「うちは債務超過だから、売れるわけがない」。そう考えて廃業を選ぶ経営者は少なくありません。しかし、事業に収益力があれば、債務超過の会社でも株式を1円や少額で譲渡する形でM&Aが成立することがあります。
一方で、価格が1円だからこそ、価格以外の条件がすべてを左右します。借入の個人保証はどうなるのか、オーナーが会社に貸している貸付金はどうするのか、税金はかからないのか、債権者から訴えられないか。この記事では、売り手と買い手それぞれの注意点を、会社法の条文と最高裁判決をもとに整理します。
- 株式が1円でも、買い手は借入を含めた会社全体を引き受ける。価格は「事業の価値−借入など」で決まる
- 株式を売っても経営者保証は自動的には外れない。銀行との協議と、契約での手当てが必要
- オーナー貸付金は、返済・債権放棄・譲渡・DESのどれにするかで、会社と売り手の税金が変わる
- 法人の買い手に時価の2分の1未満で売ると、売り手にみなし譲渡課税がかかり得る(所得税法59条)。1円が適正かは時価の確認が要る
- 事業譲渡や会社分割で良い事業だけを移し債務を残すと、残された債権者から履行を請求され得る(会社法23条の2・759条4項)。最高裁平成24年10月12日判決は、新設分割を詐害行為として取り消せるとした
債務超過でも買い手がつく理由
債務超過とは、貸借対照表で負債の合計が資産の合計を上回り、純資産がマイナスになっている状態です。帳簿上は「会社を解散して資産を売っても借金を返しきれない」状態ですが、これは過去の数字の結果にすぎません。
買い手が見るのは、これから事業が生むお金です。
| 会社の状況 | 買い手の見方 |
|---|---|
| 毎年の営業キャッシュフローで借入を返せる | 借入を引き継いでも投資を回収できる。株式価格は少額でも、実質的な買収額は借入を含めて大きい |
| 人材・顧客・許認可などに価値がある | 自社で一から作るより早く、安く手に入る |
| 赤字だが、原因がはっきりしていて改善できる | 買い手の経営資源で立て直せるなら価値がある |
| 赤字の原因が構造的で、改善の見込みがない | 1円でも買い手がつかないことがある |
株式の価格は、事業の価値から借入などを差し引いた残りです(企業価値と株式価値の違い)。借入が事業の価値を上回っていれば、株式の価値はゼロに近づき、1円という価格に意味が出てきます。廃業との比較は廃業と売却の比較、業績が悪い会社の承継は業績不振の会社の事業承継で解説しています。
売り手の注意点①:経営者保証
1円M&Aで売り手にとって最も重要なのが、経営者保証の解除です。株式を売れば会社は買い手のものになりますが、会社の借入についてオーナーが個人で保証している契約は、銀行との間でそのまま残ります。
| 手当ての方法 | 内容 |
|---|---|
| 保証の切替え | 買い手(親会社や新経営者)が保証人になり、旧オーナーの保証を外す |
| 借り換え | 買い手側の取引銀行で借り換え、旧借入を完済する |
| 保証なしへの移行 | 財務内容などから、保証なしの融資に切り替える |
経営者保証については、全国銀行協会と日本商工会議所が事務局となった「経営者保証に関するガイドライン」と、事業承継時に焦点を当てたその特則があり、事業承継の際に前経営者・後継者双方の保証をどう扱うかの考え方が示されています。実務では、株式譲渡契約で、保証の解除をクロージングの前提条件にするか、一定期間内に買い手が解除させる義務を負うことを定めます。
保証を残したまま株式を売ると、買い手の経営で会社が行き詰まったときに、旧オーナーが返済を求められることになりかねません。詳しくは事業承継と経営者保証、経営者保証の外し方をご覧ください。
売り手の注意点②:オーナー貸付金
中小企業では、オーナーが会社に資金を貸している(会社から見れば役員借入金)ことがよくあります。債務超過の会社では、この貸付金が大きくなっていることも珍しくありません。
| 方法 | 会社の税金 | 売り手の税金・影響 |
|---|---|---|
| 売却前に会社が返済 | なし | 返済を受けるだけで課税なし。ただし会社に返済資金が必要 |
| 売り手が債権放棄 | 債務免除益が益金になる。繰越欠損金で吸収できなければ法人税 | 個人の放棄による損は、原則として所得から差し引けない |
| 貸付金を買い手に譲渡(例:額面より低い価格で) | 会社の債務は残る | 譲渡価格と額面の差は個人の損失として控除できないのが通常 |
| DES(貸付金を株式に振り替える) | 時価を超える部分は債務消滅益になり得る | 株式の取得価額の計算などに影響 |
| そのまま残して株式だけを売る | 会社の債務は残る | 返済を受けられるかは買い手しだい。相続時は相続財産になる |
債権放棄やDESの税金は、売却前の債権放棄・DESと税金で詳しく解説しています。繰越欠損金がM&A後に使えるかどうかは、株主の変更に伴う制限もあるため、繰越欠損金とM&Aもご覧ください。
貸付金を残したまま株式だけを1円で売ると、価格の交渉では「株式1円+貸付金の扱い」が実質的な取引条件になります。株式と貸付金をセットで考えることが大切です。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る税金の注意点:1円は「適正な価格」か
法人の買い手に売る場合:みなし譲渡
個人が株式を法人に、時価の2分の1に満たない価格で譲渡すると、時価で譲渡したものとみなして譲渡所得が計算されます(所得税法59条1項2号、所得税法施行令169条)。
債務超過で株式の時価が実質ゼロなら、1円での譲渡に問題はありません。しかし、帳簿上は債務超過でも、含み益のある不動産を持っていたり、利益が大きく類似業種比準価額で一定の評価額が出たりする会社では、税務上の時価が1円を大きく上回ることがあります。その場合、1円で法人に譲渡すると、売り手に思わぬ課税が生じるおそれがあります。
所得税法上の時価の考え方は、最高裁令和2年3月24日判決などで、売り手の支配力に応じて評価すべきとされています(株式の買取価格が裁判で争われた事例)。
個人の買い手に売る場合:贈与税
個人の買い手が時価より著しく低い価格で株式を買った場合、時価との差額は売り手から贈与を受けたものとみなされ、贈与税の対象になり得ます(相続税法7条)。親族や役員など、身近な人に1円で譲る場合は特に注意が必要です。
買い手が法人の場合:受贈益
法人が時価より低い価格で株式を取得した場合、時価との差額は受贈益として益金になり得ます。買い手側も、取得価格が時価と比べて妥当かを確認しておく必要があります。
税務上の時価と取引価格の違いは相続税評価額と取引価格で解説しています。
買い手の注意点:簿外債務と「詐害行為」のリスク
株式譲渡なら簿外債務も引き継ぐ
株式譲渡では、会社のすべての債務を引き継ぎます。決算書に載っていない未払残業代、税金の未納、保証債務、訴訟リスクなどがあれば、それも買い手の負担になります。1円で買った会社に多額の簿外債務があれば、損失は1円では済みません。DDの範囲と、表明保証・補償条項による手当てが欠かせません(デューデリジェンスでよく見つかる問題)。
良い事業だけを移すスキームの限界
簿外債務を避けるため、事業譲渡や会社分割で良い事業と資産だけを新しい会社に移し、借入などの債務を元の会社に残す方法が検討されることがあります。しかし、残された債権者を害する形で行えば、法的な責任を問われます。
| 規定・判例 | 内容 |
|---|---|
| 会社法23条の2(詐害事業譲渡) | 譲渡会社が、承継されない債務の債権者(残存債権者)を害することを知って事業を譲渡した場合、残存債権者は譲受会社に、承継した財産の価額を限度として債務の履行を請求できる(譲受会社が害することを知らなかった場合を除く) |
| 会社法759条4項(詐害的な吸収分割) | 吸収分割でも同様に、残存債権者は承継会社に、承継した財産の価額を限度として履行を請求できる |
| 最高裁平成24年10月12日判決 | 新設分割で債務が承継されず、異議も述べられない債権者は、詐害行為取消権(民法424条)で新設分割を取り消せる |
最高裁平成24年10月12日第二小法廷判決(平成22年(受)第622号、民集66巻10号3311頁)は、約4億5,500万円の保証債務を負っていた会社が、新設分割で不動産を新会社に移し、保証債務は承継させなかった事案です。会社は、この分割と直後の別の新設分割によって、新会社の株式以外に資産を持たない状態になりました。
最高裁は、新設分割は会社の組織に関する行為であると同時に、財産権を目的とする法律行為としての性質も持つとし、新設会社に債務が承継されず、会社法上の異議も述べられない債権者は、民法424条により新設分割を取り消すことができると判断しました。取消しの効力は会社の設立の効力には影響せず、債権の保全に必要な限度で権利の承継の効力を否定できるとしています(裁判所ウェブサイト)。
その後の平成26年会社法改正で、上の表の23条の2や759条4項などの規定が設けられました。事業の切り出しを検討する場合は、残る債権者への返済の見通しを含めて、債権者を害しない設計であることを説明できなければなりません。金融機関を交えた私的整理や事業再生の手続きを使うかどうかも、早めに検討します。
銀行との関係と、交渉の進め方
債務超過の会社のM&Aでは、取引銀行の協力が成否を分けます。
- 買い手が借入をそのまま引き継ぐなら、銀行は買い手の信用力と事業計画を見て、継続の可否を判断する
- 借り換えるなら、買い手側の銀行の審査が必要になる
- 返済条件の変更(リスケジュール)をしている会社では、計画の見直しが必要になる
銀行は、株主が変わった後に返済能力が改善するかを見ます。著書のモデルでは、債務償還年数を(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)で計算し、10年以内を健全の目安としています。債務超過の解消と、この年数の改善の道筋を示せるかどうかが、銀行の協力を得る鍵です。債務超過の考え方は債務超過と融資もご覧ください。
- 経営者保証の解除方法と時期を、契約で定めたか
- オーナー貸付金の扱い(返済・放棄・譲渡・DES)を決め、税金を試算したか
- 株式の税務上の時価を確認し、1円が適正といえる根拠を持っているか
- 従業員・取引先・取引銀行への説明の順番を決めたか
- 事業の切り出しを伴う場合、残る債権者への返済の見通しを説明できるか
まとめ
- 債務超過でも、事業に収益力があれば株式1円でM&Aが成立することがある。買い手は借入を含めた会社全体を引き受ける
- 株式を売っても経営者保証は外れない。保証の解除を契約の前提条件などで手当てする
- オーナー貸付金は、返済・債権放棄・譲渡・DESで税金が変わる。株式とセットで条件を決める
- 法人に時価の2分の1未満で売るとみなし譲渡課税のおそれ(所得税法59条)。個人への低額譲渡は贈与税の論点
- 債務を残して良い事業だけを移すと、詐害事業譲渡・詐害的会社分割として履行請求や取消しの対象になり得る(会社法23条の2・759条4項、最高裁平成24年10月12日判決)
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