「自社株を従業員にも持ってもらい、会社への愛着を高めたい」「オーナーの持株を減らして、相続税の負担を軽くしたい」。非上場の中小企業でも、従業員持株会をつくる会社があります。
従業員持株会には、福利厚生、安定株主づくり、オーナーの相続対策という、複数のメリットがあります。一方で、従業員が退職するとき、会社を売却するとき、持株会をやめるときの出口をきちんと設計しておかないと、従業員とのトラブルや、M&Aの障害になります。この記事では、従業員持株会の仕組みとメリット、税金、退会時の価格をめぐる最高裁判決、M&Aや承継での出口の問題を解説します。
- 従業員持株会は、従業員が拠出したお金で自社株を共同で買い、持ち分に応じて配当を受ける仕組み。多くは民法上の組合として運営される
- メリットは、従業員の財産形成と定着、安定株主の確保、オーナーの相続財産の圧縮
- 従業員は同族株主以外の株主に当たるのが通常で、配当還元価額で株式を取得できる場合がある。ただし配当を出し続ける前提が必要
- 退会時に規約の価格(取得価額など)で買い戻す合意は、最高裁平成7年4月25日判決で、事情によっては有効とされた。規約と運用の実態が大切
- 最大の課題は出口。M&A・持株会の解散・後継者への株式集約のときの価格と手続きを、設立時から規約に書いておく
従業員持株会の仕組み
非上場会社の従業員持株会は、次のような仕組みで運営されるのが一般的です。
- 従業員が会員として加入し、毎月の給与や賞与から一定額を拠出する(会社が奨励金を上乗せすることもある)
- 持株会が、拠出金でオーナーや会社から自社株を取得する
- 株式は持株会の理事長名義で管理し、会員は拠出額に応じた持ち分を持つ
- 配当は持株会が受け取り、会員に持ち分に応じて分配する
- 退職などで会員が退会するときは、持ち分を規約の価格で精算する(持株会または他の会員が引き取る)
法的な形態
多くの持株会は、民法上の組合(民法667条)として組成されます。組合は法人格がなく、税務上も原則として組合自体には課税されず、配当などの所得は会員に直接帰属するものとして扱われます。規約の作り方によっては、人格のない社団と見られることもあり、その場合は税務上の扱いが変わり得ます。形態は、設立の段階で専門家と確認しておく必要があります。
議決権の行使
持株会が持つ株式の議決権は、理事長がまとめて行使するのが一般的です。会員が理事長に指示できる仕組み(不統一行使)を設けることもあります。持株会の持株比率が高くなると、株主総会で一定の発言力を持つことになるため、議決権のない種類株式(配当優先の無議決権株式など)を持株会に持たせる設計もあります。種類株式の使い方は種類株式を事業承継に使うで解説しています。
従業員持株会のメリットとデメリット
| 立場 | メリット | デメリット・注意点 |
|---|---|---|
| 従業員 | 配当による財産形成。会社の成長に参加している実感 | 非上場株式は自由に売れない。会社の業績が悪化すれば配当も出ない |
| 会社 | 人材の定着、安定株主の確保。奨励金は会社の費用になる | 配当を出し続ける必要がある。会員への情報提供や事務の負担 |
| オーナー | 自社株を比較的低い価格で譲渡でき、相続財産を減らせる。議決権の大半は手元に残せる | 一度渡した株式を取り戻すのは難しい。M&Aのときの調整が必要 |
従業員持株会は、オーナー、会社、従業員のそれぞれにメリットがある仕組みですが、配当を継続できる会社でなければ、従業員にとっての魅力は乏しくなります。「株を持たせたが、配当がない」という状態が続くと、制度そのものへの不満につながります。
税金:配当還元価額と課税関係
オーナーから持株会への譲渡価格
非上場株式を相続や贈与で取得した場合の評価では、同族株主以外の株主が取得した株式は、配当還元方式で評価します(財産評価基本通達188・188-2)。配当還元方式は、年配当金額(1株当たり資本金等の額を50円とした場合の金額で、2円50銭未満や無配の場合は2円50銭)を10%で還元して計算するもので、原則的評価(類似業種比準・純資産価額)より低くなるのが通常です。原文は国税庁の財産評価基本通達(株式及び出資)で確認できます。
従業員は通常、同族株主以外の株主に当たるため、オーナーから配当還元価額で株式を取得しても、従業員の側に贈与税の問題は生じにくいと考えられています。オーナーの側から見ると、原則的評価で高く評価される自社株を、配当還元価額で手放すことで、相続財産を減らす効果があります。
気をつけたい「売る側」の時価
一方、売る側のオーナーは同族株主です。最高裁令和2年3月24日第三小法廷判決(平成30年(行ヒ)第422号)は、個人が法人に株式を譲渡した場面で、所得税法59条の時価は、譲渡した人の譲渡直前の議決権で同族株主かどうかを判定して求めるべきとしました(判決原文)。
所得税法59条(時価の2分の1未満での譲渡を時価による譲渡とみなす規定)は、譲渡の相手が法人の場合の規定です。持株会が民法上の組合であれば、株式は会員である個人が取得するものとして扱われるのが通常ですが、持株会の実態が人格のない社団などと判断されると、扱いが変わる可能性があります。持株会の形態と取引価格は、売る側・買う側の両方の課税関係を確認してから決めてください。
その他の課税関係
| 取引 | 課税関係 |
|---|---|
| 会社が支払う奨励金 | 会社は費用(損金)、従業員は給与所得として課税 |
| 持株会が受け取る配当 | 組合型なら会員の配当所得。非上場株式の配当は支払時に源泉徴収され、原則として総合課税 |
| 退会時の持ち分の精算 | 精算額と取得費の差額が、会員の株式の譲渡所得になる |
自社株の評価の仕組みは自社株評価の方法で解説しています。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る退会時の価格:最高裁平成7年判決
従業員持株会でもっとも多いトラブルは、退会時の価格です。退職する従業員が「会社の価値はもっと高いはずだ。取得価額で引き取られるのは不当だ」と主張するケースです。
最高裁平成7年4月25日第三小法廷判決(平成3年(オ)第1332号)は、定款で株式の譲渡制限を定めている会社において、従業員持株制度で取得した株式を退職時に額面額で取締役会の指定する者に譲渡するという会社と従業員の合意について、従業員が制度の趣旨・内容を了解したうえで株式を額面額で取得し、毎年8〜30%の割合で配当を受けていたなどの事実関係の下では、株式の譲渡制限に関する当時の商法の規定に反せず、公序良俗にも反しないとして、有効と判断しました(判決の要旨)。
この判決から読み取れる実務のポイントは次のとおりです。
- 入会時に、退会時の価格のルールを従業員が理解していること(規約の説明と同意の記録)
- 取得の価格と退会時の価格が同じ考え方で決められていること(安く買って安く売る)
- 保有中に、配当という形で従業員が利益を受けていること
判決は「判示の事実関係の下においては」有効としたもので、どんな内容の合意でも有効になるわけではありません。配当がほとんどない、取得時は高い価格だったのに退会時は額面、といった運用では、結論が変わる可能性があります。
出口の問題:M&A・解散・承継のとき
M&Aで会社を売却するとき
会社を第三者に売る場合、買い手は通常100%の取得を求めます。持株会の株式も売却の対象になり、次の問題が生じます。
| 論点 | 起きること | 規約で決めておくこと |
|---|---|---|
| 売却価格 | 会員は「M&Aの価格で売りたい」と考える。規約の価格(取得価額など)との差が大きい | 会社の売却や持株会の解散のときに、どの価格で精算するか |
| 意思決定 | 理事長が持株会の株式を売却するには、会員の合意が必要になることが多い | 株式の売却を決める手続き(理事会、会員総会の決議要件など) |
| 退職と同時期の売却 | 退職者の持ち分の精算と、会社の売却が重なる | 売却の検討中の退会の扱い |
M&Aの価格で精算する場合、会員である従業員には大きな利益が出ることがあり、それ自体は従業員にとって前向きな出来事です。一方、規約の価格で精算する場合は、従業員の理解を得ることが不可欠で、説明を誤ると、売却後の従業員の定着に影響します。売却を従業員にどう伝えるかは、従業員・取引先・銀行に売却をどう伝えるかでも扱います。
持株会を解散するとき
業績の悪化で配当が出せなくなった、会員が減った、という理由で持株会を解散する場合も、株式を誰がいくらで引き取るかが問題になります。会社が買い取るなら自己株式の取得として財源規制とみなし配当、オーナーや後継者が買い取るなら譲渡所得と時価の問題が生じます。
後継者に株式を集めるとき
事業承継で後継者に議決権を集めたい場合、持株会の持株比率が大きいと、後継者の議決権割合が下がります。持株会には議決権のない株式を持たせる、持株会の比率に上限を設けるなど、承継の計画と整合させておく必要があります。保有比率ごとの権利は株式の保有比率ごとの権利にまとめています。
銀行から見た従業員持株会
銀行は、従業員持株会があること自体を融資の審査で問題にすることは多くありません。ただし、持株会の持株比率が高い会社では、代表者や後継者が実質的にどれだけ議決権を握っているか、配当の負担が資金繰りを圧迫していないかを確認されることがあります。配当は損金にならず、税引後の利益から現金で出ていくため、借入の返済原資と配当のバランスを説明できるようにしておくことが大切です。また、持株会の買戻しを会社の資金で行う場合は、自己株式の取得として純資産が減ることも、決算書の見え方に影響します。
設立・見直しのチェックリスト
- 会員の資格(正社員のみか、役員を含むか)と、入会・退会の手続き
- 株式の取得価格と、退会時の精算価格の考え方(同じ基準で決める)
- 配当の分配方法と、会社の配当方針の考え方
- 議決権の行使方法(理事長の一括行使、会員の指示の可否)
- 会社の売却・組織再編・上場・持株会の解散のときの、株式の売却手続きと精算価格
- 規約の変更の手続き
すでに持株会がある会社は、規約に出口の定めがあるか、入会時の説明と同意の記録が残っているかを確認してください。規約に定めがない場合は、会員の理解を得ながら、規約を見直すことを検討します。
まとめ
- 従業員持株会は、従業員の財産形成と定着、安定株主の確保、オーナーの相続財産の圧縮に役立つ仕組み。多くは民法上の組合として運営される
- 従業員は同族株主以外の株主として、配当還元価額で株式を取得できる場合がある。売る側の時価や持株会の形態による課税関係も確認する
- 配当を出し続けられる会社でなければ、制度の魅力は保てない
- 退会時に規約の価格で買い戻す合意は、最高裁平成7年4月25日判決で、制度の理解・同じ価格での取得・配当の受領などの事情の下で有効とされた
- 最大の課題は出口。M&A・解散・承継のときの価格と手続きを、設立時から規約に書いておく
税理士法人クレフティでは、従業員持株会の設立・見直しの検討から、株式の譲渡価格と税金の試算、承継やM&Aを見据えた株主構成の設計まで、事業承継・M&A支援としてご相談をお受けしています。初回のご相談は無料で、担当者がお話を伺い、その後は担当の公認会計士・税理士がご支援します。規約の作成は、弁護士と連携して進めます。
