事業承継税制は、自社株の贈与税・相続税を「猶予」する制度です。免除ではありません。要件を守り続けているかぎり猶予が続き、後継者が亡くなったときなどに免除されます。逆に言えば、要件を外れた時点で猶予が打ち切られ、税金と利子税を納めることになります。
「事業承継税制を使った後で、会社を売ることになったらどうなるのか」「後継者が体調を崩して社長を交代したら」。制度を使う前に確認しておくべきなのは、この打ち切り(確定事由)のほうです。
この記事では、事業承継税制の取消し・納税猶予が打ち切られる場合を、国税庁のパンフレット(令和8年7月)と中小企業庁の申請マニュアル「第4章 認定の取消しについて」をもとに整理します。
- 打ち切りには、都道府県知事の認定の取消しと、税務署での猶予期限の確定がある。どちらも結果は「猶予税額と利子税の納付」
- 申告期限の翌日から5年間(特例経営承継期間)は、代表者の退任、同族過半数割れ、株式の譲渡、資産管理会社への該当などで全額を納める
- 5年経過後は、代表者を退いても猶予は続き、株式を譲渡すれば譲渡した部分だけを納める。ただし解散・資産管理会社への該当などは全額
- 特例措置では、雇用が8割を下回っても報告すれば継続。5年経過後の事業継続困難時には差額免除もある
- 継続届出書の出し忘れでも全額納付になる。期限管理が最大の実務リスク
「取消し」と「打ち切り」:2つの仕組み
事業承継税制には、2つの役所が関わります。
| 役所 | 手続き | 打ち切りの形 |
|---|---|---|
| 都道府県知事 | 経営承継円滑化法の認定、年次報告書の確認 | 認定の取消し(取消事由に該当した場合) |
| 税務署 | 納税猶予の申告、継続届出書の受理 | 猶予期限の確定(確定事由に該当した場合) |
認定の有効期限は、後継者ごとに、最初に適用を受ける贈与税・相続税の申告期限の翌日から5年を経過する日までです(中小企業庁「法人版事業承継税制(特例措置)」)。この5年間を「特例経営(贈与)承継期間」と呼び、期間中は都道府県への年次報告と税務署への継続届出書が毎年必要です。5年経過後は、税務署への継続届出書を3年ごとに出します。
猶予期限の確定事由に該当した場合は、該当することとなった日から2か月を経過する日までに、猶予税額の全部または一部と利子税を納付します(国税庁パンフレット)。
5年間(特例経営承継期間)に全額納付となる主な場合
国税庁のパンフレットと中小企業庁のマニュアルの表を、贈与の場合でまとめると次のとおりです。「A」は猶予税額の全額と利子税の納付、「B」は一部(譲渡等した部分)と利子税の納付、「C」は猶予が継続または免除されることを示します。
| 事由 | 5年間内 | 5年経過後 |
|---|---|---|
| 後継者が会社の代表権を有しなくなった | A(やむを得ない理由がある場合を除く) | C(継続) |
| 後継者と同族関係者の議決権が50%以下になった | A | ― |
| 同族関係者の中で後継者が筆頭でなくなった | A | ― |
| 制度の対象株式の一部を譲渡した(免除対象贈与を除く) | A | B |
| 会社を解散した | A | A |
| 資産保有型会社・資産運用型会社に該当した(一定の会社を除く) | A | A |
| 総収入金額がゼロになった | A | A |
| 資本金・準備金を減少した(欠損填補目的等を除く) | A | A |
| 上場会社・風俗営業会社に該当した | A | ― |
| 対象株式の議決権を制限した、黄金株を後継者以外が保有した | A | ― |
| 年次報告書・継続届出書の未提出・虚偽の報告 | A | A |
| 先代経営者(贈与者)が再び代表者になった | A | ― |
| 自ら猶予の取消しを申請した | A | A |
| 後継者・先代経営者が死亡した | C(免除) | C(免除) |
出典:国税庁「法人版事業承継税制」パンフレット、中小企業庁「法人版事業承継税制(特例措置)」申請マニュアル第4章
「やむを得ない理由」とは
後継者が代表者を退いても、次のいずれかに該当した場合は、認定は取り消されません(円滑化法施行規則9条4項各号、国税庁パンフレット)。
- 精神障害者保健福祉手帳(障害等級1級)の交付を受けた
- 身体障害者手帳(1級または2級)の交付を受けた
- 要介護認定(要介護5)を受けた
- 上記に類すると認められる
裏を返せば、「本業以外の事業に専念したい」「若手に社長を譲りたい」といった理由で5年以内に代表を退くと、猶予税額の全額を納めることになります。
譲渡の判定には順番のルールがある
中小企業庁のマニュアルは、同じ会社の株式について、制度の適用を受けている株式と受けていない株式の両方を持っている場合、まず適用を受けていない株式から譲渡したものとみなすと説明しています。たとえば、後継者がもともと30株を持ち、先代から50株の贈与を受けて猶予を受けている場合、20株を売っても、もともとの30株から売ったものとされ、認定は続きます。40株を売ると、10株が猶予対象株式の譲渡となり、5年間内なら認定取消しです。
雇用8割要件:特例措置では報告で継続できる
一般措置では、承継後5年間の平均の従業員数が承継時の8割を下回ると、猶予税額の全額を納めます。特例措置では、8割を下回っても認定は取り消されません。その代わり、理由を記載した報告書(様式第27)を都道府県に提出し、確認を受ける必要があります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 従業員数の数え方 | 厚生年金保険の被保険者などの合計から、役員(使用人兼務役員を除く)を引いた数 |
| 8割の基準 | 承継時の従業員数×80%(小数点以下切捨て。6人なら4.8人→4.0人) |
| 判定 | 5年間の各報告基準日の従業員数の平均 |
| 報告書の提出期限 | 特例経営承継期間の末日の翌日から4か月を経過する日 |
| 支援機関の関与 | 認定経営革新等支援機関が理由に対する所見を記載。理由が経営悪化などなら指導・助言も必要 |
出典:中小企業庁「特例承継計画に関する指導及び助言を行う機関における事務について」(令和8年4月改訂版)、国税庁「継続届出書の提出について」パンフレット
理由は、高齢化による退職、採用活動をしたが採用に至らなかった、設備投資などで生産性が上がった、経営状況の悪化、その他、から選びます。支援機関は、退職理由や求人の状況などを実際に確認して所見を書くことになっています。
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事業承継・M&A支援を見る納める税額と利子税
2か月以内に、猶予税額と利子税を納める
確定事由に該当すると、該当日から2か月を経過する日までに納付します。継続届出書を出さなかった場合は、提出期限の翌日から2か月を経過する日までです。
利子税の計算
利子税は、贈与税・相続税の申告期限の翌日から納税猶予の期限までの日数に応じ、年3.6%で計算します。ただし、各年の利子税特例基準割合が7.3%に満たない場合は、次の算式で軽減されます(0.1%未満切捨て、0.1%未満なら0.1%)。
さらに、5年間を経過した後に猶予税額の全部または一部を納付するときは、5年間の利子税の割合は年0%に軽減されます。つまり、5年以内の打ち切りは利子税の負担も重く、5年経過後の打ち切りは5年間分の利子税がかかりません。
仮に利子税特例基準割合が1.3%だとすると、3.6%×1.3÷7.3=0.64…で、年0.6%です。猶予税額1億円を5年間で打ち切られた場合、利子税はおおむね300万円になります(実際の割合は年ごとに国税庁が公表する数値で確認してください)。
M&Aで会社を売る場合と、差額免除
「事業承継税制を使った会社は売れない」と言われることがありますが、正確ではありません。売ることはできますが、猶予税額をどう扱うかを計算に入れる必要があります。
| 売却の時期・状況 | 猶予税額の扱い |
|---|---|
| 5年間内に株式を譲渡 | 全額と利子税を納付 |
| 5年経過後に株式を譲渡 | 譲渡した部分に対応する猶予税額と利子税を納付(5年間分の利子税は0%) |
| 5年経過後、事業継続が困難な一定の事由が生じて譲渡・解散(特例措置) | 譲渡対価等で税額を再計算し、当初の猶予税額との差額を免除 |
事業の継続が困難な一定の事由
国税庁のパンフレットでは、次のような場合が挙げられています。
- 過去3年間のうち2年以上が赤字
- 過去3年間のうち2年以上が売上減少
- 有利子負債が売上の6か月分以上
- 類似業種の上場企業の株価が前年の株価を下回る
- 心身の故障等により後継者による事業の継続が困難(譲渡・合併のみ)
再計算では、譲渡対価の額(譲渡時の相続税評価額の50%が下限)をもとに税額を計算し、過去5年間の配当や過大な給与は税額に加算されます。譲渡から2年後に、譲渡時の雇用の半数以上が維持されていれば、実際の対価に基づく税額との差額がその時点で免除される仕組みもあります。
売却前に確認したいこと
将来のM&Aの可能性がある会社では、次の点を試算しておくことをおすすめします。
- 売却時期ごとに、納付が必要になる猶予税額と利子税
- 譲渡益にかかる所得税・住民税と、猶予税額の納付を合わせた手取り額
- 差額免除の対象になりうるか(赤字・売上減少などの状況)
個人が株式を売ったときの税金は個人株主が株式を売ったときの税金、親族内承継と外部への売却の比較は子どもに継がせるメリット・デメリットをご覧ください。
期限管理と、公表された裁決の状況
継続届出書の出し忘れは「全額納付」
国税庁のパンフレットは、継続届出書と添付書類を提出期限までに出さなかった場合、納税猶予の期限が確定し、猶予税額の全額と利子税を納めることになると明記しています。やむを得ない事情があると認められる場合は継続されますが、それに頼るべきではありません。
| 期間 | 提出先 | 期限 |
|---|---|---|
| 5年間 | 都道府県知事(年次報告書) | 第1種基準日(申告期限の翌日から1年ごとの日)の翌日から3か月 |
| 5年間 | 税務署(継続届出書) | 第1種基準日の翌日から5か月 |
| 5年経過後 | 税務署(継続届出書) | 第2種基準日(3年ごとの日)の翌日から3か月 |
担当者が代わる、顧問税理士が代わる、といったタイミングで漏れが起きやすくなります。国税庁のパンフレットには提出期限のメモ欄もあるので、最初の申告のときに15回分程度の期限を一覧にしておくと安心です。
公表裁決・判例について
国税不服審判所の公表裁決事例要旨(租税特別措置法関係)には、農地等の納税猶予についての項目はありますが、2026年10月時点で、非上場株式等の納税猶予の打ち切りをめぐる項目は見当たりません。非上場株式の納税猶予は、都道府県の認定・年次報告と税務署の継続届出で要件を二重に確認する仕組みのため、打ち切りの多くは争いになる前に手続きの中で確定していると考えられます。だからこそ、要件と期限を自分で管理することが重要です。
銀行から見た「猶予」の位置づけ
猶予税額は、決算書には出てきません。けれども、後継者個人には「要件を外れたら納める税金」が潜在的にある状態です。銀行は、後継者が代表を続けられるか、会社がM&Aや組織再編を考えていないかを見ています。打ち切りのリスクを説明できるよう、猶予税額と利子税の試算は手元に置いておくとよいでしょう。
まとめ
- 打ち切りは、都道府県の認定取消しと税務署の猶予期限の確定。該当から2か月以内に猶予税額と利子税を納める
- 5年間は、代表者の退任・同族過半数割れ・株式の譲渡・資産管理会社への該当などで全額納付
- 5年経過後は、代表を退いても継続し、譲渡は譲渡部分だけの納付。5年間分の利子税は0%
- 特例措置では、雇用8割割れは報告で継続、事業継続困難時の差額免除もある
- 最大の実務リスクは継続届出書の出し忘れ。期限の一覧を作って管理する
制度の要件は事業承継税制(特例措置)の要件、期限は事業承継税制の特例の期限(2027年)で解説しています。クレフティでは、適用後の年次報告・継続届出の管理、売却や代表交代を検討する際の猶予税額の試算まで、事業承継・M&A支援の中でご相談をお受けしています。初回のご相談は無料です。担当者がお話を伺い、その後は担当の公認会計士・税理士やコンサルタントが対応します。
