建物の老朽化による建替え、空室が多いビルの用途変更、売却前の明渡し。賃貸経営を続けていると、入居者に立退料を払って退去してもらう場面があります。数十万円から、店舗やオフィスでは数千万円になることもあり、税務上の扱いを間違えると影響が大きい支出です。
立退料の処理は、いつ、何のために払ったかで変わります。この記事では、所有中・取得時・売却時の3つの場面に分けて、個人と法人の扱いを整理し、公表裁決事例、会計上の表示、銀行からの見え方まで確認します。
- 所有中の建物の賃借人への立退料は、原則としてその期の経費(個人は所得税基本通達37-23)
- 取得時に使用者を立ち退かせる立退料は、その資産の取得価額(法人税基本通達7-3-5、所得税基本通達38-11)。取り壊し目的なら土地の取得価額
- 売却時の立退料は譲渡費用になり得るが、譲渡のために客観的に必要だったことが求められる(平成27年9月30日裁決)
- 賃貸人が払う立退料は、消費税の課税仕入れにならない
- 会計上は、臨時・多額であれば特別損失への表示を検討できる場合があるが、区分は実態次第。銀行には建替え・リニューアル後の収益計画とあわせて説明する
場面別の税務上の扱い
| 場面 | 個人 | 法人 | 根拠 |
|---|---|---|---|
| 所有中の賃貸建物の賃借人を立ち退かせる(建替え、リニューアル、自己使用など) | 支出した年の不動産所得の必要経費 | 支出した期の損金とするのが一般的 | 所基通37-23 |
| 土地・建物の取得に際して使用者を立ち退かせる | 取得費に算入 | 取得価額に算入 | 所基通38-11、法基通7-3-5 |
| 取り壊す目的で建物付きの土地を取得し、立ち退かせて取り壊す | 建物の取得価額・取壊し費用等を土地の取得費に算入 | 建物の帳簿価額・取壊費用等を土地の取得価額に算入 | 所基通38-1、法基通7-3-6 |
| 売却のために借家人を立ち退かせる | 譲渡費用 | 損金(売却した期) | 所基通33-7 |
| 建物を取り壊して土地を売るために立ち退かせる | 譲渡費用 | 損金(売却した期) | 所基通33-7、37-23 |
所有中の建物:原則としてその期の経費
個人については、所得税基本通達37-23が、不動産所得の基因となっていた建物の賃借人を立ち退かせるために支払う立退料は、建物の譲渡に際して支出するもの、または建物を取り壊してその敷地を譲渡するために支出するものを除き、支出した日の属する年分の必要経費に算入すると定めています(所得税基本通達37-23)。
法人については、所有している建物の賃借人への立退料を資産の取得価額に算入させる通達の定めはなく、支出した期の損金として扱うのが一般的です。ただし、新しい建物の建築計画と一体で支出したものなど、個別の事情によって判断が分かれる余地もあるため、金額が大きい場合は事前に確認してください。
取得時:取得価額に算入
法人が土地・建物等の取得に際して、その使用者等に支払う立退料その他立退きのために要した金額は、その土地・建物等の取得価額に算入します(法人税基本通達7-3-5)。個人も同様に、取得費・取得価額に算入します(所得税基本通達38-11)。
さらに、建物付きの土地を取得した後おおむね1年以内に建物の取壊しに着手するなど、当初から建物を取り壊して土地を利用する目的であることが明らかな場合は、建物の取得価額(法人は取壊し時の帳簿価額)と取壊し費用の合計額を土地の取得価額に算入します(法人税基本通達7-3-6、所得税基本通達38-1)。この場合、立退料も建物ではなく土地の取得価額を構成すると考えられます。取り壊し前提の購入については取り壊し前提で買った建物の取得費・取壊費用で解説します。
売却時:譲渡費用
個人が資産を譲渡した場合、借家人等を立ち退かせるための立退料は、譲渡費用の例として挙げられています(所得税基本通達33-7)。ただし、譲渡費用になるのは、その譲渡のために必要だったものに限られます。売却時の費用全般は売却時の譲渡費用に入るもの・入らないもので整理します。
弁護士費用
明渡しをめぐって訴訟になった場合の弁護士報酬は、業務の遂行上生じた紛争や、業務用資産について生じた紛争を解決するための費用であれば、原則として支出した年の必要経費になります(所得税基本通達37-25)。ただし、取得の時にすでに紛争が生じていた資産や、第三者が賃借している資産を取得して立ち退かせた場合の費用などは、資産の取得費とされるものとして除かれています。
立退料をめぐる裁決事例
昭和63年3月17日裁決(裁決事例集No.35・57頁):取得後に支払った立退料は土地の取得費
- 要旨:賃借人のいる建物をその土地と共に取得した後、賃貸借契約の解除に伴い賃借人に支払った立退料は、土地の取得費に算入すべきであるとした事例
- 確認先:国税不服審判所 公表裁決事例要旨(所得税法関係・立退料)
購入後に支払った立退料でも、取得の経緯からみて土地を利用するための支出と判断されれば、期間の経費ではなく取得費になります。
令和7年5月20日裁決:借地権と建物を取得して取り壊した場合の移転補償料
- 事案:不動産賃貸業を営む請求人が、自己の所有地上にある借地人の共同住宅とその借地権を訴訟上の和解で買い受け、建物の賃借人らに移転補償料を支払って明渡しを受け、建物を取り壊した。請求人は、建物の未償却残高、取壊し費用、移転補償料、弁護士報酬を不動産所得の必要経費(一部は開業費)として申告した
- 判断:これらの費用は、建物の所有を目的とする借地権の取得費に算入されるものであり、不動産所得の必要経費に算入することはできないとした(棄却)
- 確認先:国税不服審判所 令和7年5月20日裁決
建物とその敷地の権利を取得したうえで立ち退かせ、取り壊すという流れは、所得税基本通達38-1が想定する「当初から取り壊して土地を利用する目的」の典型です。賃貸中の物件を買い取って建て替える計画では、立退料が取得費側に入ることを前提に資金計画と損益計画を立てる必要があります。
平成27年9月30日裁決:売却時に管理会社へ払った立退料は譲渡費用に当たらない
- 事案:賃貸用共同住宅とその敷地を売却した請求人が、建物1階の事務室を賃借していた建物管理会社(請求人が代表取締役を務める会社)に立退料名目で支払った金員を譲渡費用として申告した。請求人は、買主から退去を求められ、協力せざるを得なかったと主張した
- 判断:譲渡費用に当たるかは、退去させることが客観的に見て譲渡を実現するために必要であったかで判断する。買主の代表者は退去を求めたことはないと申述しており、売買代金の増額協議もなかった。退去と支払の合意を明らかにする書面も作成されていないことから、譲渡費用に当たらないとした
- 確認先:国税不服審判所 平成27年9月30日裁決
関係会社への支払は、特に客観的な必要性が問われます。売却に伴う明渡しが必要な場合は、買主の要望、立退きの合意内容、金額の根拠を書面で残してください。
昭和61年12月25日裁決(裁決事例集No.32・24頁):店舗併用住宅の立退料
- 要旨:貸店舗併用住宅の譲渡に関し貸店舗の賃借人に支払った立退料は、貸店舗部分の譲渡費用に該当し、居住用部分の譲渡費用には当たらないとした事例
- 確認先:国税不服審判所 公表裁決事例要旨(所得税法関係・立退料、離作料、農地転用決済金)
自宅と貸店舗が一体の建物を売る場合、立退料は対応する部分の譲渡費用になります。居住用財産の特例を使う部分と、そうでない部分の計算に影響します。
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不動産投資家向け税務・融資支援を見る消費税の扱い
建物の賃借人が賃貸借契約の解除に伴い賃貸人から受け取る立退料は、資産の譲渡等の対価に当たらず、消費税の課税対象外(不課税)とされています(消費税法基本通達5-2-7)。したがって、賃貸人が支払う立退料は課税仕入れにならず、仕入税額控除の対象外です。立退きに関連して支払う引越し業者の費用などを賃貸人が直接負担する場合は、その取引ごとに判断します。
会計上の扱いと決算書の表示
税務上は、立退料が損金(必要経費)になるか、取得価額・譲渡費用になるかが論点です。一方、決算書の表示区分(販管費か特別損失か、資産計上か費用処理か)は、企業会計の基準(GAAP:一般に公正妥当と認められる会計基準)に沿って判断します。
| 場面 | 会計上の主な扱い |
|---|---|
| 少額で、通常の賃貸管理の範囲で生じる立退料 | 販管費 |
| 建替え・大規模なリニューアルに伴う臨時・多額の立退料 | 特別損失への表示を検討できる場合がある(建物の除却損とあわせて) |
| 取得時の立退料 | 土地・建物などの取得原価に含める |
| 売却時の立退料 | 売却損益の計算に含める(固定資産売却損益は特別損益に表示されることが多い) |
企業会計原則の注解12では、臨時損益であっても金額が僅少なものや毎期経常的に発生するものは経常損益に含めることができるとされています。建替えのための立退料をどの区分に表示するかは、金額、頻度、建替え計画全体の中での位置づけによって判断が分かれます。顧問税理士・会計の専門家と検討してください。
銀行からの見え方
| 指標 | 立退料を販管費に表示 | 特別損失に表示 | 取得価額に算入 |
|---|---|---|---|
| 営業利益・経常利益 | その期に減る | 影響なし | 影響なし(建物部分は償却を通じて) |
| ICR | 悪化 | 影響なし | 影響なし |
| 純資産 | 減る | 減る | 減らない |
| 現預金 | 減る | 減る | 減る |
建替えの期には、立退料に加えて建物の除却損、解体費用も発生し、その期の利益と純資産が大きく減ることがあります。著書のモデルでは債務償還年数を「(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)」で見るため、立退料の表示区分によって分母が変わります。ただし、銀行は特別損失の中身も確認するため、表示の工夫よりも、建替え後にどれだけ収益が改善するかを示すことが説得力を持ちます。
- 立退きの対象戸数、交渉の経緯、合意書
- 立退料・解体費・建築費を含めた総事業費と資金計画
- 建替え後の想定賃料、稼働率、収支計画
- 立退料の処理(経費か取得価額か)と、その期の損益への影響
実務のチェックポイント
- 支払の目的と時期を整理する:所有中の建替え・リニューアルか、取得時か、売却時か
- 合意書を作る:退去日、立退料の額と内訳(移転費用・営業補償・借家権の対価など)、支払条件
- 取得時の計画を記録する:取得の時点で取り壊す予定があったか(取得後おおむね1年以内の取壊しは取り壊し目的とみられやすい)
- 売却時は買主の要望を書面に残す:退去が売却の条件になっているか、売買代金との関係
- 関係会社・親族への立退料は特に慎重に:客観的な必要性と金額の相当性
- 弁護士費用の扱いを確認する:期間の経費か、取得費か
- 決算前に表示区分を相談する:販管費か特別損失か、建物の除却損との関係
退去時の原状回復の扱いは退去時の原状回復とリノベーションの違い、経費全般は不動産賃貸業で経費にできるもの一覧、売却時の税金は不動産売却時の譲渡所得税をご覧ください。
まとめ
- 所有中の建物の賃借人への立退料は、原則としてその期の経費(個人は所得税基本通達37-23)
- 取得時の立退料は取得価額。取り壊し目的での取得なら土地の取得価額に入り、借地権と建物を取得した事案では借地権の取得費とされた(令和7年5月20日裁決)
- 売却時の立退料は譲渡費用になり得るが、客観的に譲渡のために必要だったことが求められる(平成27年9月30日裁決)
- 賃貸人が払う立退料は消費税の課税仕入れにならない
- 会計上の表示区分は実態で判断する。銀行には建替え後の収益計画とあわせて説明する
建替えや売却に伴う立退きを計画している場合は、交渉の前から税務と資金計画を一緒に検討することをおすすめします。不動産投資家向けサービスでご相談ください。
