性が経営を一手に担う。株主総会はほぼ開いたことがなかった |
| 2004年以降 | 男性が、会社を継がせるつもりで、持株の一部を長男に贈与 |
| 2006年 | 増資。発行済株式は約62万株で、長男の持分は4割超。男性の妻も増資で20万株を引き受けた |
| 2008年ごろ | 長男と男性の接触が途絶える |
| 2014年1月 | 男性が、臨時株主総会で長男を取締役から解任したとする議事録をつくり、解任を登記 |
| 約10年後 | 妻が記録を調べると、株が娘や孫に分散し、妻の保有株が大幅に少なく記載されていた |
| 2019年 | 妻と長男が、総会決議は存在しないとして男性と会社を提訴 |
| 2021年1月 | 大阪地裁が「決議なし」と判断。妻の株の保有を認めたうえで、合計80%近い株を持つ2人に議案の説明はなく、総会の開催にも同意していないと指摘 |
| 2021年7月 | 男性側の控訴を棄却。上告は受理されず、判決が確定 |
出典:日本経済新聞「役員務める長男、知らぬ間に解任 『一人で経営』父が株主総会開かず」(中小企業リーガル処方箋、2026年10月)。
男性は、総会を招集せず、実際の会議として開いていないことは認めたうえで、「長男らは経営の決定に異議を唱えたことはなく、明示・黙示に同意してきた」として決議は有効だと主張したと報じられています。しかし裁判所は、この主張を認めませんでした。
記事は、国税庁の2024年度の統計で、資本金1億円以下の会社の9割超が同族会社だったことも紹介しています。この事例は、決して特別な会社の話ではありません。
この事例から読み取れること
ここからは、税理士・公認会計士として、事業承継やM&Aのご相談を受けてきた立場からの考えです。
株式を贈与した時点で、会社の主導権は動き始める
この事例で注目したいのは、社長自身の持株が、すでに過半数を大きく下回っていたとみられる点です。妻と長男の2人で80%近くを持っていたのであれば、法律上、会社の重要な決定を左右できるのはその2人でした。
社長が「経営の必要事項は自分一人で決めてきた」と考えていても、株式を贈与し、増資で家族に株を持たせた時点で、会社の主導権は株主の側に移り始めています。後継者との関係が良いうちは問題になりませんが、関係が崩れたときに、それがはっきり表に出ます。持株割合ごとの株主の権利は、持株比率ごとの議決権と株主の権利で整理しています。
「黙って従ってきた」は同意にならない
株主が長年異議を唱えなかったとしても、それだけで、開かれていない総会の決議に同意したことにはなりません。家族だから分かってくれている、という感覚は、裁判ではほとんど通用しないと考えておくべきです。
何年たっても争われる
決議の手続に問題があった場合に、決議の取消しを求める訴えは、決議の日から3か月以内に起こす必要があります(会社法831条)。一方で、そもそも総会が開かれていないなど、決議が存在しないことの確認を求める訴え(会社法830条)には、こうした期間の制限がありません。この事例でも、解任の決議とされた日から5年後に提訴されています。
家族だけの会社でもできる「正しい簡略化」
株主総会を毎回きちんと開くのが負担だ、という声はよく聞きます。会社法は、手続を簡略化する方法も用意しています。大切なのは、「開かない」のではなく、要件を満たして簡略化することです。
| 方法 | 内容 | 主な要件 |
|---|---|---|
| 招集手続の省略(会社法300条) | 招集通知を出さずに総会を開く | 株主全員の同意(書面や電子投票を採用する場合を除く) |
| 書面決議・みなし決議(会社法319条) | 実際に集まらず、議案への同意で決議があったものとみなす | 議案について、議決権を行使できる株主全員が書面または電磁的記録で同意 |
| 報告の省略(会社法320条) | 総会への報告を省略する | 報告事項を株主全員に通知し、全員が報告不要に同意 |
| 電子メールによる招集(会社法299条3項) | 招集通知を書面ではなくメールで送る | あらかじめ株主の承諾を得る |
いずれの方法でも、株主全員の同意を記録として残すことが前提です。同意書や電子メールの記録を保管し、議事録(会社法318条により、本店に10年間備え置く)と合わせて整えておきます。
株主が家族だけで、全員の関係が良好な会社であれば、書面決議を使うことで、負担を大きく減らしながら手続を正しく進められます。逆に、株主の中に連絡が取りにくい人や、関係が良くない人がいる場合は、簡略化は使えません。正式に招集し、総会を開く必要があります。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る事業承継・相続・M&Aで問われる場面
株主総会の手続の不備は、日常の経営では表に出にくいものです。しかし、次のような場面では必ず確認されます。
相続と株主の確定
社長が亡くなったとき、誰が何株持っているかが相続の出発点になります。この事例のように、株主名簿の記載と実際の保有が食い違っていると、相続人の間で争いになりやすく、相続税の申告でも、どの株を誰の財産として申告するかが問題になります。
法人税の申告書には、同族会社の判定のために株主と持株数を記載する明細書(別表二)があります。毎年なんとなく前年と同じ内容を書き写していると、実際の株主構成とずれていくことがあります。株主名簿、別表二、贈与の記録の3つがそろっているかを、一度確認しておくとよいでしょう。名義だけの株主がいる場合の問題は、名義株とはで解説しています。
贈与の事実を残す
後継者への株式の贈与は、贈与契約書を作り、必要に応じて贈与税の申告をして、贈与の事実を記録に残します。株主名簿も、贈与のたびに書き換えます。記録が残っていないと、後になって「本当に贈与したのか」「名義を借りただけではないか」が争われ、相続税の申告でも問題になります。贈与税の計算の流れは、自社株を贈与したときの贈与税の計算例でまとめています。
M&AのDDでは「株主と役員の正当性」から確認される
会社を外部に売却する場合、買い手のDD(デューデリジェンス)では、まず売り手が本当に株式を持っているか、役員が正しく選任されているかが確認されます。過去の総会の議事録がない、議事録はあるが実際には開いていない、株主名簿と登記・申告書の記載が合わない、といった不備は、価格の引き下げや、契約上の表明保証の対象になり、場合によっては取引そのものが止まります。DDでよく見つかる問題は、DDでよく見つかる問題と価格への反映で整理しています。
銀行との取引でも
代表者の交代や役員の変更、重要な財産の処分などで、金融機関から株主総会や取締役会の議事録を求められることがあります。議事録が形だけのものだと、後から決議の有効性が争われたときに、取引そのものに影響が及ぶおそれもあります。
後継者に株式を渡すときの備え
株式の贈与は、相続税の負担を平準化するうえで有効な方法です。ただ、この事例のように、株を渡した後継者との関係が変わることもあります。株を渡す前に、次の点を考えておくことをおすすめします。
- 渡す順番と量:経営の主導権を移す時期に合わせて、議決権の過半数・3分の2がいつ移るのかを計画する
- 種類株式の活用:議決権を制限した株式や、重要な決定に拒否権を持つ株式(黄金株)を使い、財産としての株と経営の主導権を分けて考える(種類株式を事業承継に使う)
- 株主間の取決め:株主どうしで、議決権の行使や株の譲渡についての取決めを結んでおく(株主間契約とは)
- 分散させない:相続や贈与で株が親族に散らばると、意思決定が難しくなる(株式が分散しているリスク、分散した株式を集中させる方法)
経営者が今やっておきたいこと
- 定時株主総会を毎年、正しい手続で行っているか(開いていなければ、書面決議などで正しく行う)
- 過去の役員の選任・解任、定款変更、増資などの議事録がそろっているか
- 株主名簿、法人税申告書の別表二、贈与の記録(契約書・贈与税の申告)の内容が一致しているか
- 株主全員と連絡が取れるか。連絡の取れない株主がいないか(所在不明の株主への対応)
- 後継者に株を渡す計画が、議決権の移り方まで考えたものになっているか
株主総会は、家族の会社であっても、会社の意思を決める唯一の正式な場です。手間のかからない方法を使ってよいので、手続だけは正しく残しておく。それが、事業承継や相続、M&Aの場面で、会社と家族を守ることにつながります。
まとめ
- 株主総会を開かずに議事録をつくり、長男の解任を登記していた事例で、裁判所は「決議は存在しない」と判断した
- 株式を贈与すれば議決権も移る。社長が一人で経営してきたとしても、株主構成が変われば主導権は株主の側に移る
- 決議が存在しないことの確認の訴えには期間の制限がなく、何年たっても争われうる
- 招集手続の省略や書面決議など、会社法が認める簡略化の方法を、株主全員の同意を記録に残して正しく使う
- 株主名簿・申告書の記載・贈与の記録・議事録の不備は、相続・事業承継・M&Aで必ず問われる。今のうちに整えておきたい
株主構成や過去の手続に不安がある方、後継者への株式の渡し方を考えたい方は、お気軽にご相談ください。
