中小企業のM&Aでは、オーナーが会社に貸しているお金(会社側から見た役員借入金)の扱いが必ず論点になります。買い手は「株式は買うが、オーナーへの借金は残したくない」と考え、売り手は「貸したお金はどうなるのか」と悩みます。そこで検討されるのが、売却前の債権放棄やDES(デット・エクイティ・スワップ。貸付金を株式に振り替えること)です。
ただし、債権放棄もDESも、会社に債務免除益が生じたり、他の株主へのみなし贈与が問題になったりと、税金の論点が多くあります。この記事では、法人税・相続税の条文と通達、公表された判例・裁決をもとに、注意点を整理します。
- オーナーが貸付金を放棄すると、会社に債務免除益(益金)が生じる。繰越欠損金で吸収できなければ法人税がかかる
- 再生手続や一定の私的整理、解散して残余財産がない場合などは、期限切れ欠損金を使える特例がある(法人税法59条)
- 同族会社への債務免除で株式の価額が上がれば、他の株主へのみなし贈与として扱われ得る(相続税法基本通達9-2)。会社が資力を喪失した場合は債務超過額の部分を除く(9-3)
- DESでも、貸付金の時価が額面を下回れば、差額が債務消滅益になり得る
- 法人が子会社などへの債権を放棄すると、相当な理由がなければ寄附金とされる。裁決でも寄附金として修正申告した事案がある。貸倒れとして損金にするには全額回収不能が客観的に明らかであることが必要(最高裁平成16年12月24日判決)
なぜ売却前にオーナー貸付金を整理するのか
株式を売っても、オーナーが会社に貸したお金は、オーナーの会社に対する債権としてそのまま残ります。買い手から見ると、株式とは別に返済しなければならない負債です。
| 整理しない場合の問題 | 内容 |
|---|---|
| 価格の計算 | 買い手は貸付金を負債として株式価値から差し引く(ネットデットと現預金同等物) |
| 返済の確実性 | 売却後、新しい経営者のもとで返済が受けられるかわからない |
| 相続 | 回収できない貸付金でも、原則として額面で相続財産になる |
| 銀行の見方 | 貸付金を資本とみなして評価する銀行もあるが、返済を求めれば資金繰りに響く |
整理の方法は、大きく次の4つです。
| 方法 | 内容 | 会社の税金 | オーナーの税金・影響 |
|---|---|---|---|
| 返済 | 会社が手元資金や借入で返す | なし | 課税なし |
| 債権放棄 | オーナーが返済を受ける権利を放棄する | 債務免除益が益金 | 放棄による損は原則として所得から差し引けない。他の株主へのみなし贈与に注意 |
| DES | 貸付金を現物出資して株式を受け取る | 時価と額面の差が債務消滅益になり得る。資本金を増やせば登録免許税や住民税均等割にも影響 | 株式の取得価額などに影響 |
| 株式とあわせて譲渡 | 株式と貸付金をセットで買い手に売る | 会社の債務は残る | 額面より低く売った差額は、損失として控除できないのが通常 |
債務超過の会社を1円で売る場合の全体像は債務超過の会社を1円で売る・買うときの注意点で解説しています。
債権放棄と会社の税金:繰越欠損金と期限切れ欠損金
債務免除益は益金になる
オーナーが貸付金を放棄すると、会社は返済義務がなくなった分だけ得をしたことになり、債務免除益が益金に算入されます(法人税法22条2項)。たとえば貸付金5,000万円を放棄すれば、5,000万円の益金です。
繰越欠損金で吸収できるか
会社に繰越欠損金があれば、その範囲で債務免除益と相殺できます(法人税法57条)。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 繰越期間 | 欠損金が生じた事業年度から10年(2018年4月1日以後に開始した事業年度に生じた欠損金) |
| 控除の限度 | 中小法人等は所得の全額。それ以外の法人は原則として所得の50% |
| M&A後の制限 | 株主が変わった後、一定の事由に当たると繰越欠損金が使えなくなる(法人税法57条の2) |
債務免除益が繰越欠損金を上回れば、その部分に法人税がかかります。債務超過の会社は、貸付金の額が繰越欠損金を大きく超えていることも多く、放棄の額を繰越欠損金の範囲に抑える、一部は返済や譲渡にする、といった調整が検討されます。M&A後の欠損金の制限は繰越欠損金とM&Aで解説しています。
期限切れ欠損金を使える場合
法人税法59条は、会社更生、民事再生、一定の要件を満たす私的整理、解散して残余財産がないと見込まれる場合などに、通常の繰越期間を過ぎた欠損金(いわゆる期限切れ欠損金)も、債務免除益などと相殺できる特例を定めています。事業再生の手続きと組み合わせる場合や、会社を清算する場合には、この特例の適用を検討します。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る債権放棄とみなし贈与:相続税法基本通達9-2・9-3
他の株主の株式の価値が上がる
債権放棄で会社の負債が減れば、会社の純資産が増え、株式の価値が上がります。株主がオーナー一人なら問題は小さいのですが、家族などの他の株主がいれば、その株主は何も払わずに株式の価値が上がったことになります。
相続税法9条は、対価を支払わないで利益を受けた場合、その利益を受けさせた者から贈与で取得したものとみなすと定めています。これを受けて、相続税法基本通達9-2は、同族会社の株式の価額が、対価を受けないで会社の債務の免除、引受け又は弁済があったことで増加したときは、株主が、増加した部分を、債務の免除などをした者から贈与によって取得したものとして取り扱うとしています(国税庁「相続税法基本通達 第9条関係」)。
会社が資力を喪失している場合の例外
同じ通達の9-3は、同族会社の取締役などが、会社が資力を喪失した場合に債務の免除などをしたときは、会社が受けた利益のうち、会社の債務超過額に相当する部分は贈与として取り扱わないとしています。ここでいう資力の喪失は、会社更生・再生計画認可の決定などの法定手続による整理のほか、株主総会の決議や債権者集会の協議などで再建整備のために負債整理に入った場合をいい、単に一時的に債務超過となっている場合は該当しないとされています。
| ケース | みなし贈与の扱い |
|---|---|
| 株主がオーナー一人 | 他に利益を受ける株主がいないため、通常は問題にならない |
| 家族も株主。債権放棄後も債務超過のまま | 株式の価額が増加しなければ、贈与の問題は生じにくい(評価方法によって判断が必要) |
| 家族も株主。債権放棄で純資産がプラスに転じる | 増加した部分が、家族へのみなし贈与として問題になり得る |
| 再建整備のための負債整理として行う | 債務超過額に相当する部分は贈与として扱わない(9-3) |
株式の価額が増加したかどうかは、財産評価基本通達による評価額で判断することになります。債権放棄の前後で株価を試算しておくことが欠かせません。
DESと債務消滅益
DESの基本
DESは、オーナーの貸付金を会社に現物出資し、その対価として株式を受け取る方法です。会社の負債が資本に変わるため、自己資本比率が改善します。
時価で受け入れる
会社が株式を発行して金銭以外の資産の給付を受けた場合、増加する資本金等の額は、給付を受けた資産の価額(時価)によります(法人税法施行令8条1項1号)。個人のオーナーが行うDESは、法人間の適格現物出資には当たらないため、受け入れる貸付金は時価で評価されることになります。
債務超過の会社に対する貸付金は、回収可能性が低いため、時価が額面を下回ります。この場合、消滅する債務(額面)と増加する資本金等の額(時価)との差額が、会社の債務消滅益として益金になると考えられています。
| 例 | 金額 |
|---|---|
| 貸付金の額面 | 5,000万円 |
| 貸付金の時価(回収見込額) | 1,000万円 |
| 増加する資本金等の額 | 1,000万円 |
| 債務消滅益(益金) | 4,000万円 |
つまり、債務超過の会社では、DESでも債権放棄と同じように益金が生じ得ます。「DESなら税金がかからない」とは限りません。
資本金を増やすコスト
DESや、増資で払い込んだ資金で貸付金を返済する方法(いわゆる疑似DES)で資本金を増やすと、増資の登録免許税がかかり、資本金等の額が増えれば法人住民税の均等割が上がることもあります。資本金が1億円を超えると、中小法人向けの税制の特例が使えなくなる点にも注意が必要です。どの方法がよいかは、税金と手続きの負担を合わせて比較します。
法人が債権を放棄する場合:寄附金と貸倒損失
売り手がオーナー個人ではなく親会社やグループ会社の場合、債権放棄は法人税の寄附金の問題になります。
寄附金とされた裁決:国税不服審判所平成30年5月31日裁決
国税不服審判所平成30年5月31日裁決は、法人が、いわゆる兄弟会社の金融機関からの借入を事実上引き受け、それによって生じた兄弟会社への債権を放棄して貸倒損失として損金に計上した事案です。兄弟会社は会社分割で一部の事業を新会社に移した後に解散し、特別清算を申し立てていました。
請求人は、税務署の指摘を受けて、放棄の額は寄附金に当たるとして修正申告をしました。争点は、税務署が課した重加算税です。審判所は、請求人が税理士の指導を受けていたことなどから、放棄の額について、子会社等の整理に関する通達の定める相当な理由があるとして寄附金に当たらないと認識していた可能性があり、事実の隠ぺい・仮装があったとは認められないとして、重加算税のうち過少申告加算税相当額を超える部分を取り消しました。一方、過少申告加算税は免れないとしています(国税不服審判所ウェブサイト)。
法人税基本通達9-4-1は、子会社等を整理する際の損失負担などについて、相当な理由があれば寄附金に当たらないとし、9-4-2は、子会社等の再建のための債権放棄などについて、合理的な再建計画に基づくものなど相当な理由があれば寄附金に当たらないとしています。グループ会社の債権放棄は、こうした要件を満たすことを、計画書や検討の記録で示せるようにしておく必要があります。
貸倒損失の判断:最高裁平成16年12月24日判決(興銀事件)
最高裁平成16年12月24日第二小法廷判決(平成14年(行ヒ)第147号、民集58巻9号2637頁)は、経営破綻した住宅金融専門会社の設立母体である銀行が、同社への貸付債権を放棄し、その額を損金に算入できるかが争われた事案です。
最高裁は、金銭債権の貸倒損失を損金に算入するには、その全額が回収不能であることが客観的に明らかでなければならないとしました。そして、その判断は、債務者の資産状況や支払能力といった債務者側の事情だけでなく、債権回収に必要な労力、債権額と取立費用の比較、回収を強行することによる他の債権者とのあつれきなどの債権者側の事情、経済的環境なども踏まえ、社会通念に従って総合的に判断すべきだとしました。この事案では、放棄の時点で全額が回収不能であることが客観的に明らかだったとして、銀行の損金算入を認めています(裁判所ウェブサイト)。
債権放棄を「貸倒れ」として損金にしたい場合、この基準を満たすかどうかが問われます。
銀行の見方と、売却前の進め方
銀行は、オーナー貸付金を実質的な資本とみなして評価することがあります。返済の予定がない役員借入金であれば、債権放棄やDESで純資産を改善しても、銀行の実質的な評価は大きく変わらないこともあります。一方、決算書の見た目の債務超過が解消されれば、格付けや保証協会の審査で有利に働くこともあります。著書のモデルでは、債務償還年数を(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)で計算し、10年以内を健全の目安としています。貸付金の整理で借入金の定義がどう変わるかも、取引銀行に確認しておきます。役員借入金の見え方は役員借入金と銀行の評価もご覧ください。
- オーナー貸付金の額と、その発生の経緯(立替・資金繰り)を整理したか
- 繰越欠損金の残高と期限を確認し、債務免除益を吸収できる範囲を計算したか
- オーナー以外の株主がいる場合、放棄前後の株価を試算し、みなし贈与の有無を確認したか
- DESなら、貸付金の時価の評価と債務消滅益の額を試算したか
- 返済・放棄・DES・譲渡の組み合わせで、売り手の手取りと会社の税金を比較したか
- 買い手との間で、貸付金の扱いを株式の価格とセットで合意したか
まとめ
- オーナーの債権放棄は会社に債務免除益を生む。繰越欠損金(中小法人等は所得の全額まで、10年)で吸収できなければ法人税がかかる
- 再生手続や一定の私的整理、解散して残余財産がない場合などは期限切れ欠損金の特例がある(法人税法59条)
- 同族会社への債務免除で株式の価額が増加すれば、他の株主へのみなし贈与(相続税法基本通達9-2)。資力喪失時の債務超過額部分は除く(9-3)
- DESでも、時価が額面を下回れば債務消滅益が生じ得る
- 法人の債権放棄は、相当な理由がなければ寄附金(平成30年5月31日裁決の事案でも寄附金として修正申告)。貸倒れには全額回収不能が客観的に明らかであることが必要(最高裁平成16年12月24日判決)
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