「繰越欠損金がたくさんある会社を買えば、うちの利益と相殺できるのでは」。M&Aの検討の初期に、買い手側の経営者からよく出てくる発想です。売り手側からも「欠損金があるのだから、その分は価格に上乗せしてほしい」という声を聞きます。
ところが、M&Aでの繰越欠損金の引継ぎには、何重もの制限があります。株式譲渡か合併かで扱いが変わり、要件を満たしていても、組織再編成の行為計算否認(法人税法132条の2)で否認された有名な事件もあります。
この記事では、M&Aと繰越欠損金の関係を、取引の形ごとに整理し、判例・公表裁決、価格への反映、決算書と銀行の見え方まで解説します。
- 繰越欠損金は10年間繰り越せ、中小法人等は所得の全額、それ以外は所得の50%まで控除できる
- 株式譲渡で買った会社の欠損金は会社に残るが、欠損等法人の制限(法人税法57条の2)に当たると使えなくなる
- 合併で引き継ぐ場合、支配関係が5年以内なら、みなし共同事業要件を満たさない限り制限される
- 要件を形式的に満たしても、132条の2で否認された判例(ヤフー事件、TPR事件)がある
- 欠損金の価値は不確実なので、価格にはそのまま上乗せされにくい。DDでは申告の連続性なども確認する
繰越欠損金の基本ルール
まず、繰越欠損金そのもののルールを確認します(国税庁タックスアンサー「No.5762 青色申告書を提出した事業年度の欠損金の繰越控除」)。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 繰越期間 | 平成30年4月1日以後に開始した事業年度に生じた欠損金は10年(それより前は9年) |
| 控除の上限 | 中小法人等は所得の全額。それ以外の法人は繰越控除前の所得の50% |
| 中小法人等 | 資本金1億円以下の普通法人など。ただし大法人の100%子法人等は除かれる |
| 主な要件 | 欠損金が生じた事業年度に青色申告書を提出し、その後も連続して確定申告書を提出していること。帳簿書類の保存 |
| 根拠条文 | 法人税法57条(引継ぎの制限は57条2項・3項、欠損等法人は57条の2) |
M&Aで注意したいのは「中小法人等」の判定です。資本金1億円以下の会社でも、資本金5億円以上の大法人に100%買収されると中小法人等から外れ、控除の上限が所得の50%になります。買い手の規模によって、同じ欠損金でも使えるスピードが変わるわけです。
株式譲渡の場合:欠損金は会社に残るが「欠損等法人」に注意
株式譲渡では、株主が替わるだけで会社そのものは変わりません。そのため、繰越欠損金は原則として会社に残り、買収後にその会社が利益を上げれば、その利益と相殺できます。
ただし、これを利用して「欠損金のある休眠会社や赤字会社を買い、利益の出る事業を入れて欠損金を使う」ことを防ぐため、欠損等法人の欠損金の繰越しの不適用(法人税法57条の2)が設けられています。
対象となるのは、他の者に50%超の株式を取得されるなどして「特定支配関係」が生じた、欠損金や含み損のある法人です。その法人が、支配関係が生じた日から5年以内に、主に次のような事由に当たると、その事由が生じた事業年度以後、それまでの欠損金が使えなくなります。
- 支配関係が生じた時点で事業を営んでいなかった会社が、事業を開始した
- それまでの事業(旧事業)をすべてやめ、旧事業の規模のおおむね5倍を超える資金の借入れや出資の受入れを行った
- 旧役員がすべて退任し、旧事業に従事していた従業員の多くがいなくなり、旧事業の規模のおおむね5倍を超える事業を始めた
つまり、旧事業を続ける普通の事業承継型のM&Aであれば、欠損金は買収後も使える可能性が高い一方、買収後に事業を入れ替える計画がある場合は、この規定の確認が欠かせません。
合併で引き継ぐ場合:支配関係5年とみなし共同事業要件
買い手が「自社の利益と相殺したい」と考える場合は、買収した会社を合併する必要があります。適格合併であれば、被合併法人の未処理欠損金を合併法人が引き継げます(法人税法57条2項)。
しかし、ここにも制限があります。
| 合併の状況 | 欠損金の引継ぎ |
|---|---|
| 非適格合併 | 引き継げない |
| 適格合併で、支配関係(50%超)が合併事業年度開始の日の5年前の日より前から続いている(または設立以来続いている) | 原則として引き継げる |
| 適格合併で、支配関係が5年以内に生じた | みなし共同事業要件を満たさなければ、支配関係が生じる前の欠損金などは引き継げない(法人税法57条3項) |
みなし共同事業要件は、①事業関連性要件に加えて、②事業規模がおおむね5倍以内であることなどの要件(事業規模要件・規模継続要件)、または③双方の特定役員(社長、副社長、代表取締役、専務、常務など)が合併後も合併法人の特定役員になる見込みであること(特定役員引継要件)を満たすことが必要です。合併法人の側の欠損金にも同様の制限があり、含み損のある資産の譲渡損にも制限があります(法人税法62条の7)。
「買ってすぐ合併」は、多くの場合この制限に当たります。合併の適格要件そのものについては組織再編の適格要件の基本で解説しています。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る判例から見る否認のリスク
要件を満たしていても安心できないことを示したのが、次の2つの事件です。
| 事件 | 判決 | 事案の概要 | 結論 |
|---|---|---|---|
| ヤフー事件 | 最高裁 平成28年2月29日第一小法廷判決(平成27年(行ヒ)第75号) | 買収の約1か月後に子会社を適格合併。買収前に合併法人の社長が被合併法人の副社長に就任し、特定役員引継要件を満たしたとして約543億円の欠損金を引き継いだ | 132条の2による否認を適法とし、会社の上告を棄却 |
| TPR事件 | 東京地裁 令和元年6月27日判決(平成28年(行ウ)第508号) | 完全子会社を適格合併して未処理欠損金を引き継ぐ一方、合併直前に新会社を設立し、合併と同時に従業員の転籍・棚卸資産の譲渡・製造設備の賃貸で事業を新会社に移していた | 132条の2による否認を適法とし、会社の請求を棄却 |
ヤフー事件:形式的に満たした要件は否認された
判決によれば、親会社グループの中で、欠損金を多く抱えたデータセンター事業の会社を、ヤフー(判決上は上告人)に売却し合併させる提案がなされました。被合併法人の売上規模は合併法人の20分の1にも満たず事業規模要件は満たせないため、合併法人の社長が、買収前に被合併法人の取締役副社長に就任しました。副社長は非常勤で代表権がなく、報酬も受けていませんでした。
最高裁は、132条の2の「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」とは、組織再編税制の規定を租税回避の手段として濫用することをいうと示しました。そして、①行為が不自然なものかどうか、②税負担の減少以外に合理的な事業目的があるかどうか等を考慮し、本件の副社長就任は、特定役員引継要件を形式的に満たして欠損金を引き継ぐことを主な目的としたものだとして、否認を適法としました。この判断枠組みは、その後の組織再編の実務の基準になっています。
TPR事件:事業を移してから合併
東京地裁の判決によれば、TPR(判決上は原告)は、3分の2を保有していた子会社を完全子会社にしたうえで適格合併し、その子会社の未処理欠損金を引き継ぎました。ところが合併の直前に、子会社と同じ目的・所在地の新会社を設立し、合併の効力発生日と同じ日に、子会社の全従業員を新会社に転籍させ、棚卸資産を譲渡し、製造設備を賃貸して、事業を新会社で続けさせていました。裁判所は、合併の形式はとりながら、実質的には事業を引き継がずに欠損金だけを引き継ぐもので、組織再編税制の趣旨から逸脱しているとして、132条の2による否認を適法としました。
2つの事件に共通するのは、「要件を満たすための手順」が、事業上の必要からではなく、欠損金を使うために組まれていたと認定された点です。
公表裁決から見るDDのポイント
欠損金の価値は、そもそもその欠損金が「正しく存在しているか」に左右されます。国税不服審判所の公表裁決からは、次のような点が読み取れます。
| 裁決 | 内容 | DDでの確認点 |
|---|---|---|
| 平成20年3月14日裁決(裁決事例集No.75) | 欠損金が生じた後に無申告の事業年度があり、後から申告書を出しても「連続して確定申告書を提出している場合」には当たらないとされた | 過去の申告がすべて期限内に出ているか |
| 平成17年12月19日裁決(裁決事例集No.70) | 後から判明した過去の損失は、更正で欠損金として確定できる期間内のものに限って繰越控除できるとされた | 過去の決算の誤りを直す余地と期限 |
| 平成21年6月24日裁決(裁決事例集No.77) | 役員からの借入金の債権放棄による債務免除益について、期限切れ欠損金を使える事実(法人税法施行令117条)には当たらないとされた | 売却前に役員借入金を放棄させると、債務免除益が課税される |
特に3つ目は、M&Aの前によく出てくる論点です。オーナーからの借入金(役員借入金)を整理するために債権放棄をすると、会社には債務免除益が出ます。繰越欠損金の範囲内なら相殺できますが、欠損金が足りなければ課税され、法的整理に準じた手続きでない限り期限切れ欠損金は使えません。役員借入金の整理方法は、価格の調整(ネットデットとしての扱い)とあわせて検討します。
価格への反映と、決算書・銀行の見え方
欠損金は価格に上乗せされにくい
株式価値の算定で、欠損金の税効果(将来の税金が減る効果)を加味することはあります。ただし、
- 買収後にその会社が利益を上げなければ使えない
- 中小法人等から外れれば、所得の50%までしか控除できない
- 欠損等法人の制限や132条の2のリスクがある
- 10年の期限内に使い切れるとは限らない
という不確実性があるため、税効果をそのまま上乗せするのではなく、使える見込みの範囲で割り引いて評価するのが一般的です。売り手側は「欠損金があるから高く売れる」と期待しすぎないこと、買い手側は「欠損金で買収資金を回収する」という計画にしないことが大切です。
銀行は欠損金をどう見るか
銀行にとって、繰越欠損金は「過去に赤字が続いた記録」です。買収後に欠損金で税金が少なくなる期間は、手元に残る資金が増えるので、債務償還年数(借入金-現預金)÷(経常利益+減価償却費-法人税等)の計算上はプラスに働きます。ただし、私の著書で紹介している銀行格付けモデルでも、収益性や返済能力は経常的な利益の力で評価されます。欠損金の節税効果を返済原資の柱にした買収計画は、銀行からは厳しく見られると考えてください。
買収資金の借入れについてはM&Aの資金調達、不動産の売却益と欠損金の関係は繰越欠損金と不動産の売却益も参考にしてください。
まとめ
- 繰越欠損金は10年繰り越せる。中小法人等は所得の全額、それ以外は所得の50%まで。大法人の100%子会社になると上限が変わる
- 株式譲渡では欠損金は会社に残るが、買収後5年以内に事業を入れ替えると欠損等法人の制限で使えなくなることがある
- 合併で引き継ぐ場合、支配関係が5年以内ならみなし共同事業要件が必要
- ヤフー事件・TPR事件では、要件を形式的に満たしても132条の2で否認された。事業目的と手順の自然さが問われる
- 欠損金の価値は不確実。DDでは申告の連続性や役員借入金の処理も確認し、価格には割り引いて反映する
クレフティでは、繰越欠損金のある会社の売却・買収について、欠損金の存在と使える見込みの確認(税務DD)、合併などの再編を行う場合の要件の検討、価格と買収資金の計画まで、事業承継・M&A支援の中でご相談をお受けしています。初回のご相談は無料です。担当者がお話を伺い、その後は担当の公認会計士・税理士やコンサルタントが対応します。
