「子どもは継がない。社員にも継がせる人がいない。あと何年かしたら会社をたたもうと思っている」。こうした相談は少なくありません。2026年版中小企業白書によれば、2025年の休廃業・解散は6万7,949件で、その約半数(49.1%)は直前期に黒字でした。
けれども、会社をたたむ(廃業・清算)か、売る(M&A)かで、オーナーの手元に残るお金は大きく変わります。違いを生むのは、主に次の2つです。
- 受け取るお金にかかる税金の種類(みなし配当の総合課税か、株式譲渡の分離課税か)
- 廃業にかかる費用と、資産を処分するときの目減り
この記事では、計算例を使って廃業と売却の手残りを比較し、役員退職金の使い方と裁決事例、従業員・取引先・銀行への影響まで整理します。
- 廃業(清算)で受け取る残余財産のうち、資本金等を超える部分はみなし配当として総合課税。所得が多い方は、配当控除を入れても最高で約49%の税率になる
- 株式の売却益は20.315%の分離課税。同じ純資産の会社でも、売却のほうが手残りが大きくなりやすい
- 廃業には、在庫・設備の処分損、原状回復、解約、解雇予告手当、登記・公告などの費用がかかる
- どちらの場合も、役員退職金を組み合わせると手残りが増えることが多い。ただし実質的な退職と金額の妥当性が問われる
- 廃業は従業員の雇用と取引先との関係を終わらせる。売却は事業を残せるが、買い手選びと契約条件が重要
廃業と売却で、何が違うのか
まず、廃業と売却の主な違いを一覧にします。
| 項目 | 廃業(解散・清算) | 売却(株式譲渡) |
|---|---|---|
| 会社 | 消滅する | 残る(株主が替わる) |
| オーナーが受け取るお金 | 残余財産の分配 | 株式の売却代金 |
| オーナーの税金 | 資本金等を超える部分はみなし配当(総合課税) | 売却益に20.315%(所得税・復興特別所得税15.315%、住民税5%) |
| 会社の税金 | 清算中の各事業年度に通常の法人税(資産の売却益なども課税) | 会社の課税関係は基本的に変わらない |
| かかる費用 | 処分損、原状回復、解約・解雇の費用、登記・公告など | 仲介・FA・DDなどの費用(株式の譲渡費用になる) |
| 従業員 | 雇用が終わる | 原則として雇用は続く |
| 取引先・銀行 | 取引は終了。借入は返済が必要 | 取引は続くのが基本。借入・保証は買い手との調整が必要 |
| 期間 | 解散から清算結了まで最低でも2か月以上(債権者保護手続) | 相手探しから成約まで数か月〜1年以上 |
廃業の手続きでは、会社法499条により、解散後に官報で公告し、債権者に2か月以上の期間を定めて債権の申出を求める必要があります。登記の登録免許税は、解散3万円、清算人の選任9,000円、清算結了2,000円です。
手残りの計算例:同じ会社をたたむ場合と売る場合
具体的な数字で比べてみます。以下は説明のための仮の例です。
- 資本金等の額:1,000万円(オーナーが全株を保有、取得価額も1,000万円)
- 簿価純資産:2億円(ほぼ現預金・売掛金・在庫・設備)
- オーナーは他にも所得があり、税率は最高税率帯とする
廃業する場合
廃業では、在庫の処分、設備の売却・撤去、事務所の原状回復、リースの解約、従業員の解雇予告手当(労働基準法20条で30日分以上の平均賃金)などで、資産が目減りし費用がかかります。ここでは合計2,000万円とします。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 残余財産 | 2億円 − 2,000万円 = 1億8,000万円 |
| みなし配当(資本金等を超える部分) | 1億8,000万円 − 1,000万円 = 1億7,000万円 |
| 税金(最高税率帯の概算) | 1億7,000万円 × 約49.4% ≒ 8,400万円 |
| 手残り | 1億8,000万円 − 8,400万円 ≒ 9,600万円 |
※最高税率帯の配当所得の税率は、所得税45%(配当控除5%を差し引くと40%、復興特別所得税を加えて40.84%)と住民税10%(配当控除1.4%を差し引くと8.6%)で、合計約49.4%です。実際には他の所得の金額によって税率が変わり、分配時には20.42%の源泉徴収があり、確定申告で精算します。
売却する場合
純資産と同じ2億円で売れた場合と、事業の収益力が評価されて2億5,000万円で売れた場合を比べます。仲介・FAの費用は譲渡費用として差し引けますが、ここでは省略します。
| 項目 | 2億円で売却 | 2億5,000万円で売却 |
|---|---|---|
| 譲渡益 | 2億円 − 1,000万円 = 1億9,000万円 | 2億5,000万円 − 1,000万円 = 2億4,000万円 |
| 税金(20.315%) | 約3,860万円 | 約4,876万円 |
| 手残り | 約1億6,140万円 | 約2億124万円 |
純資産と同じ価格でしか売れなくても、廃業より約6,500万円多く手元に残る計算です。差が生まれる理由は、①廃業の費用と資産の目減りがない、②税金が総合課税(最高約49.4%)ではなく分離課税(20.315%)になる、の2つです。売却価格の考え方は年買法(純資産+営業利益×年数)や正常EBITDAの考え方で解説しています。
なお、オーナーの所得がそれほど多くない場合は、みなし配当の税率も下がり、差は小さくなります。また、会社に不動産などの含み益がある場合、廃業ではその売却益に法人税がかかってから分配されるため、二重に課税される形になり、差はさらに広がることがあります。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る役員退職金を組み合わせる:税制上の利点と裁決事例
廃業でも売却でも、オーナーが役員を退くときに役員退職金を受け取ると、手残りが増えることが多くあります。
| 受け取り方 | 課税 |
|---|---|
| 役員退職金 | 退職所得。(収入 − 退職所得控除)× 1/2 に課税(役員等としての勤続5年以下などは1/2が使えない場合あり)。会社では損金 |
| みなし配当(廃業) | 配当所得として総合課税 |
| 株式の売却代金(売却) | 20.315%の分離課税 |
退職所得控除は、勤続20年以下は1年あたり40万円(最低80万円)、20年を超える部分は1年あたり70万円です。勤続30年なら1,500万円になります。廃業前に退職金を支払えば残余財産(みなし配当)が減り、売却前に支払えば純資産が減って株価が下がります。株価と退職金をどう分けるかは退職金スキームとはで詳しく扱います。
ただし、退職金が会社の損金になるには、本当に退職したといえるかが問われます。国税不服審判所の公表裁決から2件を紹介します。
| 裁決 | 事案 | 結論 |
|---|---|---|
| 平成29年7月14日裁決(裁決事例集No.108) | 代表取締役社長を辞任し、代表権のない取締役会長になったことに伴って支給した退職金。会社は、業務の権限を他の役員に移し、地位・職務が激変したと主張 | 地位や職務に相当程度の変動はあったが、分掌変更後も経営・業務で主要な地位を占め、重要な決定に関与していたとして、実質的に退職したとはいえず、退職給与として損金算入できないとした |
| 令和2年12月15日裁決(裁決事例集No.121) | 代表取締役・取締役を辞任した元代表者に支払った退職金。税務署は、辞任後も経営に従事する「みなし役員」だと主張 | 税務署の主張には退職当時の客観的な証拠がなく、元代表者は退職後に報酬を受けておらず、後任の代表者が職務を行っていなかったとも認められないとして、退職給与として損金算入を認めた |
(出典:国税不服審判所「公表裁決事例要旨」役員退職給与)
売却後も顧問や会長として会社に残る、廃業の清算人として関わり続けるといった場合は、退職後の役割・報酬・関与の度合いが記録で説明できるようにしておくことが大切です。退職金の金額が勤続年数や功績、同業他社の水準に比べて過大な場合も、損金にならないおそれがあります。
お金以外の違い:従業員・取引先・銀行
廃業と売却の違いは、手残りだけではありません。
従業員
廃業すれば、従業員の雇用は終わります。解雇予告手当や退職金の支払いが必要になり、再就職の支援も課題になります。売却(株式譲渡)なら、雇用契約は会社との間で続くため、原則としてそのまま引き継がれます。従業員への伝え方は従業員・取引先・銀行に売却をどう伝えるかを参照してください。
取引先
廃業すると、仕入先・外注先・顧客との取引は終わり、地域のサプライチェーンに穴が開くこともあります。売却なら取引は続くのが基本ですが、契約によっては株主の変更で相手方に解除権が生じる条項(チェンジ・オブ・コントロール条項)があるため、事前の確認が必要です。
銀行と経営者保証
廃業する場合、借入は清算の中で返済しなければなりません。資産を処分しても借入を返しきれなければ、経営者保証を通じて社長個人が返済を求められることになります。売却の場合は、買い手が借入を引き継ぐのか、借り換えるのか、そして社長の経営者保証をいつ外すのかを、最終契約で明確にしておく必要があります(事業承継と経営者保証)。
私の著書のモデルでは、銀行は会社を「安全性・収益性・成長性・返済能力」の4つで評価します。廃業を考えるほど業績が落ちてからでは、売却の相手も見つかりにくくなります。決算書が健全なうちに判断することが、選択肢を広げる一番の方法です。
廃業か売却か:判断のステップ
| ステップ | やること |
|---|---|
| 1. 実態の把握 | 簿価ではなく時価で資産・負債を見た実態の純資産、正常な収益力、借入と保証の状況を整理する |
| 2. 廃業した場合の試算 | 処分損・費用、法人税、みなし配当の税金を差し引いた手残りを計算する |
| 3. 売却した場合の試算 | 想定される価格帯と、20.315%の税金、手数料を差し引いた手残りを計算する。退職金との組み合わせも検討する |
| 4. お金以外の比較 | 従業員の雇用、取引先、地域への影響、オーナー自身のその後の生活を並べる |
| 5. 時間軸の確認 | 売却には数か月〜1年以上かかる。業績が保てるうちに動き出せるかを確認する |
売却を検討する場合は、外部に売却(M&A)するメリット・デメリット、M&Aの流れと期間もあわせてご覧ください。公的な相談窓口や、廃業費用を補助する制度(事業承継・M&A補助金の廃業・再チャレンジ枠)もあります(事業承継・M&Aの補助金と公的支援)。
まとめ
- 廃業の残余財産はみなし配当として総合課税(最高で約49.4%)、売却益は20.315%の分離課税。税金の種類の違いが手残りの差を生む
- 廃業には処分損や原状回復、解雇予告手当、登記・公告などの費用がかかる。計算例では、純資産と同額で売れた場合でも売却のほうが約6,500万円多く残った
- 役員退職金を組み合わせると手残りが増えることが多いが、実質的な退職と金額の妥当性が問われる。裁決でも判断は分かれている
- 廃業は雇用と取引を終わらせ、借入は個人保証に跳ね返ることがある。売却は事業を残せるが、契約条件の詰めが重要
- 判断は、決算書が健全なうちに、手残りの試算とお金以外の要素を並べて行う
クレフティでは、廃業した場合と売却した場合の手残りの試算、役員退職金の設計、売却の進め方や契約条件の確認まで、事業承継・M&A支援の中でご相談をお受けしています。初回のご相談は無料です。担当者がお話を伺い、その後は担当の公認会計士・税理士やコンサルタントが対応します。
